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#9

 一夜明けて、ロバートはいつも通りスコットランドヤードに出勤した。例の事件が発生してから暗い気持ちに心を覆われていたこの頃だったが、今日は大分心が軽くなっていた。

 コートと中折れ帽を脱いで事件捜査に関する書類をまとめ始めていると、

「よう、ロバート。おはようさん」

 バシッチがぽんと肩を叩いて来た。

「おはようバシッチ」

 ロバートがちらりと目配せすると、隣の椅子にどっかりと座ったバシッチが「おっ」と声を出した。

「何だロバート。表情が明るいぜ」

「えっ、そうかな」

「おう。昨日は何つーか、こう……もう完全にやられちまってた感じだったからよ。心配してたんだぜ?」

「昨日なら、お前の方こそ珍しく沈んでたぞ」

「ああん?俺は大丈夫さ。何てったって……」

「いや、待て。当ててやる。例のバーニスだろう?」


 バーニスとはバシッチと懇意にしている女性だった。

 ロバートがその名前を出した途端、

「おう。まあな。分かってんじゃねえかロバート」とにやけた。

「それで?今日はどうする。そろそろ俺達も本腰を入れて捜査しないとならんぞ」

 まとめた書類を見直しながらロバートが言った。

 んんー、とバシッチが紅茶を飲みながら呻いた。

「だがよ。捜査っつっても後は聞き込みくらいしか出来ねえぜ?現場にあったのは女の死体だけだったんだ。凶器も犯人の目撃証言もねえ。分かってんのは、腕っ節の強え奴って事だけだ」

「ああ。それと、目的が若い女の顔って事だ。急がないとまたやりがるぞ」

「ええ?そうかぁ?流石にそう立て続けに興じる趣味でもねえと思うんだが」

 バシッチの楽観的とも希望的とも言える推測にロバートは首を横に振る。

「あの顔の剥がし方を見ただろバシッチ。きっと犯人もあんなトチ狂った事をしたのはあの時が初めてだと思うんだ。でも、それでも奴は急いで、慌てて、雑な切り方で顔を剥ぎ取って立ち去ってる。きっと満足は出来なかった筈だ」

「おいおいお前。全く縁起でもねえ」

 もう二度とあんな現場は見たくない、と言うのは恐らく捜査官全員が抱いている思いだろう。バシッチの顔にもそれが滲み出ていた。

 それはもちろん、ロバートも同じだった。だから彼はあまり効果を成さない聞き込みや現場検証に早々に見切りをつけて、犯人がどんな人物なのかを自分で考えてみる事にしていた。


 犯行の様子から男性の単独犯である事は間違いないとして……。


 そいつはどんな奴なんだ?どんな風貌なのだろう。


 見るからにおかしな奴なのだろうか。それとも身なりはしっかりした奴なのか。

(一見して変な奴ならこれまでの聞き込みで情報が得られてそうだが……)


 年齢は?うんと若い奴なのか、それとも中年くらいか。

(まー少なくとも初老以上の年齢ではあんな締め痕は残せまい……)


 仕事はしてるのだろうか。してるとしたらどんな仕事を?

(安直だが力仕事だろうな……。港湾業とか、大工とか、もしかしたら軍人?)


 一人身なのか、それとも家族がいるのか?

(もしいるとしたら、家族ぐるみで犯人を隠してしまう可能性も……)


 元々ロンドンに住んでいた者なのか、それとも別の場所から来た奴なのか。

(ここは重要だ。もし今までにもロンドンにいた奴なら、このスコットランドヤードに何らかの資料が残ってるかも)

「おおっ?そりゃどういう事だ?」

 バシッチの声で我に返ったロバートはそこで初めて、今の自問自答を側にあった紙に書き写していた自分に気がついた。

「……完全に無意識だった」

「うむ。お前はそういう奴さロバート。で、この"重要"な部分だが……未だかつてこんな事件は無かったと思うぞ」

「ああ、そうだな」

「だったら何で資料があるってんだ?」

「似たような事件を起こした奴ならいるかもしれないと思ったんだ。つい先日まで善良な市民だった人間があんな真似をするとは思えない」

「んー、なるほど。で、似たようなってのは?」

「例えば、ナイフで女性の顔を切り裂く通り魔の事件とか」

「ふむ。まー探してみりゃ、そんなのも見つかりそうな気もするが……」

 探してみりゃあな、とバシッチは念を押した。

「とにかくさ、女性に対して異様な執着がある奴だよ、バシッチ。そして言わずもがな性格が残忍で、それから加虐性欲(サディズム)と強烈な死体愛好の気がある者……」

 真剣な顔で推察した犯人像を静かに語るロバートを、

「おいおいおいおい」

 とバシッチが慌てて制した。

「今のをお前の姪っ子が聞いたら泣くぞ」

「かもしれないな。だがあの殺し方と被害女性の顔の行方を考えると、どうだ?」

 バシッチは青ざめて、

「あー、何だか気味の悪りぃ話になって来た……」

 と呟いた。

「ああ。でも食い止めるぞ」

 誓う様に言って、立て掛けてある姪の写真を見る姿はバシッチにも響くものがあって、

「じゃ、資料室を漁るとしようぜ」

 と言ってロバートの肩に手を置いた。


 ◆


「えっ!スカーフ女と話したの!?」

 演劇学校の休み時間。教室でシェリーは目を丸くしてヴァレリアに聞き返した。

「うん。案外普通の子だったよ」

「ヘェーっ」

 シェリーが呆気に取られた様な、妙な声を上げた。自分から話しかけてみたらと言ってはみたものの、ヴァレリアが本当にそうするとは思ってなかったらしい。

「怖くなかったの?もしかしたらお化けだったかもしれないのに」

「ああそれがさ、まず話しかけたのがうちの叔父さんなんだよね。あの人刑事だから……」

「うんうん、それで?」

 興味津々の級友を可笑しく思いながらヴァレリアは続けた。

「そしたらさ、何だか怖がってる感じだったのよ。その……スカーフ女の方が。それで私も申し訳なくなっちゃってね。それで話してるうちにちょっと仲良くなって……」

「やるじゃん、ヴァル」

「今度シェリーにも紹介するわ。また話そうって約束したの」

「えっ!本当に平気?」

「平気よ。確かに見た目は幽霊みたいだけど、普通の子だったよ」

 ヴァレリアが、少しばかり不気味そうな表情を浮かべたシェリーに微笑む。

「うーん、まあヴァルが言うなら」

 シェリーの中で不安よりも好奇心が勝ったのが垣間見えた。

「でも本当に普通の女の子だから、拍子抜けするかもよ」

 ヴァレリアが微笑んだまま眉をひそめた。

「全然いいよ!」

 相変わらず快活なシェリーの声が心地よく響いた。

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