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#8

 家族の温もりの象徴であるかの様な暖炉の火が眼の中に投影されている。

 夕食を済ませたロバートとヴァレリアは椅子を並べて、注がれたコーヒーカップを膝の上に置きながらその炎を眺めている。


「さっきの公園にいた子……えっと、何て言う子だっけ」

 ロバートが何となく切り出した。

「クレオ?」

「ああそう。クレオだ。嫌な思いをさせてしまった」

「平気よ。私が取り持ったもん」

 ヴァレリアは得意気に言った。

「叔父さんの職業病だよ。まー確かにちょっと怪しかったし」

「だろ?だよなぁ、やっぱり。それは俺の偏見だけじゃなかったか」

 ロバートの声が軽くなった。

「スカーフ女って渾名があるんだって?」

「うん。シェリーから聞いたんだけどね。あの子も人づてに聞いたみたいだったから、結構みんなの話題に上がってるんじゃないかしら」

「へぇ」

「あっ。そうだ、そういえば」

「ん?」

「トモがくれたこのコーヒー、イタリアのって言ってたわよね」


 ロバートの眼の裏に、日系イギリス人の雑貨店店主、ジョン・T(トモカズ)・ブライトマンの顔が浮かんだ。

「そうだ。そうそう、さっきも一瞬だけ思い出したんだよ」

「トモが自分で仕入れたの?」

「いや違う。何でも、客のイタリア人と物々交換で手に入りたらしい」

「えっ、イタリア人?」

「ああそうだ。さっきのクレオもイタリア出身って言ってたよな」

「ええ。じゃあ、もしかしてこれ……」

「いや、コーヒー豆を持ってきたのは男だと言ってた」

「ああ、そうなの。……ん?でもあの子、お兄さんがいるって言ったよね」

「あーっと、そうだったか?」

 激務を終えた直後の記憶力は頼りない。

「もしかしたら、そのお兄さんかもしれないわね。今度聞いてみよ」

 ヴァレリアの声が弾んだ。

「今度って……また会うのか?」

「ええ。だって約束したもの。また話そうねって」

「そうか。もしこのコーヒーがあの子の兄上のもんだったら、礼を言っといてくれ」

「ええ。分かったわ」

 ヴァレリアは長いブランドの髪を軽くサッと跳ね上げると、少しばかりの間を置いて、

「叔父さんは?今日はどうだったの?」

 と頬杖をついて、前屈みにロバートの顔を覗き込んだ。


「俺か?俺は……」

 椅子の上で逡巡しながらも、ぽつりぽつりと話し出した。

「例の被害者の女の子の、母親に会って来たんだ」

「うん。そっか」

 そんな気がした、とヴァレリアは心の中で頷いた。


 それからまたしばらくの静寂が訪れた。ロバートは何か躊躇している様子だったが、やがて、

「色々と聞かなきゃならなくてな。それも刑事の仕事だから俺達としても仕方ないんだが……。ただそれはつまり人の悲しみと苦しみを掘り下げるって事なんだ。本当、最悪だった」

 ヴァレリアの海の様に深く青い眼が、包み込む様に、暖炉を眺める叔父の横顔を見つめていた。


「ねえ叔父さん。もし今の仕事が辛くて、それを私の為に我慢してくれてるなら、もう……」

 ヴァレリアの言葉に、ロバートは唖然とした。

「いや、そんなつもりは――」

「叔父さん」ヴァレリアが遮って、続けた。

「実を言うとね、私は別に大きな舞台に立てなくったって全然いいの」

「そうなのか?俺はてっきり……」

「違うよ。本当はどんな場所でも関係ない。そこがどこかのお屋敷でも、街の小さな広場でも、酒場でも。人の訪れる所ならどこでも……」


 ヴァレリアの大きな眼にロバートは心臓が海の色に染められる気がした。


「それに、その時に出会った人達をがっかりさせないくらいの事はもう学ばせてもらったし。手始めにトモのお店でお披露目してみようかな」

 それを聞いたロバートは思わず苦笑いを浮かべて、

「ブライトマンの雑貨店にはあまり人は来ないと思うぞ」

 冗談交じりに言った。

「あら。意外に色んな人が来てそうだけど?ああいうお店って」

「物好きが多そうだけどな」

 高く透き通った声と、ゆったりと深い声が笑い合うのが、家の中にこだましている。


「なあ、ヴァル」

 呼びかけたロバートを、ヴァレリアはゆるやかな瞬きと共に見た。

「確かに今の刑事って仕事は荒んだもんかもしれんが、俺はそれなりに誇りを持っている。お前が気に病むことは一つもない。ただの一つもだ」


 自分の心が溢れた気がして咄嗟に下を向いたヴァレリアに、ロバートはゆっくり続けた。

「まだまだ学べる事はあるさ。それに……俺は大きな舞台に立ったヴァルも見てみたい」


 優しげな暖かさが、ようやく二人の身体に浸透してきていた。

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