ある春の日
俺は久しぶりに旧市街へと来ていた。ここは俺の住んでいる地区とは違い、ある程度復興が進み、人も多く住んでいる。だからこそ、商店や学校などはこの地区にある。
自転車で一気に商店街を抜けると、俺は古ぼけた店構えの模型屋と来ていた。ここもそうだが、この地区では復興の際に最先端技術を駆使した(と言っても、その技術も徐々に忘れ去られつつあるので怪しいものだが)集合住宅への改築は行わずに、地区の自治体の意向であえて古臭い建物を新しく建てている。それも、瓦礫になった旧市街から大昔の建材を探し出して、それを加工すると言った手間のかかりようだ。
それでどのような町並みにするか議会で話し合われたのだが、その結果選ばれたのが、ちょうど今から六十年ぐらい前の一九七〇年代から一九八〇年代の町並みだった。理由は、『人々が希望に満ち、明日を待ち望んでいた』時代だからだそうだ。
「こんちはー。あの、オイルコンデンサとアンテナコイルを探しているんですけども・・・・」俺は模型屋の前に自転車を置と、ギシギシといやな音をたてるガラスの入った引き戸を開け、店の中へと入って行った。入ると両脇には古びたショーケースがあり、中には鉄道模型やら模型飛行機が並べられている。
「あ、ああ、いらっしゃい。なんだい、今度はラジオの修理でも頼まれたのか?」店の奥から顔なじみの老主人が、のそのそと出て来る。店の奥が住居となっていて、良く見るとこたつが置かれていた。そう言えば、夏はあのこたつがテーブルになっているんだよな。
「あ、はい。えっと、今度はえらく旧式のラジオの修理をまかされて・・・・。えっと、この部品を交換したいんだけど」俺は、背中のデイバックからコンデンサとコイルを取り出した。コンデンサは鈍い銀色に光り、コイルは逆に明るい銅色に輝いている。
そもそも、俺は独立系の新聞社を経営しているのだが、手先が器用なのと電気系の技術を身に付けているおかげで、こう言った修理屋のような仕事も多い。いや、正確にはそちらの稼ぎで食っているのだけどな。
「そうだな・・・・。コンデンサは替えがあるよ。だけど、コイルは無いな。エナメル線を出すから、自分で作りなさい」店の主人は、ずり落ちて来た眼鏡を直すと、奥の棚から部品を探し始めた。
俺はその間、ショーケースの中の模型たちを見て回った。どれも最近作られたものだが、何故かこう言ったもののデザインも古臭いものが好まれていて、そう言う製品が多い。俺は並べられている模型の中に、今は決して見られることが無くなったレシプロ機のプラモデルを見つけ、買おうかどうしようか悩み始めた。
「はい、コンデンサとエナメル線ね。コンデンサの方は、もう新品がなかなか手に入らないから、取り外し品だけど」主人がそう言いながら、コンデンサの容量をチェックをしている。その間も、俺はレシプロ機のプラモデルに眼を釘付けにしていた。ちょっと高いけど、買うかなぁ?
「おう、容量ぬけは無いみたいだな。えっと、それじゃお代は・・・・・・」主人が算盤を弾き始めると同時に、
「あ、あのプラモも一緒に!」と、俺は怒鳴っていた。老主人はそんな俺を見つめニヤっと笑うと、ショーケースからプラモデルの箱を取り出して来た。箱に描かれたイラストが、これまた素晴らしい。写真なんかよりも写実的に見えるような、そんな作風のイラストだ。
「毎度ありー。じゃ、合計は・・・・」
俺は思った以上の合計金額に驚いたが、しぶしぶと財布の中から札を出すと主人に渡した。
模型店からの帰りがけに、俺はふと、路面に桜の花びらが舞い散っているのを発見した。俺は自転車を止め、頭上に視線をうつす。そこには、既に三分散りになった桜の木があった。本物の桜の木が残っているなんて・・・・、やはりこの町はいいなぁ。
俺は舞散る花びらを一枚手にのせると、しみじみとそう感じた。いつもは荒廃し切った地区で生活しているので、時折こう言う情景に出会うと心から和む。うーん、雅びだ。
「あ、はぅ~。お、おばちゃん!2番が出たよ!!」
俺が雅びの心に取込まれていると、ふと横から来たことがある声がする。あれは優恵だな。何をしているんだ??
優恵の方を向くと、彼女は駄菓子屋の店先で何やらはしゃぎながら店のおばちゃんと話していた。
「おい、学校からの帰り道に何しているんだ?買い食いか?」俺が自転車を店先に止めながら訊ねると、優恵は驚いたのか、尻尾を天に向かって一直線に持ち上げた。だから、そう言うことをすると、パンツが見えるって。
「え、えええ!な、何で、拓人さんがここにいるのっ!?」優恵は尻尾と耳を激しく動かしながら、慌てふためく。
「ほら、仕事で使う部品を買いに来たんだよ」俺はそう言うと、自転車のカゴに入っている紙袋を見せた。
「あ、そうなんですか~。で、みてみて~。ほら、2番が当ったんだよ!」優恵は期待のあまりに、そわそわと身をよじりながら、店のおばちゃんが何かを出すのを待っている。
「はい、優恵ちゃん。よかったわねぇ」おばちゃんが出して来たのは、俺の拳ほどの大きさがあろうかと言う、大きなスーパーボールだった。そう、あの玩具の中でも『ものすごく良く弾む』と言った、役に立つのか立たないのか全くわからない特徴をウリにしている、あれだ。
「やったああああ!」優恵はスーパーボールを受け取ると、控えめな力で地面に叩き付ける。そして、自分の頭上に上がったボールを嬉しそうにキャッチした。そう言えば、優恵が嬉しさのあまりにスーパーボールを思いきり叩き付けて、一瞬でなくしてしまったこともあったなあ。ちなみにその話は大昔のことではなく、つい先週だったりする。優恵は戸籍上、一応、花も恥じらう乙女で高校生なんだけど。
「良かったな、じゃあ帰るか」俺は笑いながら眼を細めると、優恵の頭を撫でた。その隣で大きな耳が嬉しそうに上下する。
「うん!」
「あ、待って優恵ちゃん!ほら、よかったら彼氏と食べて。好物でしょ?」店のおばちゃんは、帰ろうとした優恵を引き止め何かを手渡した。
「え?拓人さんが、彼氏?あわわわわわ・・・・・・・」優恵は顔を真っ赤にしながら、頬に手をあて尻尾を元気良く振る。
「ば、ばか!何で赤くなるんだ!ほら、お礼を言え!」俺も何故だか顔が熱くなるのを感じた。
「あ、ありがとう、おばちゃん・・・・・」優恵は、おばちゃんにおじぎをすると、そのままスタスタと歩き始めた。
「あらあら、可愛いわね~」おばちゃんは優恵をからかうと、また仕事へと戻って行った。
「あ、あぅ・・・・、わたし、彼女に見えるのかなぁ・・・・」優恵が何やらはずかしことを口走りながら、おばちゃんに貰ったものを手の中で転がしている。俺はそんな優恵にツッコミを入れることを諦め、話を別の方向へと向けることにした。
「おい、何を貰ったんだ?」
「へ?はへ??」俺の呼び掛けに、優恵が過剰なまでに反応する。そして、手に持っていた何かを落としてしまった。俺は慌ててそれを拾うと、優恵に手渡した。
「あー、落としちゃった。でも、開ける前だから平気だよね」優恵は顔を赤くしながらも、それを俺の手から受け取った。優恵がさっき貰って、そして落としてしまったもの。それは、ヨーグルト風の駄菓子だった。ヨーグルトと言っても、実際はショートニングか何かに砂糖をまぶしただけのやつだ。
「あ、それか。優恵の好物だもんな」
「うん、二つ貰ったから一つあげます」
俺は優恵から駄菓子を受け取ると、蓋を開けてその場で食べ始めた。自転車を押しながらなので、かなり行儀が悪いが、まあ、駄菓子はこうやって食べないと風味が損なわれてしまう。
「わー」優恵はスーパーボールを鞄にしまいこみ、ヨーグルト風の駄菓子を堪能した。「これと焼き芋があったら、他には何もいらないよ」嬉しそうに木ヘラについたヨーグルト風の何かを、ペロペロと舐めている。
「おいおい、ずいぶんと片寄った食生活だな」俺は苦笑しながら、その菓子を食べ終えた。優恵も同時に食べ終えたのだが、まだ食べたりないのか指を容器に突っ込んで、最後の最後まで舐めとろうとする。
俺たちは、それからゆっくりと桜の舞い散る道を歩いて行った。ずっと、この幸せが続くことを祈って。明日も今日みたいな良い日であることを願って。
これで、グラウンド・ブランクの1巻は完結します。この巻では、世界の説明とインターミッション的な作品がメインでした。2巻からは、一話完結のお話が始まります。お楽しみに。