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89.復活

「……ぅ」


 全身に蘇る激烈な感覚。先ほどまでの白い世界にはなかった雑音と、カビたような匂い。自分の周りに満ちる強い光。

 頭が痛い。体が冷たい。胸のあたりに違和感がある。体が強張っていて起き上がることができない。

 次第に光が落ち着いていく。


「……先輩?」


 覚えのある声が耳朶を打つ。

 坂上だ。

 体どころか舌すら満足に動かせない。坂上の声に応えようとしても、視線を向けるくらいしかできない。


「……ぉ、さぁぁい」

「先輩っ!」


 舌足らずながらも俺を呼ぶ声に応じると抱きつかれた。勢い余って坂上の肩が喉に当たった。苦しい。

 けれどもなんだかいい匂い。生き返った反動か、嗅覚と聴覚と視覚は妙に鋭敏になっていた。

 だが、なんたることか。触覚がえらく鈍いのだ。しばらく血が流れていなかったせいか体が冷え切っており、筋肉が固まっていて感覚が薄い。坂上と密着しているのに感触は感じられない。

 ……逆によかったか。これで感触までバッチリ感じてたら坂上を異性として見るようになってたかもしれない。

 それはあんまりよろしくない。


「ぁ、がみ、苦しい。肩が喉に入ってる」


 そろそろ本格的に息苦しくなってきたので指摘すると、坂上はバッと身を離した。

 抱きついてきたのは完全に勢いだったのか。ほんのり顔が赤い。単純に蘇生をやりきった興奮からかもしれないが。


「よかった……本当に死んじゃってたから、もうダメかと……」

「さか、がみのおかげ、だ。蘇生魔法がなかったら、たぶん死んだままだった」

「? わたしが蘇生魔法を使ったって知ってるんですか? それに妙に落ち着いているような……」

「ああ、死んでる時にちょっとな」


 ようやく舌が回るようになってきた。腹筋に力と気合を入れて上半身を起こす。

 肩を回してみると、めちょごりっと形容しがたい音がした。なかなか異様な音がしたので坂上も目をむいていた。

 これが死後硬直というやつか。死後どれくらいで硬直し始めるんだったか。

 体のあちこちが痛い。潰れたらしい胸も治っているが、あちこちが細々と痛むのだ。

 けれどもまあ、痛みも生きている証拠と思えばそう悪くない。

 死んだ実感がなかったと言っても、今なら分かる。死んでいた時の感触はえらく空虚だった。戸惑いの方が大きくて気にすることもできなかったが、死んでる最中は自分と周囲の境界があいまいになっていた。

 そのことを自覚できた今。ようやく自分が死んだことを本当に理解できた気がする。


「あー、坂上。遅くなったけど、ありがとな。おかげで生き返れた」

「お礼なんていいです。わたしがしたくてやったことですから」

「そう言われてもな。坂上に借りが積もり過ぎてどう返せばいいか分からなくなってきたよ」


 四ノ宮戦の後に治してもらったことといい、師匠との訓練の後にちょくちょく診てもらっていたことといい、今回生き返らせてもらったことといい。

 命の恩が三回分くらい溜まっている。そろそろ返しきれるレベルを越えている。

 この借りを完済できるほどの危機が坂上に訪れないと嬉しいのだが。


「借りだなんて、そんな。……ぜんぶ、自分のためにしたことだし」

「ん? 今なんて?」


 目を逸らしてから言われたことは声が小さすぎて聞き取れなかった。


「なんでもありません。そんなことより、蘇生が成功してよかったです」

「ああ、本当に助かったよ。成功してなきゃ今頃俺は――なんだ。本当に死んでいた」


 星の流れが云々と。いろいろ聞いた気がするのだが詳しく思い出せなかった。

 感覚がはっきりしていくにつれて死んでいた時の記憶がぼやけていく。まるきり思い出せないのではなく、遠ざかっていく感じ。詳細が曖昧になってとっさに思い出せない。

 あれは夢みたいなものだったのだろう。ひとまず頼まれごとをしたことを覚えているのでよしとしておく。

生き返らせてくれた坂上とあの女性――ティスには感謝してもしきれない。


「ところで坂上。戦争はどうなったんだ? 俺は黒いのと戦ってた時までしか記憶がないんだ」

「どうなんでしょう。わたしも先輩の体が運び込まれてからずっと蘇生に集中していたので……」

「悲鳴とか聞こえないから最悪ではない、かな。確認してくるか。……ぃよっと」


 両足に力を入れて立ち上がる。

 まだ足元はおぼつかないが、立ち上がることはできた。ストレッチをしていくと少しずつ筋肉がほぐれてくれた。

 戦うのは無理そうだけれども歩くくらいは問題ないはず。ひとまず建物の外を目指す。

 扉を開くと鬨の声が聞こえた。

 どうやら勝ったらしい。

 戦争そのもののことは分からないが、今日の戦いは終わったものと見ていいのだろう。


「……先輩!?」


 緊張の糸が切れた。

 強張っていた体から力が抜ける。疲れが出たのかひどく眠い。開いたドアにそのままもたれかかって座り込んでしまった。

 慌てた坂上が駆け寄ってくる。大丈夫だと手で制し、空を見上げた。

 ちょうど陽が沈む直前。空は赤々と染まっていた。

 昔から夕焼けは『しずみゆくもの』のメタファーだと言う。

 けれど、今の俺には安息の訪れを示しているように見えた。


 安息はつかの間のものかもしれないけれど。

 それでも今くらい、気を緩めてもいいと思った。


 死んでいた時のことは脳に記憶として刻まれていないぶん曖昧です。

 それゆえ主人公にとっては思い出しにくいもの。おおよそどんな話をしたのか覚えていても、詳細は頑張らないと思い出せません。

 嫌な感じもしないしまあいいか、という程度の認識です。


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