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85.初陣

 フォルトに魔族が本陣から出てきたという情報が届いた。

 二回目にしてようやく本番といったところか。今度は日野さんの魔法で一網打尽とはいかないだろう。

 準備も二度目。速やかに兵士が配置され、街も戦闘ムードになった。

 兵士は緩んでいるかと思いきや、意外と緊張感を持っていた。

 今度こそ本当に戦争が始まるのだから当然と言えば当然。ゴルドルさんも手を打っていた。俺も緊張感を持たせる一因になれたなら幸いだ。


「……けど、嫌な予感がするんだよなあ」


 ゴルドルさんたちが上手く盛り上げたのか兵士たちの士気は上々。

 日野さんのおかげで勇者という分かりやすい希望を見出しながらも油断はしていない。

 個人戦力としても、この世界に来てから見た中で最強の師匠がいて、日野さんという呆れるほどの大火力がいて、怪我をしてもすぐに治せる坂上がいる。四ノ宮はいまひとつ信用できないが、範囲魔法ぶっぱを連発するくらいならできるだろう。浅野もいるし。

 総じてかなり強力な布陣と考えていいはず。初戦で魔族の戦力をかなり削げたはずなのでその点も優位。

 なのに、俺はけっこう強く嫌な予感を持っていた。

 理由は分からない。ていうか理由や根拠が確かなら予感とは言わない。


 防具(といっても見た目は普通の服)を着こみ、腰に長短の二刀を下げ、背中に太刀を括り付ける。

 戦闘準備はオーケー。それぞれ動く邪魔にならないよう装備するのに苦労した。


「あれ? 魔族が減ってない」


 前回と同じく外壁に登り魔族の様子を伺うと、前回とほとんど変わらない数の魔族がいた。違いがあるとすれば、黒いもやを人型に押し固めたような連中が増えていることか。

 増援はなかったはず。魔族の本陣はフォルトの斥候が見張っている。日野さんに処理されたのと同数の魔族がやって来たらすぐに知らされる。

 兵の半分以上を出し惜しんで本陣に待機させていたのだろうか。

 不自然だが、それ以外に思いつかない。


「……まあいいや。それでも初見殺し一発で数を半分近く減らせたんだから大金星だ」


 仮に前回やってきた魔族が全兵力の半分だったとしても、最初の一撃で大した損害もなく潰せたなら大した収穫だろう。

 初戦の圧勝は都合のいい事故だと思った方がいい。これ以上ラッキーパンチが続くはずがない。


 なんて考えながら観察していると、フォルトで膨大な魔力が蠢いた。

 初戦と同じ炎弾。威力は同等。数は抑え目。

 十数の炎弾が魔王軍に向かって飛んで行った。

 これで防がれずにまた魔族を焼き尽くしたら爆笑なんだけど、そうは問屋が卸さない。

 魔族を守るように橙色の壁が展開された。


「くっ、対火炎特化の防御魔法か……!」


 すぐ横で戦場を観察、指揮官に情報を伝えていた人が憎々しげにつぶやいた。

 壁は炎弾に当たると炎の一部を吸収し、それからドカンと砕けて消える。

 炎弾は威力を弱められたあげく、壁が爆発する衝撃で散らされてしまう。


「ええと、旦那。あれはどんな魔法なんですか?」

「火炎魔法の威力を削いで防ぐことに特化した魔法です。他の魔法に対しては完全に無力でも、火炎魔法ならほぼ確実に防げる」

「なんてピンポイントな魔法だ……」


 だが、相手の手の内が分かっているならこの上なく有効だ。

 降り注ぐ縁談は橙色の壁に拒まれ、ことごとく消えていく。

 炎弾の散らしきれなかった部分が飛び火して、魔族の集団のはしっこにいる人を焼いたりしていたが気にしてはいけない。


 炎弾が止むと魔族たちは一斉に突撃してきた。

 その判断は正しい。

 攻撃魔法は無差別だ。乱戦になればおいそれと使うことができなくなる。一気に近づき乱戦を形成するのが何よりの対策となる。

 だが、日野さんも現状は想定内だったらしい。

 炎弾を撃ち終えてからさほど間を開けず、大きな魔力がフォルトでのたうちまわる。


 今度は炎弾ではない。巨大な氷の塊がフォルト上空に現れた。

 氷塊の形状は球。たぶん直径百メートルを超えている。体積は500万立方メートルくらいか? 重量は知らん。

 炎が通じないなら炎以外で攻めればいい。

 極めて単純な話だが、分かりやすくていい。

 こんなデタラメな質量、まともな方法で防げてたまるか。

 氷球が姿を変え、楕円に近い形状になる。ライフル弾のように回転がかかり、とんでもない速度で撃ちだされた。

 俺は身を低くして衝撃に備える。

 あんな質量が時速(多分)百キロ超で飛んで行ったのだ。その衝撃は察して余りある。


 しかし、予想した衝撃は訪れなかった。

 氷塊が魔王軍に着弾する前に砕け散ったのだ。

 黒い炎のようなものを纏った何かが氷塊目がけて突撃。氷塊にぶち当たると同時に氷塊の方が砕けた。黒いものに触れた部分から溶けて、水滴も残さず消えていく。


「こないだ炎弾を防いだってのはあいつかな?」


 ここから戦場まではかなりの距離があるためどんなやつかは見えない。けれど、黒いものを扱う魔族には注意しておこう。

 俺にとってはその程度の話だが、戦況に与える影響はもっと大きい。


「……馬鹿な」


 俺の横で戦場を観察していた人が唖然としていた。

 無理もない。日野さんの攻撃魔法は規模も威力も一般兵とは比べ物にならない。

 にもかかわらず真っ向から叩き潰されたのだから。

 これを見た兵士たちが動揺して気圧されたらちょっとまずい。精神論は好きじゃないが、勢いが大事なのは確かだ。勢いを失くして冷静になっても殺し合いの只中に飛び込めるやつは少数派だろう。


 そうこうしているうちに魔族たちとフォルト軍が衝突する。

 同時に青い閃光と紫電が迸る。四ノ宮と浅野だ。日野さんには及ばないものの相当な魔力をつぎ込んだ攻撃魔法がガンガンぶっ放されている。

 対して魔族。日野さんの氷塊を消し飛ばした黒いやつは勢いを緩めることなくフォルト軍の中に突っ込んできた。

 無双ゲーよろしくフォルトの兵士たちが蹴散らされている。近くで見ない分にはコミカルな光景だ。

 あっさり倒された連中と逃げようとする連中でフォルトの隊列はしっちゃかめっちゃか。なだれ込んでくる魔族によって乱戦が形成される。これで日野さんは迂闊に魔法を撃てなくなった。取り乱していたフォルト軍の方が劣勢か。


「なんだあの黒いのは!? このままでは簡単にフォルトまで到達されてしまうぞ!」


 嘆くように戦場を観察している人が叫んだ。

 まったく仰る通り。黒い魔族は兵士たちをものともせずフォルトまで一直線に突き進む。

 四ノ宮と浅野も黒いのに気付いたらしく魔法の方向が黒い魔族に向きそうになるが、すでに黒いのはフォルト軍の中。さすがに味方を巻き込むような魔法は撃たなかった。

 ヒラ兵士に黒いのは荷が重い。あの様子だと一万人いても倒せないだろう。

 けど、俺は大して心配していない。なにせ――


「っ!? 黒いのが吹っ飛んだ?」

「お、きたきた」


 フォルト軍の中に喰い込んでいた黒い魔族は、魔族軍の側に弾かれた。それに追い打ちをかける影がひとつ。遠すぎて影の詳細は見えない。

 俺が知ってる中で黒いのとやりあえそうなのは二人。

 そのうちの一人はゴルドルさん。しかしゴルドルさんは兵の指揮もある。単独行動はしないだろう。

 となるとあの影はもう一人の方だ。


「あの黒い魔族を吹っ飛ばしたのは、いったい……」

「師匠――ヨギさんだよ。戦場を自由に動ける中で、あの黒いのをどうにかできそうなのはあの人だけだ」


 その証拠に黒い魔族と追撃した影が落ちた地点にいた有象無象の魔族が一瞬で切り刻まれた。相変わらず意味の分からない速さだ。

 死神めいた黒いのがいなくなったことでフォルトの兵士も多少は落ち着いた。何度か男の声が轟くと、兵士たちが体形だった動きを取り戻す。一方的に魔族に押されていた戦線が立て直された。


 戦況は拮抗し始めた。

 時折四ノ宮と浅野の魔法が放たれ魔族の数を大きく減らす。師匠と黒いのが戦う余波に雑魚魔族が巻き込まれる。

 日野さんはあれ以来魔法を放っていない。

 当たり前だ。前線はかなりの混戦模様。大規模な無差別攻撃なんてしたらいたずらに味方を殺すことになる。

 ちょいちょい数人の兵士が後退し、後方支援者のいる場所に向かう。すぐに怪我を治し武具を補給して戦場に戻っていく。


「……さて、そろそろかな」


 いくらか魔族が前線を突破し、フォルト側に向かっている。

 今のところ後方支援者たちを守る兵士が弓や魔法で処分しているので問題はないが、もしもまとまった戦力になだれ込まれたら危険だろう。

 後方支援者たちの詰所が潰されたら立て直しは難しくなる。突破してきた魔族は早め早めに間引いておくが吉。

 詰所には坂上もいるのだ。死守せねばなるまい。最悪、坂上だけでも引っこ抜いて逃げる。


 今のところあまり心配はいらなそうだが。突破してくる連中は少数。俺にとっても都合がいい。


「そろそろ? ムラヤマ様、何をなさるおつもりか」


 戦況を観察していた人が怪訝な顔でこちらを見ている。

 四ノ宮との試合で邪悪丸出しのオーラをまとったり、一方的に叩き潰したりしていたせいか。視線からほんのり疑念を感じる。


「そんな警戒しなくていいよ。フォルトに不都合なことをする気はないし。後輩を守りに行くだけだから」


 ついでに魔族とコンタクトをとるけど。

 本音の一部は言ってないが、嘘もついていない。

 外壁にロープを括り付け、それを掴んで飛び降りる。ロープを握る強さで落下速度を調節する。

 普通なら手のひらを火傷して皮が剥げるような無茶だが錬気をまとえば大丈夫。錬気は摩擦熱で焦げたりしない。それでもちょっと手のひらに熱が伝わるけど。

 地面に着いたら一直線に駆け出す。

 目指す先は戦線を突破してきた魔族。今までよりも大きめの集団である。

 ひとまず話をする。

 もしも明確に敵だとしたら誰かが食い止めなければならない。

 後方支援の詰所を守る戦力はそう大きくない。

 手が回らないようなら、詰所を守る手伝いをしてもいい。坂上はフォルトの生命線。守るために戦うのもやぶさかではない。


 体に錬気を巡らせて走れば戦場に着くのはあっという間。逆を言えば敵もあっという間にフォルトに到達しうるということ。要警戒。

 後方支援組は基本的に流れ矢を防ぐためにテントの中にいるので、すれ違いざまに坂上を見ることはできなかった。今のところ運び込まれる怪我人は多くないようなので大丈夫だと思うが。


 黒い魔族によって混乱させられた時に戦線を突破してきた魔族はそこそこいる。

 俺はそんな魔族の、まだ兵士たちが対応できていない一団の前に立ちはだかる。

 外見は分かりやすく人外なのが五体。ゴルドルさん以上の体格に、豚と猿を足して二で割ったものに牙を生やしたような頭をしている。

 あとは黒い木偶人形のような魔族が十ほど。言葉を発さず生気を感じないのっぺらぼう。

 この集団からはほとんど脅威を感じない。その気になればどうとでもできる程度の戦力。おあつらえ向きだ。


「やあ、こんにちは!」

「人間だぁ!」

「ころせぇ!」

「肉だ!」

「いきなりそれか!?」


 サワヤカに挨拶してみたら五体の魔族が狂ったような勢いで飛びかかってきた。

 驚いたがさほど速くない。適当に殴ったり蹴飛ばしたりして対応した。

 わずかに遅れて木偶人形のような魔族が向かってきた。こちらも殴る蹴るで対応してみると、


「!? なんだこれ」


 殴った感触が異常だった。

 四ノ宮を殴った時とは全然違う。生き物を殴れば皮や肉、骨と違った感触があるはずなのにこいつらにはない。頭を殴っても腹を蹴り飛ばしても同じ感触なのだ。

 まるで、粘土を殴ったかのように。

 気持ち悪くて一体の頭を思い切り殴ると、乾いていない粘土細工に触れた時のように頭が簡単に取れてしまった。

 魔族は頭がとれたことにも構わず手を伸ばしてくる。おののきながらも腹を思い切り蹴飛ばすと胴体が上下に分かれ、塵になって消えた。

 ……これは、殺したことになるのだろうか?

 生き物を相手にした感覚がない。あの木偶人形のようなものは本当に魔族なのだろうか。だとすると魔族が生き物かどうかも怪しくなってくる。

 今飛びかかってきた魔族や日野さんが捕まえた魔族、フクロウ魔族ビスティのことを考えると木偶魔族が異常だと思うが。

 なんて悠長に考えていると豚と猿の合いの子魔族の中でも一際大きなやつが大きな斧を振り下ろしてきた。

 あっぶね。余計なことを考えている場合じゃなかった。


「あ、ちょっとストップ! 俺は積極的に敵対する意図はない。ちょっと話を聞きたいだけなんだ」

「……ハナシ?」


 言うと魔族の動きが止まった。先ほど殴り倒した合いの子魔族が続々起き上がっているが、むやみに飛び掛かってはこない。

 問い返してきたあたり会話はきちんとできるらしい。


「そう。ちょっと魔族の目的を知りたいんだ。なんで戦争をするのかとか、宣戦布告の時に言っていた『姫様』って何なのかとか。前に話した魔族は、魔族が人族を殺すのは楽しみのためだって言ってた。それは――」

「……ヒメ、さまぁ?」


 本当なのか、と。俺が質問を全て言葉にする前に魔族が首をかしげた。

 演技には見えない。心底不思議そう――というか、急に知らないものについて聞かれたような様子。顔が人間からは程遠いので表情は読めないが、大きく間違ってはいないと思う。


「なぁにそれぇ」

「……宣戦布告に来たビスティってやつが言ってた。姫様の奪還のために侵攻を再開するって」


 そこはかとなく嫌な予感がする。

重ねて詳しく話すと魔族はぼりぼりと頬を掻いた。


「ああ、ビスティ様がぁ。何か言ってたなあ、あのひと」

「! それ! その姫様についての詳細とか聞きたい!」

「知らないよぉ」

「……知らない? 自分たちが戦う理由を?」

「? なに言ってんの」


 幸運にも会話が成立したと思ったら、どこか噛み合っていない。

 魔族は困惑する俺を呆れたような目で見ている。やっぱり表情は読めないが。


「戦う理由なんて決まってるだろぉ」

「……それは、なんだ?」


 勘違いする要素のない言葉。勘違いしようのない問いかけ。

 すると魔族は笑った。

 魔族の表情が分からない俺にも分かるほど明確に。牙をむき出しにし、口角を上げた。


「楽しいからぁ!」


 歓声でもあげそうな勢いで魔族は叫んだ。


「人族を殺すのは楽しくてぇ、叫ぶ声を聞くのも楽しくてぇ、食べるのも楽しいからぁ!」


 肩から力が抜けた。どっと疲れがきた。

 あのクソ魔族が言っていたことは正しかったらしい。師匠が言っていたことは寸分たがわぬ事実だった。


 まだ何事かまくしたてる魔族のみに集中するのをやめ、視界を広げる。

 戦線を越えた魔族は魔法や矢によっておおよそ討たれている。

 しかし、それすら潜り抜けた魔族もいる。怪我をして退いている兵士に追いつく魔族もいる。

 兵士に追いついた魔族は嬉々として襲い掛かる。

 見える場所にいたのは、地面に倒れる何かに向かってひたすら武器を振り下ろす魔族と、何かを食べている魔族。

 それを見ていい気味だとは思えない。兵士もほとんどは嫌いだが、殺される様を見て笑えるほど歪んでない。

 木偶人形のような魔族はひたすら前に進んでいる。

 どれも理性や正気を感じない。


「だぁからぁ……お前も死ね!」


 目の前の魔族が斧のような武器を振りかぶった。周りの四体も動き出した。

 少なくとも下っ端魔族は駄目だ。ビスティならもう少し会話になりそうだが、戦場にいる魔族から詳しい話を聞ける気がしない。

 さっさと撤退してもいいが、これを放置するのは気が進まない。

 もし万が一こいつらが坂上のところに到達したら。

 坂上なら防御魔法なりなんなりでどうにかするだろう。

 だが、生きた人が喰われるところを目の当たりにしたら。目の前で守りきれなかった人が死ぬのを見せられたら。

 遠くから目の端で見ただけの俺のようにはいかない。目を逸らしたって、逸らした先に死体があるかもしれない。


 魔族が武器を振り下ろす動きはよく見えた。

 残念ながら殺されてやるつもりはない。

 まずは斧を横に避けて足を斬る。動きを封じればあとはどうとでもできる。その後に確実に仕留めればいい。


「……って、あれ?」


 なんて、考えるうちに体が動いていた。

 一歩動いて斧の軌道から体を外す。腰の長剣を抜き、体重をかけた一撃を空振ったせいで低くなっていた魔族の頭を切り落とした。首から噴き出した血は、とっさに避けた。

残りは4体。

 続けざまに襲いかかってくる魔族の動きも見逃さない。

 先頭で襲いかかってきた魔族は武器を振る前に喉を貫いて終わり。

 二体目は短刀で胸を一突きにした。

 残りの二体は同時にかかってきたので、胸をついて殺した魔族を蹴り飛ばしてぶつけた。たたらを踏んでいる間に首を斬って終わらせる。


「……はあ」


 ひとまず魔族の集団をひとつ始末した。緊張が途切れ、大きく息をつく。

 思いのほかひるまずに体が動いてくれた。どうしようか考えている間に魔族を斬り伏せていた。

 これも師匠の訓練の成果か。そういえば殺す気でかかってくる相手と真剣を持って対峙したのは初めてだったはず。

 動揺はあまりない。熊の魔物を殺した時の方が罪悪感があったくらいだ。

 会話ができる生き物を殺したらもっと精神的にくるものがあるかと思っていたが、相手が殺戮狂だったからだろうか。少し鼓動が早くなった程度の変化しかない。

 ふと視線を落とすと魔族の首の断面が見えた。


「……ぅぷっ」


 胃からすっぱいものがこみ上げてきた。殺したことで受けるダメージと死体を見て受けるダメージは別物らしい。

 視線を上げて気を落ち着かせる。

 今見たもののことは考えない。

 思考放棄は馬鹿のすることだが、余計なことを考えないのは能力だ。


 気を取り直して辺りを見回す。

 魔族の本隊と戦っている連中はいい具合に頑張っており押されている様子はない。どかんどかんと遠くから爆発音がするが、あれはおそらく四ノ宮たちが頑張っているのだろう。

 前線を突破した魔族はちらほら。後方支援組の防御はそこそこで、視界を広げると……あ、やだ生きたまま腕かじられてる人がいた。


「ちょっと助けて恩売ってやるか、うん」


 正直、兵士にも知り合いができたと言っても嫌いなやつの方が多い。

 けれども踊り食いされる人を見て何も思わないほど腐っていない。さほどの危険がないなら助けてやろうと思う。

 貸しを作って困ることはないだろう。


 目標は日野さんが捕まえたのと同型の魔族。見た目はそこはかとなく人っぽいが、体が大きく口が裂けており乱杭歯が覗いている。見るからに肉食ですね分かります。

 恍惚とした表情で口を開き、さらに喰いつこうとしている。


「……観察してる場合じゃないなコレ!」


 人が喰われるところを眺める趣味はない。

 錬気を足に集めて全速力で背後に回り、魔族の足を斬る。

 心臓や首から上を狙えれば確実に仕留められるが、頭は高さが足りず狙えない。胸は背中まで鎧に包まれていたので避けた。


「がっ!?」

「あ、兵士さんも潰れた?」


 膝の裏をざっくり斬ると、魔族はその場に、掴んでいた兵士を巻き込んでうつ伏せに倒れた。

 大丈夫かな、と思って伺うのとほぼ同時。魔族の首から剣が生えてきた。

 喰われかけてた兵士は思ったより元気っぽい。


「……無事ですか? 腕かじられた時点で無事じゃないでしょうけど」


 動かなくなった魔族の巨体をどかすと、憔悴しながらもぎらぎらした目つきの兵士が現れた。

 見たとこかなりの満身創痍。あちこちかじられていた腕はあえて見ない。腕を除いても口から血ぃ吐いたりしてるのでやっぱりズタボロである。自力で魔族にトドメを刺す元気があるならすぐに死ぬこともなさそうだが。


「いや、助かった。食い殺されるかと思った……」

「……とりあえず救護所に行ってください」

「ああ、そうさせてもらう。この怪我じゃあまともに戦えそうにない……」


 兵士はがくがく震えながらも立ち上がる。喰われそうになりながらも心は折れてないらしい。ちょっと尊敬。

 後方支援組がいる方に歩いていく兵士を見送り、次はどうしようかと当たりを見回した時だった。


「――――ッ!?」


 猛烈に嫌な予感がした。

 直感の赴くまま全力で駆ける。

 目指す先は戦場の只中。周りにいる連中から大した脅威は感じないので大丈夫なはず。多分。念のため錬気の鎧を普段より強めにまとった。

 一直線に走る邪魔になる魔族は適当に斬った。狙ったのは足。流れ作業で力も込めない攻撃では防具に守られている急所を潰すのは難しい。仕留められてはいないが、足を潰せばあとは兵士たちが適当に処理してくれるだろう。


 嫌な予感の中心地にたどり着く。

 そこで俺が見たのは、

 壊れた盾と槍を抱えるウェズリーと、

 剣を振りかぶった黒い鎧と、

 胸のあたりから血を噴き出しているシュラットと、

 ウェズリーとシュラットを背に庇い、魔族の前に立ちはだかる兵士――レナードだった。


レナード……「別視点.公開私刑前日」に登場した兵士。

そういえばその話でしか出していなかったことを忘れていました。

活動報告にあげた話に彼が出てくる話があるので、このあと本編に移します。


第56部分。「52.5 挿話.兵士」という話です。

失礼いたしました。

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