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閑話・初戦後

 初戦の後の数日は平穏だった。

 フォルト軍はほぼ損害なく初戦に勝利した。

 追撃をかけようという声も上がってはいたが、魔族の戦力はまだ不明瞭。斥候の調べによると本陣には控えがいるようで、待ち受ける流れになった。

 魔族の本陣が日野さんの魔法の射程外にあることも追撃をしなかった一因だろう。よほどのバカでもなければ初戦の勝利が日野さん一人にもたらされたことくらいわかる。その日野さんの攻撃が届かない場所にいる敵には手を出しづらい。

 そもそも、フォルト側は焦る必要がないのだ。防御を固めて待ち構え、増援が来てから反転攻勢に出ればいい。

 長い準備期間を経てから魔族は侵攻を再開した。魔王軍は動員できる戦力はあらかじめ動員しているはず。魔王軍に増援が来る確率は低いのだから、焦る必要はない。多分。


 けれどもゴルドルさんは苦労しているようだった。

 よほどに馬鹿な兵士が楽勝ムードを形成して油断していたのだ。

 気を引き締めろと言ってみても圧倒的な力を見せつけた日野さんがいて、同格とされる勇者があと三人もいる。自然と楽観するバカも現れていた。

 俺も、これなら簡単に戦況をひっくり返して魔族を倒せると笑っている馬鹿を見かけた。

 そういう馬鹿がいくら死んでも悲しくないので放っておいたのだが、ゴルドルさんは違うらしい。


「あんなアホでもおれの部下だ。犬死させるわけにはいかん」


 兵士長として。命を預かる人間として。無駄死にする部下を減らしたい。

 とても真っ当な考え。俺だって人が死ぬところなんて見たくはない。坂上だって死人を出さないために努力をするのだ。

 よく考えればフォルトの戦力が減ったら俺も困る。

 なので、兵士の気を引き締めるために協力することにした。


 方法は簡単だ。大勢の兵士と模擬戦をした。

 俺は素手で。本番同様の装備をした兵士を相手に。

 着ている服はお姫様が用意した特殊な防具だが、見た目で判別するのは困難。問題はない。

 というかそれ以前の問題だった。


「おいコラ、お前らもうちょい気合い入れろ! そんなんじゃ俺にかすり傷ひとつ付けられないぞ! 殴られる趣味はないけど、一発くらい当ててもらえないとかえって不安になるんだが!」


 叱りつける俺の足元には十数名の兵士たち。全員が息を切らし、腹を押さえていたり、苦しげに呻いていたりする。

 腕を組んで仁王立ちする俺は無傷。防具の性能なんて確認することすらできない有様。

 兵士たちの攻撃は俺に一撃たりとも命中していないのだ。


 こいつらは師匠と比べると遅すぎる。

 師匠とやる時は常に先を読みながら戦って、それでも追い付かずに直感だけでかわさなければならないこともあった。速すぎて視認するのも難しい攻撃もちょいちょいあった。

 対してこいつらはどうだ。攻撃は普通に見えるし、見てからでも十分対応できる。

 最初は一対一でやっていたが、だんだんまだるっこしくなってきて何人も同時に相手にするようになって、今に至る。

 極めて楽勝だった。懐に潜り込んで殴り倒し、避けきれない剣が来たら手近な兵士を投げつけて、怯んだ隙に懐に入って――以下繰り返し。

 攻撃は考える間もなく体が迎撃してくれる。反射的に各種急所を狙ってしまう手を止める方が大変だった。


「く……このっ!」

「闇雲にとびかかるだけで当たるか。せめて強化魔法か錬気を使え」


 立ち上がった兵士が剣を突き出してきたので、剣を避けて懐に入り腹パン一撃。兵士は再び地面にひれ伏した。

 正直、最初は剣を向けられるだけで剣をへし折り死ぬ寸前まで殴りそうなほどにビビっていたが、かなり克服できたと思う。適切に回避して反撃にも手心を加えられるようになってきた。


「よくそれで魔王軍くらい楽勝とか言えたな。日野さんに頼りきりのくせに。日野さんだって乱戦になったら下手に魔法を撃てないんだ。油断してると普通に死ぬぞ?」

「……くそっ、お前だって勇者じゃないか。おれたちくらいあしらえて当然だろ」

「勇者は勇者でもハズレだけどな。お前らがそう呼んで笑ってたんだから知らないとは言わせないぞ。魔力ゼロ、訓練初めて半年未満のガキに十人がかりで負けるとか。ははは、くっそザマぁ」

「く、くそ、くそっ!」


 兵士たちは地面を叩いたりより一層呻いたりした。

 やばい、超気持ちいい。

 ちなみに言うと今のところ俺はさほど錬気を使っていない。身体能力で言えば強化魔法を使った平均的な兵士と同程度である。

 それでも圧倒できたのは師匠の調きょ……もとい訓練で身に付けた見切りがあるからだ。

 あと、こいつらの連携がうまく機能していないせいでもある。可能な限り多対一の状況を作り、連携をとって戦う訓練は受けているらしいけれど、基本は二対一か三対一。十人以上でひとりと戦うのは勝手が違う。互いの体が邪魔そうだった。俺がそうなるように動いたんだけど。


「……容赦ねーのな、タカヒサ」

「あ、ゴルドルさん。こんなもんでいいですか?」

「十分っつーか、十分すぎるっつーか。心折れてる奴がいても不思議じゃない光景なんだが」

「この程度で折れる柔いメンタルなんか、粉々に砕いて鍛え直した方がいいですよ」


 リクエスト通り兵士を叩きのめしてみたのだが、ゴルドルさんは眉間を押さえていた。

 ハズレと名高い……名低い? 俺と戦い、敗北することで自分たちの未熟さを思い知らせ、気を引き締めさせようという心づもりだったらしいが、ちょっとやり過ぎたらしい。

 反省はしないけど。ハズレ呼ばわりして笑ってた連中相手に大暴れするいい機会だったと思う。


「そうかもしれんが……今は鍛え直してる時間もないからな」

「ていうかそもそも鍛え方がぬるいんじゃないですか? 実際、訓練初めて三か月くらいの俺にあっさりボコられる兵士ってなかなかどうしようもないですよ?」


 言葉のボディブローを叩きこむと兵士たちがさらに凹んだ。ざまあ。

 季節はすでに夏。アストリアスは緯度が高めなので比較的過ごしやすい。

 主観的には長い三か月だったが、訓練するには短期間もいいところ。あっさり俺に負けてしまった兵士諸君らにはもっと気を引き締めてほしい。余計な怪我して坂上に無駄な負担をかけるとか許さない。


 ……そういえば、もう三か月も経ったんだよな。

 ふっと家の冷蔵庫のことをが頭をよぎり背筋が冷えたが、考えても仕方がない。頭の隅に恐怖を追いやった。


「お前が受けた訓練が特殊なんだ」


 ゴルドルさんは難しい顔をしていた。うん、知ってる。

 俺は手近な兵士の前にしゃがみ、声のトーンを落として語りかける。


「俺さ。こないだ魔族を一掃した魔法を撃った勇者……日野祀子と話す機会があったんだ。その時に聞いた話だと、魔法の一部は無効化されたそうだよ」

「!?」


 兵士たちが顔を上げた。

 その表情は驚愕一色。

 当然だ。最強と思い込み油断するタネになっていたものが、一部分とはいえ攻略されていると聞かされたのだから。


「嘘と思うかもしれないけど、それならそれでいい。ただ、俺個人にお前らを生き残らせたい理由がないことは忘れるなよ。この忠告だって、ゴルドルさんがお前らを犬死させたくないって言ったからしてやるんだ。そのへんはちゃんと考えた方が賢いと思う」


 兵士たちは黙り込んでしまった。

 呻いていた者も地面を叩いていた者も、若干苦しそうではあるものの考えている様子。

 こんなガキンチョ(業腹なことに、アストリアス人の目から見ると俺の外見年齢はいいとこ14らしい)に惨敗し、油断の根拠になっていたものの不確かさを知ったのだから、様子が変わらなくては困る。

 立ち上がってゴルドルさんに目配せすると、ゴルドルさんはしっかり頷いてくれた。

 ミッションコンプリート。俺は次の魔族戦に備えることにしよう。さっさと訓練場をあとにする。


「……兵士長。もう少し稽古つけてもらえませんか?」


 訓練場に向いた背中にそんな声が届いた。

 良くも悪くも単純な連中らしい。

 日野さんの魔法を見て改めて勇者の隔絶した力を思い知ったが、戦争はそれだけで勝てるものではないはずだ。

 彼らは俺よりも当事者なのだ。しっかり頑張ってもらおう。

 兵士たちが強くなってくれれば俺は安心。魔族の脅威に怯える必要がなくなる。

 彼らにしても生き残り、フォルトを守れる可能性が上がって好都合。


 背に浴びた気合いの一声が心地よかった。


本編は28日か29日あたりに更新する予定です。

……予定です。

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