82.戦争前夜
たまには主人公ヨイショ回
あと、最近出番がなかった人たちを出す回。
保険の設置を終えた俺とグイーダは日野さんに連れられてフォルトに戻った。
アストリアスは今まで何度も襲撃をかけられて領土を奪われているらしい。脅威に何度もさらされているだけあって城の中にも緊張した雰囲気が漂っている。
夕飯を食べに食堂に来たが、いつもほどのにぎわいはない。
「そういえばチファ、フォルトの連中にはどれくらい現状のことが伝わってるんだ?」
「えと、どれくらいっていうのは……」
「魔王軍が攻めてきたってこととか。魔族の戦力がどれくらいかとか」
「わたしも城に住み込みなのであんまり街のことは知らないんですけど……最近はまた商人の人たちがいなくなってます」
「やっぱり広まるもんなんだなあ」
人の口に戸は建てられぬ。俺がハズレの勇者という話も広めたのではなく、広まっていたから使っただけのようだった。
不安を煽らないように情報規制するのも戦略なのだろうが、可能かどうかは状況によりけりだ。
耳の早い商人たちはもう逃げ始めているようだし、住民だってそういった異変から現状を察する。
「そういやチファはあっけらかんとしてるな。戦争が始まるってことは知ってるだろ。怖くないのか?」
「んー……あんまり怖くないですね」
ちょっと考え込む様子を見せるも、やはりチファは気負いなく言った。
強がりには見えない。ちょっと不思議だ。
「戦争が始まるのはこわいことだと思います。でも、わたしは兵士のひとたちが魔物をたくさん倒すところも見ているんです。だから、あんまり怖くはないです」
「……なるほど」
チファは聡いが子供だ。伝聞の情報ではなく自分が見たものを純粋に信じられるのだろう。
こうしてチファが落ち着いていられるのも兵士連中の積み重ねのおかげ。
グッジョブだと言いたいところだが、ちょっと妬ましい。
「それに――」
「ん?」
「タカヒサ様もいますから。魔族がどれほど強くても、なんとかなっちゃうんじゃないかなって思ってます」
「……チファの中の俺はどんだけ強いんだ」
嫉妬した罰が当たったのか。無邪気に辛い言葉を喰らう羽目になった。
そうだよな、嬉しいのは身の丈にあった信用を寄せられた時だ。不相応な信用を寄せられても、その重さに潰されてしまう。
チファに答える声もいがらっぽくなったと思う。けれどチファは動じなかった。
「だってタカヒサ様は勇者にだって勝ってみせました。訓練だって始めて一年もたってないのにあのヨギさんと戦えるようになったんですよ? なら、魔族だってどうにかできても不思議じゃないです。ここ何日か、いろいろしていたみたいですし」
にやー、とチファは笑った。
俺が保険をかけたり逃げる準備をしていることはお見通しらしい。
「……まあ、そうだな。最低でも最悪の状況は回避してみせようじゃないか」
チファの前だ。虚勢を張って笑ってやる。
こんなチビッコがどっしり構えているのに、年上の俺がびくびくおどおどしているばかりじゃみっともない。
内心怯えていてもそれを表に出さない程度なら俺にもできるのだ。
チファもまた、応えるようににかっと笑う。
そんな様がおかしくて俺は笑い、チファもおかしかったのか、声をもらして笑っていた。
夕食後、自室に戻ってベッドに腰掛け考える。
魔王軍の移動速度は予想していた最速のペース。予想到達日時は明日の夕刻だ。
ここ数日は細々とひとりでできる保険をかけたり、いざって時に逃げる用意を整えたりしていた。
実際にこの目で見たところ、魔王軍の戦力はフォルト軍を越えている可能性がある。
正直、不安しかない。チファには虚勢を張ったが、荷造りするよう言っておいた方がよかったかもしれない。
当たり前の話。まともな思考力の持ち主だったら仕掛けるのは勝算が十分ある時だけ。魔王軍が攻めてきたということはほぼ確実に勝てるだけの準備が整っているということだろう。
その必然的劣勢を覆すための切り札が勇者なわけだが。
日野さんの火力がとんでもないことは聞いている。見たことはないけど。
坂上の回復魔法の威力は身をもって知っている。
しかし浅野の実力は未知数で、四ノ宮のポンコツっぷりは身に染みている。それこそ嫌ってほどに。
……やっぱり不安の残るラインナップ。
となると希望はヨギさん――師匠と、中央から派遣されるという兵団だ。
最低限、中央からの連中が来るまではフォルトを守りきらねばならない。
テレビゲームなら無理難題に見えてもクリアできるように調整されているが、これは現実。どうやって相手に無理ゲーを強いるかが肝心になってくる。
「……まあ、可能不可能以前にやりきる以外の選択肢はないんだけどな」
俺にとってもフォルトは重要な生活基盤だ。
いざという時にフォルトを飛び出せるよう準備はできているが、飛び出すような事態にならないことが一番。
魔王軍の侵攻を最悪でもフォルトで止められるように保険もかけた。
他の兵士や四ノ宮たちにとっての『やりきる』は『フォルトを守りきる』ことだろうが、俺は違う。俺の『やりきる』は『最悪でも保険を発動させる』こと。自分たちが生き残る結末を作ること。
あとは本番でなってほしい方向に向かってくれるように手を尽くすだけ。
やるべきことはやったはず。今、城でできることは多分ない。
「ムラヤマ様、少々よろしいでしょうか」
今日はもうゆっくり休もうか。そう思ってベッドに寝転がると部屋の戸が叩かれた。
覚えのある声。ジアさんだ。最近は話す機会もなかったが、魔力感知も使ってみれば間違えたりしない。
「はいどーぞ、どうしました?」
扉を開けるとジアさんが小包を抱えて立っていた。
城の中の緊張した空気のせいか、いつもより表情が硬い。もともと表情豊かとは言い難い人だけれども。酒飲んだ時以外。
「本日はムラヤマ様がお求めの防具を持って上がりました」
「あ、お姫様に頼んでたやつ。もうできたんですか?」
「ええ、素材は手元にあったので。ご注文もシンプルで動きやすいもの、とのことでしたので装飾も施していません。おかげで製作に時間がかからなかったのです」
どうぞ、と差し出された小包を受け取る。開けてみると、確かにシンプルな服が入っていた。
端的に言ってしまえば黒い長ズボンと長袖のシャツ。一切装飾が施されていない。
とはいえ手抜きというわけではない。仕立てがかなりいい。これなら大雑把に洗濯してもほつれることはなさそうだ。
最後に丈の確認をするとのことなので一度ジアさんには部屋から出てもらい、着替える。
着心地は普通のシャツとズボン。肌触りがよく、軽い。軽く引っ張ってみると伸縮性もあった。普段着としても丈夫そうだ、
着替え終わったらジアさんを再び部屋の中に招く。
「どうでしょうか」
「丈もちょうどいいですね。作る過程でサイズを測りもしなかったのに」
「わたくしの礼服を着用された際のお姿を覚えていましたので」
「それだけで正確なサイズが分かるもんなんですね……」
プロの技というやつは計り知れない。普通は目分量でぴったりのサイズになんか仕上げられない。
ジアさんは俺の全身を見回し不具合がないことを確認すると、一度頷いて一歩離れた。
その様子と口ぶりから察するに、仕立ててくれたのはジアさんらしい。
「その服はわたくしの礼服と違い、持ち主の魔力を必要としません。そのぶん性能は少々劣りますが、それでも下手な鎧よりは丈夫です。ただし、衝撃吸収力にも防刃性にも耐魔力にも限界はありますので、くれぐれもご油断召されぬよう」
「……肝に銘じておきます」
もともと俺は防御力が極端に低い。
錬気の鎧で些少は補えても頑強とは言い難い。攻撃には当たらないことが前提なのだ。
防具と言っても所詮は服。鎧じゃないぶん打撃には弱い。万が一攻撃に当たった時にダメージを軽減する程度と思っておこう。
「では、何かご質問などございますか?」
「んー……服のことじゃなくてもいいですか?」
「? 構いませんが」
「単純な好奇心なんですけど、ジアさんにとってフォルトは大事な場所ですか?」
服のことじゃないと言った時点で怪訝な顔をしていたジアさんは、続く質問を聞いて首をかしげた。
何の脈絡もない質問であることは自覚している。
けれど、知っておきたかった。
この街で出会い、優しくしてくれた数少ない人たちがこの街をどう思っているのか。
ジアさんは眉を下げながらも質問に答えてくれた。
「わたくしにとって、この街そのものに大した思い入れはありません。仕事の都合で街に出ることもあまりなかったものですから。これ以上魔族に侵攻されないよう食い止めたいとは思いますが」
「……なるほど。ありがとうございました」
そういえばジアさんはお姫様のお守りとしてフォルトに来たんだったか。
となるとフォルトに来てから時間も浅い。本人が言うとおり街に出ず、住民との交流もなかったなら思い入れなんてそうそうできないだろう。
「では、わたくしはこれで」
「お疲れ様でした。お忙しいところ、防具まで作ってもらって、ありがとうございました」
「いえ。ムラヤマ様も、ご武運を」
そう言ってジアさんは踵を返す。
武運を、と言われた俺はわずかに感じた罪悪感をごまかすために白状する。
「武運って……申し訳ないですけど、俺はフォルトのために戦うつもりなんてないですよ。戦場に出ても大したことはできないでしょうし」
「そうでしょうか」
部屋から出ようと俺に背を向けていたジアさんが振り返った。
無表情なのは変わらないが、先ほどよりもほんの少し和らいでいるように思えた。
「わたくしは、ムラヤマ様は戦っているかと思います。そしてきっと、他の勇者とは異なった影響を戦場に与えるのだと」
「そんな馬鹿な。なにか根拠でもあるんですか? 俺には戦う動機も戦況をひっくり返す力もないんですよ」
「根拠、ですか。そうですね……」
こちらから尋ねると、ジアさんは口に手を当て思案顔。
数秒すると何か思いついたのか、いたずらっぽく笑った。
「女の勘です」
「……そうですか」
やられた、と思った。
いつぞやジアさんにいろいろ聞かれた時に、俺は「勘です」と答えた。
その手前、根拠は勘だと答えられたら何も言い返せない。
まして女の勘なんて言われたら男の俺には何も返し手がない。
脱力しながら、きっとさぞ情けない苦笑を浮かべているであろう俺を見るジアさんは無表情ながら得意げな様子。どやぁ、とか効果音が入りそう。
分かりやすい表情こそ浮かべていないが、相当ご機嫌だと直感が囁いた。直感は危機察知スキルじゃなかったのか。
「では、私は失礼しますね。何かあったらまたお呼びくださいな」
あ、やっぱりご機嫌だこの人。口調が若干砕けてる。
俺は情けない顔を浮かべたままジアさんを見送った。
次回、戦争開始。




