9.凡人
おしゃべりしている間に、判別の間についていた。
重々しい扉をの奥。そこは恐ろしく怪しい部屋だった。
真っ暗な部屋。小さなテーブルの上には紫色の布に乗った水晶玉。窓もランプもない中で、水晶玉だけが光を放っている。
水晶玉を正面に据えるのは一人の老婆。
これぞ魔女、という具合に黒いローブと三角帽子をかぶっている。
うん、怪しい。仮にここが日本で、公道ですれ違ったら即通報しちゃう程度には怪しい。
扉が開いたことに気付かないはずもないのに、微動だにせずじっと水晶玉を見つめている。
目に光がない。虚ろだ。
怖いんですけど。帰りたいんですけど。
「ババ様、勇者たちを連れて参りました」
お姫様が声をかける。一応敬語で話しているあたり位の高い人なのだろう。
するとババ様? の視線が少しだけ上がる。
目が合ってしまった。
ギラリとその目に光が宿った。ひいっ!
「おお、おお、おおお! そなたらが勇者か! 見える、見えるぞ! 輝かんばかりの力が! 数奇なる星回りが! ……ん?」
ギラついた目で部屋を見回していた老婆は俺に視線を合わせ、一瞬止まった。
「うん……?」
じっと顔を覗きこまれる。
なんなんだよ……怖いんですけど。
「まあよい、あとでじっくり視てやろう」
よくないんですけど。なるべく関わりたくないんですけど。
「わたしはこの城で占いをしとるシャンドという者じゃ。皆からはババと呼ばれておる」
「あ、はい。俺は……」
「名乗らなくてもよいわ、シノミヤユキヤ」
異様な雰囲気に呑まれていた四ノ宮が自己紹介に応えようとして先回りされていた。
もしかして先にメイドさんが伝えていたのか?
「そこにいるのがアサノナツキ、サカガミシホ、ヒノマツリコじゃな?」
「そうだけど……」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれた浅野と坂上はいっぱいいっぱいな様子で返事をする。
ただ一人、日野さんだけは、
「それも占いですか?」
興味深そうに聞き返していた。
その反応にババ様は満足そうにうなずく。
「さよう。我が目は万里万象を見通す。おぬしらが来ることはずっと前から知っとったよ」
占いで本当に未来のことがわかるのか。
さすが異世界。魔法に続いて予知的な占いも実在するとか。
「じゃがのう、お主は見えんかった」
「え、俺?」
すっとババ様が指さした先にいるのは俺だ。
後ろを見ても誰もいない。指をよけてみても俺を追ってくる。
「我が占いだとの、召喚される勇者は五人のはずじゃ。しかし、五人目はお主ではない。ミカミソウという名の、もすこし背の高い眼鏡をかけた男じゃ。お主のような童顔ではなく、怜悧な顔をした者のはずじゃ」
「……おいコラ姫様、やっぱり誤爆じゃねえか」
お姫様を睨むと、そっと目を逸らされた。
ミカミソウ。漢字で書くと御神叢。その名前は知っている。
ウチの高校の生徒会長だ。
比較すれば四ノ宮すらかすむ、学園の覇者。
圧倒的知能と運動能力。理知的な眼光も鋭い容姿は性別を超えた何かを感じさせる美貌。
三年生になったばかりにも関わらず世界中の研究機関から声がかかっているとか。
四ノ宮が現実的なイケメンとするなら、こいつは少女マンガにでも出てきそうな非現実的なレベルのイケメンだ。
噂だと四ノ宮、日野さんとは幼馴染らしい。
そして、日野さんの恋人でもある。
いちおう四ノ宮グループの一員とされているが、ほとんど一年生の三人とは行動を共にしない。もしもつるんでいたなら四ノ宮グループなんて呼ばれることもなかっただろう。
それくらいには存在感のある御仁だ。
確かに生徒会長なら勇者としても違和感がない。
むしろ他の四人と合わせて完璧な王道パーティができるんじゃないだろうか。
危機感は足りないが、困った人を見捨てられない主人公、四ノ宮。
その四ノ宮と共に突き進むメインヒロイン、浅野。
おどおどしながらも二人といて、助けられた恩から四ノ宮を慕うマスコット、坂上。
冷静な視点で三人を見守るお姉さん役、日野さん。
未熟な主人公を導き鍛える師匠ポジション、御神叢。
うん、いい感じだ。パーティとしてもバランスがとれていることだろう。実際はどういう関係か知らないが。
俺みたいな一般人が勇者のはずはないものな。納得だ。
「……やっぱりか、あいつめ」
お姫様の横で日野さんが呟いていた。
やっぱりってなんだ?
今さら誤爆のことには突っ込むまい。突っ込んでも無駄なことは理解した。
ここまでがひたすらテンプレだったんだ。異世界人ってだけでそこそこの魔力と特殊なスキルを持っていると考えていいはず。
やることは変わらない。
まずは思いついた帰る方法を試してみる。
無理だったら死なない程度に鍛えて、適当に戦闘をこなして、そして帰る。
それだけだ。
「まあよい。勇者であることに変わりはないしの。どれ、始めようか」
占いが始まった。
四ノ宮から浅野、坂上、日野さん、俺の順で見てもらう。
ババ様と水晶、占う対象が直線で結べるように並ぶ。
数秒するとババ様の目の色が変わった。うすぼんやりと青く、光って見える。
すうっと緩やかな動きでババ様の腕が持ち上がった。右手にはペンが握られており、左手でテーブル下から取り出した紙に猛然と何事か書いていく。その間も視線は水晶玉から離さない。
結果はこのような具合だ。
四ノ宮征也:魔力量十万七千。能力『武技使い』。固有能力。手にした武器のもっとも効率的な使用法を把握できる。教わることであらゆる武術を瞬時に身に付ける。装備中の武装の性能向上。
便利そうなスキルだ。地味だけど。
剣術とかを習得するのに年齢や時間がハンデにならないだけではなく、装備しているだけで武器を強化する。
派手さに欠けるとはいえ非常に優秀なスキルだろう。勇者にしては地味だけど。
膨大な魔力を活かすスキルとは言い難いが、お姫様的は『聖剣の勇者』になってもらう予定なのでちょうどよいと言っていた。
加えて魔力量の十万七千という数値。かなりぶっ壊れているらしい。
勇者様なのですから素晴らしい結果になるでしょう、と言っていたお姫様すら唖然としていた。
ジアさんに聞いてみたところ、一般の魔術師では百程度、五百あればバケモノと言われるレベルだそうだ。ジアさん本人も目を見開いていた。
じゅうまんななせん。そのバケモノの二百倍を軽く超える数値。
普通の魔術師にとっては重要な十の位を切り捨てても問題ないレベル。
これなら送還の魔法陣も起動できるんじゃね?
浅野夏輝:魔力量九万八千五百。能力『魔力放出・放出魔力操作』。固有能力。瞬間的な魔力放出により身体能力を強化する。放出した魔力を操作・凝縮することで魔弾を精製することも可能。
こちらも便利そうな能力だ。
まだ測っていないので正確なところはわからないが、俺たちは異世界人ということで運動能力が跳ね上がっているらしい。俺はあんまり実感がないけど、四ノ宮の怪力の正体はそれなのだろう。
跳ね上がった身体能力をさらに上昇させる能力。弱いはずがない。
体から魔力を放出することで動きを補助するので、ジェット噴射みたいに使えば緊急回避もできそうだ。
ジアさんがさらに大きな反応を見せたのは放出魔力操作の方だった。
ブーストのために放出した魔力を操作することでロスを最小限に抑え、さらに手を加えることで魔法を本来の射程を越えた距離から撃ちこめるようになる。
勇者としての規格外の魔力を込めた一撃ならば、数百キロ離れた都市すら壊滅させられる可能性もあるとか。戦略兵器か。
非常に応用の効く強スキルのようだ。
坂上詩穂:魔力量十四万九千八百。能力『奇蹟の召し手』。固有能力。任意発動型。治癒魔術の効果上昇。神聖属性の魔力の強化。条件が整っていれば死者の蘇生も可能。祈りによる上位存在の力の行使。
俺にもわかる。これはおかしい。
神聖な魔力ってなんだよ、という突っ込みは置いておくにしても、わかりやすく壊れている。
話によるとこの世界にも死者を蘇生させる魔法は存在しない。
厳密には蘇生の魔法の理論は完成しているが、命を弄ぶ魔法を神が禁じたために使用できない。
その神の力すら行使する能力だ。
異常な魔力量の四ノ宮と比較してもさらにぶっ飛んだ魔力量。それだけでもチンケな能力を蹂躙してあまりあるのに、さらに神聖属性、治癒能力の強化。神の力を断片的ながらも使える。圧倒的だ。
神聖属性は悪魔や亡霊に非常に効果的。彼らにとっては悪夢の体現のような存在だろう。
日野祀子:魔力量十二万千三百。能力『自然干渉』。固有能力。自然に対して強力な干渉力を持つ。魔力を使わなくても自然現象を引き起こす。自然属性魔法の威力上昇。大気中の魔力の支配。
……これもおかしい。特に最後の一文が。
浅野のスキルも一部を封殺できる。もしも大気中の魔力を通して自然干渉ができるなら、地形そのものを味方にすることもできるだろう。
魔法使い系としては魔力を使わずに魔法に似た現象を引き起こす能力も心強い。
もっとも、このふざけた魔力量があれば使う機会もない能力だろうが。
それがなくとも単純に魔法を強化する能力と膨大な魔力量のシナジーは抜群だろう。
さすが、四人とも勇者だけある。どいつもこいつも常識外れだ。
四人に勇者という補正があることは否めない。
だが、こんなテンプレ異世界ならば異世界人である俺にもそれなりの能力を期待してもいいんじゃないだろうか。
ちょっぴりわくわく。
王道異世界ファンタジーに憧れないわけではないのだ。
俺はどんな能力が使えるかな?
村山貴久:魔力量0.能力『直感』。一般技能。第七感による危機察知。瞬間的な未来予測(弱)。
……あれ?
なんかおかしくない?
魔力、ゼロ?
一般技能って何? ていうか第七感って?
ぽつぽつと、四人の時と同じようにジアさんが解説をしてくれる。
その声は硬く、小さい。
「……一般技能というのは、生得的に持っている人も訓練により得る人もいる、非常に一般的な技能のことです。通称――」
「やめて! 聞きたくない!」
ジアさんは非情だった。
冷静に、冷酷に、冷徹に告げる。
耳をふさいでも鋭い言葉は俺の手をすり抜け、耳朶に響いた。
「凡庸技能」
「わああああああああああああ!」
やめろ、そんな目で俺を見るな!
四ノ宮、お前は俺を睨んでいろ! そんな残念なものを見る目を向けるな!
浅野、俺を見るなら怒りや憎しみを一緒に向けてくれ! 同情とか頼むからやめてくれ!
ジアさん、自分がトドメを刺したくせに申し訳なさそうな顔をするな!
「だ、だいじょうぶです、村山さんにもきっとできることがあると……思います?」
「坂上、慰めようとしないでくれ……! 最後が疑問形になってるせいでいろいろ台無しだし……!」
「……っ、くふっ、そうだね、詩穂の言うとお……っふふ、きっと……あはっ、がんばれ! あははっ」
「笑うなーーーっ!」
雄たけびをあげるとみんな一斉に目を逸らした。みんなに一斉に目を逸らされた。
くそう……ちくしょう……!
ババ様なんかあっけにとられてて反応すらねえし。自分で書いた内容を見て呆然としてるし。
「こりゃ驚いた。普通ならどんな生物でも些少の魔力は持ってるもんなんだけどねえ……。魔力の器はあるのに、まさか中身がないとは」
「俺が生物じゃないって言いたいのかっ!」
「そうじゃないよ。ただ、今までたくさんの人を見てきたけどこんなケースはなかったんでねえ。ちょっとばかり戸惑っちまったよ」
くそう、どいつもこいつもバカにしやがって!
……あれ、でもこれチャンスじゃね?
よもや自分が呼んだ勇者の一人が完全なる凡人とは思っていなかったのだろう。お姫様は現実を受け入れられないように惚けていた。
気持ちはわかる。魔力ゼロな現実を受け入れたくないのは俺も一緒だ。
だって、異世界だぞ? 剣と魔法の世界だぞ?
さっさと帰りたいというのが一番でも、せっかくだし魔法を使ってみたいと誰でも思うだろう?
なのに魔力ゼロとか、なんだよう。俺だけ異世界ファンタジーできねえよ。
悔しいし虚しいが。今は帰ることを優先しよう。
逆に考えれば、魔力がなくてスキルも平凡なら、俺に用はないはず。頼めばきっと帰してくれるはず。
「なあお姫様、聞いての通り俺は完全なるお荷物っぽいよ? ゴクツブシになる前に、お家に帰してくれると嬉しいなっと」
そっとお姫様に近寄って他の連中に聞こえないように小さな声で話しかける。
お姫様が帰る方法がないと言ったのは勇者を帰らせないためだろう。
帰る方法があると言った時に嘘っぽい感じはしなかった。
根拠はない。ただの直感だ。
けど直感が俺のスキルらしいし? 信じてみようじゃないか。
「な、頼むよ。他の四人には、俺が『こんな茶番に付き合ってられるか』とか言って出てったことにしてくれていい。役立たずの勇者がひとりいるだけで勇者全体の評価が落ちかねないぞ? なんなら評判を落とす行為を全力でしまくる所存。だから速やかに帰らせておくれよ」
惚けていたお姫様はギギギ、と音がなりそうなくらいぎこちない動きでこちらを向いた。
「だから、無理ですよ?」
「またまたぁ。帰る方法はあるって言ってたじゃないですか。召喚ができたんだからどうにか燃料の補充ができれば送還できるでしょう?」
「その、燃料の補充ができないのです」
「……えっと、マジ? 魔王を倒せないと帰れないってのは、勇者を使うための方便じゃないの? 実は一人くらいなら送還できるだけの予備魔力があるとか、ないの?」
「方便ではないのです。召喚の魔法は魔王の支配を免れている地域の土地から集めた魔力を、星の配置を利用した大規模魔法陣を使って増幅させてようやく使えたのですよ? 今なら星の配置は問題ないですけど、魔力を使い果たした今、使える訳がないじゃないですか。もう一度使えるだけの予備魔力なんて、確保できませんし」
もしも、もう一度使えるならあと一人の勇者さまを召喚しなおしますわ――と。
へっ、とすさみきった感じに笑った。
すさみたいのはこっちだぞ?
「ま、待て、なら勇者の魔力を使えばどうなんだ? 人間として規格外なレベルなんだろ」
「ええ、その通りです。『人間としては』逸脱した魔力量です。けれど、異世界への門を開くなんて非常識なことをするにはその程度では足りないのですわ。星の力を借りないとまず無理です」
「……ちなみに召喚と送還の消費魔力はいかほど?」
「…………ん、です」
「え、ごめん聞こえなかった」
耳が聞くのを拒否した。
正直、聞きたくない。今すぐベッドで布団をかぶって眠りたい。
しかし、俺は聞いてしまった。
お姫様はもう一度、聞き違う余地なくきっちり答えてくれた。
「五千万です」
詰んだわこれ。
帰郷は魔王を倒すまでお預けになることが確定した。