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80.出立

 翌日。ダイム先生がヒマしている隙に企画書を提出しようと目論んでいると、思いのほか早くチャンスがやってきた。

 部屋を訪ねてみると意外や意外。ダイム先生は普通にヒマそうにしていたのだ。

 時折何らかの相談を受けているようだが、二言三言返すと相談を持ちかけた人々は去っていく。

 鉄血なんて異名もあるくらいだ。名のある軍人としてさぞ頼りにされているのだろうと思っていたら、さほど忙しそうには見えなかった。

 声をかけてみると、かいつまんで理由を説明してくれた。


「私も現役時代はそこそこ活躍しましたがね。怪我と魔力中枢の異常で引退していますから。今はもう私を除いた指揮系統が出来上がっています。老兵が口出しすれば余計な混乱を産むだけでしょう」


 指揮官は一人がベストだ。

 参謀は複数名いてもいいが、どの意見を採択してどのように実行するか決めて指示を出す人間が複数いたら下は混乱する。

 そのため、退役軍人であるダイム先生は必要以上に干渉しない方針らしい。

 ときたま質問されれば答えているようだが。


「ところで本日はどのような要件でしょう」

「ちょっと見てもらいたい企画書がありまして。これなんですけど。暇だったら目を通して意見を頂けると助かります」

「言った通り私も暇を持て余していたところです。緊急時とあっては授業どころではありませんからね。どれ……」


 企画書を渡す瞬く間にダイム先生は目を通した。

 縦長の紙に横書きにしたのだが、目はほとんど横に動かなかった。速読術というやつか。


「ふむ。アイデアは悪くない。ですが、以前も同じような術式が考案されています。その魔法は必要魔力が大きすぎて実用性に乏しいと評価され――いや待て、今は……」


 一通り目を通したダイム先生は、最初は俺に解説をしていたが、その後なにやらぶつぶつ呟き始めた。

 何度か企画書の上を視線が往復する。

 正直、ちょっとコワい。なんか間違えてとんでもないこと書いたりしてないだろうか。


「ムラヤマ君。この企画書にある魔法ですが、式は出来上がっているのですか」

「あ、はい。昨日日野さんに手伝ってもらって完成しました」

「式の詳細は?」

「これです」

「よろしい」


 恭しく両手で差し出すとダイム先生は頷いて受け取った。

 書いてある図形の細部まで見ているのだろう。企画書に比べると熟読している様子。

 視線は日野さんが作った式に向いているのに右手で紙とペンを引っ張り出し、何事かメモをとっている。


「読み終わりました。目の付け所は悪くありません。消費魔力が多くなりすぎるかと思いましたが、勇者の存在を考えれば賄える範囲。四人のいずれかに了承は?」

「坂上に頼んだら引き受けてくれました」

「サカガミ君ですか。ふむ、式まで組んだということはヒノ君も賛成派か。ならば問題ありませんね。となるとあとは式なのですが、これはまだ簡略化できます」

「えっ、本当ですか」


 日野さんはとっくに魔法についてマスターしていて、当然にあの式が最高効率だと思い込んでいた。

 よく考えればそんなはずはない。この世界に来てまだ三か月程度。それだけの短期間で学問の一分野を完全に理解できたならそれこそバケモノだ。


「ええ、式の構築自体に問題はないのですが、これほど大規模な陣になると実際に全て書くよりも連結式で作った方が簡単かつ準備もしやすくなるでしょう」


 今回の保険では魔法陣を使う。

 魔法陣は主に二種類。ひとつで完結した陣と、他と組み合わせることで有効に作用する陣。

 連結型とは後者の一例。複数の魔法陣を別の場所に設置し、それらを連結。要の魔法陣を起動することで一斉に魔法を発動させる。

 長所は中継ぎの陣も設置することで離れた場所の魔法陣も起動できること。それゆえ魔力量次第では超広範囲に影響を及ぼすことができる。

 短所は魔法陣を複数用意し、それぞれ別の場所に設置する手間がかかること。連結する陣の要が破壊されると全体が力を失ってしまうこと。

 これらの性質のため、街を基点とした防御網を築くために使われることが多い。


「それだと問題は設置になりますね」

「どのみち君の企画書通りにするためには直径百メートル級の魔法陣を数十設置しなければなりませんが?」

「そっちの方が無茶ですね」


 さすが年長者。素人の俺が見逃していた欠点をしっかり指摘してくれた。

 日野さんが作ってくれた式は魔法陣を中心に影響を及ぼす。効果範囲は広いが、ひとつではとても魔族の侵攻を食い止められない。

 よく考えれば巨大で複雑な魔法陣を数十も設置する方がよほど無茶だ。一か月あっても設置しきれない。

 ダイム先生はちゃちゃっと手を動かし、要の魔法陣と中継ぎの魔法陣を作ってくれた。


「設置はどうしますか? 兵士にやらせても構いませんが」

「俺が自分で行きます。兵士さんは戦争に集中させてやってください。保険をかけるために保険が必要な事態を引き込むことになったら意味がない」


 これはあくまで最悪の場合になんとかするための策。そんな程度の確率のために兵士を投入するわけにもいかないだろう。


「では、このあたりの地理に詳しい案内役が必要ですね。……ちょうどいい。彼にやらせましょう。戦争に出すことはできずとも、他の分野で活躍させればいい」


 俺はフォルトの外の地理に疎い。ぶっちゃけるとフォルトの地理にも疎い。

 フォルトの戦力を奪わずに案内人を確保できるなら願ってもない。


「ひとり、心当たりがいます。戦力としても数えられない兵士ですので、遠慮は無用。

 設置する魔法陣は数多い。他の人材はいかに確保しましょうか」

「それなら私も手伝わせてくれないかな」

「日野さん、いつの間に」


 不意に声をかけてきたのは日野さんだった。

 颯爽とした雰囲気の言葉とは裏腹に、部屋の扉の隙間から顔を覗かせている。


「昨日、村山くんがダイム先生に見てもらうって言っていたからちょっと顔を出してみた」

「あ、文字通りの意味で」

「う、うるさい。部屋主に許可もないのに入る訳にはいかないだろう」

「部屋主の許可なしで部屋を覗くのもどうかと思うけど」

「ノックしても返事をしてくれなかったじゃないかっ」

「聞こえました? ダイム先生」

「いえ。私たちが魔法陣のことで話し合っている最中に扉を叩いたのでしょう。ヒノ君、そんなところにおらずに入ってくるといい」

「……失礼します」


 どこか釈然としない様子ながらも日野さんが部屋に入ってきた。

 珍しくむくれている。子供っぽい表情がおかしくてにやけてしまうと、日野さんは分かりやすく唇を尖らせた。余計子供っぽくて面白い。

 無言の抗議を流していると、ダイム先生が苦笑していた。


「その様子だと、ヒノ君も全面的に協力するものと思ってよろしいかでしょうか?」

「はい。私にとっても他人事ではないので。協力するつもりがなければ魔法陣を作ったりしません」

「結構。ならば要以外の魔法陣を宿した媒介を作る作業を担当してもらえますか?」

「わかりました。要はダイム先生が?」

「ええ。ヒノ君に任せてもよいのですが、要は細かい作業が多い。まだ初心者のヒノ君に任せるには早いでしょう。不服ですか?」

「いいえ。要が動かなければ魔法陣全体が動きません。最重要な部分を担当するのは経験者であった方がいい。特に今回は、使う場面になって動かなかった、では死人が出ますから」

「……いや、あのさ? そんなふうに言われると企画者としてはすっげー不安なんですけど」


 二人が協力してくれるのは極めて心強いが、あまりプレッシャーをかけるのはやめてほしい。

 こんな素人の浅知恵に頼るのは本当に最悪の状況になってから。まずもってフォルト内部まで攻め込まれないようにするのが最優先で、もし攻め込まれても先に頼るべきは防衛のプロたちが立てた計画だ。


「ん、まあ、そうだね。使うことにはならないと思うよ、多分」

「ええ、きっと、フォルトにたどり着くより早く撃退できるでしょう。おそらく」

「二人の言葉の末尾が怖いです。断言できないってのは分かりますけど。大丈夫って断言できるなら保険なんてかける意味がないですし」


 言うと、日野さんとダイム先生はあははと笑った。

 それきり言葉を続けず、打ち合わせに戻った。

 ……なんか言ってよ怖いから!


「では、魔法陣の配置はどうしましょうか。ムラヤマ君の企画書では半島を丸ごと魔法陣の効果範囲に置きたいようですが」

「フォルトだけ範囲に置いても魔族に進路を変えられたら意味ないじゃないですか。なので、半島丸ごとはさすがに無理にしても、魔族に占領されている土地を囲うような形で範囲を作りたいんですけど」


 フォルト防衛戦の目的は魔王軍を倒すことじゃない。

 魔王軍の侵攻を食い止めることだ。

 たとえばの話。魔王軍に一切被害を与えられずとも、フォルトを奪わせずに撤退させれば勝ち。逆に魔王軍の九割を倒しても新たな拠点を確保されたら負けになる。

 俺が想定しているのはフォルトまで攻め込まれた場合。

 フォルトを奪われなければいいというわけではない。フォルト近辺に新たな陣なり砦なりを築かれたら負けなのだ。


 要するに、魔族が砦を築いている場所からさらに西側に拠点を作らせてはならない。

 魔族が短期間でどれほどの規模の陣地を作れるか知らないが、魔法なんて力のある世界。数日でしっかり拠点を作られる可能性がある。俺の常識で考えない方がいい。

 どうせフォルトを潰すなら魔族がフォルトまで再び来れないようにした方がいい。


「……そう、だね。魔族が海のどこからでも攻めて来られるならとっくにあちこちに被害が出ているはずだ」

「水棲種もいますが、魔族も基本はヒト型の種族です。陸の拠点を増やさせなければ侵攻を食い止めることに繋がるでしょう」

「だと、魔法陣の多くは魔王軍の拠点側にも設置することになりますか。念のために海岸線も潰しておきたいですけど」


 魔王軍の侵攻を食い止めるための魔法陣だ。設置する場所は魔王軍とフォルトの中間がメインになる。


「そうなりますね。フォルト付近ばかりに設置しても意味が薄い。可能な限り魔王軍の陣地の奥まで到達させたいところです」

「ですよね。日野さんが手伝ってくれるなら、日野さんには南北の沿岸側に行ってもらって、魔王軍陣地付近には俺が行きます」

「それじゃあまた村山くんばかり危険な目に遭うことになる。危険を減らすためには私も同行した方が――」

「いえ、ヒノ君がいた方が危険でしょう。あなたには戦力があり過ぎる」

「戦力があり過ぎる? ……あ」


 ダイム先生に指摘されて日野さんも気付いたらしい。苦々しそうに口の端を歪めた。


「……私は、魔力が大きすぎるから。魔族の陣地に近付いたらすぐに見つかって警戒されてしまう、ということかな」

「そ。その点俺なら魔力がないから魔力感知の網には一切引っかからない」


 この世界において、敵を警戒する方法は第一に魔力感知だ。

 特殊な機材も必要なく、訓練を積めば誰でも使える。

 そして何より、魔力を完全に消すことは難しい。

 この世界のおおよその生物はほとんど無意識に幻素を体内に取り込んでおり、強弱の差はあれど幻素を察知する能力を持つ。

 取り込む幻素量を減らして気配を抑えることはできても、体が勝手に幻素を取り込もうとするため完全に気配を消すのは不可能に近い。

 それこそ、幻素に干渉する能力が欠如しているのでもなければ。


「大丈夫だよ、たぶん。俺も感知は使えるから魔族に見つかるより早く魔族を見つけられる。そしたら一目散に逃げる。フォルトのために死ぬなんて絶対御免だから。もしも逃げ切れないような相手がいたら直感でなんとなく分かるし」


 俺が持っているスキルは直感らしい。せっかくなので思うさま使ってやろう。

 大切なのは適材適所。スパイじみた活動をしろと言われても無理だが、こっそり敵陣に近付くのに俺以上の適任者はいないだろう。

 なにせ魔力感知が最もメジャーな警戒方法なのだ。

 魔力を持たない俺は、感知で一方的に相手の位置を知れるというアドバンテージがあるのだから。

 あとは木や夜闇にまぎれればそうそう見つかりはしない。はず。


「てなわけで、日野さんには沿岸部への設置をお願いしたい。北に南に飛び回ってもらうことになるけど」

「構わない。けれど、村山くんは気を付けて。難しそうだと思ったら逃げてしまっても誰も責めたりしないから」

「言われるまでもないって。自分を守る保険をかけるために死んだら元も子もないし」


 ちょっとでもヤバいと思ったら即逃げる。

 まだいけるはもう危ない、の精神でいこうと思う。

 即答で断言すると日野さんは小さく息をついた。

 安心半分、自嘲半分くらいの様子。


「……なんだか、私はいつも村山くんに注意喚起くらいしかできていないような気がするよ」

「はは、確かにそうかも。一回目の試合の後は何かする度に日野さんに心配されてる気がする」


 四ノ宮との二回目の試合の時にも心配された。

 日野さんがいないところでお姫様と接した時にもだいたい心配されている。

 そこまで危ない橋を渡っているつもりはないんだが。


「安心しろ……はちょっと違うか。俺自身のことなんだから。これからはもうちょっと気を付けるよ」


 ていうかそもそも心配されるようなことばかりしている人間が安心するように言っても説得力は皆無だ。気を付ける程度にハードルを下げると、


「うん、ぜひそうしてほしい」


 力強く頷かれた。

 ……自分なりに保身はしているつもりだけれど、そこまで危なっかしいかな、俺。


―――


 翌日。要以外の式は作るのも簡単らしく、日野さんも媒介となる魔力結晶に式を刻み終えていた。

 魔力結晶は文字通り魔力を結晶化したものだ。採掘される魔石と違い魔力を取り出すことはできないが、簡単な式を込める媒体として使用できる。作るために必要となる多大な魔力も日野さんにしてみればちょろい量らしい。


 魔族がフォルトに至るまでそう時間はない。準備ができたら即行動に移る。

 俺と日野さんは今日からさっそく設置に出る。ダイム先生も交え、門前の広場に集まっていた。


「では、最後に確認を。ヒノ君は南北の沿岸部に。ムラヤマ君は魔族本陣付近に。それぞれ式の媒体を設置していただきます。ヒノ君は移動距離が相当なものになりますが、大丈夫ですか?」

「設置も含めて今日一日あればいけます」

「……ふむ。それは夜まで動く場合ですね? いくら飛行魔法で移動できると言っても夜は危険です。焦る必要はありません。一日に半分もこなせば十分でしょう。北からでも南からでも構いませんが、終わり次第一度フォルトに戻るように」


 ダイム先生は日野さんを留めた。

 俺が助けた司令官さんいわく、魔族はけっこうな大軍団だったらしい。

 集団は大きくなるほどあらゆる意味で動きが遅くなる。師匠が様子を見てきたところ、最速でもあと五日ほどかかるらしい。

 ならば、無理に一日で済ませる必要はない。余計な危険を冒さないという意味でも、仕掛けを丁寧にするという意味でも二日に分けた方がいいだろう。


「ムラヤマ君には魔王軍陣地に向かってもらうことになります。軍勢とぶつからないよう迂回する都合上、少々時間がかかりますが、よろしいですか?」

「了解です。だいたい何泊くらいになりますかね」

「そうですね……現在のムラヤマ君の速さならば、三日もあれば本陣まで到達できるでしょう。ですが、本陣付近は相応の警戒が予想されます」

「魔力感知にかからないからって調子に乗るのは危険ですか」


 感知にかからないというのは魔力がない俺が持つアドバンテージ。

 とはいえ俺は隠密行動の訓練を積んだわけではない。普通に目視で警戒されていれば見つかることは十分考えられる。


「この保険は魔族をこれ以上アストリアス内部に攻め込ませないことを目的としている、という認識に間違いはありませんね?」

「はい。勝てずとも負けないの精神でかける保険ですから」

「では深入りはせずともよいでしょう。ムラヤマ君がいけると判断した場所に設置してくだされば」

「あ、ダイム先生。途中まで私が村山くんを魔法で送り迎えすれば移動時間も短縮できますよね」

「そうですね。あまり魔族に近付かなければ気付かれる心配もない。ムラヤマ君の護衛と送迎、お任せします。ムラヤマ君も構いませんね?」

「願ってもない話です。日野さん、よろしく」

「うん、任せてくれ」


 昨日は心配するしかできないと言っていたからか。日野さんは意気込んでいる様子。

 飛行魔法なら地形も障害物も無視できる。俺が走るより数段速く移動できるだろう。

 単純に、生身で飛ぶという状態に興味もある。

 日野さんの手伝いありなら一泊でも魔王軍の陣地のかなり近くまでたどり着け――あ。


「……すみません、ダイム先生。ちょっと言い忘れていたことが」

「? なんでしょう」

「俺、野営したことないです。あと、フォルト近辺の地理も授業で習った程度にしか知りません」


 せいぜい二泊と言っても見知らぬ土地を身一つで移動するのだ。ちょっとした旅と言っていいだろう。

 地図は読める。方位の調べ方も教わった。

 だが、それと旅ができることは別だ。

 ぶっちゃけ不安要素が多すぎる。


「ああ、そのことなら問題ありません。昨日も言ったでしょう。案内人を用意すると。すでに話を通してあります。今日から早速手伝ってくれるとのことです。ちょうどいいので紹介しましょう。グイーダ君」


 ダイム先生が後ろに向かって声をかけると群青色の髪をした長身の男性が現れた。

 長身でどちらかと言うと細身。眼鏡が似合いそうな人。

 けれど、俺も日野さんも彼の顔なんてろくに見ていなかった。


「ご紹介に預かりました、グイーダと申します。どうぞよろしくお願いします」


 そんな返答に困るところもない、至って普通の挨拶にも、俺たちはまともに応対できなかった。

 なぜなら、彼は。


「……こちらこそよろしく、と言いたいところですが。その腕で大丈夫なんですか?」


 片腕がなかったから。

 左腕が本来あるべきはずの場所には何もなかった。邪魔になるからか、服も左腕部分は切り取られている。


「ええ、腕を失ってまだ二ヶ月ほどですが、乗馬と簡単な戦闘ならば可能です。兵士としては終わったも同然ですが、僕にも案内役なら勤まるでしょう」

「二ヶ月前……あ! もしかして、魔物が出たって伝えに来た……」

「ははは、お恥ずかしい。サカガミ様にはお世話になったようで」


 陽気に笑って頭をかいたグイーダさん。

 思い出してきた。彼は、俺たちが召喚されて間もない頃。片腕を失いながらも魔物が現れたと報告に来た人だ。

 俺と坂上が異世界の危険さを悟る契機にもなった人。

 顔くらい覚えていそうなものだが、腕を喰われていたことがあまりにも衝撃的過ぎて、そちらばかり印象に残っていた。

 思い返してみれば確かにこの人だった。


「ご無事――とは言えなさそうですが、お元気なようで何よりです」

「そうですね。こうして生きていられるだけ運が良かった」


 ははは、と揃って笑う。

 変に重い雰囲気になっても気まずいので俺は笑う。グイーダさんは根が陽気なのかあっけらかんと笑う。


「……ええと、村山くん。お知り合い?」

「ってほどでもないかな。二ヶ月くらい前に魔物に片腕喰われてた人」

「!?」

「血まみれで死にかけながら城にたどり着いたところを見られたようでして。はは、サカガミ様のおかげで一命を取り留めました」

「うん、詩穂に聞いた話と合わせてだいたい事情は理解した。けど、笑ってするような話じゃないと思うんだ」

「じゃあどんな顔ですればいいのさ。小難しい顔で深刻そうに話したってお互い困らない?」

「それはそうだけれど」


 必要なのは適度な無神経さだ。本人が気にしていないことをいちいち気にしたって仕方ない。

 そんなこんなで自己紹介も済ませ、俺たちはフォルトを出立した。


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