78.彼女の理由①
タイヤキ、ウソ、ツカナイ
部屋に戻り、精霊魔法の明かりを灯す。
フォルト防衛案をいくつか出して検討する。明らかに無理っぽいもの、効果が薄そうなものは除外して、一番使えそうなものを紙にまとめる。
まとめ終わったらダイム先生あたりに見てもらおう。といってもダイム先生も忙しいだろうから見てもらえるとは限らない。なるべく端的にまとめて目を通す負担を減らしてみる。
「……よし、こんなもんか」
あくまで企画書なので手段そのものは概要程度にしか書いていない。詳細は興味を持ってくれた場合に伝えればいい。
内容を絞ったおかげで書くのにもそう時間はかからなかった。だいたいA4用紙一枚程度の文量だ。
とはいえ思ったより早く終わったというだけで、すでに外は真っ暗。いつもなら寝ている時間。
伸びをしながら明日ダイム先生に渡しておこうかと考えていると、控えめにドアを叩く音。ドア越しに小さく声をかけられた。
「村山くん、起きているかな?」
「? どうぞ」
ひそやかな声の主は日野さん。
こんな時間にどうしたのかと思いながらも部屋に通す。
部屋に入ってきた日野さんはいつもより若干薄着だった。寝間着だろうか。髪が少し湿っているので風呂上りなのかもしれない。どことなく良い匂いがするような。
「こんな時間にどうかした?」
「ちょっと話したいことがあってね。アルスティアに呼び止められていたようだから。魔力の気配を感じたし、起きていると思って声をかけさせてもらった」
俺は魔力を持たない。当然魔法も使えない。
そんな俺の部屋から魔力を感じたら、来客がいるか精霊魔法の明かりを使っているかのどちらか。
魔力を感じるということは起きているということ。ノックや声が控えめだったのは寝オチしている可能性も考えたからだろう。
話をするなら椅子でも出そうかと、立ち上がる前に日野さんが魔法を使う。すると氷の椅子が現れて、日野さんはそれに座る。便利だな魔法。
「お姫様には俺は戦うのかって聞かれただけだよ」
おそらく二人きりで聞かれたのは四ノ宮に聞かせないためだろう。
お姫様は俺が戦わないと答えることを予想していたはず。しかしそう答えた場合、四ノ宮がまた突っかかってくる可能性もあった。
わざわざ対立を作る必要はない。
「そっか。アルスティアのことだから何か変なことを企んでいるんじゃないかと思ったんだけれど」
「嫌な感じはなかったな。戦うことを求められもしなかったし」
「ところで、村山くんは戦いに参加するのかい?」
「答え分かってて聞いてない?」
「はは。うん、見当はついているよ」
日野さんは苦笑いする。
俺にフォルトを、アストリアスを守る動機がないことは日野さんも知っての通り。
必要がないのに戦うほど命知らずじゃない。むしろ安全指向。
「まあ戦場には出るんだけどな」
「え!?」
「確かめたいことがあるからちょろっと。戦力として計算されたら困るから出ないって言った。仕込みもしたいし」
ひどく驚いた様子の日野さんに種明かしする。
俺は魔族の目的が知りたい。可能な限り秘密裏に。
ビスティが言っていた姫様の奪還。それが事実なのか、ただの口実なのか。
師匠が言っていた魔族の兵士は全て殺戮狂というのは事実なのか。師匠が嘘をつく理由はないが、勘違いということはないのか。
交渉の余地はあるのか。
ゆっくり会話する余裕はないかもしれない。ていうかたぶんない。
それでも、調べるために戦場に出る。
もちろん危険な気配がするところには向かわない。安全そうな場所で孤立した魔族を探して狙うつもりだ。
「それより俺が聞きたいのは日野さんのことなんだけど。いくら安全圏にいられるって言っても、戦うのか?」
俺たち五人に戦う義務はない。
特に俺以外の四人は膨大な魔力を持っている。どこの国でも有効な戦力として受け入れてくれるだろう。
アストリアスを助けるため、は義務にならない。送還方法さえ確保できれば滅びようが困らない。
では、俺たちが戦争に参加する理由は。
俺は確かめたいことがあるから。
四ノ宮は正義感(笑)。
浅野は四ノ宮の金魚のフン。
坂上は、人死にが嫌だからと言っていた。誰も死なせないために努力すると。
日野さんはどうなのだろう。
「私は、戦うよ。そういう契約だからね」
「契約? 誰と――なんて考えるまでもないか」
以前。日野さんは送還を保証させるためにアルスティアと契約を結んだと言っていた。
その契約の条項の中にフォルトを守るために戦う、とかあるのだろう。
「そう。アルスティアが相手。可及的速やかな送還を約束する、という契約を破らせないために呑んだ条件のひとつだ」
「やっぱりあのクソ姫か」
送還を盾に勇者を使う。
当然に在り得る展開。送還は勇者が元の世界に戻りたいと思わない場合を除いては最強のカード。
使い減りするものではないのだから、使わないはずがない。
「日野さん。無理に戦う必要はないと思うぞ。送還方法を書いた魔法書ならお姫様の部屋にある。迂闊には持ちだせないけど、持ち出しにも目途が立った。最悪、契約を破棄してアストリアスを裏切っても帰り道は閉ざされない」
今から始まるのは戦争だ。
平和ボケした国で生まれ育った俺には実際のところは想像しかできない。その想像だって足りない部分が多すぎる。
それでも、分かることがある。
戦争では人を殺し、人が殺されるということ。
何かを盾にされて望みもしない殺しをさせられるなんてふざけてる。
本来守る責務も志望もないもののために命をかけろなんて冗談じゃない。
誰かの身勝手な願いのために戦う必要はない。
盾に取られた何かを奪って逃げる選択肢があるのならなおさら。
正直なところ、それで友達や恩人を守れるなら復讐なんてポイして構わない。
きちんとお姫様に復讐したいが、優先度は命が上だ。
「ありがとう、村山くん」
お姫様に従わずとも送還は可能だと伝えると日野さんはふっと笑ってお礼を言った。
「なんでありがとう?」
「だって気遣ってくれたでしょう?」
「……そういうわけでもないんだけど」
柔らかな笑顔で言われるとものすごく居心地が悪い。
気遣ったんじゃない。話していなかった情報を話しただけ。
考えていたことだって見方を変えれば自分が戦わない理由の正当化。日野さんも戦わないように仕向けることで同類を作りたかっただけかもしれない。
勝手な考えを気遣いなんて勘違いされたらむずがゆさと後ろめたさが止まらない。
「大丈夫だよ。私が戦うのもまんざら契約による強制だけが理由じゃないから」
「ん、そうなの?」
「私はフォルトの外にも出かけているからね。お世話になった人や死んでほしくない人もいる。放置しようとは思えない。魔族の非道とその結果も見てしまったから」
……そういえば。あの殺戮狂の魔族を捕まえたのは日野さんだったか。
アレが人里離れた場所で誰にも迷惑をかけずに捕まったとは考えづらい。日野さんがお世話になったという人たちが住んでいた村を襲撃しているところを捕まえた、という具合か。
あの魔族と話した印象を考えると、相当ひどいことになっていたのかもしれない。
日野さんなりに魔族は敵と捉えるだけの何かがあったのだろう。
「そっか。野暮なことを聞いた。ごめん」
「謝ることじゃないよ。戦わずにすめば一番っていうのは確かだもの。安全圏にいられるというのもどれだけ信用できるか分からないし」
日野さんは笑って手をひらひらさせた。
これ以上この話を続けることこそが野暮だ。謝ったりするのもやめる。
「……ところで村山くんはこんな時間まで何をしていたんだい?」
言いながらも日野さんの目は俺の机の上に向いている。
ちょうどいい。ちょっと相談してみようか。
「万一負けた場合に備えていろいろ仕込んでおこうと思って。その企画書を作ってたんだ。意見をもらえると嬉しい」
先ほど書き終えた企画書を渡す。
日野さんはすぐに目を通し、顔を上げた。
「これ、魔法を使うようだけれど。式は用意できているの?」
「いちおうは。この式を応用しようと思ってる。よかったらこっちもアドバイスをもらいたい」
使用する魔法についてまとめた紙を取り出す。
いくつか大規模な魔法を使うため、式については一枚に収まらない。
幻素に命令を与えることで自然を越えた現象を起こすのが魔法だ。
そしてその式について学んでみると、コンピューターのプログラムのような印象を受けた。
幻素を操り望んだ結果を引き出すのが魔法。基本的に幻素自体は意思を持たない。有効に活用するためには何をさせたいのか具体的に命令を出す必要がある。
求められるのは逐一の命令とそれを伝える回路。命令と回路をひとまとめにしたものが式と呼ばれる。
式は主に図形で表される。プログラムと違って幻素を言語で操るのは難しいらしい。式を表す図形が魔法陣である。
当然、難度が高い魔法ほど式が多く、複雑になる。それこそA4用紙一枚じゃあ到底収まらないほどに。素人考えで式に無駄が多いこともページが増えた要因だろう。
式は簡潔な方がいい。そのあたりを日野さんに見てもらいたい。
「……これ、必要な機能を与えるためにいくつもの式を無理矢理くっつけただけに見えるのだけれど?」
「……おっす。その通りっす。よく分かったな」
「分からないはずないだろ。きちんと式の組み方を学んだ人間なら誰でもこの式の不恰好さが分かる。これはひとつの式として成り立ってない。ほら、こことか――」
日野さんの指摘が始まった。
それはもうボロクソだった。
指摘に熱中するあまり顔が近付いてるとか考える暇もなく嵐のようにダメ出しされた。
最初にこの式だと企画書にあるような効果は発動できないということから始まり。
最終的には美しい式を書けと締められた。なんでも正しい式は無駄がないので美しいそうだ。
言いたいことは分かったけれど、その感覚は理解できないだろうなあ、と思った。
話は真面目に聞いたけども。
「……うん。こんなものかな」
がっつり俺の間違いを指摘しながらも日野さんは手を動かし続けていた。
結果、俺が用意していた式はほぼ全てボツ。必要な式は日野さんが紙一枚の魔法陣にまとめてしまった。
相談してよかったとは思うけど、なんか切ない。けっこう頑張って作ったんだけどな、あれ。魔法の素人にしてみれば、いくつかの式をひとつの術式に組み込むだけでも難しいのだ。
一仕事終えて気が緩んだのか。くあ、と日野さんがあくびした。
「長々付き合ってもらっちゃってごめん。助かったよ。これなら明日にでもダイム先生に見てもらえる」
「いや、こちらこそだ。負けた場合の対策なんて考えてもいなかったよ」
立ち上がり部屋を出ようとする日野さん。その背を見ながら彼女が俺の部屋を訪ねてきた理由を半分しか聞けていないことに気付いた。
「そういえば日野さん、何か話があって来たんじゃなかったっけ」
「……ああ、そういえばそうだったね」
尋ねると日野さんは一瞬視線を上にやって、はっとしたように答えた。
こんな時間にわざわざ部屋までくるような要件なのに忘れちゃってたのかい。
魔法の相談なんて持ちかけた俺が悪いのかもしれないが、そう思わずにはいられない。
「んー、もう遅いし、今日はいいや。別段急ぐ話でもないし」
「もう少しなら俺も起きてられるから、話があるなら聞くけど」
「いや、話し始めるとちょっと長くなるかもしれないんだ。さほど重要な話というわけでもないから、また機会があったらでいいよ」
日野さんは「それじゃあ、おやすみ」と言い残して部屋を去っていった。