閑話.弱点はなに?
とある夕方。貴久と詩穂、祀子は珍しく夕食の時間が重なり、一緒に夕食をとった。
貴久は片づけをするチファを手伝うと厨房に入った。詩穂たちも手伝おうと申し出たが、あまり数がいるとかえって邪魔だと断られた。
食後にお茶を楽しんでいた詩穂が祀子に問いかけた。
「村山先輩の弱点って何なんでしょう」
「……急にどうしたの?」
祀子は心底不思議そうに首をかしげる。
直前の話題はアストリアス料理のことだった。まったく話が繋がらないように思える。
詩穂はちらりと厨房の方を伺う。厨房と食堂の間には壁があるのでもちろん貴久の姿は見えない。心もち体を祀子に寄せ、声の大きさを絞った。
「だって、気にならない? 村山先輩ってなんだかんだで何でもできるじゃない」
「確かに彼は何でもできるね。ウチの高校に通っていたということは学力も高いはずだ。魔力や錬気を使わなくても征也と戦えていたというなら運動能力もそれなり以上だろうね」
「そのうえ料理もできるみたいだし。それでちょっと思ったの。先輩って弱点とかないのかなって」
話を聞いて祀子も考える。
貴久たちが通っていた高校は、全国有数の成績を修める御神叢や日野祀子、四ノ宮征也が在籍していることからも分かる通り、相応に偏差値が高い。周辺ではトップクラスの学力を誇る。
魔力で強化された征也たちが比較対象だったため目立たなかったが、貴久は素の身体能力も高め。弟に張り合うために鍛えていた頃の名残である。
さっと簡単な料理を作ってみせたりクッキーを焼いてみたり、家事もできる様子。
「……確かに、弱点らしい弱点は見当たらないね。魔法を使えないことくらいかな」
「精霊魔法は使えるみたいだよ? それに魔法を使わなくても戦えるみたいだし、魔法に対処する知識も持ってた。弱点かもしれないけど、補えてる範囲だと思うんだ」
貴久が征也と二回目の試合に臨む直前。詩穂は貴久の部屋で魔法対策の資料を読んだ。
それを見るに貴久は魔法への対処法も学んでいる。
「気になるのはそういうのじゃなくて、補えてない弱点というか。そういうのがないのかなって」
対処できている弱点は弱点として弱いような気がする。
気になるのはもっと根本的な、どうしようもない弱点。
「魔法も抜かすとなると、なんだろう。クラスでも友人が多い様子はなかったけれど孤立しているというほどでもなかった。学園祭や委員会でも無難に失敗なく仕事をこなしていたよ」
「となると、虫とか爬虫類とか」
「前に教室に黒いアレが出てきた時、手近な紙越しに踏み潰していた」
「……食後に聞きたい話じゃなかったかな、それは」
「……うん。私も思い出さなければよかったと後悔している」
詩穂と祀子はほんのり顔色を悪くした。
「勉強も運動も、家事もできて虫も大丈夫……となると、村山先輩の弱点が本格的に分からな――」
「俺の弱点がどうしたって?」
「ひゃっ!?」
詩穂と祀子が議論を深めていると、後ろに貴久本人が現れた。呆れたように顔をしかめている。
とっくに片付けを終えてお茶のおかわりを淹れて戻ってきたのだ。詩穂は慌てて振り返り、祀子は特段の反応を示さない。
……分かりやすい反応を示さないだけで、口に含んでいたお茶を吹き出さないよう必死にこらえていたり、平静を装ってカップを持つ手が震えたりしているが。
「まったく、俺の弱点なんか知ってどうするんだよ。利用して後ろから刺したりするのか?」
「そんなことしません。ただ、先輩ってほとんど欠点がないじゃないですか。だからちょっと、弱い部分がないのかなって気になったんです」
「欠点がないって俺が? アホ言え。欠点なんかいくらでもあるだろ。俺に欠点がないように見えるなら比較対象が悪すぎるんじゃね」
「……はい?」
「うん?」
貴久の言葉に詩穂と祀子はそろって首をかしげた。
「たとえば人格的な欠点だと、短気だったり先の見通しが甘かったり場当たり的だったり、他にも山ほどあるよ。けど短気さも見通しの甘さも場当たり具合も、ふたりがよく知る俺と同年代の男――四ノ宮に比べればマシなんじゃないかって話」
「「ああ」」
ふたりは無情にも納得顔で息をついた。
人間、判断基準は数字だけでない。印象や主観といった自分のものさしで対象を測る。
同じものを見てもその日の気分や隣にあるもので感想が変わるもの。
貴久が挙げた人格上の欠点は、どれも征也の方がひどいと二人が感じるものだった。
同じ欠点でも、すぐそばにより酷い状態で抱える人間がいると目立たないものである。
「あと弱点っていうと……芸術系かな」
「村山くんはそっち方面の習い事もしていたの?」
「うん。ピアノとかバイオリンとか。絵もやった。音楽系はある程度譜面通りに弾けたけどテンポがどうにものっぺりしちゃって、絵はどう足掻いても立体感が出なかったな」
どちらも基本的な技術は身に付けたはずだったのにそこから全く上達を感じなくなった。
書道や硬筆も習ったが、やはり淡々とした文字になってしまう。読みやすい字を書けるようになったので一番身になった習い事であるが。
「他にはないんですか?」
「……こんなもん根掘り葉掘り聞いて楽しいかね。あとは匂い強めの発酵食品とか、女の子とか。あー、匂いが強いものはたいがい苦手かな。強めの香水とか。生魚も嫌いじゃないけど鮮度が落ちて生臭くなったのは勘弁」
「え、女の子苦手なんですか。過去の恋愛に何かあったりするんですか。そのところ詳しく」
「えらい喰いつきだな」
「私としては女の子と匂い強めの発酵食品が同列に並べられることに物申したいところだけれど。うん、気になるね」
女子二人の目つきが変わったことを察した貴久は逃げようとするも時すでに遅し。
詩穂は半球状の障壁を展開して貴久を自分と同じ空間に閉じ込めた。祀子も拘束系の魔法をいつでも撃てるよう準備している。
とっさに逃げようとした貴久は半透明な壁に激突。打ち付けた額を押さえてうずくまった。
「……そんなに楽しい話じゃないぞ。恋愛要素なんてほぼないし」
妙にきらきらした目でにじり寄ってくる二人を見て逃げられないことを悟った貴久。 黒歴史を力ずくで開帳させられることに憮然としながらも逆らえない。
しぶしぶと語り始めた。
「あれは、俺が小学生の頃の話だ。俺にはめちゃくちゃ優秀な弟がいてさ。普通な俺も一つくらい弟に負けない特別がほしくて必死に足掻いてたんだけど――」
小学校五年生の時だった。
当時、弟に負けまいと躍起になっていた俺も、自然の摂理として女子に興味を持ち始めていた。
その時のクラスにひとり、気になる女の子がいた。
初恋であり、今に至るまでで最後の恋だと思う。
弟に張り合う日々の中、ときたま学校で彼女を眺めることがほとんど唯一の娯楽だった。
「……なんだか普通に甘酸っぱい香りがするんですけど」
「……そうだね。もどかしいラブコメのプロローグみたいな」
「そんな楽しい話なら失恋話でもネタにできただろうと思うよ」
同じクラスで、席が近付いた時にはよく話をして。
委員会とかクラスの係とか、分担を決める時にはその子も俺と同じところに立候補してくれたりした。
「なんですかそれ。のろけですか。ラブコメじゃなくて純愛とかそういうオチですか」
「ものすごく順調な両想いのもどかしい恋愛にしか聞こえないのだけれど」
「いいよもう。開き直った。全部話すからちゃんと最後まで聞け」
ある日、その子が俺の家に遊びに来たいと言ったんだ。
当然、俺は舞い上がったね。好きな女の子が自分ちに遊びに来たいと言ったんだ。それでテンション上がらないはずがない。
習い事が入ってない日を指定して、お茶を用意して、お菓子を買って。持て成す準備をした。
そしてとある日曜日。その子がウチに来たんだ。
「その子にもう彼氏がいて、デートの予定ができたからってドタキャンされる流れを予想していたんですけど。はずれでしたね」
「それはそれでえげつない話だね。現実にありそうなのが恐ろしい」
「……当たらずしも遠からずってとこだな」
「えっ」
その子は思いっきりおめかししてウチに来た。
そりゃもう可愛かったね。好きな女の子が一目で分かるくらいおしゃれして自分に会いに来てくれたと思ったら、補正も相まって世界一可愛く見えても不思議じゃない。
俺はリビングにその子を通してお茶やお菓子を準備したよ。
小学生の小遣いでできる精一杯のもてなしをした。
いつもより相手にちょっと深く踏み込んだ話をしている最中だった。
「さっきも言ったけど、俺にはめちゃくちゃ出来のいい弟がいてさ。飲み物を取りに部屋から出てきた弟にその子は飛びついたんだ。めいっぱいのおめかしも、俺じゃなくて弟の気を引くため。俺に親密に振る舞ってたのも家に来て弟に会うためだったんだよ」
「………………」
「………………」
「…………頼むから、なんか言ってくれ。せめて笑い飛ばしてくれれば俺も笑ってネタ扱いできるから」
「なんというか、笑ってしまっていいものか、真剣に悩むのだけど」
「あ、あはは……」
祀子は表情を引きつらせ、本気で困ったように眉を八の字にしている。詩穂は乾いた笑みを漏らすのみ。
いっそ「馬鹿じゃね」とかばっさり切り捨てて笑ってくれれば貴久も「本当に馬鹿だった」とか言って笑い飛ばせるのに。ふたりのリアクションが本気なせいで自分でも処理しきれない。
……こんな感じになるのが予想できたから話したくなかったんだよ!
「こんなことがあったから俺は女の子と親密になるのが得意くありません! おかげで対女性の経験値が低いです! 相手を女性と意識するとうまく話せなくなったりするのでそういう目で見ないよう心掛けています! 話は以上! 俺の弱点でした! 坂上、結界解除!」
「あっ、はい」
詩穂が結界を解くと同時に貴久は脱兎のごとく逃げ出した。
「……悪いことをしたね」
「……はい。本当に。人の弱みを軽い気持ちで詮索するものじゃないって身をもって学んだ気がする」
「……うん。私もだ」
二人は逃げ去る貴久の背中を、生温い目で見送った。
―――
「――でも、それはそれとして」
詩穂はぽつりと呟いた。
誰かに聞かせるつもりはなく、ただ、思ったことが口からこぼれた。
「先輩が普通っていうのは違うと思うな」
日常編はここまで。
次話からまた話が動きます。
? ? ?「では、そろそろ再開しましょうか」
話は変わりますがPCの充電器が破損しました。バッテリー残量が30%しかないので、もしかしたら次話の投稿が遅くなるかもしれません。
パソコンが買い替え時なのかもしれない。




