75.師匠と極東
翌日。昨夜は寝る時間が遅かったが習慣の勝利というべきか。いつもと同じ時間に目が覚めた。
今日の早朝稽古はひとりで行う。珍しいというほどでもないが、ヨギさんもゴルドルさんも来なかった。
この一か月ほどは常に誰かと訓練をしていたため一人で剣を振ることに違和感がある。
ウェズリー、シュラット、ゴルドルさんが現れて午前の訓練が始まる。まだヨギさんは来ない。
「あの、ゴルドルさん。ヨギさんに何かあったんですか?」
「ん? いきなりどうした」
「いえ、今日はまだ見かけてないなと思いまして」
「……まあ、そういう日もあるだろ。つーかタカヒサ、ヨギがどうにかなるところとか、想像できるか?」
「できませんね」
即答した。
だって今のところ、ヨギさんを倒せそうな人の心当たりないし。脅威度センサーで測った結果もダントツで強かった。
「あ、でも二日酔いとかしそうなイメージありますね。飲んだその場で吐いたりしない代わりに翌日に酔いを持ち越しやすそうというか」
「……当たりだ。だいたい調子に乗って飲んだ次の日にゃあ頭抱えて転がってる」
「やっぱりですか。そんな雰囲気ありますよね。……ところでなんでヨギさんの酒事情をゴルドルさんが? それも翌日のことまで詳細に」
「さぁて訓練はじめんぞ! タカヒサもムダ口叩いてんな!」
にちゃっとからかいの笑みを向けると大声で強引に話を切られた。
からかい半分ではあるが、ゴルドルさんとヨギさんの関係が不思議なのは事実である。親しいのは分かるけど、男女のニオイがするようでしないけどやっぱりほんのちょっとニオわないでもない。
まあいいけど。詮索するつもりはないし。
おとなしく口をつぐんだのは、こちらを睨んだゴルドルさんの顔が般若よろしく恐ろしかったからではない。決して。
結局、午前の訓練の間、ヨギさんは姿を見せなかった。
―――
午後。座学の授業を終えた俺は部屋に戻り暇していた。
特に予定がなかったので錬気で遊ぼうかと思っていたところ。
「タカヒサ、今暇よね?」
ヨギさんがいきなり窓から顔を覗かせた。この人は窓からでないと人の部屋に入れないのだろうか。
今日初めて顔を見たヨギさんは何やら布袋に入れた長いものを持っていて、いたずらっぽくにやにやしている。
「暇じゃないです」
「えっ」
「冗談です、暇です」
まるで暇であることが確定しているように言うもんだから悪戯心が疼き、つい暇じゃないと言ってしまった。
するとこの世の終わりみたいな顔をしたので慌てて言い直す。
「そ、そう。よかった。じゃあちょっと付き合ってくれない? そんなに時間はとらないわ。夕食前には終わるはずよ」
「わかりました。どこへ行くんですか?」
「んー、まずは開けたところに。訓練場でいいわ」
「了解です。すぐ行きます」
ヨギさんはそのまま窓から外庭に下りた。その後とんでもない速さで訓練場方面にすっとんで行った。
今の俺なら窓から下りるくらい問題ないけれど、そんな非常識な真似をする理由もなく。普通に訓練場まで歩いて行った。
そこにはどことなくそわそわした様子のヨギさんと、仕事の後の訓練をしていたらしいゴルドルさんとウェズリー、シュラットがいた。
「あれ、ヒサ? こんな時間に珍し……いこともないか。この一か月くらい時間があれば訓練場にいたし」
「ウェズリー、そのことには触れないでくれると嬉しい。思い出しそうになると肌がピリピリすんだ」
「だいじょぶかー? なんか顔色悪いぜー」
「大丈夫、なはず。うん、たぶん」
これ以上詳しく思い出さなければ大丈夫だろう、きっと。
「おうヨギ、お前までどうした?」
「ん、ちょっとタカヒサに、ね」
「……ああ、それか。準備がいいな」
「ふふん、当然ね。あたしはタカヒサは途中で投げ出したりしないって分かってたもの」
「いや、投げ出そうとしても逃がすつもりはなかったの間違いじゃねえか?」
「同じようなことでしょ」
「大分違うと思うが」
俺がウェズリーたちと話している間、ヨギさんはゴルドルさんと何やら話していた。ゴルドルさんは要件のことを知っているらしい。
それはともかくとして、投げ出さないと信じるのと投げ出させるつもりがないはとっても違うと思います。
俺の蔑みの視線に気付いたのか、ヨギさんが頭を掻きながらこちらを向いた。
「まあ、実際にあんたは乗り越えて強くなれたんだからいいじゃない」
「坂上やチファが言うには壊れかけてたらしいですけど」
「男が細かいことを気にすんじゃないっ」
「細かくないですからね?」
誤魔化すように尻をひっぱたかれるがそれで誤魔化されたりしない。
もうちょっと追及してやろうとすると、目の前に手を突き出された。
その手には先ほどから持っていた長いものが入った袋が握られている。
「はい、これ。開けてみなさい」
「……これは?」
「開けてみればわかるわ」
突き出されたそれを受け取り、袋から取り出すと黒塗りの木刀らしきものが現れた。普段使っている木刀よりだいぶ長い。それから一回り太い。
木刀にしては妙に重い。ということは、
「これ、真剣ですよね?」
「そうよ。抜いて、構えてみなさい」
袋に入っていたのはシンプルな形状の剣だった。
前にヨギさんからもらった剣には柄と鍔があって、それぞれ控えめに装飾が施されていた。
けれどこの剣は違う。柄は木製。滑りにくいよう加工はされているようだが装飾はない。鍔に至ってはそもそも存在しない。
柄を握ると手に吸い付くような感触があった。少々でこぼこしているが、凹凸が手の形に合わされているようでむしろ握りやすい。
黒い鞘から剣を抜く。
「剣じゃなくて、刀? 大きさ的に太刀?」
刀身には厚みがあり、前にもらった剣と違って刃は片側にしかない。刀身の長さは一メートルほどで、ゆるい反りがあった。刃紋はなく、剣の腹には溝が入っている。
すごく、刀っぽい剣だった。
「あんたは先代の五人の勇者と同じ国の出身なんでしょ? その剣は勇者が持ってたっていう剣をあんたに合わせて再現してみたのよ。それであってるかしら」
「はい。いや、俺は実物の刀なんて持ったことないですけど、こんな感じだと思います」
「それじゃ振ってみなさい。違和感はない? どんな些末なことでもいいわ」
言われるままに刀を構える。
妙なほど手に馴染む。前にもらった長い方の剣より大きいのに重いと感じない。
試しに振ってみると確かな重み。しかし俺の力も過不足なく伝わるおかげが刀に振り回されることなく振ることができる。
握り心地や振り心地を確かめているとヨギさんが木の枝を放ってきた。
斬れということだろう。刀を振るとほんのわずかな抵抗を残して枝は真っ二つになった。それを見たヨギさんは満足げに頷いた。
「具合はどう?」
「……手に馴染み過ぎてかえって違和感があるくらいです。重いのに軽いというか、軽いのに重みがあるというか」
「それじゃあ微調整だけでいいかしらね。ちょっと貸しなさい」
刀を鞘に納めてヨギさんに返す。
ヨギさんはしげしげと刀を眺めてから何やら道具を取り出した。紙やすりのようなもので柄を整え、布で刀身を磨く。
「……よし。じゃあこれ、はい」
数分もしないうちに作業を終えたヨギさんは俺に刀を投げた。慌てて受け取った。
ものすごく怖かった。鞘に収まっていない刀身むき出しの剣を投げるのは心底やめてほしい。
「えっと、これはどうすればいいんですか、ヨギさん」
「それあげる。好きに使いなさい」
「こんな高そうなものをもらっちゃっていいんですか!?」
俺に合わせて再現したとか言ってたから予想はできていたけども。
何度か兵士に支給される剣を持ったこともあるが、これは次元が違う。金額にすれば桁どころか単位が違いかねない。
そんなものをホイホイ受け取っていいのか。久々に日本人らしい遠慮の心を感じた気がする。
「いいのよ。ていうかあんた用に打ったからもらってくれなきゃ困るんだけど。……それとも気に入らなかった?」
ヨギさんの表情が曇る。
その心配は杞憂だ。
「気に入らないとかありえないでしょう!? こんないいもんのどこに文句をつけろと?」
「そんなら受け取ってやんな、タカヒサ。そいつはヨギからの餞別みたいなもんだ」
「餞別?」
あげるのもらっていいのと言い合っているとゴルドルさんが声をかけてきた。
何やら詳しいことを知っている様子。首をかしげているとヨギさんが頬をかきながら説明してくれた。
「……ウチの流派だとね、弟子が独り立ちできる強さになったら師匠は剣を贈るのよ。鍛冶師への紹介も兼ねてね。けど、フォルトには紹介するような鍛冶師がいないから。あたしが打ったそれを贈らせてもらうわ」
「この剣はヨギさんが打ったんですか?」
「ええ。家から飛び出したけどあたしは鍛冶屋の生まれだもの。あ、出来は問題ないはずよ。鍛冶をやめさせられた理由もクソ兄貴より腕が上がり過ぎたせいだから」
「そ、そうなんですか」
俺は相槌を打った。笑ったつもりだけれど、きっと引きつっている。
他にどうしろと言うのか。いきなり重たそうな家庭の事情を話されてもリアクションに困るっていう。
「そうなのよ。タカヒサの力はもうそれなり。その剣を見るたびに驕りそうな心を戒めなさい」
ヨギさんは今まで見たこともないような穏やかな笑顔を見せた。
これは、話の流れ的にも断るという選択肢はない。むしろ断る方が失礼っぽい。
俺は受け取った剣を両手でしっかりと握り、ヨギさんに頭を下げる。
「ありがたく頂戴します」
「ん。よきにはからえ」
ぽん、と優しく頭をはたかれた。
―――
その後まもなく夕食の時間になった。
ちょうどウェズリーたちの訓練も終わったところ。俺たちは連れ立って食堂へ直行。片隅を占拠した。
もちろん刀は大事に持っている。ヨギさんがくれた袋には紐がついていたので肩にかけている。
「そういやヨギ、タカヒサに渡す剣は一本なんだな」
夕食を食べながらゴルドルさんが話を振った。
「そりゃうちの流派はもともと一刀流だし。渡す剣は一本が通例よ」
「お前なら通例なんて無視するだろ。あんだけ露骨にタカヒサにも二刀流を勧めてたんだから渡す剣も二本かと思ったんだよ」
「ああ、そういえば。最初にもらった剣は二本でしたし、訓練の時も剣を一本だけで構える度にもう一本はいいのかって聞かれましたね」
前にもらった剣は長短一対。長剣と言ってもやや短め。片手で振り回せる長さだった。短い剣は言うに及ばず。むしろ両手で握る方が難しい代物。二刀流を前提に作られた剣だったのかもしれない。
ヨギさんと戦う上で手数が足りず、途中から二本同時に使うようになっても問題なかったし。
思い起こせばちょくちょく二刀流を勧めるようなことを言っていた。
「いいじゃない、べつに。強要はしてないし」
「別にいいですけど。何かこだわりとかあるんですか?」
気になって尋ねてみるとぴくっと震えてヨギさんは動きを止めた。
ヨギさんは顔ごと目を逸らし決して視線を合わせようとしない。
あまりにも不審な様子。じっとり湿った視線を向ける。向け続ける。
すると。
「…………ぃから」
「はい? なんて?」
ぽそっと呟いたが聞こえなかった。問い返すときっと睨まれた。だいぶ顔が赤かった。
「カッコいいからよ! そうよ、あたしが二刀流に手を出した理由は見た目がかっこよかったからよ! 若気の至りよ! 手数を増やすため-とか理由付けても実際はそんな理由よ! 悪い!?」
「い、いや別に悪くないと思いますけど。それで強いんですし」
「おれぁ若気の至りの剣術に一度も勝ててねえのか……」
ヨギさんにとっては黒歴史だったらしい。
怒鳴るヨギさんとは別口でゴルドルさんもダメージを受けていた。
「試しに剣を二本持ったら妙に手に馴染んだのよ。それ以来ずっと二刀流ね。ばあちゃんには邪道だって怒られたっけ……」
ふっとヨギさんが遠い目をした。いろいろあったらしい。
こんだけ強いヨギさんが恐れるばあちゃんなる人物はどれだけ強いのか。気になるけど、会うのはちょっとコワいからパス。
落ち込むゴルドルさんと荒んだ目をするヨギさん。テーブルの雰囲気が急に重くなる。
ど、どうしよう。何か話題を提供しなければ……!
「ってことはヨギねーさんはヒサのお師匠ってわけだな!」
「そ、そうだね! 一人前になった弟子に渡すっていう剣を渡したんだから、正式に子弟ってことだよね!」
「なるほど、つまり俺は今日初めてヨギさんの弟子として認められたわけですね!」
ウェズリー、シュラット、グッジョブ!
二人に合わせて努めて明るい声を出す。
「師匠……そういえばあたし、タカヒサの師匠ってことになるのかしら」
「そうですよ、俺はヨギさんから戦い方を教わりましたし。これはもう、俺は今後もヨギさんのことを師匠と呼ぶしか!」
ヨギさんがちょっと喰いついてきたので過剰なほどまくしたててみる。
するとヨギさんは「そっか、師匠か」とまんざらでもない様子。腕を組んでちょっと得意げに頷いている。
なし崩し的にヨギさんのことは師匠と呼ぶことになったっぽい。
「あ、ところで師匠。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「ふふん、師匠たるあたしが答えてあげるわよ?」
おそらくヨギさんも自分が雰囲気を暗くしてしまったことを感じていたのだろう。ちょっとわざとらしく調子に乗った発言をする。
話題を変えたいのもあるが、単純に気になっていたこともあるのでこの機会に聞いておこう。
「師匠は魔界の向こう側から来たんですよね。魔界ってどんなところなんですか?」
一か月の訓練の前に言っていたこと。ヨギさんの流派の道場は魔界の向こうにしかない。
つまりヨギさんは海を越え魔界を越え、このアストリアスにたどり着いたことになる。
日野さんが拿捕した魔族と話し、魔族との対話は困難だと感じた。
だが、アレが魔族の標準とも限らない。
実際に魔界を渡ったのなら魔族と交流を持ったはず。そんなヨギさんの見解を聞きたい。
「そうね、魔界は……変なところだったわ」
「変、ですか?」
「あちこち凍ってるのよ。気持ち悪い魔力が充満していて、気温がそれほど低いわけじゃないのに黒っぽい氷がそびえていたわ。あたしはほとんど一直線で魔界を越えたから他の場所がどうか知らないけど、あたしが知る限り氷ばっかりの場所ね」
あまり愉快ではなさそうに答えてくれた。
黒っぽい氷。気持ち悪い魔力が充満している。気温がそれほど低いわけではない。
となると何か特異な環境にあるのか。
俺はダイム先生の授業で地理や自然現象について習った。
この世界には幻素なんてものがあるせいで超自然現象とでも言うべきものが発生する。
地味な例だと毎日移動する森とか、派手な例だと空に浮く島とか。
魔界もそういった土地の一種なのかもしれない。
「魔界を探索しよう、とか思わなかったんですか?」
「最初はそのつもりだったんだけどね。充満してる空気が気持ち悪くて最速で抜けたわ」
それで一直線につっきってきたらしい。
「そういう話題ならおれも興味あるな。なあヨギ、魔族ってのはどんな種族なんだ? おれが今までに見たことがある魔族ってのは殺戮狂いばっかだからな。教本にもそんなようなことしか書いてねえ。魔族の非戦闘員ってのはどんな連中だ?」
雑談をしていると復活したゴルドルさんがまざってきた。
そしてその質問はまさしく俺が一番聞きたいこと。
この前会った魔族はただの娯楽のために人を殺すと言っていた。兵士として侵攻に参加している奴らはほぼ全て自分と同じだと。
それはないと思いたい。ただの娯楽が本能に刻まれている生物なんていないはずだ。
だからこそ非戦闘員がどうなのかを知りたい。
せめて、戦いに参加していなくても、あれと同じ魔族にまともな人がいると分かれば交渉という希望が芽生える。
固唾をのんでヨギさんを見つめる。するとヨギさんはなんてこともなさげに答えた。
「そうねえ、普通よ。普通の農民。ものすごく数が少なくて死んだ魚みたいな顔をしていたけど、普通に畑を耕して森で獲物を狩って、肉と野菜を食べて生きていたわ」
ほとんど接触は持たなかったけどね、と話は締めくくられた。
思わずため息が漏れた。
自覚はなかったが、俺の体は相当に強張っていたらしい。息が漏れると同時に精神も緩んで、全身から力が抜けた。ずり落ちるように背もたれに体重をかける。
「……そっか、そうなんだ」
やはりこの間会ったアレが特殊なのだ。
魔族全てが殺戮狂いじゃない。それが分かっただけでも有り難い。
交渉の余地があるし、何よりあんな頭のおかしいのが跳梁跋扈する世界なんて恐ろしくて歩けたもんじゃない。
「あ、でも兵士は違うわよ。前線でいろんな魔族を見たけどね、戦争に参加している奴は魔界で見た魔族と同じ種族とは思えないくらいに好戦的で残虐な生き物だから。間違っても殺さず済ませようなんて思っちゃだめよ。きちんと仕留めなさい」
魔族とも戦う以外の選択肢が生じたこと、魔族全てが狂っていないことが分かって安堵した俺にヨギさんが釘を刺した。
確かに戦う可能性を考えるなら魔族=狂ったバケモノという図式が成立している方が心置きなくやれる。魔族全てが殺戮を娯楽と見なす種族ならば殺してしまったとしても良心の呵責とか感じそうにない。
その点では魔族全てが殺戮狂いの方がよかったかもしれない。
だが、俺の目的は魔族を殺すことでも、まして戦うことでもない。
日本に帰るという目的さえ果たせればいいのだ。できればチファたちの安全を確保した上で。
敵対以外の可能性が見えたことは素直に喜ばしい。
「わかりました。でも魔族と戦うことになっても少しくらい話してみたいと思います」
「……ま、それくらいならね。人の言うことを鵜呑みにして思考停止するよりよっぽどいいわ」
魔族に会ったらひとまず会話だ。
幸い、逃げ足は自信を持てるレベルになった。逃げ切れないような相手なら感知と直感で判別してそもそも近寄らない。
会話して、理解できる感性の魔族なら情報交換もアリ。殺しにかかってくるなら逃げるだけ。
あの魔族のように狂っていたら関わりたくもない。やっぱりさっさと逃げる。
そんな決意を固める俺に、ヨギさんは若干渋いながらも笑顔を見せてくれた。
「そういえば、ヒサにあげた剣は先代勇者様の剣をモデルに打ったって言ってましたけど、先代勇者様は極東に住んでいたんですか?」
俺とヨギさんのやりとりが一区切りついたのを見計らってウェズリーが質問をした。
先ほどもらった剣は、少なくとも外見は刀に酷似していた。
俺も刀に詳しいわけではないが、刀の反りを付けたりするには独特の製法が要るとかふわっとした知識ならある。
極東だからといって日本刀らしきものが作られるとは限らない。となると製法は勇者直伝なのだろうか。
「一時期逗留していたらしいわ。ウチの鍛冶技術の基本は勇者に教わったものって聞いてる。一緒に剣も伝わってたし」
刀の打ち方は勇者から教わったらしい。
ヨギさんは服装さえ現代化すれば日本にいてもまったく違和感がなさそうな外見をしている。
極東人がみんなこういった容姿だとしたら、勇者も懐かしんでいろいろ教えたりしたのかもしれない。
「あれ、ウェズにシュラもいるの? ゴルドルさんに、ヨギさんまで」
「みなさん、お疲れ様です」
雑談しながら食事をしているうちにチファとマールさんがやってきた。
チファは最近、マールさんに料理を習っている。
俺の専属として城の仕事を少なめに割り振られているチファはともかく、マールさんは時間の工面が難しい。厨房が空いている時間も考えると殊更に。
そんなわけでチファは俺の食事をこさえてくれた後で自分用の食材を使って練習している。
チファの料理ができてから一緒に食べればいいと思っていたのだが、御飯が冷めてしまうからと断られた。
せっかく作ったものだから美味しく食べてもらいたいという気持ちは分かるのでおとなしく従うけれど、チファと食べる時間が減った俺は正直寂しい。
マールさんのお料理教室に俺も突撃してチファに料理を教えたい気持ちはある。
けれど本職のマールさんの方が料理の腕も教える腕も俺より上だろう。邪魔しちゃ悪いので手伝うまでに留めている。
「チファ、今日は何を作ったんだ?」
「今日はお魚料理に挑戦しました! ムニエルにしようとして、ちょっとバターを温め過ぎで焦げ付かせちゃったんですけど……」
「ああ、道理で香ばしい匂いがするわけだ」
「か、からかわないでください!」
チファが抱えていた皿を見てみるとほんのり黒い部分がある。からかわれたようで恥ずかしいのかさっと皿を隠された。からかったつもりはないのだけれど。
「ごめんごめん。じゃあ俺は片付けしてくるよ。ホレ、ウェズリーたちも食い終わった皿をよこせ」
言いながら空の皿を集めてさっさと厨房に向かう。
食事を準備し、食べるための時間。そこで料理を習ったり教えたりしているのだからチファとマールさんはそんなに時間がない。
いちおうメイドを付けられる立場の俺が手伝うことはないそうだが、自分で雇ったのでもないのに世話を焼かれるばかりでは座りが悪い。できることがあって邪魔にならないなら積極的に手伝いたいところだ。
ちなみに。お姫様に食費を初めとするもろもろの生活費を出させていることに負い目や罪悪感はない。拉致の実行犯だし。
「あ、タカヒサ様、片付けもわたしが……」
「いいから。チファもゆっくり食べな。喉に詰まらせたりしたら大変だ」
「ですが……」
「チファちゃん、お言葉に甘えさせてもらおう? いいよね、タカヒサさん」
「よくなきゃ申し出ませんよ。チファもいいかげん慣れろ。拒否っても勝手に食器持ってくからな、俺」
「うぅ……。はい、いつもありがとうございます」
家でもよく洗い物はしていた。最初はスポンジも洗剤もないことに戸惑ったが、もう慣れた。これくらいなら苦にならない。
チファの負担が減らせるというなら喜んで引き受けよう。
俺は自分の食器をはじめ、目についた空の食器を持って厨房に引っ込むのだった。
―――
貴久が食器を持って厨房に引っ込んだ後。まもなくゴルドルとヨギも食事を終えた。
ゴルドルはいくらかの書類を片付けるため、執務室へ。ヨギはアルスティアに与えられた自室へ向かう。
その道中。
「……ところでヨギ、前に聞いた話だと、師が剣を渡すのは弟子が一人前になった時じゃなかったか? お前から見てタカヒサはもう一人前なのか?」
ぽつりとゴルドルが尋ねた。
「ううん。戦う力はそこそこになったけど、心構えはまだまだ。力だってそこそこ止まりだし。ホントはもうちょっと面倒見て、ちゃんと一人前になった時に渡したかったけどね」
「それじゃあ、どうしてこのタイミングで渡すんだ?」
「タカヒサが一人前になるまでに、タカヒサとあたしが無事って保証はないもの」
いつになく弱気なヨギの言葉にゴルドルの眉がしかめられる。
「……まさか、魔族の侵攻が再開しそうなのか?」
「わかんないわよ。最近は前線にいる時間もほとんどなかったもの。……でも、仕掛けてくるならそろそろかなって思ってる」
「根拠は何かあるのか。それなら俺も大っぴらに動けるんだが」
「いいえ。根拠があるとすれば……そうね、あたしの勘ってとこ」
それだけ言って見せたヨギの笑顔は、ゴルドルにとってひどく印象的なものだった。
いつものように明朗なものでなく、どこか不安さが滲む中途半端で儚げな表情だったから。
それぞれの部屋に向かうために別れた後も、ゴルドルの頭にはヨギの言葉と表情がこびりついて離れなかった。
書いていてややこしいので、次話以降は台詞でも地の分でもヨギの呼び方は「師匠」に統一します。




