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74.第三回勇者会議

ちょっと重大な齟齬があり、それを修正したためちょっと遅くなりました。申し訳ありません。

 気が付けば俺は真っ白な世界にいた。

 足元を確かめると、しっかりと足場の感触はあるのに目に見えない。すさまじい濃霧に包まれているかのように視界が塞がれている。


「……ふむ、これは夢か?」


 差し迫った危険を感じないおかげで気分を落ち着けることができた。

 記憶をたぐると訓練を終えて夕食を食べ、部屋に戻ったところまで覚えている。こんな謎空間に飛ばされる理由に心当たりがない。

 この霧らしきものも不自然だ。足元も見えないのに自分の体は足の先まではっきり見える。

 だが、その不自然さも夢だと考えれば納得できる。

 だって夢だし。夢ならファンタジー以上にファンタジーで不可思議カオスな出来事が普通に起きる。


『…………………か』

「ん?」


 早く覚めないかな、と頬をつねっていると何か聞こえた気がした。

 目を閉じて耳を澄ましてみる。


『…………れか、……え…………すか』


 聞き間違いじゃない。反響したように曖昧になっているが、何か聞こえる。


『……しの…………えが…………きこ……ますか』


 具体的な距離は全く分からないが、音の発信源は近付いているようだった。

 だんだんと音がはっきりする。

 これは、人の声か?

 何か意味のある文章を喋っているような感じがする。

 近づいてきていると言ってもまだ遠いのか、聞き取ることはできない。


『誰か、私の声が聞こえていますか』


 聞こえた!

 はっきりと聞こえた。

 女性の声。聞き覚えはない。だが、女性の声だとはっきり分かる高さ。きっと鈴が鳴るような声というのはこういう声のことを言うのだろう。男だったら激しくびっくりだ。

 これだけはっきりと声が聞こえるのだから姿も見えるかもしれない。

 そう思って目を開けると、白く輝く何かが見えた。

 うすぼんやりとした全体の輪郭は華奢で女性的。白く輝いているのは――髪か?

 真珠のようにきらきらと、白い光の中に鮮やかな七色が融和している。


「……あなたは、誰ですか」

『!!』


 嫌な感じはしない。味方かどうかは分からないが、敵ということもなさそう。

 この空間を作って俺に夢を見せているのもきっとこの人なのだろう。

 誰何してみると、相変わらず白いシルエットにしか見えない相手から驚いたような気配を感じた。

 そっちからコンタクトしておいて反応されたら驚くってなんですか。


『聞こえているのですか!?』


 先ほどまでよりくっきりと声が聞こえた。

 シルエットも濃くなり、輪郭がはっきりと見えるようになった。

 やはり女性だ。ドレスでも着ているのか、腰から足にかけてシルエットが広がっている。両腕は細い。髪はかなり長い様子。


「聞こえています。あなたが俺にこの夢を見せているんですか?」

『はい! その通りです!』

「何か理由があって、何か伝えたいことがあるんですよね。それで複数人に声をかけている。あなたは誰で、何を伝えたいんですか?」

『り、理解が早いですね』

「これくらい誰にだって分かります」


 まずもって、夢で誰かに語りかけるという時点でフラグだ。どこの魔法少女だよって話。

 こうして声を伝えているのもおそらく魔法。声を届ける魔法を使う理由は何か伝えたいことがあるから。伝えたいことがあるのは何かあったからだろう。

 この人は誰か聞こえていないかと呼びかけていたのだから、不特定多数に声をかけていると考えるのが自然。


『……そうですか。助かります。あまり時間が残っていないので。まず、私は――』


 ほうっと彼女が安堵の息をつく。状況説明している時間も惜しいらしく、さっそく本題に入ろうとした。

 その瞬間だった。


「!?」


 ざじゃ、とひどい耳鳴りがした。

 彼女の言葉が聞こえない。視界にノイズが奔り、彼女のシルエットも遠ざかる。

 視界は砂嵐、耳ざわりな音が響く。まるでテレビの回線を無理やり引きちぎったような状態。


『っ、もう時間が…………他……に…………らをつ……った…………!』


 彼女はなおもなにか言っていたが、残念ながら聞き届けることはできなかった。

 真っ白い世界は遠ざかり、彼女の影も遠くなる。


『近いうちに、必ずまた――!』


 意識が暗転する直前。

 彼女の叫びが聞こえた。






「――はっ!」


 目を開けると見慣れた布団があった。俺はベッドに頭から倒れ込んでいた。

 どうやら知らないうちに寝てしまっていたらしい。外を見ると陽の傾きも変わっていないので、寝ていたのは本当にわずかな時間のようだが。

 訓練の疲れが出たのだろうか。


「……なんて、平和なオチじゃないよなあ」


 先ほどまで見ていた夢ははっきりと覚えている。

 絵本代わりに漫画を読ませる家庭で育ったのであんな夢を見る素地がないとは言い切れない。

 けれど、漫画やゲーム、ラノベといったものから遠ざかった数か月。今になってあんな夢を見るとは考えづらい。真珠色の髪でドレスを着た白いシルエットなんてキャラクターにも覚えがない。


「何より今いるのがファンタジー丸出しな世界だからなあ。あんだけ意味深な夢を無視するってのは、なんとも。嫌な感じはしないけど」


 これが地球にいた頃だったら漫画の読み過ぎで終わる話だが、ここは剣も魔法も現役のファンタジー世界。地球じゃありえないことがいくらでも起こる。


「まあ、当人もまた連絡寄越すみたいなこと言ってたし。詳しいことはその時に聞けばいいか」


 考えても答えが出る気がしなかったので考えるのをやめる。

 どうせ今悩んでも確証のある答えなんて出せない。対策だって練りきれない。ならば考えるだけ無駄だ。

 あ、でも確証を持てる点がひとつ。


「……なんか面倒事のフラグが立ったよなあ。やだなあ」


 古今東西。夢から始まる物語なんてのはザラにある。

 夢から始まるファンタジー。恋物語。ミステリなんかも。

 けれど、あくまでも俺の知る限りではあるが、すべてに共通していることがひとつ。

 こういう意味深でいわくありげな夢を見た者は何かしらの事件なり厄介ごとに巻き込まれる。

 それはもう、世界が定めたお約束のように。

 当然と言えば当然だけれど。変な夢を見て何もありませんでしたよ、ではまともな物語にならないから。


「あ、やばい。早いところ準備をせねば」


 ふう、と強めに息をついて気を取り直す。

 今はどんな面倒事が降りかかってくるのか分からないから、逃げる算段も立てられない。それよりも目下の予定をこなさねば。

 俺は慌てて厨房に走るのだった。


―――


「あれ、日野さん。具合でも悪いの?」

「……ん、村山くんか。ちょっとね。耳鳴りがするんだ」


 今日は第三回勇者会議をするとのことで、準備を終えた俺は坂上の部屋に向かっていた。

 その途中。同じく坂上の部屋を目指す日野さんと会ったのだが、どうにも表情が優れない。


「体調が悪いなら無理して会議に出なくてもいいんじゃないか? 休んだ方がいいと思う」

「いや、大丈夫。頭痛も耳鳴りも収まってきたから。しばらくすれば治るよ」

「ならいいけど」


 顔が青いわけでもなし。誰にだって不調な時くらいあるだろうから、さして気にも留めなかった。坂上に話せば魔法でなんとかしてくれるかな、と思っていた。

 思っていたのだが。


「……いらっしゃい、リコさん、先輩。どうぞ……」

「……大丈夫か坂上。見るからに体調悪そうだけど」


 ドアを開いて顔を見せた坂上も表情が優れず、顔がほんのり紫がかっていた。


「平気です。ちょっと夢見が悪かっただけですから」

「その割にはずいぶん辛そうだけれど。詩穂も寝ていた方がいいんじゃないか?」

「それを言うなら日野さんも。……って坂上、夢見が悪かったって?」


 夢と言えば思い当たる節がある。

 坂上は怪訝な顔をするも質問に答えてくれた。


「えと、さっきうとうとしてしまいまして。その時に変な夢を見たんです。その後から頭がぼーっとして」

「その夢って、真っ白いところに放り出されて誰かに声をかけられているような?」

「? いえ。がんがん音が鳴る暗い場所に放り込まれるような夢でした。人の声は……聞こえたような、聞こえなかったような」


 俺以外もあの夢を見て、あの人に声をかけられていたのかと思ったが、違うらしい。

 変な夢を見たからといって気にし過ぎか。


「変なこと言って悪かったな、坂上。……ん? 日野さんもどうかしたのか?」

「……詩穂。私もさっき、その夢を見た」

「え?」

「知らない間に真っ暗な場所にいたと思ったら、周りからノイズのような、硬い物をぶつけ合ったような耳ざわりな音がする夢だ。私もさっきまでそんな夢を見ていた」

「日野さんも変な夢を見てたのか?」

「村山くんも? さっき言っていた、白いところに放り出されて声をかけられたっていう?」

「それ。俺は真っ白な場所で女の人に声をかけられる夢だった」


 言うと日野さんも坂上も黙り込んでしまった。

 俺と二人は内容が違うとはいえ、三人とも変な夢を見たことは共通。ファンタジーな世界でこれを偶然の一言で済ませていいものか。


「……とりあえず、立ち話もなんですし。中にどうぞ」

「ん、ああ。そうだな」

「考えるなら腰を落ち着けたの方がいいかな」


 俺たちは三人それぞれ微妙な表情をしたまま、坂上の部屋に入った。





「では、第三回勇者会議を始めます。拍手―」

「おー」

「わ、わー」


 部屋に入ってそう間もなく。人が揃い第三回勇者会議が始まった。

 坂上が音頭を取ったので適当に相槌を打って拍手をする。

 日野さんは前回のことがよっぽど恥ずかしかったのか、俺の反応を見てから合いの手と拍手を始めた。

 そしてその一連の流れに戸惑う参加者が二人。


「ねえ、ねえ征也、あたしたちも拍手すべきなのかな」

「……たぶん。リコも拍手しているし……」


 いわずもかな、召喚された五人の勇者、残りの二人。浅野夏輝と四ノ宮征也だ。

 今回の勇者会議は二人の歓迎会というか、会の趣旨の説明というか。そんな目的で開かれた。

 だが、この二人も表情が優れない。頭が痛いのか眉間にしわがよっている。

 浅野は戸惑いながらもそっと拍手を始めた。俺と坂上、日野さんが四ノ宮を見ると、四ノ宮も拍手を始めた。

 その瞬間に俺が拍手をやめる。日野さん、坂上もしばし遅れて手を止めた。

 ひとりだけ拍手を始めた四ノ宮ははっとなってすぐに手を止めた。

 俺からのささやかな嫌がらせである。試合の一件を蒸し返すつもりはないが、四ノ宮はやっぱり好きくないのだ。これくらいは勘弁。


「先輩、悪い顔になってますよ」

「おっと失礼」


 考えていることが顔に出ていたのか。坂上に注意されて表情を正す。

 四ノ宮と浅野は勇者会議初参加だ。いまひとつ雰囲気が分かっていないようで、ちょいちょい顔を見合わせている。

 ちなみに俺もこの会議に臨む適切なテンションが分かっていない。その場のノリとなんとなくだ。


「な、なあ詩穂。勇者会議って言ってたけど、どういう集まりなんだ? なんとなく想像はつくけど」

「そっか。征也くんたちには説明してなかったね。勇者会議は――」


 出されたお茶をすすりながら坂上が四ノ宮に説明するのを聞く。

 坂上の部屋に集まった俺たちは、前回と前々回の会議で使ったものとは違う、埃をかぶっていた大きい方のテーブルを使っている。

 坂上は顔色が優れないながらも機嫌のよさを感じさせる口調で四ノ宮たちに会の趣旨を説明している。


 話した感じ、坂上は人間関係に固執するタイプではない。他人をないがしろにするわけではないが、淡交というか。去る者追わずな雰囲気がある。

 それでも友人と知人が敵対していた状況に思うところがあったのかもしれない。

 俺の勝手な想像でしかないが。


「――というわけで、勇者同士で定期的に集まるための会合なの」

「なるほど、要するに情報交換会兼懇親会か」


 坂上が説明し、四ノ宮がまとめた。隣で浅野がうんうん頷いている。

 実際に四ノ宮と浅野は偏った情報でやらかしたのだから情報共有の重要性は分かっているのだろう。異議はないようだった。


「それじゃあ今回の議題は何なの? それとも定期的な報告会みたいな?」

「今日はただの親睦会かな。よく考えたら征也と夏輝を誘った後は一度も集まっていなかったからね」

「そだな。あ、来る前に厨房でつまめるもの作ってきたから、よかったらどーぞ」


 サラダを少々とプレーンのクッキー。サラダはクッキーとのバランスを取るべく酸味抑え目塩味強めのドレッシングで作った。お茶に合うかは知らん。


「村山くん、料理できるんだ?」

「そこそこに。ウチじゃ余りものでよく飯を作ってたから」

「クッキーって余りもので作るものでしたっけ」

「それは趣味。クッキーみたいな作り置きできるやつだと、焼きたてが食べたい時には自分で作るのが一番安くて手っ取り早い」


 焼き立てのクッキーを出してくれる店というのは存外少ない。いちいち焼いていたら時間がかかり過ぎるから仕方ないけれど。

 甘いものは基本的に食べる専門だが、できたてが美味しい簡単なものだと自分で作ることもあった。


「うん、このクッキー美味しいね」

「夜だしバター少なめの貧乏仕様だけどな。食えなくもないだろ」

「甘いものを食べた後だと塩気のあるサラダも美味しいです」


 美味しいと言いながらも微妙に日野さんと坂上の表情が優れないのが気になる。不味いけどお世辞を言ってくれてるのだろうか。


「……あたしの女子力って…………」


 同じように浮かない顔をしていた浅野が呟いた。

 まさかふたりも同じなのか。

 視線をやると女子勢一堂に目を逸らされた。

 女子なら家で料理をするってわけでもないだろうに。実家暮らしだと勝手に食材を使うわけにもいかないだろうし。プロを目指すんでもなければ料理は慣れだ。

 浅野の呟きを最後に沈黙が降りる。何かやらかしてしまった雰囲気がある。

 適当に話題を投入するか。


「そういえば議題もなしに集まったのは初めてだよな。何か話そう。……ああそうだ。浅野と四ノ宮も表情が優れないけど、変な夢でも見たのか?」

「! まさか、村山も見たのか!?」

「俺だけじゃなくて日野さんと坂上もな。その様子だと浅野もか?」

「う、うん。暗い場所に放り出されて頭の中で鐘がなるような夢だった」

「四ノ宮も浅野と同じか?」

「ああ。まさか、五人同時に同じ夢を見たのか……?」

「俺はちょっと違うっぽいけどな」

「……村山はあたしたちと違ったの?」

「結構違ったっぽい。体調に不具合とか起こしてないし。内容は――」


 せっかくだったので俺が見た夢の詳しい内容も説明する。俺以外の人なら何か気付くことがあるかもしれない。

 詳細に話すと四人はそれぞれ考え込むように黙ってしまった。

 正直、俺はそんなに悩んでいない。次の機会にいろいろ聞けばいいし。話した感じ、悪党っぽくなかったのでさほど心配もない。


「……もしかして、精霊魔法に似た魔法なのかもしれないね」


 日野さんがぽつりと呟いた。


「この夢を見せる魔法の原理が、ってこと? 日野さん」

「うん。精霊魔法は人の体の中に精霊を宿して特定の魔法を行使する方法だ。けれど、誰でも、どんな精霊でもいいというわけじゃない。魔力の波長が合わない精霊や、器の容量を越える大きさの精霊を体に宿すと拒絶反応が起きる。村山くんだけ不調をきたさなかった理由はそこにあるんじゃないかな」

「あー、そういやそうだっけ。容量超えたり波長が合わないとエラいことになるんだっけ」

「そうだけれど……村山くんだって使うものなんだから覚えておきなよ」

「いやあ、俺は魔力ないから拒絶反応とか考えなくていいし」

「もし精霊を宿した状態で他の精霊を宿そうとしたら暴走する危険もあるんだよ。あんまり油断しないように」

「……はい」


 初耳だった。あっぶねえ。

 もしも次に接触される時に日野さんの魔力をつぎ込んだ精霊を宿していたら、俺は大爆発――はしないか。日野さん本体が頭痛で済んでるんだし。

 でもちょっと怖いので精霊は必要な時以外、体に宿さないようにしておこう。


 その後もしばらく意見を言い合ったが、これといった意見はなかった。

 彼女の目的や動機を推測するには情報が足りないというのが実情。なにせ直接言葉を交わしたのは俺だけだ。全て伝聞で俺より情報量が少ない日野さんたちでは推測がより難しい。

 またいずれ彼女から接触を図ってくるはずなので、詳細はその時に聞けばいいという方向で落ち着いた。

 日野さんは念のため外部から送られてくる精霊を遮断する結界を作っておくとのこと。

 俺はわずかとはいえ彼女と実際に話し、危険ではないと判断した。

 けれど日野さんたちにすれば何も分からない相手からよく分からないものが送られてくるのだ。防いで当たり前。俺にも結界を張ろうかと申し出てくれたが、彼女のことが気になったのでパスしておいた。


 そんな具合に議題がなくなると途端に全員が黙ってしまった。

 実はこの人たち、コミュ力低いんじゃなかろうか。

 仕方ない部分があるのは分かるが。日野さんと坂上はそんないつまでも喋っているタイプに見えない。四ノ宮と浅野は俺に負い目を抱えているようだから、俺を前に軽口をたたくのもはばかられるのだろう。

 かくいう俺もバカ騒ぎするテンションじゃないし、他に議題があるわけでもなし。なんとなく雑談という雰囲気にもならなかった。

 続く沈黙。どうしようか。

 いっそ放置でいいか。四ノ宮たちの歓迎会でそこまで気を遣ってやる義理もない。


「……話すことがないなら村山、ちょっといいか? ひとつ頼みたいことがあるんだ」

「うん?」


 ひょいひょいと自分で焼いたクッキーをつまんでいると、四ノ宮が手を挙げた。

 四ノ宮からこっちに関わろうとしてくるとは思わなかった。だが断ると切り捨てたい気持ちはないでもないが、四ノ宮からの頼みというのは興味がある。


「受けるかどうかは別にして、話は聞くぞ」

「ありがとう。もう一度、俺と試合をしてほしいんだ」

「また試合ぃ? お礼参り的なアレか?」


 自然と顔がしかめられる。

 正直四ノ宮との試合はどちらもまともなものでなかった。

 一度目は四ノ宮から俺へのリンチ。二度目は俺から四ノ宮への報復。

 もう一度というと、四ノ宮からの報復か?


「違うんだ。そうじゃない。……今日も村山が黒髪の人と訓練してるのを見たんだ。お前が強くなってるのは疑う余地もない。それで思ったんだ。俺も成長してるのかって」

「そういや訓練場にでかい魔力が来てたけど、お前だったのか。ていうか見てたのか。それで二度戦ってる俺と試合して自分の成長具合を知りたい、と?」

「ああ。もちろん今度は魔法も使わない。だから、頼めないか」


 そう言って四ノ宮は頭を下げた。魔法を使ったことは自分の中でも黒歴史化しているのか、魔法を使わないと言った時にはものすごく表情が歪んでいた。

 どうしようか。あまり実力が拮抗していると、負けそうになった時に前みたく自分が暴走しそうで怖いのだが。

 訓練の結果手に入れたもうひとつの技能を使ってみるか。


「……脅威度センサぁー」


 ぼそっと呟く。聞こえたのか聞こえなかったのか、四ノ宮たちが不思議そうな顔をする。

 気持ちは分かる。俺でもいきなり知人がこんなこと言い出したら変な顔をする。


 脅威度センサー。ヨギさんとの戦いによって目覚めた……というか実用化した能力とは言えないような何かだ。

 ヨギさんと戦ううちに体捌きの巧さなどを読み取れるようになったのか。得られる情報が増えたことで目の前の相手がどれだけ危険か、より正確に直感が判定してくれるようになったのだ。要するにスカ○ター的な何かである。

 試しに四ノ宮を見てみると、さほど脅威を感じなかった。場合によっては危険、程度。ちなみに浅野は戦ったらかなりヤバそう。坂上と日野さんに関しては絶対に戦ってはいけないと感じる。

 あくまでなんとなくなので当てにはしきれないが、まあ大丈夫そうか?


「駄目か? ……当然か。俺はそれだけのこと――」

「いーよ。それじゃ中庭か訓練場に行くか。日野さん、明かりとかつけられる?」

「ん、任せて。昼のような明るさに照らしてみせよう」

「そこまではしなくていいから」


 四ノ宮の申し出を受けることにした。

 もう外は薄暗いので明かりの確保が問題だったが、そこは勇者。日野さんが快諾してくれた。


「……いいのか?」

「いいって言ってるじゃん。いくらなんでもこの状況で攻撃魔法ぶっぱして俺を殺そうとするほどお前がアホだとは思ってないよ」


 日野さんや坂上がいる場所なら攻撃魔法を撃ってくる心配もあまりしなくていいだろう。

 ヨギさんやゴルドルさんは元が強すぎるせいで多少戦えたところであまり成長した実感がない。打ち合っても手加減していることが分かるのだ。

 四ノ宮なら相手として手頃。真面目に剣技で競った場合、俺の方が強くなってれば倒せるし、そうでなければ負ける。元の実力が近いだけに明快だ。

 ウェズリーやシュラット以外にも実力が近い相手と戦った方がいいだろうし。


「ありがとう。よろしく頼む」


 こうして俺と四ノ宮は三回目にしてようやく平和な理由での試合をすることになった。


―――


 ところ変わって訓練場。中庭でもよかったが、時間が時間。陽も落ちた今、早い人ならそろそろ眠るころ。そういった人たちに配慮した結果、試合会場は訓練場になった。

 こちらに来てからめっきり朝方生活になった……というかならざるを得なかった俺も寝る時間が近い。

 俺と四ノ宮は互いに向かって武器を構える。

 もちろん真剣ではない。木剣と木刀だ。金属製の武具は四ノ宮の盾だけである。


「盾はいいのか?」

「ああ、俺の体格だと盾とか使ってがっつり打ち合うのは向かないからな。盾は基本的に使わないんだ」


 防御はしないで基本逃げる。どうにも必要な時には剣と錬気で防御する。弓矢による制圧射撃もある程度は錬気の鎧で防げる。無理そうなら衝撃を放って散らすか勢いを弱める。

 範囲魔法は発動の予兆を感じた瞬間に逃げるしかない。錬気の鎧で防げないような魔法、盾を構えたところで防げるとは思えない。魔法使いが近ければ発動前に潰すという選択肢も採れるが。

 ヨギさん曰く、俺は腰を据えて打ち合うことに向いていない。真っ当に近接戦をこなす技量がないので戦うとしたら奇襲からの一撃必殺。あるいは錬気の持続力を利用して常に動き回り敵を引っ掻き回す。

 魔力を持たないという短所は、裏返せば魔力感知で察知されないということ。

短所を長所にするにはこういった戦い方がいいそうだ。


「そういうお前はいいのか? 防具ありと防具なしじゃ勝手が違うだろ」


 四ノ宮は今回、鎧を着ていない。さっきまで会議をしていたのだから当たり前と言えば当たり前だが。

 騎士剣術には鎧で敵の攻撃を受けることを前提にした技もある。鎧なしだと技にも制限がかかってしまう。


「大丈夫だ。それに、村山だって鎧なんて着ていないだろう。俺ばかり防具を身に付けるのは不公平だ」

「俺はあると邪魔だから着てないだけなんだけどな」


 鎧を着ていいと言われても俺は着ない。だから鎧を着ないことが公平とは違う。

 ……まあ、本人がいいならいいか。

 そうこうしているうちに審判を引き受けてくれた日野さんから声がかかる。


「お互い準備は整ったみたいだし、そろそろ始めてもいいかな?」

「おっけー」

「頼む」

「分かった。それじゃあ最後に確認だ。魔法は使用禁止。勝敗は真剣だったら致命的と思われる一撃が入った時、どちらかが戦闘続行不可能になった時、どちらかが降参した時に決する。勝敗が決まった後にも攻撃しようとしたら、私たちが全力で止める。これでいいかな?」

「異議なーし」

「俺も異議はない」


 今回はまっとうな剣術勝負。何でもありではない。四ノ宮は魔法を使えず、俺も精霊魔法を使わない。

 それでも四ノ宮は一か月前の俺の三倍ほどの錬気を持っていたし、武器を強化する能力も持っている。

 油断は禁物。思いっきりやる。

 坂上が控えているから多少やり過ぎちゃっても大丈夫だろう。


「よし、それじゃあ――」


 日野さんが手を挙げる。

 俺は木刀を両手で構える。うろ覚え正眼の構え。

 四ノ宮は盾を前に出して防御寄りの構え。


「――はじめ!」


 まずは小手調べ。

 軽く全身に錬気を回し、四ノ宮めがけて突進。顔面目がけて木刀を振り下ろす。

 当然、四ノ宮はこれを盾で防ぐ。

 真正面から行ったのだ。これは予想内。足払いでもかけてやろうかと思った時だった。


「ぐ……っ!」

「ん?」


 四ノ宮が体勢を崩した。盾を構える力が弱くなっていた。

 ひとまず後ろに下がって試合開始時の位置に立つ。

 そんな俺を見て仕切り直しと思ったのか、坂上が四ノ宮に近寄った。それを四ノ宮は大丈夫、と言って制した。

 その顔はちっとも大丈夫そうじゃない。痛みをこらえているかのように額から脂汗が一滴流れた。


「……あ、そうか」


 それを見て理解した。俺は自分に有利過ぎるルールで戦いを始めていたのだ。

 これでは練習にならない。


「日野さん、ちょっとルール変更を頼みたいんだけど」

「ルールを? それは征也と話し合ってくれないと」

「そりゃそうか。四ノ宮、お前さ、強化魔法を使え」

「……は?」


 俺の言葉を聞いて四ノ宮は不思議そうな顔をした。


「錬気を使った俺と魔法を使わないお前じゃ勝負にならないから、お前は強化魔法を使えって言ってんの」

「……でもそれは不公平だ」

「どこがだよ。俺は魔法が使えないことを錬気で補ってんの。お前の身体能力は体に流れた魔力で上がってるから錬気も使用禁止ってのは俺に不利過ぎる。だけど強化魔法なしじゃ今度はお前が不利すぎるだろ」


 俺はこの一か月、ひたすら錬気を使った近接戦の訓練をしていた。

 魔力がなかったせいなのだが、俺が錬気を使った近接戦に特化していることは間違いない。

 対して四ノ宮たちは基本的に砲台役。近接戦より魔法を使った戦闘の訓練を受けていたはずだ。

 それなのに四ノ宮は魔法を使えず、俺ばかり錬気を使うのは不公平どころの話じゃない。もはやイジメの領域だ。


「魔法を使わないならせめて錬気も使え……って言いたいとこだけど、錬気使える?」

「……まとうだけだ。まずは魔法の習熟度を上げるのが先だって」

「だろうな」


 四ノ宮たち俺以外の勇者のアドバンテージは桁違いの魔力量。勇者は生命力が大きいので四ノ宮は錬気の量も多いらしいが、魔法の方が応用範囲も攻撃範囲も広い。魔法を優先して当然。

 錬気の鎧は素でまとえているので、付け焼刃で錬気の扱いを覚えるより常に防御を固めていた方が安全という考えもあるだろう。


「お前の公平さは水平的だ。必要な公平さを弁えろよ。強化魔法なり錬気なりを使わないなら、これ以上試合に付き合わないぞ。俺の訓練にならないからな」


 もう眠くなってきた。

 四ノ宮が手を抜いて俺に得られるものがないなら付き合う義理もない。


「……分かった」


 欠伸をしながら横目に見ると四ノ宮の口が素早く動き、四ノ宮の体を巡る魔力が活性化した。

 魔力が全身に流れている。全身を万遍なく強化する魔法を使ったらしい。


「これでいいか?」

「ひとまずな。それじゃ日野さん、もっかい号令をお願いします」

「ん。それじゃあ、はじめ!」


 再びの号令。今度は四ノ宮が先手を取って仕掛けてきた。

 速い。一瞬で距離を詰め、肩を狙って木剣が振り下ろされる。

 しかし、ヨギさんに比べれば断然遅い。

 小さく一歩踏み込み、懐に潜り込む。

 木剣を握る右腕を左手で押して軌道を外し、四ノ宮の胸に右肘を入れる。


「が……ッ、はっ!」

「征也っ!?」


 四ノ宮が付けた勢いと俺が肘を突き出す速度が重なった一撃。それを鳩尾に浴びた四ノ宮は倒れ込んで何度も咳き込む。

 それを見た浅野が四ノ宮に駆け寄り助け起こした。


「大丈夫か? 坂上、一応治療してもらえる?」

「あ、はい」


 予想以上にクリーンヒットしてしまった。鳩尾を狙うつもりはなかったのだが、身長の都合で肘が当たった場所がちょうど鳩尾だったのである。

 心配になるほど強烈な手ごたえがあったので坂上を呼ぶ。幸い、気管支を壊したりはしていなかったらしく、坂上はあっさりと治療を終えた。

 額に脂汗を滲ませながらも四ノ宮は立ち上がる。心配そうにする浅野をそっと手で下がらせた。


「もう一度、頼む」

「……ええと、続けるのか? それならもっと魔法を使ってくれていいぞ?」


 このままではまだ勝負にならない。

 四ノ宮も速いことには速い。今の速度も強化魔法オンリーのシュラットより上だ。

 でも、錬気を併用したシュラットよりは遅い。ヨギさんとは比べるべくもない。

 本格的に錬気を使うまでもなく防げる程度だった。


 その後も何度か同じようなことを繰り返した。

 繰り返す度に四ノ宮の強化魔法が増えて速度も力も増していくのだが、ちょっと気を入れれば防げる程度。繰り返した回数がそのまま四ノ宮が地面を転がった回数である。

 四ノ宮が同時に制御できる限界まで強化魔法を使っても俺が普通に対処できる範囲内だった。


「まあ、あれだ。気を落とすな。お前の本領は膨大な魔力を使った遠距離戦。俺は近接戦しかできないから近接戦に特化したんだ。近接の訓練に費やした時間も労力も違うんだから、そう落ち込むことでもないだろ」


 四ノ宮の悔しがりようは尋常ではなく、さしもの俺もちょっとフォローをしてしまった。



あともう一話と閑話を一話とで日常編的な話は終わる予定です。

話が進んでない、と思う方ももう少々なのでご勘弁いただけると嬉しいです。

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