73.訓練の成果
魔族と話した翌日。早朝の訓練を再開した。
昨日の夕方。魔族と話して気が滅入った俺は部屋に戻ってしまった。ゴルドルさんやヨギさんに今後の訓練について相談し忘れていたことに気付いたのは陽が沈んでから。
どうしようかとぼんやり考えているとヨギさんが窓から入ってきた。
ヨギさんから訓練の予定を元に戻すよう話を通してくれたらしい。
わざわざ窓から入ってくるのはどうかと思ったが、助かったのは事実。素直にお礼を言った。
わずかひと月でよく手に馴染んだ剣を振る。
増えた錬気を確認しつつ、使用量を増やした場合の強化具合を確かめる。
無茶な訓練と回復を繰り返したせいか、些少は筋力自体も上がっているような感覚がある。
「なあヨギ、随分タカヒサの雰囲気が変わってるんだが。どれだけ力を付けたんだ?」
「どれくらい、って言うと難しいけど、少なくとも一か月前とは別人と思っていいわ。訓練後半、けっこう真面目にやったあたしと戦えてたんだもの」
……訓練の日程は前と同じに戻ったはずなのだが。なぜだかヨギさんとゴルドルさんも訓練場に来ていた。体の具合を確かめる俺を見ながら何やら話しているから居心地が悪い。
「だな。動きがやたら速くなってる上に、なんだあの錬気の量。ちょいと見せてもらったが桁外れだぞ」
「あたしも驚いたわ。錬気の量だけならあたしやあんたを上回ってる。……他の四人もだけど、勇者ってのはみんな生命力が桁外れみたいね」
「こうなるとタカヒサに干渉力がないことが気になるな。生命力の大きさは他の勇者と共通だ。干渉力を持っている他の四人が特別なのか、はたまた持たないタカヒサが例外なのか」
魔力量というのは魔力のもとになる幻素への干渉力、幻素を体に留めておくための器の大きさ、幻素と結びついて魔法を使うエネルギーになる生命力の大きさの三要素で決まる。
俺にも生命力があるのは生きているから当然として、幻素を留める器もあるらしい。魔力が使えないのは幻素への干渉力がないからだ。
お姫様は魔力量が多い人間を指定して召喚した。それに巻き込まれた俺が普通で、あれほど幻素への干渉力を持っている四人が特別なのだと思うが。
「そうね、魔法が使えないっていうのは相当なハンデだもの。でもま、錬気だけであたしと戦えるならさほど心配はいらないと思うわよ?」
「……まあ、な」
横目に見るとゴルドルさんは渋い顔をしていた。
俺はある程度自分で戦う可能性を考えて戦う力を身に付けたが、ゴルドルさんはそもそも部外者を戦わせることに乗り気でない。
特に俺は他の四人のように強力な遠距離攻撃を使えない。安全圏から殴ることができないのだ。
俺が戦う時には他の勇者より危険が近い。だからこそ気がかりなのかもしれない。
「そんなに心配なら一回戦ってみればいいんじゃない?」
「は?」
「へ?」
ヨギさんからゴルドルさんへの提案を聞いて俺まで素っ頓狂な声が出た。
「あんた、この一か月でタカヒサがどうなったのか知らないでしょ? それなりに、悪くない程度に強くなってるわよ。一回試してみれば?」
……ふむ。でも、それはありかもしれない。
俺は前にも何度かゴルドルさんと戦っている。どれくらい強くなれたか測る相手としては最適だろう。ゴルドルさんに強くなれたとお墨付きをもらえれば自信にもつながる。
「……そうだな。おいタカヒサ! 聞いてたな? 一手仕合ってくれないか?」
「はい!」
体は十分ほぐれた。準備運動も万端。おおよそどれだけ錬気があって、使用量ごとの身体能力も分かった。一度実戦で試しておきたい。
ゴルドルさんが準備してくれた木剣を構えたら試合開始である。
「タカヒサ、思いっきりやってみなさい。ゴルドルもあんまり気ぃ抜いてたら足元救われるからね。……それじゃあ、はじめ!」
審判役を引き受けたヨギさんの号令と同時にゴルドルさん目がけて飛び出した。
まずは小手調べ。今の俺とゴルドルさんでどれだけ腕力に差があるのか確かめるため木大剣に木剣を叩きつける。
均衡は一瞬。ぶつかり合った瞬間にとうてい力で敵わないことが分かった。押し返す力に逆らわず後ろに跳んで距離を取る。
以前に比べれば力の差は縮まっているが、それでも互角には程遠い。やはり真っ向勝負は避けるべきか。
「……ほう。ほうほう。よし、じゃあ今度はこっちからいくか」
何かに納得したような様子のゴルドルさんが腰だめに剣を構える。
――来る!
そう感じた直後に距離を詰められていた。
「って速いっ!?」
ヨギさんに比べれば劣るが、それでも体格から想像できないほど速い!
筋肉質で体が大きいぶん速度はないかと思っていたが、とんでもない。体の重さを補ってあまりある筋力がある様子。でかくて速くて重いとか最強じゃないですかやだー!
やられる、と思った瞬間。体が動く。
すさまじい膂力で振り下ろされる木大剣の腹に木剣を当て、木大剣の軌道を体から逸らす。体の向きを反転させながら木剣で木大剣を抑えた。
俺の背中がゴルドルさんの腹に当たる位置関係。回転の勢いのままに脇腹目がけて肘を繰り出していた。
「なっ!?」
俺の肘はゴルドルさんの横っ腹を捉えた。
硬い感触。筋肉だけでなく錬気の鎧もまとっていた。
このまま勢い全てを叩きこんでも大したダメージにはならない。肘を支点に回転を継続。ゴルドルさんの攻撃圏外に逃げる。
あわよくば背中に攻撃してやろうと思ったが、そこまで甘くはない。すでにゴルドルさんもこちらを向いて木大剣を構えていた。
「……素直に驚いたぞタカヒサ。速度もいいが何より反応が早い」
「……どうもです。ていうか俺が一番驚いてると思います」
「お前が驚いてる? 自分でやったんだろ」
「いやあ、自分でやったんですけど、考えたんじゃなくて体が勝手に動いたといいますか」
「あー……あのデタラメな訓練の成果か」
「でしょうね」
二人してヨギさんを見ると、にやにや笑っていた。
ヨギさんは異様な速度で立て続けに攻撃を仕掛けてきた。それをしのいでいるうちに体が勝手に動くようになったらしい。
「言っとくけど今のタカヒサの反応はゆるい方よ? あんたが真剣持ってたらもう一段反応速度が上がるわ」
「ほう、そうなのか、タカヒサ」
「そうなんですか、ヨギさん」
「いや自分で把握してろよ」
「と言われましても以下略」
いまひとつヨギさんの訓練を受けている間の記憶が曖昧なのだ。
訓練の結果、自分がどうなったのかも不透明。その確認をするために早朝からこうして体を動かしたり試合をしたりしている。そもそも自分の反応速度なんて測れるものなのか。
「あたしがさんざん斬ったせいかしらね。タカヒサは刃物と殺気に対して神経が鋭くなってるから」
「……なるほど、それでですか」
思えば坂上と街に下りた時。チンピラに剣を向けられた瞬間に体が激烈な反応を示した。
地下牢からの帰り際。魔族に殺されると思った瞬間に殴り倒していた。
どちらも考えた結果の判断ではなく反射的な行動だった。
あのイジメのような訓練は、この反射を植え付けるためのものだったのだろう。
「便利ではありますけど注意も必要ですね。反射で殺すつもりのない相手を斬ちゃったら大変だ」
「そこは慣れよ。反射の動きを自分で制御できるようになれば一流ね」
あたしも大変だったわ、とヨギさんはうそぶいた。でも本当に大変だったのは制御できるまでに斬られた人たちだと思う。
「ま、タカヒサに仕込んだのは防御が中心だから、それほど心配ないと思うわ。……それでゴルドル、どう?」
「十分だな。今のタカヒサならそう簡単に殺されることもないだろう。錬気の量が多い分、継戦能力も高い。正直なところ、本気で逃げと防御に徹されたら仕留めるのは骨だ」
「そうね、あたしより遅いやつが相手なら最悪でも逃げきることはできるはずよ。こいつはまだあと二段階くらい強くなるし」
「……ほう?」
「相手や状況の危険度に応じて勘が鋭くなるらしくてね。武器が真剣ならもう一段階。それと集中力が高まった時にもう一段階上がるわ。そうなれば殺せるやつなんてそうはいないわよ」
ヨギさん、ゴルドルさん両名からお墨付きをもらえた。逃げの貴久とでも名乗ろうか。
早朝の自主訓練はもともと体をほぐし、型の復習をするために始めたこと。いつもより激しめに動いたので体を動かすのはやめ、いったん休憩に入る。
その最中にヨギさんから技の概要を教わる。
「基本技は錬気をまとわせた刃で敵を斬る斬撃、錬気を剣先から放つ衝撃、錬気の塊で叩き潰す重撃。この三つね。これを組み合わせて応用することで色々な技になる。この一か月で剣に錬気を通すのも慣れたはずだから、もう使えるはずよ」
「慣れたって言われても実感無いんですけど。剣に錬気を通すことも心がけていませんでしたし」
「安心なさい。もしもできてなければ剣が折れてる。今も折れてないってことはできてるってことよ。試してみれば分かるわ」
「……それじゃあ」
この一か月ですっかり手に馴染んだ剣を抜く。もらった当初は新品同然にぴかぴかしていた刀身も細かい傷がたくさん付いて、ところどころ刃こぼれしている。手入れの方法も教わらなければ。
意識して錬気を通すのもひと月ぶり。あの時は刀身の三分の一程度しか錬気を通せなかった。
それが、今は。
「……めちゃくちゃ簡単に通るんですけど」
滑らかも滑らか。ひと月前には詰まった水道管のようにちっとも通らなかったくせに、今では掃除直後の水道管よろしくあっさり刀身の先まで錬気が通る。
錬気を操る力が強まったのか。それとも剣の方が何かしら変質を起こしたのか。あるいは両方か。
自分の手足のように錬気を通すことができるようになっていた。
「教わった技、ちょっと試してみます」
「あら、言葉だけで理解できた?」
「なんとなく、理屈は分かったと思います。訓練中に何度か見ましたし」
いきなり目に見えない何かで斬られた時には驚いたものだ。次の瞬間には治っていたけれど。
おそらくだが。斬撃は錬気で刀身を補強、密度と鋭さを増す技。軽く地面をひっかいてみるとほとんど抵抗もなく跡が刻まれた。
衝撃は剣を振りぬくことで遠心力を利用し、切っ先から径を絞った錬気を放つ技。少し離れた木を狙うと半透明な錬気の塊が枝をへし折った。普通に放出するよりも錬気の密度が高く、速度があった。そのぶん普通の放出よりも威力が出しやすいのだろう。
重撃は錬気を詰めて剣の質量を増すようなイメージ。ぶつけた瞬間にため込んだ錬気を炸裂させることで攻撃の圧力を増す。衝撃で斬り落とした枝を叩いてみると、潰れて粉々になった。
「だいたいこんな感じですか」
「そうそう、そんな感じ」
「……いや待てタカヒサ、どうしてそんなあっさりできてんだ」
「ヨギさんに使われた時に体で覚えました。あと理屈がわかればなんとなくいけますよ」
「なんとなくでいけるのか……」
「なんとなくでいけるわよ」
なにやらゴルドルさんが意気消沈していた。ゴルドルさんはマスターするのに結構苦労したのかもしれない。
別にあっさりできたわけじゃない。訓練中に何度も喰らったおかげで体がどういう技なのか覚えていて、攻略するために原理や理屈を必死に考えていたのだから。
いきなり使えたのはそういった下地があったからだろう。
それに自分は物覚えがいいと自負している。一定レベル以上に上がれないが、修得速度ならそうそう負けてやらない。
その後、ウェズリーとシュラットが朝の訓練に来るまで応用技をいくつか教わった。これで攻撃にもパターンが作りやすくなった。
特に遠距離攻撃ができるようになったのは大きい。魔法や弓のことを考えると有効射程はさほどでもないが、それでもあるとないではずいぶん違うだろう。
「ふふふ、ヒサ、ずいぶん強くなったみたいだね。正直ちょっとびびったよ?」
「けどなー、おれたちだってゴルドルさんにみっちり鍛えられたんだぜー? そうそう簡単に勝てると思うなよー!」
「ほう、あの地獄を乗り越えた俺とやりあえると? フハハ、ならばかかってこいや!」
約一か月ぶりのまともな訓練。ちょっとハイになりながらウェズリー、シュラットと組手をする。
本人たちが言うとおり二人ともずいぶん強くなっていた。
ウェズリーは全ての能力が万遍なく上がり、シュラットは錬気を絡めた戦いの熟練度が上がっているようだった。ふたりともまともな『剣技』も身に付け始めている。これが若さか。
特にシュラットは錬気の量も増し、速度も鋭さもひと月前とは比べ物にならないほど。強化魔法との併用でかなりの爆発力を得ていた。
「まあ、それでも今は俺の方が強いんだけどな。乗り越えた地獄が違う」
コンビネーションを発揮されたら辛いが、一対一なら負ける気がしない。
ヨギさんは一人でウェズリー、シュラットが二人で放つ攻撃をはるかに上回る手数を誇る。それをしのいできた経験が勝手に体を動かしてくれる。
攻撃を防いで、できた隙に力技の連続攻撃。危なげなく二人を退ける。
「く、くそう、今回はヒサの勝ちってことにしといてあげるよ!」
「どっから見ても俺の圧勝だと思うんだけど」
「おれたちは身長だってこれから成長すんだからなー!」
「ほう、それは俺が身長にコンプレックスを持っていると知っての発言だな? 上から圧縮して身長縮めてやろうか」
「縮められてたまるかー!」
そう捨て台詞を残してシュラットは去っていった。
確か今日は俺と昼休みが重なるから、どうせ食堂で会うんだけど。
生真面目にゴルドルさんから評価を聞いていたウェズリーと連れ立って、俺は食堂に向かうのだった。
この時、俺は訓練の様子を見ている存在に気付かなかった。
より正確に言うと、いることには気付いていたが、こちらを見ているとは思っていなかった。




