67.実際のところ
「まあ、剣術って言ってもあたしは体捌きとか型を教えられるわけじゃないんだけどね」
ヨギさんと戦った翌日。早朝の自主トレを終えた俺にヨギさんが言った。
昨日、改めて剣術を教えてもらえるよう頼んだ時にはとっぷり陽が暮れていた。訓練を始めるにはもう遅いということで、今日から剣術を習うことになった。
そして、ゴルドルさんと共に訓練場にやってきたヨギさんはいきなりやる気をくじくようなことを言った。
いや、剣術を教えるのがどうのと言ったのはあんただろう。
内心を口には出さなかったが顔には出ていたのか、ヨギさんはちょっとばつが悪そうな様子。
「あたし自身、二週間くらいで戦う方法を叩きこまれたからそういう細々した技術は教わってないのよ。けど、錬気を活用する技術はきちんと身に付けたから。それを教えてあげる。うちの流派の道場は魔界の向こうにしかないから他じゃ教われないわよ?」
ということらしい。
こんなファンタジー丸出しな世界だ。剣術とひとくちに言ってもいろいろあるのだろう。
地球にもあるような剣術があれば魔法剣とか厨二心をくすぐられる剣術もあるに違いない。どうせ俺は使えないけど。
あと、今の台詞だけでも二ヵ所ほど全力で突っ込みたい部分があったが自重しておく。話をするなら訓練のあとでいい。
ヨギさんの剣術は、斬術とか錬気の太刀とか呼ばれている技らしい。
流派ごとに呼び方が違ったりするそうだ。ヨギさん本人は呼び方に拘りはないらしく、好きに呼べばいいと言っていた。
俺も流派の名前なんてどうでもいい。重要なのは俺に使えるか、そして実用性があるかである。
あ、でも、あんまり恥ずかしい名前の流派とかは御免蒙りたいかもしれない。
ヨギさんは技を体で覚えた後に理屈でも理解していたようで、教えるのは上手かった。ひとまず口頭での説明を受け、実際に使ってみることになった。
ヨギさんの剣術は、剣に錬気を通すことで剣の強度を上げ、何かしらの効果を付与するもの。使ってみるために木刀を構えようとしたところ、
「あ、タカヒサ。これあげるから、訓練はこれを使ってやるように」
長短二振りの剣を渡された。どちらもずっしり重い。おそらく真剣……というか間違いなく真剣である。見覚えあるし。
「これ、昨日の剣ですよね?」
「そ。自分の剣を持ってないんでしょ? あたしの予備の剣でよければあげる。実際に使う武器はなるべく長い時間持って手に馴染ませておいた方がいいもの。切れ味と頑丈さは保証するわ」
ありがたく受け取ることにした。
素人がいい武器なんか持っても仕方ないかもしれないが、素人なんだからせめていい武器を持って実力をごまかせないものか。
長い方の剣を抜いて構え、口頭で教わった内容を実践してみる。
「そう、そんな感じ。錬気を剣にまとわせるんじゃなくて、剣にしみ込ませる。剣は腕の延長だと思いなさい。肉体を強化する要領で、剣の密度を上げるのよ」
言われるがまま、手のひらから剣に錬気を流す。
剣を腕の延長だと思っても実際は材質も形状も違う。体に比べてずいぶん錬気が通りづらい。俺の制御力だと刀身の三分の一弱までしか錬気を通せなかった。
それでもヨギさん曰く初日で剣に錬気を通せるだけいい方らしい。躓く人はここで躓いて挫折するんだとか。
ときたまヨギさんは俺の腕に触れて自分の錬気を流し、錬気がどういう動きをしているのか教えてくれる。
ゴルドルさんは錬気の扱いは感覚によるところが大きいから教えづらいと言っていたが、扱う練度が上がれば相手を酔わせず体に錬気を通せるようになるので直接教えられるのだとか。
実際、この一時間だけで俺もずいぶん錬気の扱いが上達したような気がする。
でも不意打ちに触れてくるのはやめてほしい。耐性不足で心臓がダメージを受けてしまう。
「集中しなさい。真剣を使ってるんだから気ぃ抜いてたら怪我するわよ」
怒られた。気が逸れたのはヨギさんのせいでもある、というのは言い訳か。
大きく一度深呼吸。両手で剣を握り直し、気を入れる。
振り回すわけではなくても真剣は真剣。うっかり落としたら足に穴が空く。
持っているのは凶器であると自分に言い聞かせる。
昼まで粘ってみたが、結局三分の一からたいして進歩することなく訓練終了となった。
体力的にはまだいけると思ったが、これ以上は錬気の使い過ぎになるらしい。ゴルドルさんをして達人と言わしめる人の言うことだ。おとなしく従うことにした。
―――
食堂にて、ゴルドルさん、ヨギさん、チファとの四人でテーブルを囲み、昼食をとる。ウェズリー、シュラットは見回りの仕事の都合で今日はいない。
「ところで、今のところ俺ってどんな程度なんですか?」
「ん? 何がだ?」
「戦う能力というか。どれくらいの水準にいるのかなと思って」
食べながら尋ねる。
錬気の扱いはそこそこのはず。魔法こそ使えないものの、まったく戦えないというほどではない。
俺が実際に戦う場面を見たことがあるのは、ゴルドルさんにヨギさん、ウェズリー、シュラットと四ノ宮。
ゴルドルさんとヨギさんは普通の兵士とは別格と見ていいはず。ウェズリー、シュラットは俺と訓練期間がほぼ変わらない。四ノ宮は特殊なケースだろうから一般的な強さを測る物差しにはならない。
俺は平均水準の兵士がどの程度の実力を持っているか知らないのだ。
訓練場に行けば見る機会もあるが、だいたいの場合は自分の訓練に集中しているから他人なんか見ていなかった。というか傍目に見るだけで相手の実力が分かるほど戦い慣れていない。
「そうだな……新米以上、熟練未満。平均的な兵士と真っ向戦ったらかろうじて負けるってくらいの腕だな」
「なんか、思ってた以上に微妙ですね」
「当たり前だろ。今フォルトにいる兵士はまだ練度が低い連中ばっかだけどな、それでもだいたいが一年以上訓練受けてんだ。お前、訓練初めて何か月だ?」
「タカヒサ様は召喚されてからまだ二ヶ月ほどですよね」
「そういうわけだ。お前は呑み込みがいい方だが、年単位で訓練してるやつにいきなり勝てると思うな」
「普通は戦えるようになるまで一年はかかるからね。才能云々以前の問題でとっさに体が動くようにするには実戦経験も必要だし」
四ノ宮がいい例だろう。
いくら綺麗に型を使えたとしても、型を覚えただけではとっさに体が動いてくれない。
いざという時に戦うために必要なのは反射で出せるくらいまで技を身に付けること。それも実戦の中でもっとも効果的な技を選べなければならない。
一朝一夕で身に付くものではないと分かっている。が、
「一年か」
俺にはあまりに長い時間。
確か行方不明者が死亡扱いになるのは最短で一年後のはず。行方不明の原因が災害などの場合で、家族が申し込みをした場合だったと思う。
召喚直前に学校が燃えたりはしていなかった。一年で死亡扱いになることはないだろう。
しかし、高校生にとって一年とは非常に長い時間だ。そんな心配をしてる場合じゃないと言えばその通りだが、高校二年の時期がまるまる潰れてしまっては受験も就活も不利なこと甚だしい。そもそも進級できない。
思考が逸れた。
こちらに来てまだ二ヶ月程度。にも拘わらず一度、命の危機に出くわした。安全なはずの城の中に籠っていたのに、だ。
さすがにないと思いたいが、今のペースで危機が襲ってきたら一年の間にあと五回、命が危険にさらされる。
一年もまともに戦えない期間があるというのは、あまりに恐ろしい。
「……ヨギさん、二週間で戦う方法を覚えたって言ってませんでしたっけ」
さっきヨギさんは言っていた。自分は二週間で戦う方法を叩きこまれたから細々した技は知らないと。
技とかを教わったのが二週間であとは実戦訓練に費やしたのかもしれないけれど、言葉の雰囲気的には訓練そのものを二週間ほどしか受けていないように聞こえた。
だとしたら言っていることが矛盾している。
「あ、あたしの場合はいろいろ特殊だから」
微妙にキョドりながら目を逸らすヨギさん。あえてじっと見つめてみると額にじんわり脂汗が浮いていた。
「ヨギは異様に反射神経いいからな。天才ってやつだったんだろ」
「……そ、そうよ、剣術なんてすぐに覚えたんだから」
「……本当に?」
「ほ、本当よ?」
「……本当の本当に?」
「………………」
ゴルドルさんがからかうように言うとヨギさんはそれを肯定した。
しかしどうにも怪しい。都合のいい解釈に乗っかってる感が半端ない。
見つめ続けるもヨギさんは頑なにこちらを向かない。
こうなれば根競べだ。ひたすら顔を覗きこんでやる。
しばらくするとヨギさんはこちらをちらりと見て、目が合うとうぐうと唸って溜め息をついた。
「……あたしのおばあちゃんが言ってたのよ。実力っていうのはかいた汗の量に比例するものだって」
そしていきなり、無関係に聞こえる話を始めた。
話を逸らそうとしているのかと思いきや、ヨギさんは俺の目を見ていた。
その目はうっすら暗い光を宿していた。変な迫力がある。
「だけど、汗をかいてる時間がないなら別なものを流してもいいって」
「?」
いまひとつ容量を得ない。話が抽象的過ぎて具体的なイメージが湧かない。
どういう返事をしたものか悩んでいるうちにヨギさんは大きく息を吸って、ふうう深いため息をついた。
「あたしが受けたのは究極の促成栽培。短期間で人間を戦えるようにするならあれ以上の方法はないと思うけど、それだけ危険もあるのよ」
何も具体的な話をせずにヨギさんは話を締めくくった。
問い詰めてみてもいいが、話したくないと頑なな雰囲気を放っている。視線をテーブルに落とし黙々とご飯を食べ始めた。
退いてしまう方が賢いと分かっているが、俺にとっては死活問題。もう少し突っ込ませてもらう。
「その促成栽培って方法、俺にもできませんか?」
尋ねると、ヨギさんはスプーンを取り落した。かちゃん、と食器がぶつかる音がした。
「……頭大丈夫? 危険があるって言ったの、聞こえてなかった?」
落としたスプーンを持ち直して、ヨギさんが言う。
俺がこんなことを言うとは思っていなかったのだろう。あるいは、言わせないためにあれだけ不穏さを感じさせる言い方をしたのか。
ヨギさんの様子といい言葉といい、まともな方法でないことは予想できる。
だが、そもそも短期間で年単位の訓練を積んでいる人たちと同じように戦おうと考えること自体がまともじゃない。
目的がまともじゃないのに手段だけまともでいられるはずがない。
ある程度のリスクは覚悟の上だ。厳しい訓練だってしなければ死ぬと思えばたぶん耐えられる。無理そうなら逃げる。
「まともな頭だから戦える力が欲しいんです。昨日だって、ヨギさんと戦って負けました。ヨギさんに俺を殺すつもりがなかったから生きてるだけで、ちょっとでも殺すつもりだったら俺は今、昼飯なんか食ってません」
「いや、タカヒサ、ヨギがその気になったらおれでも殺されんだ。仮想敵が悪い」
「ゴルドルさんが勝てないのは魔法と錬気を使ったヨギさんでしょう? 俺は昨日、魔法も錬気も使っていないヨギさんと戦って、手も足も出なかったんです」
昨日、戦っている最中。ヨギさんの全身には魔力が通っていたけれど、強化魔法を使っている様子はなかった。
錬気を使っているようにも見えなかった。まだ錬気を目視するのは難しいが、おそらくヨギさんが軽くでも錬気を使っていたら攻撃をよけきれなかった。
俺は錬気を使ってもほとんど素の状態のヨギさんに完封されたのだ。
「……危機感が妙な方向に働いたか」
「あながち妙でもないけどね。実際、こいつ程度の強さじゃちょっと戦い慣れたやつには太刀打ちできないもの」
ヨギさんは残っていた昼食をかきこんだ。
瞬く間に食べ終えた彼女はこちらに向き直る。
「タカヒサ、あんた、この後の予定は?」
「昼休憩の後にダイム先生の座学を受けて、その後は空いてます」
「……それだけ時間が経てば些少は錬気も回復してるかしらね。その座学ってのが終わったら訓練場に来なさい。ちゃんと武器を持ってね」
食器を持ってヨギさんは席を立った。
テーブルには不安げに黙りこくるチファと、数時間後に待つであろう苦行に今さら尻込みする俺と、
「……本当に大丈夫なんだろうな」
ヨギさんの背中を見やるゴルドルさんが残された。




