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66.剣術の意味

「……んで? なんでいきなり斬り合いになったんだよお前らは」


 呆れと怒りを等分に混ぜたように顔をしかめるゴルドルさん。

 俺はその前で正座。しばらく経って錬気解放のダメージも治まってきたが、いまだ全身がじくじく痛む。

 ヨギは両足を放り出して座り、唇を尖らせている。


「稽古をつけてやろうかなーと思って実際どれくらいやれるか見てたら、こいつが手ぇ抜いたから本気出させようと思ったのよ」

「だからって二人とも真剣持って斬り合う必要なんてないだろうが」

「あるわよ。だって殺し合いのやり方を教えるんでしょ? だったら殺し合いの実力が分かんなきゃ意味ないじゃない」

「そうかもしれんがな……。つうか、あとで紹介するっつっといたのになんで先に会ってんだよ。魔力を追って来てみりゃ殺し合ってるやがるし、肝が冷えたぞ」

「あたしも時間ができたし話が通ってるならわざわ仲介なんてなくてもいいじゃない。初対面ってわけでもないんだし」


 怒られていることに納得していないらしくヨギは不機嫌さを隠そうともしない。

 まあ、確かに初対面ではなかった。ゴルドルさんと戦ってるところを見たこともある。


「だいたい、あたしだって最初はこいつの攻撃を避けるだけのつもりだったのよ? なのにこいつが気の抜けた攻撃ばっかりしてくるから。本気だせーって思うじゃない?」

「……だそうだが、タカヒサ、なんか言いたいことはあるか?」

「死ぬかと思った」


 一撃目。走馬灯を見た。

 二撃目。死を間近に感じた。

 三撃目。顔にざっくり傷を負った。

 四撃目。生きた心地がなくなった。

 五撃目。多分、ゴルドルさんが止めてくれなかったら腹に穴でも空いていた。

 総括して、死ぬかと思った。


「死ぬわけないじゃない」

「あんたは知らないかもしれないけど、首を落とされたり頭を割られたりしたら人は死ぬんだよ」

「知ってる。あたしがどれだけ人の首を落として頭を割って来たと思ってるのよ。どれくらいで人が死ぬか、死なないか。たぶんあんたよりずっと詳しいわよ」


 殺人遍歴なんて知りたくもない。

 というか、それだけ人を殺した経験が豊富な人に剣を向け、剣を向けられていたと思うと今さらながらに冷や汗が止まらない。

 本当に、よく死ななかったものだ。

 そんな感慨にふけっていると、つんと頬をつつかれた。

 ヨギだった。


「……なにすんですか」

「ほらここ、殺す気なかった証明」


 身をよじらせるがぐいぐい来る。特に痛くはないが、あまり心地いいものでもない。

 ……ん? 痛くない?

 頬を触ろうと手をあげるとヨギは手をどける。


「傷が、ない?」


 三度目の攻撃。よけきれずに頬を鋭い痛みが走った。

 勘違いではないはず。ざっくり頬が割れていても不思議はない。

 それなのに、ぺたぺた触ってみるも傷なんてまったくない。


「もしかして気付いてなかったの?」

「……タカヒサ、話が見えねえんだが。どういうことだ?」

「ええと、さっき戦ってる最中、頬を斬られたはずなんですけど傷が無いんです。……まさか、さっき触った時に治したのか?」

「おれが見た限り、最初からずっとお前の顔に傷なんてなかったが」

「へ? じゃあ、あの痛みは勘違い?」


 傷なんてなかった。

 ということはつまり、あの痛みは錯覚だったのか?

 混乱しているとヨギが呆れ丸出しの口調で言った。


「勘違いじゃないわよ。ただ、傷を付けるのと同時に治しただけ」

「はい?」

「……ああ、そういうことか」


 ゴルドルさんも納得する。

 話が掴めず混乱する俺を見て、ヨギは剣を抜いた。

 思わず身構える。しかしヨギはこちらに剣を向けない。

 それどころか刀身を自分の腕に当て、


「こういうことよ」

「は!?」


 引き抜いた。

 ヨギの顔がわずかに歪む。ほんのわずかに刃が腕の中に沈んだ。間違いなく、腕が切れた。

 ……はず、なのだが。


「……無傷?」

「あんたを斬る時にもこうやってたのよ」


 ヨギの腕には傷一つなかった。つるりと白い肌しか見えない。

 ヨギが自分の腕を突っついたり引っ張ったりする。皮膚の亀裂が見えないだけ、ということでもないようだ。


「これ、よく見なさい。ちゃんと魔力視も使ってね」


 そう言ってヨギが剣を掲げる。

 言われなくても今、俺の刃物への警戒心はマックスだ。剣が動けばそちらに視線が行く。ヨギの腕を見ながらも意識の八割くらい剣が動かないかの警戒に割いていた。

 指示されるがまま魔力視を発動させると、剣には魔力が通っていた。


「斬ったものを治す術とか使ってるんですか?」

「ご名答。何度か試したことがあるけど、これを使った状態で斬ったなら頭を割らない限り死なないわ。後遺症も残らない」


 誰を相手に試したのか、気になるけれど知りたくない。

 ヨギはすっと剣を鞘に戻した。


「治せるから斬っていい、なんて理屈が通らねえのは百も承知だろ、ヨギ。腹が立ったから、で斬りかかるほど短慮な人間だとも思ってねえ。まだ理由があるだろ」

「……あんたの変に察しがいいところ、ちょっと嫌いよ」


 ゴルドルさんが問いかけると、ヨギはちょっとだけ困ったように唇を尖らせる。いじけた子供のようだった。

 ヨギは視線を逸らしたが、質問にはきちんと答えた。


「知っておきたかったのよ。ハズレ……じゃなくてタカヒサが人を殺せる人間かどうか」


 予想以上に物騒な返事だった。

 なんと答えるべきか分からない。返事に窮しているとヨギがこちらを向いた。


「あたしが知ってる剣術は、敵を倒すためのものじゃないの。敵を殺すためのもの。あんたが敵を殺せない人なら教えても意味ないし、教えられない。敵を殺せない人に敵を殺す方法を教えたって持て余すだけだもの。だから、タカヒサがいざとなれば敵を殺せる人間か、確認しておきたかった」


 ヨギの知っている、つまり教えられる剣術は敵を殺すための技術だという。

 ならば敵を殺すことができない人には無用の長物だ。

 いや、もっと悪いかもしれない。

 身に付けて、戦うことができると自覚して、いざ戦いになった時に止めを刺せなかったら。

 殺し合いは試合じゃない。敵を倒して降参させたら勝ち、じゃないはずだ。

 ためらっている隙に殺されてしまうことだって考えられる。

 どうせ殺せないなら、殺す技術よりも逃げる技術を磨くことに専念したほうがいい。

 理解したし、納得もできる。試し方はどうかと思うが。


「ゴルドルの言うとおり、だからっていきなり斬りかかっていいわけじゃないけどね。ごめんなさい」

「……いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。考えが甘かったです」


 こちらに来てから俺は剣術の訓練をしてきた。

 剣術は剣道とは違う。スポーツじゃない。敵を殺すための技術だ。

 そのことをきちんと認識できていなかった。

 殺すための技術がどれだけ身に付いているか見せなければいけなかったのに、殺してしまわないように手を抜くなんて馬鹿にするにも程がある。

 相手が殺せてしまう程度なら話は別だが、彼女は違う。

 ヨギ……さんが怒るのも道理だ。


「まあ、とりあえず和解がなったところで、どうなんだ? ヨギ、タカヒサは合格か? タカヒサ、合格だったとして、ヨギに剣を教わるつもりはあるか?」

「技術は拙いけど、訓練期間を考えれば当然。勘は悪くないし、最後の一撃はきちんと急所狙いで躊躇いもなかった。うん、及第ってところね。タカヒサが望むなら剣術を教えるけど……どう?」


 ちょっと自信なさげにこちらを見るヨギさん。

 いきなり斬りかかったことを気にしているのだろうか。「こんな狂人に剣術なんて教われるか!」とか言うと思っているのかもしれない。

 あえて言ってみたい気もするけどやめておく。

 望むかどうかなんて、答えは決まっているのだから。


「いざって時に黙って殺されるなんて御免です。剣術を教えてください」

「……きちんと敵を殺せる?」

「分かりません。実際に人を殺したことはないので。でも、殺されるくらいなら殺すと思います」


 四ノ宮と戦った時。

 ヨギさんと戦った時。

 殺されるかもしれないと思った時には勝手に体が動いていた。

 おそらく俺は、自分の命と他の誰かの命が天秤にかかったなら迷わずに自分の命をとれる。

 人を殺したいわけじゃない。それどころか生き物を進んで殺したいと思ったことはない。

 しかし、戦いとなったら。負けたら死ぬ状況となったら。

 俺に相手を気遣う余裕はない。

 不殺主義に必要なのは圧倒的実力で、俺にそれほどの実力はない。自分の身を守ることすらおぼつかない。

 こちらを殺そうとする相手を助けるために自分の命を危険にさらそうとは思わないだろう。


「そう。それでいいわ。人を殺したいだけのやつに剣を教えるつもりもないもの」

「よろしく、お願いします」


 俺はヨギさんと、あらためてゴルドルさんに頭を下げた。



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