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64.第二回勇者会議

 夕食後、俺と坂上と日野さんは食後のお茶も兼ねて坂上の部屋に集まった。

 ちょっと話したいことがあるらしい。


「ではでは、第二回勇者会議を始めたいと思います。拍手―」

「わ、わー、ひゅー」

「…………」


 前回の会議でそういうものだと思ったのだろう日野さんは、ちょっと恥ずかしそうにしながらもはやしたてた。

 俺はというと無言で拍手だけしてみた。

 すると日野さんは裏切られたとでも言うようにこちらを見たので、生暖かい視線を向けてみた。顔を真っ赤にして睨んできた。あんまり迫力がない。


「ところで今日の議題は何なんだ? また四ノ宮のことか? それとも別件?」


 目を逸らしてもじっとり湿った視線を感じる。

 ちょっと居心地が悪くなってきたので話題を向けると、坂上が苦笑しながら議題を説明する。


「はい、征也くんのことでご相談があります。さっきの先輩と征也くんの話だと、試合の一件は終わったものと考えていいんですよね?」

「そうだな……うん、ひとまず試合の件は終わりにしたつもり。水に流せはしないけど折り合いはつけた」


 俺の中では。四ノ宮がどうかは知らない。

 怨みは残っている。試合で殴り倒したと言ってもやられた分を全部やり返せたわけではない。満足には程遠い。

 だが、実利と感情を天秤にかけてみると実利に傾いた。

 怨みはある。もっと殴りたいと思う。けれど、ひとまず落ち着きを取り戻した今、人を殺してしまうことへの恐怖もある。

 もしまた四ノ宮を殴ったとして。引き際をわきまえていられる自信がない。


「戦って分かったよ。あいつはガキなんだ。ヒーローごっこが大好きで、気に喰わないことがあれば癇癪を起こして、自分が悪いことをしたと分かっても引っ込みがつかなくて、自分に都合のいいことを言ってくれる人がいれば流されて。そんなクソガキに付き合わされたと思えば腹も立つけど、責めたところでどうしようもないって諦めもつく。……はあ」


 思わずため息をついた。

 俺から見たら四ノ宮という人間はかなりしょうもない。

 誰かを助ける俺カッコいい、と主張したくて誰かを助けようとする。

 試合が思うように運ばなければ反則だって平気でして、それを正当化する。

 俺を庇ったチファを見て自分の間違いに気づきかけてもお姫様に唆されたら鵜呑みにした。

 しかし、浅野を前にすれば優しい言葉にあっさり籠絡されて自分の非を認めた。

 要するにワガママな構ってちゃんだ。世界が自分を主人公にした演劇だとでも思っているのか、青春ドラマにありそうな展開になったら嬉々として飛びつく。

 関わるだけで疲れてくるタイプだ。

 関わって生じたマイナスを補填しようにもまともに接すればそれだけで赤字が出る。運が悪かったと思って諦めるのが一番低リスク。

 間に入る人か暴走した時に止めてくれる人がいれば俺までリスクが及ぶ危険は減りそうなので、間接的に利用したいのだが。スペックだけは優秀らしいし。危険なところに放り込んでも良心が痛まないし。


 俺のさんざんな人物評を聞いたせいか坂上は引きつった笑みを浮かべた。

 日野さんは日野さんで渋い顔をしている。


「……どうしましょうリコさん、今の評価を聞くとすごく切り出しづらいんだけど」

「言い方は辛辣だけどだいたいあってるからね。正直、否定するのが難しい」


 二人は顔を見合わせてこしょこしょ小声で会話している。

 小声と言っても距離が近いせいでだいたい聞こえるんだけど。


「……よし、私が言おう」


 しばらく話し合ったのち、ふたりは真面目くさった表情でこちらを向いた。


「この流れだと大変言いづらいけれど、村山くんに相談というか、提案したいことがあるんだ。それが今回の議題なのだけど」


 ちらちらと坂上と日野さんが目配せしあう。

 言うよ? といったふうに日野さんが坂上を見ると、坂上は言っちゃえ、とばかりに小さく頷いた。

 日野さんはよし、と気合を入れて俺に向き直った。


「私と詩穂は、征也と夏輝も勇者会議に参加してもらおうと思っている。それについて村山くんの意見も聞きたい」

「征也くんが暴走したのは、わたしたちが征也くんの変化に気付けなかったことにも理由があると思うんです。だから……」

「あ、うん。いいんじゃない?」

「そんなにあっさり!? さっきの評価は何だったんですか!」

「だって二人が話してるのちょっと聞こえたし。特別反対する理由もないし」


 四ノ宮たちが勇者会議に参加するデメリットと言ったら嫌いな顔を定期的に見ることになるくらいか。

 さすがに四ノ宮もあれだけの失態をさらしておいて会議の主導権を握ろうとは考えないだろう。

 仮に勇者会議を四ノ宮に乗っ取られたとしても、俺が抜けるだけなので構わないけれど。


「反対する理由がないって……あれだけこき下ろしていた相手を会合に迎え入れるんだ。てっきり、村山くんは拒否すると思ったのだけど」

「だって勇者会議なんてたいそうな名前をつけてるけど、意思決定機関でもなんでもないじゃん。嫌になったら抜けるだけだし。ふたりが四ノ宮たちを誘うつもりなら決まりでしょ。民主的に考えて」

「私も詩穂も結託して村山くんをないがしろにしたりはしないよ。村山くんの意見も聞いて、改めて考える。村山くんを無視してしまうなら、会合に誘った意味がないじゃないか」


 不本意だと日野さんは唇を尖らせた。

 確かにそうだ。

 勇者会議は日野さんと坂上が設置したもので、利権が絡むものじゃない。俺は権力者でも実力者でもないし、どうせ無視するなら誘わなければいいだけである。

 俺の言い方もよくなかった。反対しないならその理由をきちんと伝えるべきだ。さっきの言い方では数の暴力に負けてしかたなく、みたいに聞こえる。


「ごめん、仕方なく拒否しないってわけじゃないんだ。俺としても四ノ宮の動向とか浅野がブレーキになってるかを確認する機会があるのはありがたい。だから、反対しない。むしろ賛成」

「……そっか、よかった」


 四ノ宮がお姫様に籠絡されかけていないか確認しやすいし。

 顔を合わせた時にまた四ノ宮が暴走しないとは限らない。俺と四ノ宮が合う時にストッパー役をできる人がいるというならありがたいことだ。問題が起きた時に対処しやすくなる。


「それじゃあ、全会一致で誘ってみるということでいいですか? あ、もちろん征也くんが暴れたりしたらわたしたちで止めますから」

「ん、いいと思う」


 浅野、四ノ宮両名を勇者会議に誘うということで話がついた。


―――


「とりあえず四ノ宮の話はこれで終わりとして、俺からもふたりに話しておきたいことがあるんだ。こないだお姫様に聞いた、魔族との戦況のこと」


 現状、日野さんと坂上はお姫様と関係を断っている。

 兵士やジアさん、ダイム先生あたりから聞く機会はあるかもしれないが、お姫様が言うには自分の手駒が伝えた情報らしい。数日前に前線から帰還してきた人からの報告だというのだから最新の情報だろう。

 勇者会議は懇親会であると同時に情報交換会。こういった情報は積極的に交換するべきだ。


「戦況、か。今のところ兵士が騒いでいる様子もないし、街から活気がなくなっているということもないみたいだけれど」

「あ、でも街の人に聞いたんだけど、行商人の人たちが来る回数は減ったみたいだよ?」

「お姫様の話だと魔族が本土に上陸した時をピークにフォルトに来る人が減って、勇者召喚の噂が広がって少しだけ人が戻ったってさ。もともと金もコネもない住民は行くあてがないから残っているらしい」


 そういえば俺はまともに街に下りたこともない。

 まあ、見たところで平時の街の様子を知らないので今がどういう状態か分からないだろうけど。


「それで戦況なんだけど、むしろ今は優勢らしい。魔族は砦に籠って出てくることも少ない。出てきても騎士団が蹴散らしている。魔族の砦を突破して土地を取り戻すまではいかないみたいだけど」

「なるほど、今のところ砦に釘付けにできているんだね。……でも、それは――」

「ああ、魔族が次の攻勢をかける準備をしているって可能性もある」


 いくら魔族が人間離れした強さを持っていたとしても、ずっと攻め続けるなんて不可能だ。魔族と言っても生き物らしいし、生き物は戦えば消耗する。殺されれば数は減るし、疲労すれば実力を発揮できない。

 だから目標近くに拠点を築き、兵力を整えて一気に攻めるつもりなのではないか。

 ……まあ、戦争なんかと縁遠い環境で生きてきた俺たちにだって想像できることだ。ダイム先生やゴルドルさんが気付いていない道理はない。対策は練ってあるだろう。


「だからなんだって話だけど。日野さんたちはすること変わんないだろうし」

「確かにそうですね。どうせわたしは回復魔法と防御魔法以外ろくに使えないですし。攻撃魔法は最低限にして回復と防御に集中した方が力になれそうです」


 坂上の言うことはたぶん正しい。

 日野さんも坂上もスキルという形で非常に分かりやすく才能の方向性を示されている。

 どうせ生兵法になるのなら少しでも資質があることに注力した方がいい。日野さんも坂上も、今まで通り才能がある魔法の修得、技能向上に努めるのがベストだろう。


「ふむ。私たちは、ということは村山くんはこれから変わるのかな?」

「変わるっていうか追加する感じかな。強くなることの最大の目的は生き残ることだし、これからも訓練は続ける。今後はそれだけじゃなくて四ノ宮も強化していこうと思ってるけど」

「……征也くんを?」

「そ。最低なこと言うけどさ、たぶん俺は四ノ宮が死んでも悲しくない。そりゃ同郷の人に戦死されたら思うところはあるだろうけど、四ノ宮征也って人間に対する思い入れはなんにもないんだ。それでいてあいつには力がある。――矢面に立たせるには最高の人材だと思わない?」


 自然と口角が吊り上る。坂上はあはは、と引き笑いをしていた。

 四ノ宮は膨大な魔力を持っている。詠唱すればきちんと攻撃魔法を使える。加えてスキルによって剣術を修得しているし、昨日の試合で錬気も身に付けた。ある程度挌闘戦にも対応できるはず。

 ゲーム風に言えば強キャラといったところ。ぜひとも前線で活躍していただきたい。


「でも、あっさり死なれたら困る。戦果もできるだけ上げてもらいたい。そのためには四ノ宮を強化するのが一番だ」


 そしてあわよくば英雄になってこの世界に居残ればいいと思う。俺は帰るから二度と顔をあわせなくてよくなるし。


「……まあ、いろいろ思うところはあるけれど、具体的にはどうやって征也を強化するつもり?」

「考え中。つい一昨日まで四ノ宮戦のことで頭がいっぱいだったから。最優先は俺が生き延びることだし、四ノ宮強化はできたらいいなー程度に考えてる」


 そもそも四ノ宮がどんな能力を修得できるのか分からないし。

 試合の時に錬気解放を覚えたみたいだけれども。あれは狙ってやったことじゃない。

 今のところ、俺にわかる四ノ宮のやる気スイッチになりそうなものは二つ。


「ひとまず俺が強くなればいいんじゃないかな。剣を持ってから間もない異世界人の男ってのは四ノ宮以外に俺しかいないし、試合の件で俺に対抗心を持ってくれたなら俺が強くなるたびに四ノ宮も強くなろうとするだろ。もうひとつの心当たりもあるし」

「?」


 言ってからちらりと日野さんを見る。

 日野さんは小首をかしげる。今までの視線との質の違いに気付いたのかもしれない。


 四ノ宮は再戦の後半で誰かに見てもらいたいというようなことを言っていた。

 その気を引きたい相手が誰なのか。なんとなく察しはついた。

 四ノ宮は特別だ。ただ生きているだけでいろいろな人間の目を引くことができる。

 そんな四ノ宮が気を引きたい相手。それもこちらでも躍起になるということは対象の人物がこちらにいる可能性が高い。

 四ノ宮がちゃんと見ていなかった、四ノ宮を見ていたという浅野は除外できる。

 残りは日野さんか坂上だが、四ノ宮の初日の態度を思い返すと選択肢は絞られた。

 俺が日野さんを眺めていると不機嫌そうな眼差しをこちらに向けていた。

 つまりはそういうことだろう。

 もうひとつの心当たり。それは男の子的な下心で四ノ宮が頑張ってくれる可能性。

 少しくらい俺が日野さんと仲良くしていれば煽ることができるかもしれない。

 失敗したらあっさり受け入れてくれる浅野あたりに逃げかねない。あるいはもう浅野になびいてる可能性もある。煽るにしても慎重にやらねば。


 四ノ宮は四ノ宮でいろいろ難儀なやつだ。正直うざいし怨みもあるから同情する気にはならないけれど。


「というわけで、結局俺もすることは大して変わんないな。今まで対四ノ宮に向けた訓練に充ててた時間を総合的な訓練に回すってだけだし。できる限り、強くなんないと」


 結論はそこに落ち着く。

 敵の強さ次第でもあるが、俺は魔族がフォルトまで攻め込んで来たとしても戦場に出るつもりはない。

 死にたくないし殺したくもない。こんな街のために命をかけてやる義理はない。

 けれど、攻めてこられた場合、フォルトが攻め落とされる可能性だってある。

 自分が生き延びるためにも、いざという時チファたちを守るためにも、力は必要。

 基本は逃げるにしても、逃げ切れなかった時に黙って殺されるなんてまっぴらだ


 俺の大目標はもとの世界に帰ること。小目標はお姫様の心をしっかりざっくり抉ること。

 目標を達成するためには生きていなければいけない。死体になって地球に帰ったって仕方がない。生き延びるというのは目標以前の前提だ。


「あ、それと、四ノ宮とお姫様の関係が悪化して内輪もめが発生しても困るから、四ノ宮にお姫様の悪口を吹き込まないでくれると助かる」

「……まあ、それはそうですね」

「了解だ」


 それぞれ今後の方針を確認し、情報を伝えることもできた。

 あとはお茶でも飲んで適当に解散しよう、という流れになった。


 そんな時。ひゅう、と部屋に強めの風が流れ込んだ。

 今日は穏やかな天気だったので、鎧戸を開けている。風が吹いただけなら気に留めるようなことではないのだが、


「話は聞いたわ」


 涼やかな声が耳朶をうつ。

 後ろからだ。突然かけられた聞きなれない声に驚きながらも後ろを向く。

 黒い髪をなびかせた妙齢の女性が窓枠に座っていた。可笑しそうに口角を上げている。


「……ヨギさん?」


 もうずいぶん前のことに思えるが、俺がこちらに来て訓練を始めた頃。ゴルドルさんと稽古し、圧倒していた人物だった。


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