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7.届く声

 俺の言葉の直後。再び室内は静まり返っていた。


「……確かに、ムラヤマ様の言うとおりです」


 沈黙のとばりを破ったのはお姫様だった。

 顔をうつむけながらではあるが強い声音で語り出す。


「魔王軍との戦いは私たちの問題です。異世界人のあなた方を巻き込むのは筋違いだとわかっています」


 こぼれたのは、俺の言ったことを肯定する言葉。


「でも!」


 お姫様が顔を上げてまっすぐ俺を見据えた。

 その目にはうっすら涙がにじんでいた。


「こうするしかなかったんです! わたくしたちには力がありません! 戦力は魔王軍や暴走した魔物との度重なる戦いの末に半分以下にまで落ち込んでいます。わたくしたちには力が必要なのです! そのために、あなたたちにすがりたいのです!」


 それはすがすがしいほどの他力本願。

 聞いてやる義理もないワガママ。

 ただ一生懸命なだけの言葉だ。説得力も何もない。


「どうか、よろしくお願いします……!」


 そう言ってお姫様は頭を下げた。

 さっきまでのように目を逸らすのではなく、まっすぐ目を見据えてから頭を下げた。


 逆ギレだ。こっちが何か言う間も作らず必死に頭を下げやがった。

 いろいろ批難されそうだが、俺はこの程度で心を動かされたりはしない。

 自分に関係ないことのために拉致られて、あまつさえ死ぬ危険があることをしろと強要されているんだから当たり前だ。


 だが、大きな声は響く。

 必死な声は届くのだ。


「顔を、上げてください」


 口を開いたのは四ノ宮だった。


「そうですよ、あたしでよければ力になりますから」


 浅野が四ノ宮に追従する。


「は、はいっ、わたしにできることがあるならお手伝いさせてくださいっ」


 坂上も浅野に続いた。


 ……必死な声が誰に響き、どこに届くかは知らないが。

 今回は勇者サマたちに届いたらしい。

 こいつらマジかよ……。

 俺の言ったこと聞いてなかったの?

 いや、もしかして聞いていたからか?

 さんざんケンカを売るような言葉づかいで強くお姫様を攻撃していたせいで、お姫様に同情票が集まったのかもしれない。

 またしくじった……。

 短気に怒鳴りつけて失敗したから冷静に攻撃したら総スカンくらってた……。

 四ノ宮、浅野、坂上がお姫様の傍により声をかけている。

 お姫様はそれに感動したのか先ほどとは違った涙を流している。

 何この茶番。理解できねー。


「ねえ村山くん、どう思う?」

「……言葉がでねーです」


 ふと話しかけてきた日野さんにテキトーな返事をする。

 日野さんはやっぱりくすりと笑った。

 友情ごっこに酔いしれる四人に気付かれないようにか、日野さんはすぐ隣の俺にかろうじて聞こえるような声で、視線を本に向けたまま話を続ける。


「今のところ、帰る手段は魔王を倒す他にないと思うけれど」

「お姫様が勇者を逃がさないためにあんな嘘を吐いたって可能性もあるんじゃないですか」

「確かにね。でも、仮にそうだとして帰してもらう算段はあるのかな」

「……ないんですよねえ、困ったことに」


 力技で従わせるには何人もの屈強な兵士を倒す必要がある。

 内政無双できるほどの頭脳もない。若いとはいえ貴族を罠にはめるのは難しいだろう。

 返してもらうためには素直にお願いするのが手っ取り早いとすら思う。


「まあ仕方ないんでお姫様を脅せる程度には強くなってやろうと思います。お姫様が言うには俺もけっこうな魔力を持ってるらしいですし」

「堂々としているのは嫌いじゃないけれど犯行声明は控えめな方がいいと思うよ」

「あっはっは、堂々と言わないなら犯行声明なんて出す意味がないじゃないですか」


 犯行声明はテロとかの目的を伝えるためにするものなのだから。


「あれ……え、あ、そっか……。うん?」


 日野さんはおそらく犯行計画とごっちゃにしてる。

 あえて訂正はしない。悩んでる美人というのも風流だ。


「ところで日野さんはどういうスタンスなんですか?」


 尋ねると今度は日野さんはこちらを向いた。


「どういう、というと?」

「なんか日野さんは今の状況に混乱してるように見えないんですよね。どう帰るかよりも魔法に興味があるみたいだし。なんか、」

「この世界について知っているか、帰りたいと思っていないか――と言うのかな?」


 言葉を封じられた。

 日野さんに先回りで言われたのは、俺が言おうとしていたことそのものだったから。

 的確に先回りできたのは日野さんの頭がいいからか。俺の疑問が月並みだったからか。

 それとも、同じ状況に陥ったことがあるからか。

 そんな疑念が顔に出ていたのだろう。

 いつの間にかこちらを向いていた日野さんは苦笑する。


「私だって混乱はしているよ。いきなり異世界に召喚なんて常識外れなことが起きたんだから当然だろう?」

「その割には余裕綽々じゃないですか」

「余裕はないよ。焦っても無意味だってわかる程度には冷静だけどね」

「いやこの状況で冷静な時点でおかしいでしょう」

「征也だって冷静じゃないかな? それに村山くんも」

「四ノ宮の冷静は日野さんの冷静とはちょっと違うでしょう。俺は後先考えずに怒鳴り散らす程度には荒れてましたよ?」

「その割にはすぐに落ち着いたと思うけど。ところで征也が冷静じゃないって言う理由を訊いてもいいかな?」

「見たままの感想ですよ」


 確かに四ノ宮は冷静だ。なにやらお姫様に肩入れしているっぽいけど、つまりは肩入れする余裕があるってことだ。

 ……でもあいつからは何か知ってそうな感じがしない。特別何か考えているようには見えない。

 冷静というよりは能天気に見えるのだ。

 日野さんは詳しいことは知らなくても何か俺の知らないことを知っていそうな気がする。

 というようなことを話すと日野さんが目を見開いた。


「すごいね、正解だ。参考までに感想を確信できた根拠を聞いてもいいかな?」

「勘です」

「目を逸らさず堂々とそれを根拠と言える自信は本当にすごいね……」


 溜め息をつき、肩をすくめる日野さん。呆れられたようだ。


「うん、確かに征也はバカなだけ。あいつの耳は自分に都合のいい部分しか聞こえないようになっているんだ。私が冷静なのは異世界があることをほのめかしてる人と会ったことを思い出したから。それは日本の人だったから、帰る手段があることは疑ってない。だから今は自分の身を守れるだけの力を付けたいと思ってる」


 魔法に興味があるのは本当だけどね――そう、日野さんは締めくくった。

 確かに自分の身を守るのは大事だ。

 脅迫だけじゃなくて自衛も視野に入れておこう。


「それと私に敬語はいらないよ、村山くん。私は初めから敬語なんて使っていないし」

「あいよ、りょーかい」


 砕けた調子で返事をした俺に、日野さんは屈託なく笑いかけてくれた。

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