62.ねじれたお茶会
試合の翌日。起きると外がまだ暗かった。どうやらいつもより少し早くに起きたらしい。
昨日は疲れたと言っても寝た時間も相当に早かった。そのせいだろう。
身を起こすとベッドの傍らにあった軽食と二枚の書置きが目に入った。
書置きの一枚はジアさんからのもの。生真面目そうな折り目正しい字が並んでいる。借りていた服を回収した旨と寝る時に体を冷やさないようにと注意が書いてあった。
二枚目はチファとマールさんからのもの。おつかれさまでした、よかったらたべてくださいと微妙にへたっぴな字。夕食を抜いたからお腹もすいているでしょうとちょっと丸い文字。なんとなくどっちがどっちを書いたか分かった。
パンをかじりつベーコンかみつつ。今日の予定を考える。
が、特に変更する必要もないと分かった。
四ノ宮をボコるという小目標は達成したが、これで終わりではない。お姫様をボコるという第二目標と、日本に帰るという大目標がある。
お姫様への嫌がらせに必要なのはタイミング。今はまだ動けない。
送還魔法の研究もしたいところだが、魔法の知識なんて基礎の基礎しかない俺よりはお姫様の方がよく知っているはず。可及的速やかに送還を行うと日野さんと契約している以上、俺が何かしてもお姫様の準備が整う方が速いだろう。
「となると、俺がするべきことは変わんないか」
強くなっておく。
四ノ宮からのリンチのように、いつ命の危機がやって来るかも知れない。
帰る方法が見つかっても帰る前に死んでいたら意味がない。
自分の身を守るため。効率よくお姫様に嫌がらせをするため。できればチファやマールさんを守るため。
可能な限り戦う力を身に着けておきたい。
「よし、訓練をしよう」
俺は日課となりつつある早朝の自主トレに向かった。
―――
訓練場で前日の疲れが溜まっていないか、筋を違えたりしていないか、準備運動がてら確認する。
軽い筋肉痛はあるが、それだけ。不自然に痛い部分はなかった。
思い切り動いた翌日だ。念のため丁寧に体をほぐしていると、
「ムラヤマ様、こちらにおられましたか」
「……うわあ」
バスクに声をかけられた。
舌打ちしてやるとなんとも名状しがたい表情をした。
例えるなら、正体不明のなんか苦そうなものを食べたら予想以上に苦かったとでもいうような。
バスクはバスクで俺に対して複雑な感情があるのだろう。バスクは自分が非道の片棒を担いだことを自覚している。俺は一度目の非道の被害者であり、二度目の非道を強いた張本人であるのだから当然か。王族の護衛騎士なんてしているのだから身分も高いのだろうし、こういった無礼を働かれることにもなれていないのかもしれない。
「なんか用?」
「姫様がお呼びです」
こんなやつと話している時間がもったいない。さっさと本題を聞くと、無視もできない要件だった。
バスクはお姫様のパシリである。仕方なくついていった。
「遺憾です。ええ、大変に遺憾です」
「と、俺に言われてもなあ」
開口一番、お姫様は遺憾の意を述べた。
「なんなのですか、あれは。せっかくユキヤ様を追い詰めたのに、うまくいっていたのに、あんなぽっと出の女に台無しにされて……! 遺憾ですわ!」
ぷりぷり怒るお姫様。どうやら愚痴りたかったらしい。
浅野からすればお前こそぽっと出の女だろうよ、という内心はおくびにも出さずに相槌をうつ。
「まったくだ。あそこで浅野が出て来なければあいつの心が折れるまで地面に転がし続けてやったのに」
眉間にしわを寄せながら吐き捨てるように言う。
今にして思えば浅野が出てくるまで殴り続けていればよかったのかもしれない。うっかり殺しそうで怖いけど。まあ、結果オーライである。
お姫様が手ずから淹れた紅茶にさりげなくどばどば砂糖を入れて口にする。
誰が淹れても紅茶は紅茶。淹れる腕の良し悪しはあれど、これだけ砂糖をぶっこめば味なんて分からない。とりあえず甘けりゃ正義。お姫様と顔を合わせてささくれる神経を砂糖の力で鎮めておく。おいしい紅茶を飲みたくなったらジアさんに頼んでみようか。
「浅野なんかを見る前に周りを見てれば兵士たちの視線が前より冷たくなってたことにも気付いたはずだけど」
「無理、ですわね。まるで演劇の一幕を見たかのように兵士たちがユキヤ様に向けていた不満は浄化されましたわ。もう前回の試合直後のような視線にさらされることもないでしょう」
「まあ、それについては悪いばかりでもないだろ。四ノ宮に人望がある方が旗印としては効果的なんだし」
「……それもそうですわね」
お姫様は視線を落とした。落ち込みながらも前向きな要素を拾っているらしい。
実際、兵士たちから四ノ宮への悪感情が抜けるのは俺にもお姫様にも好都合なのだ。俺もお姫様も四ノ宮には兵を率いて大活躍してもらいたいのだから。
「兵士にユキヤ様を受け入れさせる、というのは試合前から仰っておりましたものね。これが上手くいったのは歓迎すべきこと。問題は、ナツキ様」
「だな。本当に面倒なことをしてくれた。何か理由を付けて浅野だけでもフォルトの外に出しておけばよかったか」
「今からでも遅くないのではないでしょうか。ユキヤ様がナツキ様と情けを交わす前に遠ざけておいたほうが……」
「いや、やめといたほうがいい。このタイミングで四ノ宮と浅野を引き離そうとしたら二人からも不信感を持たれる。浅野はともかく四ノ宮に疑われ始めたら本末転倒だろ?」
「……ですが」
「俺から釘を打っておくよ。この世界にノーリスクの避妊なんてないから、下手なことはしないようにって。俺としても浅野が戦えなくなったら困る」
「……ムラヤマ様」
お姫様は俺の言葉に安堵の息ついた。
前半はともかく後半は本心である。
現段階でお姫様があんまり四ノ宮たちの不興を買ってしまうと面倒だ。ケンカでもして四ノ宮が戦わない、なんて言い出したら俺も困る。四ノ宮にもお姫様を味方だと思っていてもらいたい。
情けを交わすとは、要するに男女の仲になることだ。バカがリビドーに任せて昨日とは別ベクトルで暴走、おめでたとか言ったら最悪。ちっともめでたくない。むしろお悔やみ申し上げる。
一線を越えないよう早いとこ浅野に釘をさしておこう。……まさか、昨夜のうちに致してるなんてことはないよね? ね?
「そうなると、ヒノ様やシホ様がわたくしの悪評をユキヤ様に吹き込まないようにしておきたいところなのですが」
「了解。話は通しておく」
「ありがとうございます。頼りになりますわね、ムラヤマ様は」
「それほどでもないよ」
全部最後にひっくり返すためにしていることだからな。
もちろん口には出さない。嬉しそうに微笑むお姫様に俺も笑顔で返す。
日本にいた頃、こんなに嬉しそうに笑う女の子を騙しても良心の呵責を一切感じない日が来るとは思ってもみなかった。
いや、あながち騙しているわけでもないか。お姫様と他の勇者の関係に致命的な亀裂が入ったら困るのは本当だし。動機をごまかしているだけで、言ってることの大半は本心だ。
「重要なのはこれから四ノ宮たちをどうするかってことだな」
「そうですわねえ……迂闊に手を出すわけにもまいりませんし、それとなくユキヤ様に迫るくらいにしておきましょうか」
「いいんじゃないか? 日野さんたちによれば本来の四ノ宮はそれほどクズくないって話だし。既成事実さえ作ればどうとでもできそうな気がする」
そこまで言って自分の失言に気付いた。
仮に、本当に四ノ宮が死んでも責任とるタイプだったりしたら、お姫様への報復大作戦が失敗しかねない。
四ノ宮がやり捨てするクズ野郎な方が俺的には都合がよかったりする。
やっべえどうしようこれ。手汗が滲んできたんですけど。
焦る俺を尻目にお姫様は困ったように笑うだけだった。
「将来的にはそうなるとよいのですが。今はできませんわ」
「……どうして?」
「ユキヤ様は聖剣の勇者ではありますが、今のところ何の功績もありません。ただの魔力が多い平民という扱いです。そんな男では王族の夫どころか愛人にすらできません。わたくしも簡単に体を許した尻軽女というそしりは免れませんわ」
安心するために根拠を聞いてみると俺にはよくわからない理屈が返って来た。
勇者でも実績がなければただの平民。それでは王族に迎え入れることはできないという話か。
尻軽云々は俺に謝罪と言って体を差し出した時から言われても仕方ないと思う。
「そっか。王族ってのも大変なんだな」
お姫様への恨みつらみとは別に、純粋にそう思った。
「ええ、大変なのです」
お姫様も苦笑いで返してきた。
こいつから王族という特権もはぎ取ってやろうと思った。
ここからは書き溜めがあんまりないので、もしかしたらそのうち書き換えたりするかもです。




