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閑話・それぞれの試合直後

昨日ので毎日連続更新ラストといいましたが、これも間を置かないほうがいいかなーと思ったのでのっけます。

 四ノ宮征也が敗北宣言をした直後。広場はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 前回の試合で征也はさんざんな失態を演じ、抵抗する力も持たない人間を制裁にしてもやりすぎなほどに痛めつけた。そのため、内心で村山貴久を応援している兵士も存在した。

 しかし、ふたを開けてみればどうだ。

 村山貴久は四ノ宮征也を何度も一方的に殴りつけ、過剰なほどに痛めつけた。前回と同じルールだからとこじつけて、魔法まで使った。

 これでは前回と役者を入れ替えただけで、やっていることは何も変わらないと多くの兵士が思った。

 それほどの実力を持たない兵士は征也が肉体強化の魔法を使っていることに気付かなかった。もともと体の内部に作用する魔法なので、魔力視や感知を使わずに強化魔法を知覚するのは困難なのだ。

 ゆえに練度が低い兵士は貴久に対してあまりよくない感情を抱いた。


 とはいえ批難する気持ちも起こらなかった。

 なにせ先に征也がやったことである。やりすぎだと思う一方で、征也の自業自得だと思う兵士も多かった。

 観客はそれぞれもやもやした気分を味わうことになった。

 目の前の光景は前回の試合と同じ、明らかにやり過ぎなもの。

 しかし、殴っているのは前回一方的に殴られた人間で、殴られているのは魔力も持たない人間をいたぶっていた張本人だ。

 間違っているとは思いつつも正当な復讐であるとも思う。

 どちらにも感情移入できず、いちおう勇者とされている少年が、ハズレと呼ばれた少年に殴りつけられる光景を、ただただ見せられていた。

 チファの乱入や征也の覚醒など、まったく見ごたえのない試合でもなかったが、見ていて楽しいものではなかった。


 そんな彼らの鬱屈を晴らす役割をひとりの少女が担った。

 倒れた征也に貴久が背を向けた。

 観客は、ようやく終わりかと胸をなでおろした。

 しかし征也は立ち上がった。

 全身の力を振り絞って無理やりに立っている様子だったが、戦意は萎えていない。まだ戦うつもりなのだと見た者すべてが理解した。

 その姿を見た人のほとんどが内心で溜め息をついた。まだ続くのか、と。

 なぜだか貴久は観衆に比べても一際深いため息を実際についていた。

 貴久は征也に向き直った。また試合とは呼べないような一方的な殴打が始まるのかと観衆の雰囲気がいっそう重くなる。

 そんな時だった。


「もうやめよう、征也」


 五人の勇者のひとりである浅野夏輝が征也の前に立ち塞がった。

 彼女は時に穏やかに、時に激しく征也に言葉を投げかけた。

 その懸命さに観衆は引き込まれ、倦怠感も忘れてただじっと彼女の声に耳を澄ませる。

 やがて、必死な声は征也に届いた。


「……俺の、負けだ」


 征也が憑き物の取れたような宣言と同時に観衆は一斉にはやしたてた。

 試合中ほとんどずっと続いていたもやもやは目の前の劇的な展開によって吹き飛ばされた。

 ある者は一途な思いに感動し、ある者は鬱屈した時間の終わりに歓声をあげる。

 バスクが貴久の勝ち名乗りをあげたが誰も聞いていない。

 指笛を吹いたり夏輝を称賛したりで忙しい。どうでもいいことを聞く暇がなかった。

 この時、広場にいたほとんどの人は村山貴久の存在を忘れていた。

 重苦しい雰囲気を作り出した張本人のことなど、思い出したくもなかった。


「ふぅん、まあ、悪くはないかな? 良くもないけど」


 数少ない雰囲気に浮かされていなかったうちの一人である黒髪の女性は、去りゆく貴久の背中を見てそう呟いた。


―――


 一方。いつの間にか広場から消えていた村山貴久はというと。


「うぉう、冷たい。……やっぱり下級でもいいから火魔法と水魔法は使えるようになりたかったよな。精霊魔法は複数種類同時にストックできないし。明かりも必須なんだよなあ」


 水を汲んできて自室で体を拭いていた。

 この世界の住人は多かれ少なかれ魔力を持っている。体をぬぐうために必要な程度の量のお湯なら簡単に調達できる。

 が、貴久は魔力を一切持っていない。灯りの魔法を使って見せたが、最下級の精霊はほとんど使い捨て。大量の幻素を精霊としてストックしておく技術はいまだに開発されていない。

 自力で魔法を使うことができず、精霊魔法は試合で使い切ってしまった。

 とどのつまり貴久はお湯を沸かすために必要な魔法が使えなかった。

 もちろんマッチやライターなんて便利道具も存在しない。いわんやガスコンロをや。湯を沸かす程度の火を調達するだけでも一苦労なのである。

 貴久に火を熾す気力は残っていなかった。

 仕方ないので諦めて、水で濡らした布巾で体を拭いた。

 タンスから適当な服を引っ張り出して、おざなりに着替える。

 それからジアに借りていた服をたたみ終えるなり貴久は顔からベッドに倒れ込んだ。


 なんだかんだで心も体も疲れていた。

 戦えば体が疲れるのは当然。一撃でもまともに喰らったら死にかねないという危機意識は集中力を高めてくれたが精神的疲労も増大させた。

 戦っている最中はアドレナリンどばどばで疲労なんて気付きもしなかったが、張り詰めた糸が切れた今、立っていることすら辛かった。


 ベッドに倒れ込むなり意識が遠のく。

 チファたちに「無傷で勝ったぞ!」と報告したいところだ。

 お姫様がどんな反応をしているのかも確認しておきたい。

 ……けれど眠い。もう無理。面倒は明日の自分に任せよう。

 駄目人間のような思考を最後に貴久は眠りに落ちた。



 こんこんとドアがノックされる。

 いびきすらかかずに溶けるように眠る貴久は気付かない。

 もう一度、ノックの音が部屋に響く。

 貴久に目を覚ます気配はない。


「失礼します」


 十秒ほど間をおいて、ドアがゆっくりと開かれた。

 ドアを開けたのはジアだった。息を殺して部屋の内部を伺う。

 まず目についたのはベッドに横たわる貴久だった。

 布団をかぶっていないのを見て、どこか目に見えない傷でもあったのかと思い確認してみるが、ただ熟睡しているだけだった。

 確認のため体の何ヵ所かに触れたがそれでも目を覚ます気配はない。

よほど疲れているのだろう。ベッドに倒れ込み、そのまま寝てしまったに違いない。

 事実を正確に察したジアはふっと笑う。

 いろいろとヘンテコな人だけれど、寝ている姿はどこにでもいる普通の少年。寝顔にはあどけなさすら残っている。


「お疲れ様でした」


 うつ伏せになっていた貴久を寝やすいよう仰向けに直し、全身をきちんとベッドに乗せる。それから布団をかけた。

 ベッドの傍らの小さなタンスの上にはジアが貸していた深い赤色の服があった。

 几帳面にたたまれている。疲れていただろうに所帯じみた真面目さが見えて、無性に可笑しかった。

 いきなり借り物がなくなっていたら混乱するだろう。ジアは一筆残して服を回収した。


「おやすみなさい。今夜はいい夢を」


 眠る貴久に一礼して、部屋を出た。

 ちょうどそこにチファやウェズリー、シュラットに坂上詩穂、日野祀子たちがやってきた。

 チファたちは騒ぎ出した観衆の中から抜けるまでに時間がかかった。詩穂は征也に治療を施し、祀子は詩穂に付き合っていた。そのため去った貴久をすぐに探し出すことができなかった。

 五人は貴久の部屋から出てきたジアを不思議そうな目で見る。


「ごきげんよう、皆様」

「あっと、こんにちは、ジアさん。その――」


 ジアの挨拶に応えながらも詩穂の目は貴久の部屋とジアの間を行ったり来たり。何やら変な方向に想像力を働かせている様子。

 明確な言葉にこそならないものの、何かごにょごにょ言っている。


「たった今、ムラヤマ様にお貸ししていた服を受け取りに参ったのですが、お休みのようでした。何か御用があるなら明日にされた方がよろしいかと」


 ジアは変な誤解が生まれないよう片手に持った赤い服を強調する。

 五人ともジアが服を貸していたことを知っている。ああ、と納得した。


「それじゃあどうしようか」

「祝勝会とか……大っぴらにやると征也くんがまた拗ねそうだよね」


 祀子と詩穂はむう、と小さくうなって首をひねる。

 せっかく勇者様が正気に戻ったのに、変に刺激したくない。面倒くさいから。


「そっか、なら私とチファで起きた時に食べられるものでも差し入れておこっか。タカヒサさんが目を覚ましたら、ちょっとだけ贅沢なものを作って、みんなでお祝いを言うくらいならいいんじゃないかな。チファ、どう?」

「はい! がんばります!」

「そういえば、ヒサが言ってたよ。チファの料理の腕が上がってるって」

「きっと喜ぶぜー」

「……私もちょっと顔を出していいかな?」

「あの、できればわたしも……」


 マールの提案にチファが張り切り、ウェズリーとシュラットが背中を押した。

 祀子と詩穂もあまり堂々と祝うことはできないが、関わった者として言葉くらいはかけておきたかった。聞きたいこともある。


「もちろんです! きっとタカヒサ様も喜びます!」


 やる気に燃えるチファが断言する。

 そんなチファをマールたちは生暖かい目で見守り、それぞれ自分の部屋か厨房に向かう。


 しばらくあと。貴久の部屋には固焼きのパンと薄切りの燻製肉を炙ったもの、それからドライフルーツが置かれていた。


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