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61.茶番のおわり

毎日連続投稿、これでラストです。

「う、おああああああああ!」


 腹の底に響くような咆哮を上げて四ノ宮が立ち上がった。

 その体からは赤い蒸気のようなものが噴き出ている。

 きっと、試合を観戦している人々からすればしばらく前に見た光景。

 俺は初めて見るが、何が起こっているのか嫌でも分かる。

 四ノ宮の体から噴出しているのは錬気だ。

 それも、俺なんかとは出力が違う。

 四ノ宮は俺の三倍ほどの錬気を持っている。

 今はさらに膨れ上がっている。おそらく錬気に色がついてなかったとしてもこれほどの密度なら目に見えた。

 その出力、平時のさらに三倍強。俺が使っている錬気の量の十倍ほど。

 おそらく四ノ宮は解放状態に入った。今まで防御に回っていた錬気が四ノ宮の怒りか殺気か、何がしかの感情に反応するように蠢動する。


 これは、ちょっとまずい。

 今の四ノ宮が前回の俺と同じような状態だとすると、頭に理性なんて残っていない。手加減とか、殺さないなんて考えが完全にすっぽ抜けている可能性が高い。

 四ノ宮のことだから自分が勝っても俺を殺しはしないだろうとタカをくくっていたが、そんな打算は完全に消えた。

 肌がちりちりする。こいつは危険だと直感が叫んでいる。ていう今の状況が危険なことなんて普通に考えれば分かる。


 咆哮が終わると同時に錬気の噴出量が抑えられた。沸騰したヤカンから、火を止めて余熱で蒸気をあげるくらいになった程度だが。

 赤い錬気が不安定に揺れる。


「……ごめんなさい、タカヒサ様。わたしが止めたせいで…………」

「謝んなくていい。チファは何も間違ったことはしてないんだから」

「でも、シノミヤ様のあの様子だと……」

「大丈夫だって。予想の範疇だし」

「え?」

「四ノ宮がご都合主義的に新しい力に目覚めるのも、試合前から予想はしてた。だから、チファが気にすることはない」


 俺があんなタイミングで錬気に目覚めたのだ。主人公臭い四ノ宮にご都合主義的覚醒が訪れても不思議はない。

 むしろいい具合の能力に目覚めてくれたんだと今後利用する時にありがたい。

 チファに言いながら観客がいる方に目配せする。

 魔力を高め、今にも乱入しそうな様子になっていた日野さんを視線で制した。

 日野さんはは眉を寄せながら、高めた魔力を引っ込めはしなかったがその場に待機を継続する。


「………………」


 問題ない、大丈夫と言い聞かせるが、チファの表情は晴れない。

 ……このままだと、四ノ宮が突撃してきたら盾になろうとしそうだよなあ。

 それは最悪の事態だ。なにがなんでも阻止しなければならない。

 気兼ねなく戻れるように余裕を見せつつ、チファに下がる理由を与えなければ。


「チファ、これ持っててくれる?」

「へ?」


 俺はチファに木刀を軽く放った。

 チファは、わたわた慌てながらも受け取る。押し付けられたものを見て目をむいた。


「た、タカヒサ様!? 武器を手放すなんて何考えてるんですか!?」

「いや、もういらないかなって」

「いらないって、まだシノミヤ様立ってますよ、ぶわってなってますよ!?」

「立ってるけどさ。錬気はみ出してるけどさ。癇癪起こしたガキを折檻するのに、棒切れなんていらないだろ」


 言うと、今度こそチファは呆れと驚きと戸惑いを足して三をかけたみたいな顔をする。

 ちゃんと考えて出した結論なのに。


 四ノ宮は今まで防御に回していた錬気を解放した。おかげで体の周りに溜まっていた錬気もどんどん流れ出て、錬気の鎧はひどく弱体化している。

 木刀なんか使って本気で殴ったら殺してしまいそうで、かえって素手の方がやりやすそうに思える。懐に入ってしまえば四ノ宮も木剣を使えなくなるし。

 錬気を攻撃にも回すぶん力は増しているだろうが、それでもあんなにブレた錬気では大した力も出せやしない。素手で制圧できる範疇だ。

 戦力の差もきちんと考えた。

 だから変な生き物を見るような目をするのはやめてほしい。


「……わかりました。そのかわり、ぜったいケガしちゃだめですから」

「ん、善処する」


 たぶん大丈夫だけど確約はできない。

 言葉を濁すとチファはため息をつきながらもウェズリーたちの方へ戻っていった。


 さて、これで残る問題は四ノ宮だけなわけだが。


「ピンチに覚醒とか、らしいっちゃらしいけど。悪手を通り越して緩やかな自爆だぞ、それ」


 ゴルドルさんは言っていた。錬気を解放した状態は危険だと。

 適当なところでやめないと錬気――生命力が枯渇する。さすがに死ぬまで放出が続くことは滅多にないらしいが、生命力を浪費しすぎると体にさまざまな不調をきたす。

 たぶん、この放出ペースだと俺が五分も逃げ回れば四ノ宮は勝手に倒れる。


「……まあ、そんな結末は俺も困るし。その前に決着つけてやるか」


 最優先目標である四ノ宮ボコボコは果たした。

 正直、まだやり足りない感はある。腕砕いてないし。太腿を木剣で殴ってもいないし。腹や胸は鎧が邪魔で手ごたえないし。

 けれど、気が済むまでやったらさっきの二の舞になりかねない。勢い余ってコロしちゃったら駄目なので、ひとまずこれでおしまいにする。


 あとは、ここからどれだけプラスを重ねられるか。

 このまま終わりでは四ノ宮の状況は変わらず、完全にお姫様の手駒になるまで待ったなし。

 そのうえ四ノ宮に恨まれる可能性まで残る。

 できればこのふたつは予防しておきたい。


 一度、四ノ宮とぶつかってみることにする。

 ヤバそうなら仕方ない。逃げに徹する。

 余裕がありそうなら演出も入れて、全部丸く収まるように動いてみよう。


 錬気による強化がしっくりこないのか、まごついていた四ノ宮がわずかに腰を落とす。

 どうやら準備は整ったらしい。

 こちらももうひとつの切り札を切るつもりで待ち構える。


 四ノ宮の足に錬気が集まった。

 そう認識した直後に爆発的な、土をまき散らす強さで地面を蹴り、四ノ宮は攻撃を仕掛けてきた。


 速い。だが錬気と強化魔法を併用したシュラットのほうがもちっと速い。


「制御不全の錬気で不意も突かずに勝てると思うな!」


 俺の錬気もたいがい生兵法だが、四ノ宮は生兵法ですらない。

 お互い初見の技ならまだしも、敵の方が熟練度の高い技をぶっつけで繰り出すなんてナンセンス極まりない。


 四ノ宮の突進が直撃するコースからわずかに体を逸らし、左足に錬気のスパイクを具現化させる。

 そして、切り札そのに――錬気解放を発動する。


 ゴルドルさんには錬気解放を使わないように言われていた。

 曰く、錬気の過剰消費は危険だから。

 しかし、死ぬ前に放出が止まると聞いていた俺はその言いつけを何度か破った。

 錬気解放は俺にとっての切り札になりうる。もともと持っている手札が四ノ宮に比べてはるかに少ないのだ。有効そうなカードなら全力で取りに行く。

 何度か試してみて気が付いたのは、瞬間的な解放ならば制御は難しくないということだ。

 錬気解放は水道の蛇口を一気に開くようなイメージ。

 このイメージが通じるうちは大丈夫。しかし栓を開きっぱなしにしていると、そのうち蛇口が壊れたように栓を閉じられなくなる。

 蛇口が壊れない程度の短時間なら解放状態のオンオフ切り替えはできた。しんどいけど。

 ……ちなみにゴルドルさんは俺が錬気解放の練習をしていることに気付いていたようだ。視界の隅っこにいるゴルドルさんは、青筋を立てていても驚いた様子はなかった。


 爆発的に出力を増した錬気の半分を骨格強化など体の保護に。もう半分を筋力強化につぎ込んだ。

 突進にタイミングを合わせて前蹴りを放つ。

 四ノ宮は俺が逃げると思っていたのか、蹴りに対応できず、俺の右足は四ノ宮の腹を捉えた。

 すさまじい衝撃。スパイクまで具現化した左足でも踏ん張りきれず衝撃に圧される。

 だが、耐え切れないほどではない。このまま右足に力を込めれば、四ノ宮を跳ね返すこともできる。


 実際に右足に力を込めようとした時だった。

 水風船が割れるような感触が右足を走った。

 反射的に足から力を抜く。俺は姿勢を崩し後ろに飛ばされた。地面を軽く転がって受け身をとる。

四ノ宮は蹴りの衝撃で突進のコースが逸れ、俺の斜め後ろにすっ飛んで行った。


「――坂上っ!」


 俺は受け身も取れずに突っ込んだ四ノ宮を指さし、叫んでいた。


「は、はいっ」

「四ノ宮に手当を! すぐに!」


 今の感触には覚えがあった。

 四ノ宮に腹を殴られた時とよく似た感触だった。

 いや、あれよりももっと、こう、弾けるような気配があった。

 鎧も着てるし結構やらかしても平気かと思いきや、四ノ宮自身が付けた速度も相まって普通に致命傷くさくなった。錬気の鎧はほとんど解けて、緩衝剤としての役割を果たしてくれなかったようだ。

 慌ててかけよった坂上が四ノ宮を癒している間にこっそりとバスクに近寄って釘を刺す。


「おい、まだ試合終了にしてくれるなよ」

「……わかっております。姫様からムラヤマ様の言うとおりにするよう仰せつかっていますから」

「そりゃ重畳」


 苦りきった表情のバスクを見たら笑えてきた。

 今さら正しい審判なんてできると思うなよ。倒れた俺に追い打ちをかける四ノ宮を見過ごした時点でお前に正しさなんて残っていない。

 お前はお姫様の言いなりになって一緒に泥船に乗るといい。沈む時にはお姫様に恨み言のひとつでも言えるといいな。


 さすがは坂上と言うべきか。四ノ宮はほどなく立ち上がった。

 いきなり飛びかかってこないあたり少しは落ち着いたらしいが、四ノ宮は目に見えて憔悴していた。

 きちんと治そうとする坂上を四ノ宮が振り払う。治療を継続しようとする坂上に、まだ試合中だからそんなもんでいいよ、と目配せする。

 坂上は不服そうに顔をしかめながらも下がっていった。


「くそ、くそ、くそ……! どうして、勝てない……!」


 回復魔法を使っても体についた汚れは落ちてくれない。

 立ち上がった四ノ宮は顔に自分の血をこびりつけ、幽鬼のようにふらついていた。見た目で言えば勇者というよりゾンビだ。


「それはお前がバカだからだよ」

「ッ! バカにするな! 俺は優秀なはずだ! スポーツはたいがいできるし、勉強だって全国上位だぞ!」

「今この場で自分の優秀さを示す根拠にそれを挙げるあたり、ずれてるよ」

「うるさい! 俺は優秀じゃなきゃいけないんだ! 認める気がないお前は黙ってろ!」

「ええー……言い出したのお前じゃん。まあ、認める気がないってのは確かだけど」


 そもそも、自分が優秀だと言い張るだけのガキの何を認めろと言うのか。

 あの冷静ぶった口調は作ったものだったのか。態度も言葉も幼くなっている。

 その姿はまさしく、癇癪起こしたただのガキ。なまじっか能力があるぶん面倒くさいが、その能力ゆえにちやほやされて、増長したまま育ったのだろう。普段大人ぶってみてもすぐに化けの皮がはがれる。


「正しくなきゃ、優秀じゃなきゃ、見てもらえない……!」

「ん?」


 いつ飛びかかってきてもいいように身構えていると、ぽつりと四ノ宮が呟いた。

 ……もしかしてこいつ、愛されたかった系?

 敵キャラや悪役によくある、誰かに愛されたかっただけなのが歪んだとか、そんな感じなのか?

 あまりしっくりこない。四ノ宮のことを深く知っているわけではないが、むしろ周囲にちやほやされていた方だろう。

 まあいいか。交友関係なら自力でどうにかしろという話だし、家庭の問題ならなおさら首を突っ込むつもりはない。というか、四ノ宮のために何かしてやる動機が毛ほどもない。


「ティアは、俺を見てくれた。だから俺はティアの期待に応えるんだ……!」

「……うわあ」


 挑発とかそういう意図なしに声が出た。ドン引き、という感情を初めて味わった気がする。

 どうしよう。若干気勢が削がれた。怒りや怨みの一部が憐みに転化した。

 洗脳の成果なのか。それとも少し落ち着きを取り戻して体裁を繕おうとしているのか。

 結局、動機を他人に求めてしまうあたりどうしようもない。

 もしも俺とお姫様が四ノ宮をはっ倒そうと共謀していたことが知れたらこいつはどうなるんだろうか。

 ……黙っといてやろう。今お姫様と仲たがいされても困るというのもあるが、武士の情け的なアレだ。


「今のお前は見苦しくて見れたもんじゃないし、誰かが見ててくれてもお前は気付かないと思うぞ」

「何を根拠に!」


 激した隙に四ノ宮の懐に潜り込む。やっぱり武器を持った相手に有利な間合いにいるのは怖い。

 両手で鎧を掴み、四ノ宮を引き寄せ、


「事実、気付いていないからだよ」


 その顔面に頭突きをした。

 額と額がぶつかる。脳ミソを揺らすような衝撃が頭を走る。

 それは四ノ宮も同じ。むしろ衝撃に心の準備ができていなかっただけダメージは大きいだろう。

 四ノ宮がふらつき頭が下がった瞬間に、その頭頂部にゲンコツを落とす。


「お前はもうちょい周りを見ろ!」


 周りには敵しかいないと勝手に思い込んでいた俺に言えたことではないけれど。

 黙っていれば分からない。一年とはいえ年長者らしく偉そうに説教してやる。


「っ、周りも見てる! だから見てくれてないことが分かるんだ!」

「見てるつもりで見えてないだろうが! ……だからお姫様だけなんて言える」


 後半は四ノ宮以外には聞こえないように声を抑えた。

 一瞬だけ面食らったように四ノ宮の動きが止まるがすぐに動きだし、誤魔化すように乱暴に木剣を突き出してくる。

 俺は膝を曲げて姿勢を低くしながら木剣を避ける。左手で四ノ宮の右腕を掴み、木剣を突き出す動きに合わせるように体を百八十度回転させ、背中を四ノ宮の腹に当てる。右腕を四ノ宮の脇の下を通し、四ノ宮の右腕に巻きつける。

 そして、曲げていた膝を伸ばす。腕を突き出す力を殺さないように注意しつつ四ノ宮の体を持ち上げ、勢いを利用して地面に叩きつける。

 とどのつまりは一本背負い。勢い余って俺まで前方宙返りしてしまった。

 受け身をとりながら四ノ宮の方を向くと、仰向けに倒れたままげほげほと咳き込んでいた。


 俺は普通に歩いて四ノ宮に近付き、


「……お前が誰に見てもらいたいのか知らないけどさ。いい加減、浅野が哀れでならん」


 ごつ、と軽く四ノ宮の頭を蹴った。


 そしてひとつの賭けに出る。

 四ノ宮はまだ動ける。今の投げはそこまでダメージを与えられていないだろうから、すぐに立ち上がって試合を続行することができる。

 分かっているが、俺は四ノ宮に背を向けた。


 予定とはだいぶ違う。俺がもっと、それこそ死ぬ寸前まで四ノ宮を殴り続けて、浅野に乱入して俺を止めてもらうつもりだった。そのために試合を妨害しかねない浅野を試合に呼んだのだ。

 しかし、俺は我を忘れて四ノ宮を殺そうとした。それを止めたのはチファだった。

 黒い錬気を具現化させていたと言っても、木刀を強化させているだけなのか、それとも刃を具現化させているのか判別するのは困難なはず。おそらく浅野が気付かなかったのもそのためだ。むしろ俺が殺す気だと気付けたチファがすごい。


 俺が作りたかった状況は、一方的に暴力を振るう俺と四ノ宮を庇う浅野で構成されていた。

 現実になったのは半分だけ。浅野に担ってもらいたかった役割をチファが果たしてしまった。


 俺は浅野に防波堤になってもらいたかった。

 浅野もまた勇者であり、四ノ宮を止められる力がある。

 四ノ宮絡みでは思考力が著しく落ちると思っていたが、最近はそうでもないかと思えてきた。

 何より四ノ宮を押し付けても良心が痛まない。

 適当な演出をしながら自然な流れで浅野に俺と四ノ宮の間に入ってもらう。そうすることで半ばマインドコントロールされかかっている四ノ宮の目をお姫様以外に向けつつ、今後は浅野に四ノ宮の暴走を抑止してもらう。それが俺にとって最も都合のいい展開だった。


 俺は思い通りに事を運べなかった。

 おかげで四ノ宮のそばには防波堤になってもらうはずだった浅野がいない。

 そんな状況であえて背を向ける。

 四ノ宮の目が浅野に向くように種は撒いた。また失敗するかもしれないが、その時はその時だ。

 もしも四ノ宮が俺の背中に攻撃を仕掛けてくるようなら、さくっと錬気解放して手足の骨をへし折ろう。

 横目に伺うと四ノ宮の魔力の流れは乱れたまま。錬気を使えるようになったなら自力で整えられるはずだが、錬気も暴走させただけ。体内の流れを整えるまではできていない様子。

 きちんと体を保護した甲斐あって、俺は錬気解放の反動もほぼ受けていない。今なら簡単に四ノ宮を戦闘不能にできる。向かってくるなら叩き潰して、再起するまでの間に対策を考える。

 おとなしくなったなら四ノ宮が俺の言葉に耳を貸したと思っていいだろう。

 賢者モードになってお姫様と手を切るところまでいったらちょっと困るが、復讐よりも差し迫った危険をどうにかすることが優先だ。


 さて、四ノ宮はどう出るか。


 魔力感知で様子を伺いながら十歩ほど歩いたところで四ノ宮が動き出した。

 後ろを向くと木剣を構えた四ノ宮が立っていた。


「俺は、強くて、正しくないといけないんだ。だから、負けるわけには、いかないんだ!」


 四ノ宮が叫ぶと、その体から膨大な錬気が迸った。

 おそらく、四ノ宮はまだまだ錬気を出し尽くしていない。それなのになぜだか出涸らしのお茶っ葉を力ずくで絞っているような印象を受けた。


 俺は賭けに負けたらしい。思わずため息をついてしまう。


「やっぱり、ギャンブルなんてするもんじゃないか」


 結局、四ノ宮を倒したところからほとんどプラスを積み重ねることができなかった。

 この様子では俺の言葉は記憶どころか耳にも残っていないかもしれない。

 自分に人の心を操る才能があるとは思ってないけれど、こうまで思うとおりになってくれないとは。俺には脚本家の才能もないらしい。


 放たれた赤い錬気が四ノ宮に巻きつき、その体に浸透する。

 さっきまでの垂れ流しとは違う。膨大な錬気を体内に留めている。

 錬気によってどれくらい能力が上がるのか、見当はつく。

 あれほどの量をすべて強化に回されたら対応しきれない可能性が高い。


 俺は四ノ宮に向き直る。すぐに錬気解放できるように精神的にも身構える。

 採るべきは逃げの一手。まともにやりあう必要はない。四ノ宮が不慣れな錬気に振り回されている間、逃げ続けていれば勝負は終わる。

 肉体強化の魔法は対象部位の筋力強化と骨格などの補強がセットになっている。

 魔法で強化しても使うのは人の体。体の強度に見合わない力を出せば反動で故障する。そうならないように強化魔法は体の補強も行うように術式が組まれている。

 だが、錬気は違う。体の補強も自分で行わなければならない。

 四ノ宮はそのことを知らないはずだ。十中八九、錬気全てを筋力強化に回すだろう。

 そうなれば錬気が枯渇するよりも早く、四ノ宮の体が限界を迎える。その程度の時間なら俺も錬気解放を制御しきれるだろう。

 俺はいつでも逃げられるように両足に錬気を集めていたが、それは無駄に終わった。


 四ノ宮が右足に力を込め、来るかと思った瞬間のこと。


「……もうやめよう、征也」


 俺と四ノ宮の間に浅野夏輝が割って入った。


―――


「夏輝……!? お前まで、俺を裏切るのか……!」


 ぎり、と歯ぎしりの音が聞こえてきそうなくらいに四ノ宮は歯を食いしばった。

 俺にしてみれば今さら何を、という話だ。あれだけぞんざいに扱っておきながら裏切られて怒るなんて、自分勝手にも程がある。

 口には出さないが。俺も似たようなことをしたし。人に言える立場じゃない。


「裏切ってなんかないよ。あたしはずっと、征也の味方のつもりだもん」

「なら、そこをどけ! 俺はそいつを倒さなきゃいけないんだ!」

「ううん、どかない」


 気炎を上げて怒鳴り散らす四ノ宮に対して、浅野はあまり抑揚のない声で語りかける。

 要求を拒否された四ノ宮は顔を歪めた。

 いらだたしげに浅野に視線を向けているが、睨んではいない。泣きそうな、なんとも頼りない目つきだった。

 浅野が自分ではなく、俺を守るような場所に立ったことに傷ついているのかもしれない。

 もしかすると、四ノ宮は浅野に甘えているのだろうか。八つ当たりしても自分を見捨てないでくれると思っているから八つ当たりができた、とか。


「じゃあ何のために出て来たんだよ! 村山と一緒に俺を責めるためか!?」

「違うよ。言ったでしょ、あたしは征也の味方のつもりだって。征也を見捨てて村山に協力するなんて、ありっこない」

「だったら! 俺の味方って言うならそこをどけよ! 邪魔するな!」

「あたしは征也の味方だから、ここをどかないの」


 四ノ宮は泣きじゃくる子供のようにがなり立てる。

 対照的に浅野は感情を抑え込んだような、不自然に平坦な声で応える。

 俺は四ノ宮から視線を切って浅野を見ていた。

 浅野は俺に背を向けているので表情は伺えないが、わずかに体が震えている。

 どういう意味の震えなのか分からない。

 それなのに俺は、もう自分の出番はないと直感していた。

 身にまとっていた錬気も解除し、状況を見守る。


「あたしもう、征也を見てられない」

「見てられないってなんだよ……! お前も村山みたいに俺をバカにするのか!」

「違う!」


 抑えた声で四ノ宮に語りかけていた浅野が、声を張り上げた。


「征也はひとりになったあたしに手を差し伸べてくれた。助けてくれた。そんな征也を、バカにするはずなんてない!」

「なら、見てられないってなんだよ! やられてるからか、負けそうだからか!?」

「そうだよ! だって征也、痛そうだもん! 辛そうだもん! こんな苦しそうな征也、初めて見るもん!」


 噛みついた四ノ宮に浅野は噛みつき返す。逆切れのように声を荒げていた四ノ宮はさらに激しく言い返されてぽかんとする。

 浅野は顔をぬぐうように片手を動かして、さらに言い募る。


「……あたし、助けてもらってから、征也のことずっと見てた。けど、こんな泣きそうな顔してるとこ、見たことないよ。それだけ辛いってことでしょ?」


 四ノ宮は答えない。浅野の告白を、言葉を、うつむきながら聞いている。

 試合を見に来ていた兵士たちも黙って事態の推移を見守っている。

 事態の中心にいたはずの俺に注意を向ける者はいない。無性に苦々しい気分になった。


「あたしが知ってる征也はいつだって強くて、正しくあろうとしてる。けど、絶対に間違えない人なんていないよ。間違えたらきちんと認めて謝んなきゃ。……征也だって、本当は分かってるでしょ? 今回、悪かったのは村山じゃないって」


 なおも続く浅野の説得。四ノ宮も構えていた木剣を下げ、聞き入っている。観客たちも同様だ。

 本日二度目となるため息が出た。


「……茶番だ」


 結末は見えた。

 俺は浅野や四ノ宮、観客たちに背を向ける。

 チファたちは気付いてこちらを伺っていたが、この場にいるほとんどは浅野と四ノ宮ばかりに注目している。咎める者はいなかった。


 疲れた。

 浅野が四ノ宮を止めてくれたおかげで大量のプラスが積みあげられた。

 それはいい。きっと予定通りにことが進んだ場合よりもうまくいった。

 ドラマチックな展開を演じた四ノ宮は兵士たちにもきっと受け入れられることだろう。少なくとも心証はよくなったはずだ。


 けれど俺は妙な徒労感を感じていた。

 あれだけ必死に頭を回しても、結局は他の誰かの行動ひとつに成否が左右される。

 自分が必死に書いた下手くそな筋書きよりも殊更に安っぽい成り行きで事態が好転してしまった。

 気付けば俺は蚊帳の外。主役のつもりが引き立て役。まるっきりの道化。

 あとはきっと、四ノ宮が浅野の言葉に心を打たれて目をさまし、間違いを認めてハッピーエンド。

 とんだ三文芝居だ。

 この場での俺の目的は果たされた。もう用はない。こんな茶番、いつまでも付き合っていられるものか。


 ずいぶん汗をかいた。さっさと体をぬぐって着替えよう。

 部屋に戻ろうとする俺の背中に、


「……俺の、負けだ」


 小さな声が届いた。

 わっ、と歓声が響く。

 後ろを見やると 四ノ宮は憑き物が取れたように気の抜けた笑みを浮かべ、浅野は顔を真っ赤にしてうつむいていた。

 バスクが手を挙げて何か言っているようだったが、拍手と歓声に邪魔をされて、聞こえなかった。


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