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60.激発

 四ノ宮の攻撃は全て事前に察知、迎撃し、確実に打てる隙に殴りつける。

 試合が始まってから四ノ宮の攻撃は一度も俺を捉えず、俺が一方的に四ノ宮を殴り続けている。


 これだけ言うと俺が圧倒しているようだが、実際は違う。

 追い込まれているのは、俺だ。


 俺の攻撃は四ノ宮にさしたるダメージを与えていない。

 さんざん殴りつけているにも関わらず、四ノ宮の動きは鈍らない。

 それどころか大したダメージを負わないことに気付いてきたのか、攻撃を喰らうことを前提に突撃してくることまである。


 腹立たしいことに、その判断で正解だ。

 四ノ宮は常に錬気の鎧をまとっている。

 ゴルドルさんが言うには無意識らしいが、錬気を全て防御に回しているのだ。

 四ノ宮の錬気保有量は俺の三倍程度。訓練を受けるどころか錬気の存在を知らないくせに、予想より硬い。よほど力を込めなければ防御を突破することができない。


 逆に四ノ宮は一度でも攻撃を当てることができれば型を繋げて一気に決着をつけることができる。


 有効打を与える手段に乏しく一撃喰らったら終わりの俺と、全ての攻撃が即死コンボに繋がる頑強な四ノ宮。

 どちらが有利かなんて考えるまでもない。

 前回の試合、ゴルドルさんは何をもって錬気すら使えない俺が勝てると思ったのか。……急所を狙えばいけるか。


 木剣を木刀で防ぎ、四ノ宮の腹を蹴る。

 しかしそれは盾で防がれ、わずかに後退させるに留まる。

 俺は自分に返ってきた衝撃に逆らわず後ろに跳んで、四ノ宮との間に距離を作る。


「……結構まずいな、これ」


 戦力分析した結果を呟き、暗澹たる気分に陥る。

 俺の攻撃は有効打にならない。目でも狙えば別だろうが、勢い余って脳ミソほじったら殺してしまう。

 魔力視による先読みも使っているので四ノ宮の攻撃を防ぐことは難しくないとはいえ、一度の失敗が即敗北につながる綱渡りにどれだけ集中力が保つか。そもそも守りに入ったら負けが確定する。


 加えて、俺の攻撃が効かないことを察していた時には笑顔すら浮かべていた四ノ宮だが、今は笑みが消えている。

 焦れてイラついているのが目に見える。

 それに応じるように四ノ宮の魔力が活性化していた。

 前回の試合と同じだ。四ノ宮は圧倒的優位にいるのに、それでも決着がつけられないことに苛立っている。加えて、もう喋れるほどに喉も回復している。

 もしも精神的に成長しておらず、学習もしていないとしたら。

 なんとなく先が読めた。奥の手そのいちを使う準備をしておく。


「よし、ちょっとやり方を変えるか」


 意識を切り替える。

 今まで踏んでいた、殺さないようにというブレーキを緩める。

 幸い四ノ宮は防具と錬気の鎧で自分の身を守っている。ある程度自重をやめても死なないだろう。


「なあ四ノ宮」

「……なんだよ」


 何かを察したのか、いっそう身構えた四ノ宮は盾に隠れる。


「こんなことを言うのはおかしいんだけどさ」


 これまで殺さないように、致命傷を与えないようにと四ノ宮を慮っていたが、それをやめる。

 与えるなら致命傷。殺してしまっても構わないくらいの心づもりで。

 万一本当に殺しそうになったら坂上に頑張ってもらおう。

 気持ちが昂ぶってきた。全身を強い熱が駆け巡る。荒くなりそうな呼吸を、意識して深くすることで抑え込む。

 呼吸に混じって、熱がわずかに体外に漏れた。


 それは、黒い色をしていた。


「死んでくれるなよ」


 言葉と意思は裏腹。

 錬気を木刀まで伸ばし、俺は四ノ宮に斬りかかった。


―――


 錬気の使用方法に具現化というものがある。

 言葉通り、錬気に形を与える技術だ。

 俺はそれを、ひどく刃こぼれした包丁を補いながら野菜を切ることで練習した。

 その時に思った。

 いっそ、刃全体を錬気で覆って、錬気の刃で切ってしまいたい、と。


 これはその実現。

 かなり消耗が激しいが、錬気で覆っているうちは木刀に刃を与えられる。

 とはいえ俺の技量では一撃で頑丈な木の棒や鉄の鎧を斬ることはできない。動いている的を適切に切断する技は持っていないし、そもそも錬気の刃に鉄を斬れるほどの強度を与えられない。

 木剣を叩き斬ってやろうと思って木刀まで用意したが、木剣も四ノ宮のスキルで強度が上がっているらしく実現は難しいようだった。


 だが、それで構わない。

 俺程度の錬気で作った刃でも木は削れる。

 一撃で切り捨てることはできなくても、何度かぶつかりあえばやがて木剣は折れる。


 四ノ宮は俺の木刀を時に盾で、時に木剣で防ぐ。

 金属製の盾は傷もつかないが、木製の剣は表面が削れ、切れ込みが入っていく。

 一度、俺の攻撃を無視して突進しようとしてきたのでお望み通り木刀を顔にかすらせてやった。

 四ノ宮の頬が浅く避け、じんわりと血がにじむ。


 何度か四ノ宮の体を打ってわかったが、四ノ宮が纏う錬気の鎧は本当の鎧とは似ても似つかない性質をしている。

 普段はぼんやりした湯気のように体を覆っている。

 殴られると圧縮されたように固まり、殴った箇所を守る。

 普段は動きを阻害せずに衝撃を受けると頑丈になる。とても便利だ。


 だが、その性質上、刃物に弱い。

 刃物で斬る場合、鈍器で殴るのに比べて発生する衝撃が弱い。当たる面積が小さいゆえか、錬気もあまり圧縮されない。

 打撃には強くても切断系の攻撃とは相性が悪いのだ。

 鎧と併用するにはちょうどいい性質だろうが。さきほどから腹を蹴っても大して堪えた様子がないのは、鎧が殺しきれなかった衝撃を錬気で防いでいるからなのだろう。

 前回、顎程度の力では破ることができなかった。だが今回は木刀があり、錬気を扱う腕も上がっている。この程度、大した問題じゃない。


「くそ……っ!」


 さらに攻撃を続けると脂汗が四ノ宮の額を伝った。

 当然だ。自分の武器が寿命をすり減らしている光景を目の当たりにしているのだから。


 攻め手は緩めない。

 四ノ宮本人より先に木剣をへし折る。

 敵の前で武器を失う怖さを教えてやる。


 木剣の真ん中あたりが何度か木刀とぶつかり、いい具合に細くなっていた。

 苦し紛れに四ノ宮は剣を振り下ろす。


 その瞬間だった。

 直感が「危険だ」と叫んだ。

 目の前で木剣を振りかぶる四ノ宮。ゴルドルさんが言うにはこれは止めて、型の連携を予防しなければならない。

 だが、考えている間に後ろに跳んでいた。

 下がりながら、呟くような声を聞いた。


「『パワーブースト』」


 十センチも離れていない場所を木剣が通り過ぎた。

 ぼっ、と空気を殴るような音。先ほどまでとは明らかに威力が違う。木剣を振るう速度も跳ね上がっていた。

 ……案の定、魔法を使いやがったな。

 責めるつもりはない。予想の範疇だし、お互い様にするから。


 流れるような四ノ宮の追撃。

 筋力強化の魔法を使っているため、先ほどより強く、速い。

 攻撃を潰そうにもこちらの体勢が不安定。筋力と武器の強度に差があり過ぎるため、まともに防ぐこともできない。

 となるとかわすしかないわけだが、四ノ宮は剣術の型を完璧にトレースしている。連撃は途切れることなく俺を狙う。

 魔力視で動きの先読みができると言っても、剣術というのは剣を扱う合理を突き詰めた術だ。模範的な連携を体力で劣る素人が止められるはずがない。

 ……まともにやれば、だが。


 叩きつけられる木剣を木刀で防ぎ、その衝撃に逆らわず後ろに跳んで距離をとった。

 体勢は崩れるが構わない。左手を木刀から放し、四ノ宮に向ける。四ノ宮は突き出された左手に多少の注意は向けていたが、大した脅威ではないと判断したのか無視をした。


 四ノ宮の追撃。強化魔法を使用した状態で、かつ俺は体勢を崩している。

 敗北は秒読み。俺の剣技と体力で挽回するすべはない。


 だから俺は、剣技でも体力でもない手段を用いた。


「――『光よ』!」


 黒い錬気で目を覆い、キーワードを叫んだ。

 俺の左手から猛烈な閃光が迸る。


「な――ぐっ!?」


 閃光は過たず四ノ宮の目を焼いた。

 至近距離で光の爆発を目視したのだ。当分、目は見えまい。

 光に視界を奪われながらも四ノ宮は木剣を振るうが、そんな闇雲な攻撃に当たるはずもない。適当に避けて足をかけると四ノ宮は面白いようにすっころんだ。


「今のは、魔法!?」


 閃光をとっさに防いだのか、眉間にしわを寄せながらもバスクが驚愕を言葉にした。

 それを聞いて思わず笑ってしまう。試合を観戦していて、かつ奥の手そのいちを知っていたゴルドルさんも目を潰された連中を見て笑っていた。

 まあ、四ノ宮以外の連中は光源から離れた場所にいた。すぐに視力を取り戻せるだろう。


 奥の手そのいち、精霊魔法。

 最初の授業で習った魔法の区分のひとつ。体内に精霊を入れておくことで、自分の魔力を使わず、予め仕込んでおいた魔法を使うことができる。


 精霊とは幻素の集合体である。わずかな生命力に大量の幻素が集まることで、意思を持たない下級精霊になる。

 さらに大きな生命力と膨大な幻素を持った個体は中級精霊となって意思を持つこともあるが、今は割愛。重要なのはわずかな生命力と大量の幻素があれば下級精霊が生じるという点だ。

 つまり下級精霊ならば生命力と幻素さえあれば人の手で作り出せる。

 精霊魔法には高位の精霊と契約することで力を発揮するタイプもあるが、高位精霊と出会うこと自体が困難な上に契約までこぎつけられる人間がごく少数のため、こちらは主流ではない。

 複雑な魔法は使えなかったり、精霊をストックするために魔力の器を圧迫したり、自分のものとは別の魔力を器に入れることで体に負担をかけたりとデメリットも多いけれど魔力がなくても魔法が使えるという利点は大きい。

 特に、俺にとっては。


 日野さんに夜も勉強できるようにと頼んで作ってもらった下級精霊に大量の錬気――生命力を叩きこんで強烈な光を放たせた。

 俺が魔法を使えないと思い込んでいるやつには効果てきめんの目くらましだろう。

 魔法の発動と武器の保持で両手がふさがってしまうのが難点だったが、黒い錬気で目を覆うことで自爆は回避した。


「くそ……卑怯者め!」

「卑怯じゃないさ。お前は前の試合で魔法を使ったけどお咎めなしだったよな? この試合のルールは前回と同じ(・・・・・)。ちゃんとルールは聞いとけよ」


 おそらく声を頼りに、起き上がった四ノ宮はこちらに向かって木剣を振る。

 しかし隙だらけ。木剣をかわし、四ノ宮の鼻っ面に掌底を叩きこむ。ついでに錬気を体内に送り込んで生命力の流れを乱してやる。これで魔法はもちろん魔力による肉体強化も使えなくなる。


「それに、お前が言ったことだろ。敵が自分に合わせてくれるはずがないって」


 まだ終わらない。

 アイアンクローよろしく俺は四ノ宮の顔を鷲掴みにした。

 そのまま、全力で踏み込み、集まっていた兵士たちに向かって駆ける。

 四ノ宮は打撃の衝撃でバランスを崩していた。踏ん張ることはできない。

 兵士たちは突っ込んできた俺をとっさにかわす。

 それでいい。棒立ちでいられても邪魔だ。


「そお……」


 駆け抜けた先にあるのは城壁。


「らあ!」


 俺は渾身の力で四ノ宮の頭を城壁に叩きつけた!


「か…………っ」


 声にならない声を上げる四ノ宮。

 顔を掴んでいた左手を放すと、四ノ宮の顔は血まみれ。視線も定まらない有様だった。


「……汚いな」


 左手にはべったりと四ノ宮の血が付いていた。壁に叩きつけた拍子で四ノ宮の鼻が折れて、出血しているようだった。

 そのことに無性に腹が立った。

 頭を放していたのは一秒。もう一度、今度は髪の毛を引っ掴み、壁に顔を叩きつける。

 跳ね返ってくる頭を力づくで壁に押し付けながら、俺は走り出す。

 城壁にいびつな赤い一本線が走った。


「うわ……」


 ギャラリーから批難するような声が聞こえた。ざわざわひそひそ、お世辞にも好意的とは言えない囁きが耳に障る。

 ――知ったことか。


 腕の力だけで四ノ宮を投げる。

 すると四ノ宮は両手を使い、不恰好に受け身をとった。

 みっともなく転がり、なんとか立つが足元がおぼつかない。


「う、おお!」


 俺がそっと近づくと四ノ宮はかろうじて手放さなかった木剣を固く握りしめて殴りかかってきた。

 ふらついているのは頭に衝撃を受け続けたからか。思いのほか意識ははっきりしているらしい。

 動きは遅い。攻撃を潰すよりも顔に木刀を叩きこむほうが早い。横っ面をひっぱたくと四ノ宮は地面を転がった。

 それでも四ノ宮は立ち上がろうとしていた。


「……まけられ、ないんだ……ッ! あの子を助けなきゃ……!」


 こんな時にも主人公気取りはやめないらしい。

 怒りを通り越して殺意が湧いてくる。


 こちらの言うことも客観的状況も無視して、自分は正しいと言わんばかりの態度。

 勝手な思い込みで他人を悪役にして、さんざんにいたぶって悪びれることもない。

 それどころか、人を悪人に仕立て上げたまま、窮地に陥った自分に酔っている素振りすらある。

 自分自身がしたことのしっぺ返しを受けているにも関わらず、だ。

 あげく、チファを助けるなんて世迷言をほざく。

 ふざけている。自分が世界の主人公とでも思っているのか。


「いい加減黙れよ、腐れ偽善者」


 起き上がるのを待ってやる義理はない。上がった顔を木刀で殴る。

 少しでも顔を上げたら殴る。

 顔を上げなくても、無性に腹が立って木刀を振り下ろした。

 俺もさんざんに打たれた背中だ。鎧を着ていると言っても少しは痛いだろう。


 やがて、四ノ宮はげほげほと咳き込むばかりで大して動かなくなった。

 俺の気は晴れない。

 それどころか、試合開始前よりも殺意が滾っている。


「おれ、は……、負けら、れ、ない……!」


 ……まだ言いやがるか、クソ野郎。

 俺は木刀を掲げた。 


「もういいや」


 黒い錬気を木刀に流し、表面を覆う。

 やがて十分な量をまとわせたところで錬気を具現化させ、刃を作った。


 苛立ちが限界を越えた。

 大きな怨みと小さく降り積もった苛立ちが臨界に達した。

 きっとこのどろどろした感情は、こいつが喋る限り消えてくれない。

 だからもう、二度とこいつが喋ることのないように。

 俺は黒い木刀を振り下ろした。


「――そこまでです」


 そして木刀は、四ノ宮の頭を叩き割る前に止まった。

 俺の前に、決して傷つけてはいけない人が、小さな両手をいっぱいに広げて立ちはだかっていたから。


―――


「……チファ、危ないぞ。早いとこ戻りなさい」


 チファは、四ノ宮を庇うように、俺の前に立っていた。

 事実庇っているのだ。俺が決して木刀を振り下ろさないように、全身を盾にして。


「戻りません。わたしがここをどいたら、タカヒサ様は木剣を振り下ろしますよね」

「それが、どうかした?」

「どうかした、じゃありません。そんなことをしたらシノミヤ様は死んでしまいます」


 その通りだ。

 傍目には木刀に錬気をまとわせたようにしか見えないだろうが、木刀を覆う錬気は刃として具現化している。

 錬気で強化された俺の筋力と、錬気の鎧を切り裂く刃を持った木刀。

 頭を真っ二つ、なんてできないだろうが、今の俺が本気で振り下ろした木刀に四ノ宮が耐えきれるとは思えない。錬気の鎧を貫通するように刃をまとわせているのだから、なおさら。


「……どうしてチファがこいつを庇うんだ?」

「シノミヤ様を庇っているわけじゃないです」

「じゃあ、なんで邪魔をするの?」

「タカヒサ様が、シノミヤ様を殺さないと言ったからです」


 チファは俺の目を見てきっぱりと言い放った。

 殺気を放ち、黒い錬気にまみれているであろう俺を相手に、一歩も引かずに。


「タカヒサ様は、シノミヤ様にやられたことを殺さない程度にやり返すと言っていました。けれど今のタカヒサ様はシノミヤ様を殺そうとしています。

 その判断は、ちゃんと考えてしたものですか。殺さないと決めたタカヒサ様よりもよく考えて、それから答えを変えたんですか」

「………………」

「それならわたしは、ここをどきます」


 返事をすることができなかった。

 まったく、チファの言うとおりだった。

 黒い錬気を使い始めて、殺しても構わないと思いながら戦っていたら、いつの間にか殺す気で戦っていた。

 殴り始めたら止まらなくなっていた。

 試合前の自分が懸念していた通り、苛立ちを晴らそうとして、死んでしまうまで殴ろうとしていた。


 それではただの八つ当たりだ。復讐でも報復でもない、子供じみた乱暴だ。

 冷静だった自分はそれをしないと決めていた。

 頭に血が上った自分と冷静な自分。どちらの判断を尊重すべきかなんて、考えるまでもない。


「……チファの言うとおりだ」


 黒い錬気が散っていく。

 普通の状態に戻った木刀を下げる。


「ありがとう、チファ。俺はあやうくこのバカを殺してしまうところだった」


 俺の目的は、やられたことをやり返すことだ。

 お姫様に一泡と言わず二泡三泡と吹かせてやることだ。

 元の世界に帰ることだ。

 断じて、四ノ宮を殺すことではない。


 黒い錬気が消えると少し気持ちが落ち着いてきた。

 ゴルドルさんが言うには、この黒い錬気は俺の悪意の具現だ。こんなものを使いながら憎い敵を前にして、殺さない程度に痛めつけるなんて器用なことをできるはずがなかった。


「チファはすごいな。いざとなったら危険にすくまず動けるんだから」

「そんなことないですよう」


 体を張って暴走を止めてくれたチファを撫でる。これだけで精神が安定していく。

 チファは「もっと褒めていいですよ」と言いたげに胸を張っている。

 生意気な、と冗談めかしていいながらわしゃわしゃ髪をかき混ぜる。

 チファは微妙な顔をした。褒められて嬉しいような、髪をぐちゃぐちゃにされて怒りたいような、そんな具合の表情だ。


 そんなチファを眺めながら、いつかダイム先生が言っていたことを思い出す。

 強さの定義の話だ。

 俺はゴルドルさんと対峙した時、訓練でも身がすくみそうに威圧された。

 しかし、四ノ宮と向き合っても何の威圧も感じなかった。

 危ないとか放置できないとは思いながらも、少しも強そうには思えなかったのだ。

 持ってる力の質と量で言えば、間違いなく俺より上のはずなのに。

 おそらく、俺の中の強さの定義は四ノ宮の力を強さとみなしていないのだろう。

 魔力を含めた戦闘能力では劣るはずのウェズリーやシュラット、そしてチファにこそ強さを感じているのだから。


 そんなふうに考えていると、ぽんと答えが浮かんできた。

 強さとは、目的を果たす能力のことだ。

 すとんと腑に落ちる。なかなか収まりがいい。

 もともと答えは俺の中にあったのだ。ふとした拍子に出てきてくれたのだろう。


 なるほど、この定義なら四ノ宮が強いはずもない。

 四ノ宮は誰かに請われたことに応えているだけ。自分自身の目的をきちんと定めていない。

 力を目的達成の手段とする俺の定義では、目的なき力なんて最弱未満。採点対象にすらならない。


 今まで脅威と捉えていたものが急に陳腐なものに思えてきた。

 ふっと笑うとチファがおずおずと声をかけてきた。


「……タカヒサ様、落ち着きました?」

「おかげでしっかりと。うん、もう大丈夫だ」


 俺にはまだひとつ、切り札がある。

 殺意なんか持たなくても四ノ宮くらい軽く制圧してみせよう。

 笑ってうなずくと、チファも笑う。


「はい。ええっと、わたし、戻っちゃっていいんでしょうか」


 今になって試合に乱入していることを思い出したらしい。きょろきょろと周りを見ながら不安そうに尋ねてくる。

 戻っていい、と言ってからバスクに目配せする。バスクも構わないと頷いた。


 こんなやりとりのあと。チファがそわそわしながらこちらを見ていたウェズリーたちのもとに戻ろうとした瞬間だった。

 俺は唐突に強烈な悪寒を感じて、チファを右脇に抱いて跳び退っていた。


「へ? え? タカヒサ様?」

「悪い、今下ろすけど、俺のそばを離れないで」


 悪寒の発生源に意識を集中させながらチファを下ろす。

 ちょっと混乱してるチファとか超見たいけど自重する。対応をミスればチファにまで被害が及ぶ可能性がある。

 木刀を握り直しながら悪寒の発生源――四ノ宮を睨みつける。


 四ノ宮は、立ち上がっていた。

 試合を見ていた兵士たちのざわめきがだんだん大きくなる。

 ――「おい、あれ」「もしかして」「この前の」「でも、勇者だぞ」――

 エトセトラエトセトラ。話のさわりだけ聞いて、なんとなく理解した。


「チファ、もしかして俺もあんな感じだった?」

「いえ、タカヒサ様の方がもっと、こう……黒かったです」

「そっかー、黒かったかー……」


 俺は一歩前に出て、チファを背に庇う。

 万にひとつもチファに危害は加えさせない。

 もしもチファを傷つけさせるくらいなら、今度こそ殺す。

 良く考えて出した結論ではないが、百年考える時間があっても俺は同じ答えにたどり着くと断言できる。


「想定の範囲内っつっても出力が俺とは段違いだな。……ピンチに覚醒とか、される敵キャラの気持ちを初めて実感したよ!」


 膨大な赤い錬気を放ちながら立ち上がった四ノ宮を正面に据え、俺は気合いを入れ直した。



毎日連続更新、あと一話です

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