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59.再戦の勇者

 四ノ宮はげほげほせき込みながらこちらを睨む。

 何か言いたげにしているが、錬気の鎧で守ったと言えど喉を潰されたのだ。満足に喋れたものじゃないだろう。

 しばらくは呪文の詠唱もできないはず。

 俺も剣術の勝負に集中できるというものだ。

 ……無詠唱で使える魔法もあるらしいので警戒を完全に外すわけじゃないけれど。


 額に脂汗を浮かべながらも四ノ宮は剣と盾をこちらに向ける。

 俺は盾を拾わず、両手で木刀を構える。

 どうせ、盾なんかあったところで使うような状況に陥った時点で負けなのだ。拾う必要はない。


 四ノ宮は警戒もあらわに盾を前に出している。

 ある意味安心だ。バカ丸出しでまっすぐ突撃し、返り討ちにあって、直後に反撃を警戒せずに突っかかってくるようなら思考を全く理解できない。

 度を越したバカが相手だと対策も何も成り立たなくなってしまう。

 常識の範疇で測れる思考を持っているようで何より。自分に照らし合わせて予想することができる。


 盾の陰に隠れる四ノ宮を見て浮かんだ笑みを、俺は隠さない。

 そうだよな、痛いよな。苦しいよな。喉を思い切り殴られたらさ。

 でも、仕方ないよな? お前が先にしたことなんだから。


 こちらを警戒している四ノ宮と目が合った。

 四ノ宮はぎょっとしたように目を逸らした。

 自分の方が有利と思っていた舞台で、必殺の一撃をかわされ、反撃まで喰らった。

 自分の攻撃をたやすく防ぎ、喉を潰した相手は笑っている。

 それもきっと、とびきり醜悪に。

 警戒が不安や恐怖にすり替わったとしても、無理はない。


 防御体勢を取る四ノ宮に、今度は俺から突撃する。

 薄ら笑いは浮かべたまま。

 今の状況なら笑っているだけで精神的に優位をとれる。

 四ノ宮が縮こまってくれるほど、攻撃ターンの維持は簡単になる。


 向かってくる俺を見て四ノ宮は小さく身を震わせるが、逃げはしない。その場で盾を構える。

 俺はさほど力を込めずに木刀を振るう。

 木刀は盾にぶつかり、がっと音を立てる。

 だが、弾かれはしない。

 防がれるのは当然。盾に木刀がぶつかってから力を込めて、押し合う状況を作り、声をかける。


「――安心しろよ、四ノ宮」


 言うと、四ノ宮は木刀を睨みながらも怪訝な顔をした。

 きっと意味が分からないことだろう。

 試合は始まっており、初手で喉に痛烈な一撃を喰らった。今も木刀と盾とで押し合っている。

 何に安心すればいいか、分かるはずがない。


 そう怖がるなよ。ちゃんと説明してやるから。


「俺は、お前みたいに弱い者いじめをする趣味はないから」

「ッ、何を――」

「やられたことを全部、やり返すだけだ」


 教えてやると、自分がしたことを思い出したのだろう。さっと四ノ宮の顔の色が薄まった。

 にっこり笑って見せる。

 四ノ宮はとっさに木剣を振りかぶり、殴りかかってくる。

 けれど、闇雲な攻撃だ。魔力による強化も十分でない。木剣の威力を発揮するには敵が近すぎる。

 盾を抑えるだけなら右手で十分。左手を木刀から放して、振り下ろされる木剣を握る四ノ宮の右腕、その手首を掴んだ。

 木剣は俺に当たる遥か前で止まる。

 動きは短絡。魔力視で動きの先触れは見て取れて、おかげで直感の精度も上がっている。

 よほどの下手を打たなければ、問題なく勝てる。


「次はどこがいい? 左腕か、それとも腹か。そういえば坂上が言うには、俺の肋骨は――」


 もうちょい追い込んでおこうかと思って揺さぶりをかけていると、木刀で押さえていた盾が引かれた。

 動かない右腕の代わりに盾で殴ろうというのだろう。妥当な判断だ。

 俺は捕まえていた右手首を放す。

 掴んだ手を振りほどこうとしていた四ノ宮はバランスを崩す。

 無防備になった四ノ宮の腹を、思い切り蹴り飛ばした。鎧に防がれるが少しはダメージもあるだろう。


「……よく考えると、向こうばっかり鎧を着ているってのも結構なハンデだよな」


 鎧では衝撃全てを殺せないとは言ってもダメージは軽減される。

 硬いものを殴れば殴ったものにもダメージがある。

 足に錬気をまとわせていなかったら、蹴った足が折れていた可能性だってある。


「まあ、俺は攻撃喰らわないことが大前提だし構わないけど、なっ!」


 蹴られ、たたらを踏んでいた四ノ宮に追撃をしかける。

 業腹なことに足も腹も胸も金属製の鎧が守っている。

 このままではやられたことを存分にやり返すことができない。

 とりあえず無防備な頭を中心に殴りつつ、鎧を引っぺがしてやろう。

 ……無理か。鎧の構造なんてまともに知らないし。いくら装飾用の鎧と言っても、敵が簡単に外せるような造りはしていないだろう。


 両手で、今度は初めから力を込めて木刀を振り下ろす。

 盾で防がれるが、バランスを崩した状態で受け切れるものではない。四ノ宮の腕が大きく下がる。

 俺は盾に防がれた衝撃を利用して木刀を上げ、横から頭を狙う。


「く、そっ!」


 四ノ宮は木剣で防いだ。

 やはり基本スペックが優秀な上に魔力で強化されているだけあって、強化魔法なしでも十分力が強い。このまま押し切ることは難しいだろう。

 木刀での攻撃に拘る必要はない。

 右手だけで木刀を持ち、剣を抑えて左手で四ノ宮の顔を殴りつける。

 ごぎゃっとなかなかクリティカルな音。けっこう気持ちいい。


 だが、音だけだ。

 四ノ宮は常に大量の錬気で身を守っている。頭を殴られても大したダメージはないようで、すぐに体勢を立て直して木剣を横薙ぎに振ってきた。

 簡単にかわせる速さだが、かわしてしまったら型の連携に持っていかれる。それはうまくない。威力が乗る前に木刀で止める。


「くそ……っ、おい、俺は顔を殴った覚えはないぞ!」

「素手じゃあな。木剣で殴ってきただろ。それと、お前が抵抗するほどにそれを制圧するための暴力も増えてくから。おとなしく諦めるのが一番痛くないと思うぞ?」

「ふざけるなっ!」


 思いのほか喉へのダメージが小さかったらしい。もう四ノ宮は喋れるようになっていた。

 どのみちこの間合いだ。詠唱なんて許さない。四ノ宮だって目の前に顔面狙いの木刀がチラチラしていたら魔法に集中できないだろう。


 激昂した四ノ宮の右腕に魔力が集まるのを察知した俺は足払いをかける。

 錬気を使ったそれは、足払いというよりローキック。

 四ノ宮の脚力が魔力で強化されていると言っても、衝撃を受けて踏ん張りが利かなくなっては本来の筋力すら発揮できない。

 できた隙に、四ノ宮の鼻っ面めがけて突きを繰り出すが、これはスウェーで間一髪、かわされた。


「ふざけちゃいないさ。俺はお前にやられた全部をやり返すためにこの試合に臨んでるんだから」

「もとはと言えばお前があの子たちをいじめたせいだろ! 逆恨みも大概にしろ!」

「てめえが言うなクソ野郎!」


 これが挑発だとしたら四ノ宮は天才かもしれない。

 カッとなって攻撃が単調な力技になる。

 幸い、挑発ではなかった。力任せの攻撃は盾や木剣に防がれるが、四ノ宮は対応しきれていない。


「濡れ衣だって言えば問答無用って殴ってきたよな! 説明もしないさせない許さない! やってもいないことを理由にさんざん殴り倒されて、それを恨むのは当然だろうが!」


 反撃の木剣を木刀で受け流し、距離を詰めて顔面に肘を入れる。

 四ノ宮はわずかに怯むもがむしゃらに木剣を振り回す。


「でもっ、お前が洗脳していたせいであの女の子は大けがをした! 俺はあの子を助けなきゃいけないんだ!」

「怪我ぁさせたのはお姫様だろうが!」


 ていうかそもそも洗脳なんかしていない。そんな知識も技術も持っていない。


「うるさい、お前が洗脳なんかしてなければあの子が怪我をするような事態にもならなかったんだ!」

「うるさいのはお前だ四ノ宮! 自己弁護も自己満足も自己肯定もヨソでやれ! 耳障りなんだよ!」


 誰かを悪役に仕立て、自分は悪くないと声高に主張する自己弁護。

 助けを求めてもいない人を助けた気になって悦にひたる自己満足。

 困っている誰かを救ってやったと上から目線で思い込む自己肯定。


 どれもこれも聞くに堪えない。そんなに言いたければ井戸に向かって叫んでいればいい。

 その時選ぶのは他のどの井戸にも繋がっていない枯れ井戸がいい。

 俺SUGEEE! なんて自慢話が聞こえてきたら迷惑だ。


「そのうえ、勝手する理由にチファまで使いやがって……!」


 何も知らないくせに、こいつは自分のためにチファの名前を使った。

 それだけで本気で殺したくなってくる。

 もしも坂上との約束だけが殺しをためらう理由だったなら、勢いのままに四ノ宮を殺していたかもしれない。

 思いとどまれているのはひとえにチファを理由に人を殺したくないからだ。


 けれど、四ノ宮を殺す手を止めることができても、煮えたぎるような怒りは消えてくれない。


 とりあえず、鎧の上からでもダメージを与えられそうな腹を、全力で蹴り飛ばした。


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