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58.雪辱戦・開始

 翌朝。普段通りの時間に目が覚めた。

 体調はこの上なくいい。睡眠時間はいつもより短かったが、適度な緊張感に身が引き締まっている感じがする。

 チファが持ってきてくれた朝食をつまみ、木刀と盾を持って訓練場に向かう。

 自分以外に誰もいない訓練場で準備運動をする。

 十分に体をほぐしたら両手で木刀を構え、素振りをする。


 思った通りに体が動く。我ながら綺麗な素振りができていると思う。

 やはり、調子がいい。

 体力は十分。気力も充実。

 頭のてっぺんから足の指の先まで錬気が通り、体に力が満ちている。


 今日は基礎トレーニングを控えめにする。

 昼には試合が控えている。あまり体力を使ってしまうのは得策ではない。体の動き具合を確認する程度に留めた。

 その分空いた時間は試合対策の復習に充てる。四ノ宮がこうきたらああして、と軽く動きも交えて反芻した。


 一通り復習をした後、一息ついて、朝の訓練に出てきたゴルドルさんとウェズリー、シュラットに合流する。

 兵士はお姫様の命令により、試合に召集される。そのためシフトが変化しているが三人は変わらないらしく、普段通りの時間に訓練場に来た。


「相変わらず早いな、タカヒサ。今日は試合なんだろう? 訓練に体力使っていいのかよ」

「おはようございます、ゴルドルさん。試合があっても体の調子は確認しておいた方がいいでしょう」

「ま、そりゃそうだ」


 とは言うものの、さすがに俺は流させてもらった。

 模擬戦も軽くに留める。

 調子がいいのは素振りだけではなかった。模擬戦でもいつもより落ち着いて戦うことができた。


―――


 粛々と時間は過ぎ、試合が目前に迫る。

 下手をすれば大怪我、最悪死ぬことも考えられるというのに、不思議と落ち着いていた。

 開き直れたのか。それとも度胸がついたのか。

 前回の試合の状況が悪すぎたせいで、きちんと勝算があるだけマシと思えているのかもしれない。


 まあ、理由なんてどうでもいい。

 落ち着いた状態で適度な緊張感を持てているのなら、試合に臨むにはこれ以上ないコンディションだろう。


 なんて、ちょっとかっこよさげなことを考えていたのに。


「ムラヤマ様、動かないでください。合わせづらいです」

「……ごめんなさい」


 実際はけっこうそわそわしていたらしい。ジアさんにきゅっとタイを締められた。


 今、俺は試合に臨むべく服装を整えている。

 装備は前回と同じ。ジアさんの軍服というか礼服というか。深い赤色の礼装である。

 今回はお披露目みたいな表向きの理由もない。いつも訓練の時に着ている服でいいと思っていたのだが、万一に備えて、とジアさんが貸してくれた。

 どうせ服だから防御力は変わらない、とか思ってはいけない。これは魔法の布で作られた服。衝撃減衰や対魔力など、保護能力は折り紙つきの超高級品である。


「……実はこれ、ユーリが私に初めて贈ってくれたものなんです」


 ぽつりとジアさんが呟いた。

 それを聞いてひとつ、疑問が解けた。

 ジアさんは、なんというか、胸や腰回りがなかなか立派である。

 もしも俺が今のジアさんにあったサイズの服を着たら、胸や腰のサイズが絶対に合わない。

 しかし、ジアさんがまだ今ほどではない頃に着ていた服だと考えれば、ちょっと緩いで済んだことにも納得がいく。

 ……まだ成熟していない頃のジアさんと互角な体格ということで、精神ダメージは受けたが。


 俺は「そうなんですか」と返し、その直後に固まった。

 ジアさんがユーリに相当執心なことは間違いない。

 その人からの贈り物を借りて、四ノ宮と戦って、ボコボコにされた。地面にも転がった。流血もした。

 要するに、めっちゃ汚した。

 俺なら絶対に怒る。それはもう激怒する。

 冷や汗が額を伝う。

 どうしよう、試合を迎えた緊迫感よりジアさんへの恐怖が大きくなってる……!


「……あの、この間は、大変申し訳ないことをしたと言いますか。……汚れてましたよね」

「ええ、それはもう。土まみれになって、あちこちに血がついていました。些少、生地も傷んでおりましたね」


 あれだけやられて些少で済んだあたりが魔法の布の魔法たる所以か。普通の服なら廃棄レベルに傷んだはず。

 言われて着せられた服を確認してみるが、修復は万全らしい。どこにも傷みやほころびは見られなかった。

 とはいえ、大事なものを汚してしまったことには違いない。

 どう詫びたものか分からないが、謝罪だけでも言おうとすると、


「だから、もう一度汚したら許しません」


 唇に人差し指を当てられた。驚いて言葉に詰まる。

 よほど間抜けな表情をしていたのだろう。ジアさんは俺の顔を見て、柔らかに微笑んだ。

 それから「では」と一礼して、更衣室を去っていった。

 入れ違いに更衣室へ入ってきたマールさんのからかうような視線に気づくまで、脳ミソがフリーズしていた。


―――


 右手に盾を、左手に木刀を持つ。

 マールさんに案内され、試合会場となる広場に向かう。

 城から出る寸前。薄暗い廊下にゴルドルさんが立っていた。


「よう、いよいよだな」

「いよいよですねえ」


 我ながら緊張感のない返しだと思う。傍らのマールさんが小さく吹き出した。

 ゴルドルさんは苦笑いしている。俺もきっと、中途半端な笑顔を浮かべている。

 試合の直前になってようやく緊張を感じ、素直に笑えない。


「……勝てますかね」


 思わずそんなことを聞いてしまうくらいには心も強張っていた。

 当然、勝つつもりで戦う。

 しかし、自分の見立てだけでは不安が残る。

 戦いに慣れ親しんだ人からのお墨付きが欲しかった。


「圧勝か惨敗のどっちかだろうな」


 ゴルドルさんは両極端な返答をした。

 それは望んでいた答えとは違っていた。


「タカヒサが勝つとしたら、シノミヤに攻撃させずに攻撃し続けられた場合だ。逆に負けるとしたら、シノミヤの動きを制限しきれずに剣術を適切に使われた場合。今のところ、なんとも言えん」


 なんとなく察していたことだ。

 俺も四ノ宮も剣術の素人という点は変わらない。才能に差があるだろうが、どちらも大した期間、剣を握っているわけではない。

 四ノ宮のスキルは剣技を即座に身に付けるだけで、その運用まで身に着けることはできない。それは前回の試合で明らかになっている。

 俺も四ノ宮も、攻撃より複雑な動作と対応を求められる防御を修得できているとは言えない。

 つまり、守りに入った方が負ける。


「だから、あれだ。一度も攻撃させるな」

「はい?」


 なんかえらい無茶を言われた気がする。

 耳がおかしくなったのだろうか。


「一度でも攻撃が成立したら、型の連携で一気に勝負を決められる危険がある。そうならないように、一度たりとも攻撃を成立させるな。それがタカヒサの勝利条件と言っていい」

「前に言ってた攻撃を潰すってやつ。あれをしろと?」

「そうだ。何度かウェズリーやシュラット相手に練習していただろ。あんな具合でいい。シノミヤの攻撃を完全に封じて、一方的に殴ってやれ」

「無茶苦茶言いますね」


 確かに一度もまともに攻撃させずに倒したなら圧勝だ。

 逆に、攻撃を封じ切れずに滅多打ちにされたら、それは惨敗と言うほかない。


 ひどい話だ。勝利条件の難度に対して、敗北条件の簡単さと言ったらない。


「は、おれが言うまでもなく分かってただろ」


 だから言わなかったんだよ、とゴルドルさんは不敵に笑う。


「――ええ、その通りですよ」


 俺も笑って頷いた。


 錬気を使った俺と強化魔法なしの四ノ宮がだいたい同じくらいの性能。

 しかし四ノ宮はスキルによって剣術を即時修得できる上に武器を強化できる。

 前回最大の失敗は、守りに入ってしまったことだ。

 勝とうと思っていなかったから仕方ないと言えば仕方ないが、主導権を譲ってしまったせいで四ノ宮に振り回され、追い込まれ、四ノ宮がわざと作った隙にまんまと引っかかってしまった。

 予防するには攻め手を譲らないことが安心かつ確実。

 だからこそ、少しでも動きやすくするために防具なしで試合に臨むつもりだった。どうせ強化魔法を使われたら防具なんて役に立たないし。


「――よし、じゃあ行ってこい! 男を見せろ、タカヒサ!」


 頷いた俺の背中をゴルドルさんが豪快に叩いた。

 激励なのは分かるけど、力が強すぎて息が詰まった。


「びしっと前向いて、ドンと踏み出せ! 勝つのはいつでもそれができるやつだ。打ちのめされて、それでも立ち上がったお前は強い。怯えず前見て向き合えば、勝つのは間違いなくタカヒサだ」


 なにすんですか、と抗議しようとすると、ゴルドルさんはこちらを見て豪快に笑っていた。

 いかにもゴルドルさんらしい豪胆な言葉だ。


 強いと言われても実感がない。

 立ち上がったのだってチファの力を借りてやっと。魔力も含めた純粋な戦闘能力で言ったら、間違いなく四ノ宮の方が高いのだから。


 けれども、人生の先達の言うことだ。

 どうせ後には引けない。

 信じて一歩、踏み出してやろうじゃないか。


 返事は言葉にしない。

 顔を上げて前を見る。

 城を出て、少し歩けば城門前広場――試合の舞台だ。

 ぐっと背筋を伸ばして敵がいるであろう方角を見据える。

 それから両足に力を入れて、思い切り踏み出した。

 ずだんと威勢のいい音が鳴り、俺は明るい城の外へ飛び出した。


―――


 城門前の広場には兵士がひしめいていた。総数は百を超える。

 彼らは俺が近寄ると道を空けた。


 すると、その奥に待ち受ける人物と目が合った。すぐに逸らされたが。

 白い鎧を身にまとい、豪奢な盾と木剣を携えた聖剣の勇者サマ。


 逸る気持ちを抑え、ゆっくりと兵士たちが空けた道を歩く。

 俺が通った後はまるで逃げ道を塞ぐように兵士たちが流れ込む。

 鍛えた兵士たちに取り囲まれると圧迫感があった。


 円形の舞台に入ると、舞台のすぐそばにチファとウェズリー、シュラットがいた。こちらにぶんぶん手を振っている。

 ぐっと親指を立てて返してやる。

 たったそれだけで圧迫感は俺を立たせてくれる支えに変わった。


 舞台中央にたどり着く。そこでようやく聖剣の勇者――四ノ宮と対峙した。

 四ノ宮の奥には浅野がいた。見届けるという約束は守るのだろう。

 辺りを伺うと坂上と日野さんも最前列に立っていた。

 大丈夫だと分かるように薄く笑ってみせると、日野さんは小さく頷き、坂上はほうと息をついた。


「……ふん、よく逃げなかったな」


 目も合わせず、馬鹿にするように四ノ宮は言い捨てた。

 こんな安い挑発は当たり前に無視するところだが、せっかくだ。後輩からの誘いに応じてやろうじゃないか。


「それはこっちの台詞だな。勇者サマ、オムツの貯蔵は十分か?」


 ネタが通じるかは知らないが、侮蔑のニュアンスはしっかり伝わるだろう。

 四ノ宮の顔が怒りで真っ赤に染まる。

 こんなに簡単に逆上するなんて、これほど挑発しがいのあるやつが他にいるだろうか。


「――っ、ふん、オムツが必要なのはお前だろ、村山。盾を利き腕に持ってさあ、そんなに怖いのか」

「ああ、超怖いよ。どこかの誰かに強化魔法付きの一撃をもらってな。盾ごと左腕を折られちゃったんだわ。トラウマものだよ」


 挑発は流し、反則であったはずの魔法を使ったことを揶揄してやる。

 たったそれだけで四ノ宮の口は回らなくなった。

 諦めろ。お前の煽り耐性で挑発合戦に勝てるはずがない。


「お前は怖くないのか? なんなら強化魔法を使い終わるまで待っててやろうか?」

「ふざけるなっ! お前ごとき、魔法なんて必要ない」


 どの口が言うか。

錬気すら使えなかった俺を相手に強化魔法を使ったのはどこのバカだ。


 頭が冷え、肩の力が抜けていくのが分かる。

 今のやりとりでひとつ、わかった。

 四ノ宮は、俺の弟より格下だ。

 もしも相手が弟だったら、俺の言葉に乗っかって強化魔法を使えるだけ全部使っていただろう。

 スペックそのものは四ノ宮の方が上かもしれないが、弟の方がよほど隙がなく、手強い。


 そうと分かれば軽いものだ。

 さんざん繰り返した弟との競り合い。

 これは、その難易度を下げたものに過ぎない。

 緊張する要素がどこにあるという。


 怒鳴った四ノ宮に肩をすくめて見せる。

 四ノ宮の顔はもう、耳の先まで真っ赤になっている。タイトルをつけるなら爆発寸前とか、そんな感じ。

 言葉のやり取りは終わりと見たのか、試合会場の片隅に立っていたバスクが開始位置に立つように言ってきた。俺も四ノ宮もおとなしく応じる。

 互いの距離は十五メートルほど。

 俺は右手に盾を持ち、左手で木刀の端を持ってゆるく構える。

 四ノ宮は右手に剣を、左手に盾を構え、油断なく俺の木刀を睨みつけている。


「では、これよりシノミヤユキヤとムラヤマタカヒサの試合を始めます。ルールは前回と同様。勝敗はどちらかが戦闘不能になるか、敗北を認めることで決まるものとします。それでは――」


 四ノ宮が軽く重心を沈め、足に魔力を循環させる。

 俺は全身に錬気を行き渡らせ、どんな動きにも対応できるよう努めて視野を広く持つ。


「――はじめッ!」


 バスクが号令をかけると同時。

 四ノ宮が爆発的な踏み込みで距離を詰めてくる。

 四ノ宮渾身の一撃は袈裟がけ。棒立ちで受けたら鎖骨が砕け、肋骨まで至り、肺を抉るような力技。

 当然、俺に受け止めることはできない。木刀や盾で防いだとしても被害が増えるだけだろう。


 だから受け止めたりしない。

 左手の木刀の切っ先を四ノ宮に向ける。

 それと同時に、右手に持っていた盾を四ノ宮めがけてサイドスロー、投げつけた。


 木刀ばかりに意識を集中させていた四ノ宮は自分めがけて飛んでくる盾を、俺に叩きつけるはずだった木剣で防いだ。


 いくつか見つけた四ノ宮の弱点のひとつ。とっさの防御には剣をつかってしまう。

 利き腕に持っているせいだろう。ダイム先生に言われて思い出したが、ウェズリーたちと稽古を覗いた時にもバスクに指摘されていた癖である。


 右手で振りかぶっていた剣で、自分の左側から飛んでくるものを弾き落とそうとすれば動きに若干の無理が生じる。

 都合のいいことに四ノ宮は木剣を振りぬいてくれた。右腕がちょうど左手――盾の動きを阻害する位置に来る。

 もちろん、こんな特大の隙を見逃してやるほど甘くない。


 錬気を使い、思い切り踏み込む。

 左手で端を持っていた木刀。盾を捨てて空いた右手でしっかりと持ち直し、目標めがけて全力の一打を放つ!


「突きぃいいぃぃぃぃ!」


 気合いを込めた一撃は過たず目標――四ノ宮の喉を打ち抜いた。

 常人なら喉に風穴が空いてもおかしくない勢いで叩き込んだが、錬気の鎧は健在。硬い物にぶつかった感触を残し、四ノ宮は後ろに吹っ飛んだ。

 転がりながら、四ノ宮は受け身をとり、がは、と咳き込みながらもこちらに向き直る。

 その目を真っ向見据え、四ノ宮が逸らす前に大音響で告げてやる。


「――さあ、始めるぞ四ノ宮ぁ! 俺たちの雪辱戦だ!」


 手痛い反撃にあって油断を捨てた四ノ宮と、勝つための算段を整えてきた俺と。


 試合なんて上品なものじゃない。

 互いの屈辱を雪ぐための潰し合いは、ここから始まる。


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