56.試合前夜①
この話がだら長くなってしまったのと、続きを書く時間を一日でも稼ぎたいのとで二話分割にしました。
中途半端なところで切っちゃってごめんなさい。
報復はもともと試合というかたちでするつもりだったが、予定が大幅に早まった。
どうにかしてその帳尻を合わせなければいけない。
目指すのはお姫様の部屋。試合をするにあたって話をつけておく必要がある。
試合に向けて今ある手札を整理し、戦略を組み立てながら歩いていると、日野さんもついてきた。
「……村山くん、試合なんてして本当に大丈夫なの? 今回、狙って征也と鉢合わせたわけじゃないでしょう。戦う準備もその後のことも万全と言えるの?」
「耳が痛いな。日野さんの言うとおりだ。魔法封じは準備中だし、逆恨み対策に至っては確実なアイデアがひとつもない。作戦がないわけじゃないけど成否が四ノ宮次第だから、俺が考える四ノ宮と現実の四ノ宮がかけ離れていたら意味無いし」
日野さんの心配は的を射ている。
ダイム先生から得た情報、こっそり隠れて見た四ノ宮の訓練という名の八つ当たりの模様。錬気の習熟度。
このあたりを考えると魔法ナシの接近戦なら九割がた勝てる。
しかし、それでも九割。確実ではない。
そのうえ魔法を使われる可能性もある。
適切に魔法を使われた場合、勝機はないと言っていい。
「なら、どうして……」
「腹が立ったから」
理解できないといったふうに問うてくる日野さんに、端的に答える。
「久しぶりに間近で四ノ宮の顔を見て、声を聞いて、横暴に振る舞われて。耐え難く腹が立った。眼球抉って脳ミソ引きずり出したいと思った」
「……っ!?」
本音だ。
顔を合わせた瞬間から全身に錬気を巡らせていた。
声を聞いた瞬間にその喉を潰したいと心から思った。
八つ当たりのように敵意を向けられ、浅野を振り払う光景を見て、身を守るためではなく、相手を殺すために錬気の具現化までさせた。
実際に行動に移さなかったと言っても事実は変わらない。
「でも、それはしないって自分で言ったから、試合の予定を作って先送りにした」
坂上たちに四ノ宮のいいところを聞いていてよかったと思う。
四ノ宮に対して寛容になったわけではない。
ただ、坂上や日野さんは四ノ宮に生きていてほしいと思っている。そのことが確認できていたから、殺さないと宣言していたから、四ノ宮を殺さないという考えを固めておくことができた。
できれば殺したくないなー、程度では勢いでざっくりいってた可能性がある。
異世界なんかに飛ばされたのだから、そのうち人を殺すこともあるかもしれない。
けれど、殺す理由が「ついカッとなって」では笑い話にもならない。そんなバカ丸出しな理由で殺人の十字架を背負うなんてまっぴらだ。
「確実さを考えるなら準備が完全に整ってからケンカを売るべきだった。それは分かってるけど、あいつが浅野を振り払った時、冷静な判断が吹っ飛ぶくらい腹が立ったんだ」
「……夏輝を? この間、話したとは聞いたけれど、それほど村山くんが肩入れするようなものが、夏輝にあったの?」
「いや。浅野に肩入れしてるわけじゃない。話して少しは認識も改まったけど、嫌いな部類に入ることは間違いない」
「じゃあ、どうして」
「四ノ宮が浅野の手を振り払ったから」
口にしてようやく整理ができてきた。
浅野は四ノ宮が間違っていることに気付いてそれを正そうとした。
その行い自体はどうでもいい。なにが正しいのかなんて人によって違うのだから、余計なお世話と言ってしまえばそれまでだ。
だが、よかれと思って、四ノ宮を心配して差し伸べた手だったはずだ。
それを四ノ宮は容易く振り払い、罵声と共に悪意を向けた。
浅野を無下にしたことに義憤を感じたのではない。
四ノ宮が、差し出された善意に唾を吐いたことに腹が立ったのだ。
何年か前。俺が一番苦しい時に手を差し伸べてくれる人なんていなかった。
仕方がないと思う。誰かに助けてほしいと思った時期はあったが、内心を知られたくないという見栄で自分から他人を遠ざけていたのだから。
助けてほしいくせに近寄るなと言う。我ながらひどい矛盾があったものだ。
四ノ宮には苦境に陥った時に、求めるまでもなく助けようとしてくれる人がいた。
それだけでも妬ましいのに。
助けの手を当たり前のように差し伸べられ、それをゴミみたいに振り払った四ノ宮が憎らしい。
手を取れなんて言わない。倒れてしまった時、誰にも頼らず自分で立ち上がろうとする意思は尊重されるべきものだと思う。
押し売りの善意なんて、あるいは悪意よりも醜悪だ。
だが、見せ掛けでもおためごかしでもない、純粋な心配を踏みにじるのは違うだろう。
「苦しい時に慰めて、間違った時に止めてくれるような人、そうそう見つかるものじゃない。なのに四ノ宮は当たり前みたいに持っていて、しかも八つ当たりまでする。……何でも持ってるやつは違うよ、本当に」
単なる無い物ねだりだ。落ち着いてみれば鼻で笑ってしまうような嫉妬でしかない。
自分が欲しかったものを無下にされたから怒るなんて、まるっきり子供のすることだ。
「まあ、あれだ。前に欲しかったものを見せびらかされてむかついた。それだけのことだよ」
「私には村山くんがそれほど単純な人間には見えないけれど」
「買いかぶり過ぎだ」
はっ、と笑ってしまう。
俺という人間は複雑でも深くもない。
嫌なことに腹を立て、他人の持ってるものを欲しがるような、単純で浅薄な人間だ。
自嘲していると日野さんは何か言いたげにしながらも小さくため息をつくだけに留めた。
それきり沈黙が生まれる。
日野さんは思案顔をしているが、考えが言葉にならないのか何も言わない。
こちらから話すこともない。試合のために考えることは多い。考える時間を潰してまで会話をしようとは思わなかった。
「……ねえ村山くん。私にできることは、何かある?」
「ない。この間も言ったけど、これは俺と四ノ宮の問題だ。庇護下に置いてくれてるだけで十分。これ以上手を借りるつもりはないよ」
準備する時間を与えてくれたことには感謝している。俺のことを考えていろいろ行動してくれていることも知っている。
けれど、これはあくまで俺から四ノ宮への個人的な報復なのだ。
日野さんは俺が報復の準備をする時間を稼いでくれた。俺が四ノ宮に敵意を持っていることを知りつつ庇ってくれた。
結果からみれば日野さんは報復に協力しているのかもしれないが、そこに悪意はない。
他の人たちだってそうだ。
坂上やチファ、ウェズリーにシュラットは言うに及ばず。ゴルドルさんやダイム先生も訓練に協力してくれたが、それは四ノ宮を貶めるための協力ではない。
ただ俺を守ろうと、助けようとしてくれているだけなのだ。
四ノ宮に悪意を持って当たるのは、怨みを持った俺だけであるべきだ。
これ以上の協力を求めることはそのまま、日野さんに四ノ宮への悪意を求めることに繋がってしまう。
「そう、じゃあ邪魔はしないよ」
やんわりと拒絶すると、返ってきたのはそっけない言葉だった。
日野さんは四ノ宮に何か思うところがあるようだったので、もっと言い募るものかと思っていた。あっさりした返答に拍子抜けしてしまう。
歩きを早めた日野さんが俺の前に出る。それから立ち止まり、こちらを振り向かずに言った。
「でも、もう無理はしないで」
俺は返事もできず、かつかつと靴音を鳴らして去っていく日野さんを見送った。
―――
「まあ、そんなことになりましたのね。大丈夫なんですの?」
茶会から一時間もしないうちに出戻りしたお姫様の部屋。事情を話すとさして驚いたふうもなくお姫様が尋ねてきた。
城の中で暴れてお姫様に悟られないはずもない。どういう経路か知らないが、何があったのか既に知っていたのだろう。
「不安な要素はいくつかあるけど、多分大丈夫なはずだ」
「ならよいですけど。ムラヤマ様が傷付くところなんて見たくありませんもの」
しらっとお姫様が言った。
よく言えたものだと思うが突っかかったりしない。立場的には協力者だ。
少なくとも今、俺が傷付くところを見たくないというのは本心だろう。万が一にも四ノ宮が俺を殺したら、勇者間の対立の深刻化は免れない。
「それで、ムラヤマ様は何をお望みですか? 会場と試合の立会人の確保、観客を用意すればよろしいでしょうか」
「話が早いな」
「あれだけ大声でやり取りをされていたではないですか。わたくしの耳にも入ります。その直後にわたくしの部屋に来たとあれば、要件の検討くらいはつきますわ」
くすくすと優雅に笑うお姫様。
このあたりはさすが貴族と言うべきか。情報収集に余念がないらしい。
報復にお姫様の手を借りるつもりはないから、それほど要求が多いわけではない。
「じゃあ、そんなもんでいいや。試合の時間は明日の昼、場所は前回の広場ってことになってる」
「ずいぶんと急ですのね。それだと住民を呼ぶのは難しくなりますが……」
「構わない。街の住民へのフォローはもうしたんだろ? だったら問題になるのは兵士たちだからな。今度こそ正々堂々とやらせて、四ノ宮の評判を上げとかないと」
「……? わたくしとしては願ってもないお気遣いですが、なぜムラヤマ様がユキヤ様の評判を気になさるのですか?」
「これから先、魔王たちと戦うことになるんだろ? 向こうが攻めて来るならフォルトで防衛戦をするかもしれない。その時に兵士の士気を上げて、しっかり戦ってもらわなきゃ困る」
四ノ宮にはこれからたっぷり働いてもらわなければいけない。四ノ宮に最大の仕事を求めるのなら、そのための土壌を整えておく必要がある。
観客がいれば四ノ宮も魔法を使いづらくなるだろうという希望的観測もある。
「なるほど、そういうことですか。では、お心遣いに甘えましょう」
説明すると納得したのか、お姫様は大きく頷いた。
これで試合がふいになるということはなくなった。
―――
自室に戻って作戦を練り直しつ魔法対策を考えつつ。気が付けば夕食の時間になっていた。
食堂に入ると一斉に視線が集まった。すでに再試合の件は知れ渡っているらしい。不躾な視線に居心地が悪くなる。
「……タカヒサ様のお部屋にお持ちしましょうか」
「うん。部屋で食おう」
俺とチファは部屋で夕食をとることにした。
夕食を乗せたプレートを持って部屋に向かっていると、うなだれて歩く人影を見かけた。
浅野だ。
なんというか、覇気がない。召喚初日の頭軽そうな元気さは完全に消滅している。
ふらふらと頼りない足取りの浅野は壁に突っ込んでしまいそうで、見ていて怖い。
声をかけるべきか否か。悩みながらも目を逸らせずにいると、視線に気づいたらしい浅野がこちらを向いた。
目が合うと、いまひとつ安定に欠ける足取りでこちらに向かってきた。
いつ倒れるかはらはらしながら見ていたが、浅野は無事に俺の前にたどり着いた。
「……ごめんね、村山」
開口一番、謝罪が出た。浅野は腰を曲げて頭を下げる。
「なんか、あたしが征也を連れ出したせいであんなことになっちゃったみたいで」
みたいではなく、予定が早まったのは浅野のせいだ。
お姫様は四ノ宮と俺がかち合わないようにうまくコントロールしていた。
四ノ宮のために専用の訓練用スペースを用意したのだ。食事は給仕に部屋まで運ばせ、勉強をするなら教師を部屋に送った。
人間、○○するな、××へ行くなと言われると裏を気にする。
しかし、自分に特別な身分がある場合、特別扱いに疑問を抱きづらい。
お姫様が自分を優遇することに疑問を持たない四ノ宮は、見事にお姫様の管理下に置かれていた。
このタイミングで俺と四ノ宮がかちあったのは、浅野によって四ノ宮がお姫様の管理下から出たためだろう。
けれど。
「別に構わない。好きにしろって言ったのは俺だしな」
どうせやることは変わらない。準備にかけられる時間が変わるだけだ。
その準備というのも勝敗に関わる部分がメインじゃない。主に試合後のことだ。
日野さんや坂上が見ているなら四ノ宮が暴走しても止めてくれるだろう。逆恨み対策はどのみち、考えても他の答えが出なかった可能性が高い。
今すべきは浅野を責めることじゃない。試合の勝利を確実にすべく策を万全に整えることだ。持っている手札を全部切れば負けることはないと思う。
「……でも、あんたに迷惑かけない範囲で自己責任って言ってたじゃない。迷惑、かけたし。責任とれてないし」
自分で言いながらますます縮こまる浅野。鬱陶しい。飯が冷める。
謝られても四ノ宮戦の勝率が上がるわけでもなし。
さっさと話を切り上げよう。ついでに逆恨み対策の準備だ。浅野を試合の場に呼んでおこう。
「ならせめて、見届けろ」
浅野は顔を上げてこちらを見る。その目は戸惑うように揺れていた。
「俺は明日、四ノ宮と試合をする。負けるつもりはない。四ノ宮にやられたことを全部やり返すつもりでいる。
試合の結果に関わらず、それであのリンチの一件を終わりにするつもりだ。その終わりを、他人の眼鏡じゃなくて、自分の目で見ろよ」
それはとても残酷なことだろう。
この前会った時の口ぶりからして、浅野は前回の試合が濡れ衣を着せてのリンチだと理解しているはず。
そんな浅野の前であの試合を再現してやる。
ただし、被虐者は四ノ宮、加虐者を俺に、配役を入れ替えてだが。
自分が過ちと認めた光景を大切な人が痛めつけられる形で見ることになる。
きっと、たまらなく痛い。
試合なんて妨害したくなるほどに。
「わかった。ちゃんと見て、見届ける」
「そうしとけ。……そんじゃな。飯が冷めてしまう」
「忙しいところ、邪魔してごめん。それじゃあね」
浅野は立ち去ろうと背を向けて、一瞬止まって、顔だけこちらを向けた。
「……あなたも、お大事に」
チファを見ながら言って、浅野は再び歩き出した。
その足取りは、先ほどよりもいくらか確かに見えた。




