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挿話・帰還者

 その日の夜。ゴルドルはフォルトの外、門の前で人を待っていた。

 すでに深夜と呼ばれるような時間。人を待つと門番に伝えたところ、怪訝な顔をされた。

 それも仕方のない話だ。こんな時間にフォルトに近付く生き物なんて縄張りを追い出された魔物か獣くらいである。普通なら、いくら弱いものしか出ないといっても、魔物が出る街道を夜に突っ切ったりはしない。

 けれど待ち人の強さは尋常ではない。このあたりに生息している魔物が束になっても返り討ちにできると断言できる。

 今までにも深夜か明け方に帰ってきたことがあるはずだが、この門番は見たことがないらしい。


「ま、身分証出したりが面倒だって城壁を越えることまであるやつだからな。運がよくなきゃ会わんか」


 とっくに春とはいえ深夜になると肌寒い。ベルトに括り付けていた水嚢を手に取り口を付ける。中身は白湯だ。

 魔法で保温された湯はまだ熱い。しかし飲んでも温まるのは喉と腹くらいで、手足といった体の末端は冷たいままだ。

 ただ待っているだけでは時間がもったいないかと思い、ゴルドルは水嚢を地面に置いた。

 腰の剣を抜いて素振りを始める。

 標準サイズの剣なのだが、ゴルドルが持つと短剣に見える。事実、ゴルドルにとっては軽すぎるほど軽い。

 街周辺の魔物の強さはたかが知れている。そう思って護身用の剣しか持ってこなかったのは失敗だった。

 それでも何もしないよりはまし。素振りを始める。

 初めは錬気も魔力も使わない。徐々に具合を確認するように錬気を、魔力を使っていく。

 ひゅっ、ひゅっ、と細い音が鳴っていたが、次第にぼっ、ぼっ、と空気を叩くような音になっていく。


 どれくらい剣を振っていたのか。額にうっすらと汗がにじむ。

 そろそろ帰ってきてもいい頃なんだが、と前線の方角に目をやる。

 と、同時。

 痛烈な殺気を感じ、そちらめがけてとっさに剣を振る。

 鋼がぶつかり合う耳ざわりな音が響き、門番が槍を構えてやって来た。

 そこには剣を抜いたゴルドルと、その後ろに回り首に短刀を突きつける女性がいた。


「へ、兵士長!?」

「あー、大丈夫だ。だから落ち着け」


 門番が慌てて声を上げる。

 とっさに信号の魔法を使おうとして、当のゴルドルに止められた。

 殺される寸前にしか見えないのにずいぶんと落ち着いていた。


「し、しかし兵士長……」

「問題ない。こいつは敵じゃねえから」

「こいつとはずいぶんね、ゴルドル。久しぶりに会う……ってほどでもないか」

「じゃあせっかくの再会なのにいきなり斬りかかってくんなよ。まずはこの剣を引っ込めてくれないか?」

「それもそうね」


 女性はあっさりとゴルドルから剣を引いた。

 右手に持った細身で諸刃の曲刀と、左手に持った同じような形の短刀を鞘に戻す。

 黒い髪をした妙齢の女性だった。見てくれは華奢なのに、弱々しい雰囲気は一切ない。


「あんた、少しなまったんじゃない?」

「お前がまた強くなったんだろ」


 彼女はからかうように笑って言う。

 ゴルドルは苦いものをかみつぶしたように顔をしかめる。

 このところ自分と同等以上の実力を持った相手と稽古できていないせいで成長している感覚はないが、それでもなまってはいないはず。

 ゴルドルが弱くなったと感じるなら、それは彼女が強くなったせいだ。


「……まあ、それはともかくとして。無事で何よりだ、ヨギ」

「当然よ。でもま、心配ありがとね。ゴルドル」


 最速を謳われる剣士、ヨギがフォルトへ帰還した。


―――


「見ない間にずいぶん老け込んでない? 何か変なことでもあったの?」

「ほっとけ。いろいろあったんだよ」


 もう酒場が開いている時間ではない。ゴルドルはヨギを自宅に通し、酒とつまみを用意した。

 ヨギはテーブルに座り、小さなコップに酒を注ぎ、ちびちび飲んでいる。

 酒精にほんのり頬を染め、くすくすと笑う。


 ヨギはアルスティアに雇われた傭兵である。

 普段は魔物を狩って生計を立てているが、義理だったり金だったりの理由で今は魔王軍の侵攻を食い止めるために迎撃隊と行動を共にしている。

 定期的にフォルトに帰還して報告をあげるよう指示を受けているのだが、時間が時間だ。報告その他は明日に回した。


「そのいろいろが聞きたいんじゃない。体力おばけのあんたがいろいろあったって言うくらいだから、よっぽど面倒なこと?」

「現在進行中の厄介ごとだな」

「へえ……で、何があったの?」

「姫さんが勇者召喚したってのはもう知ってるよな」

「知ってるわよ。あの黒髪の子たちでしょ? 無闇に大きい魔力を持ってる四人と、逆にまったく感じないひとり。魔力がない子とは顔を合わせたこともあるじゃない」

「そうだったな。で、その黒髪のやつがな――」


 ゴルドルはかいつまんで公開私刑とその後のことを話した。

 するとヨギは半笑いでうわあ、と言った。


「確かにめんどくさそうね、それ。他の勇者もいなくなっちゃうんじゃない?」

「幸いそうはならなかったが、勇者の中で対立構造ができたな。特に聖剣とハズレの仲は致命的に悪化した。ハズレの方は聖剣のに復讐しようと目論んでる」


 この場ではゴルドルも貴久をハズレと呼ぶ。

 五人の勇者の噂話は前線にも届いている。だが、所詮は噂話なので勇者の名前ではなく特徴から取った呼び名が浸透している。

 ヨギにとってはタカヒサという固有名詞よりもハズレいう呼び方の方がなじみがあるのだ。ゴルドルはそんなヨギに合わせている。


「それ、当然じゃない?」

「ああ、当然だ」


 濡れ衣を着せられ一方的に殴られた。それに反撃しようと考えるのは至極当然のことだ。ふたりはそろって頷いた。


「そんで、そのハズレの件で話があるんだが」

「あたしに、ハズレの子に錬気の扱いを教えろって?」

「やっぱり無理か?」


 ヨギはゴルドルの考えていることを正確に読み取った。ゴルドルは隠すつもりもなかったため、思考を読まれてもあっけらかんとしてる。

 ヨギは錬気の扱いの天才と言われている。強化魔法と錬気を併用することで他を寄せ付けない圧倒的な速さと鋭さを得た。

 そんな彼女はゴルドルの頼みを聞いてグラスを指ではじいた。きん、とかすかな音がした。


「無理じゃないけど。あんたの頼みなら引き受けるのもやぶさかじゃないけど。でも教えるのはあの、ぼんやりした黒髪でしょ? あたし、明確な目的意識も持たずにだらだら訓練するやつって嫌いなのよね。目障りで」

「それは大丈夫だ。聖剣のにボコられて、立ち直って、それから目つきが変わった。今のあいつならお前に嫌いとは言わせないはずだ」

「……へえ、自信あるのね。それじゃあもう一度見てから決めるわ」


 ヨギが回答を保留し、ゴルドルも答えを急がなかった。それからどちらもこの話題を掘り返すことはなかった。

 ゴルドルからするとひとまず拒否されなかっただけでも上出来だ。ヨギにやる気がないなら自分が教えたほうが効率的。あとは貴久がヨギに気に入られるかどうかが問題になる。

 その点はゴルドルにはどうもできない。


「ま、それはいいとして。今、戦況はどうなんだ? 食い止められているのか?」

「あたしが最前線からいなくなって平気なところからお察しね。聞いて驚け、むしろこっちが優勢よ。ちょっと前から魔物が積極的に攻撃してこなくなったのよ」

「攻撃してこなくなった?」

「そ。築いた砦に籠ることが多くなってきた。それと、戦いになると黒い木偶人形みたいなのが大量に配備されるわ」

「……木偶人形? アンデッドか何かか?」

「そうでもないのよね。生き物の死体どころか、もとが生き物なのかも怪しい感じ。斬った感じは粘土みたいだった。再生能力はあるけど高くはなくて、それほど強くないのが救いね。知恵があるようにも思えなかった」

「そいつは、また」


 ゴルドルは額にしわを寄せる。

 そのような魔物は聞いたことがない。そんな魔族の話も、少なくともゴルドルが知る範囲には存在しない。

 以前、現存している魔族、魔物の記録を当たったが、黒い木偶人形やそれに類する記述はなかった。

 新種の魔物か、それとも魔族が作り出した兵隊なのか。

 どちらにせよ厄介だ。ヨギの言うことが確かなら、一度の戦闘に投入しきれない数がいるか、どれだけ倒しても補充できるということになる。

 頭を抱えたくなった。

 戦争は質より量。ヨギやゴルドルを害する力がなくても、拠点を突破されれば負けになるのだから。


「でも、ヨギなら木偶の群れくらい突破して砦を破壊できるんじゃないか?」


 ふと思った。

 新種の魔物にしても魔族に生産された何かにしても、操る者を仕留めてしまえばただの木偶になる。

 ヨギならそれをできるはずだ。


「無理ね。砦の中には一体、ヤバい魔族がいる。たぶん万全の状態で互角。砦を壊すなり突破するなりして消耗した状態じゃ間違いなく勝てない」

「……お前にそこまで言わせるほどのやつがいるのか」

「世界は広いもの。あたしより強いやつだって探せば見つかるわ」


 ゴルドルはアストリアス国内でも相当強い部類に入る。そのことは自覚しているし、自負もある。

 ヨギはそのゴルドルを子供扱いできるほどの力の持ち主だ。ヨギで勝てないならフォルトにいる誰も、正攻法でその魔族に勝つことはできない。

 勝つ方法があるとしたら、勇者が遠距離から魔法を乱れうちにして、消耗させたところを精鋭数人で狙うくらいか。その戦法を取ったら確実に犠牲が出るだろうが。

 たった一体の魔族を倒すために重要な戦力を失ってはリスクにリターンが見合わない。

 そんなバケモノは勇者と接触させる前に始末しておきたいところだが。


「見つけても挑んじゃ駄目よ? ゴルドルじゃ確実に殺される」


 他の方法を模索していたゴルドルをたしなめるように、ヨギが言った。

 何を考えているか完全に読まれたようなタイミングの言葉にゴルドルは目を丸くする。

 ヨギはそんなゴルドルを見て苦笑いしながらグラスを口につけた。だって、と言葉を繋げる。


「ゴルドルは分かりやすいのよ。顔に出るし。腹立つことに、変に真面目だから損な役回りを率先して持とうとする。あんたの性格知ってれば、誰でも予想できたと思うよ」

「変に真面目って……そんなことはねえよ。できることをやろうとしてるだけだ。ていうか損を引き受けてもらえりゃ楽だろ? 別にいいじゃねえか」

「よくない。面倒や損を押し付けて、それをいいと思える相手を、あたしは友人と呼ばない。あんたはあたしの数少ない友人なの。どこの馬の骨ともしれない奴のために死なれてたまるもんですか」


 だから、ちゃんと自分のことも守りなさい。

 不意に声のトーンが下がった。ゴルドルは何も返せない。

 ヨギは故郷を飛び出してアストリアスにいる。

 故郷でヨギに何があったのか、ゴルドルは知らない。あるいは何もなくて、来てみたいからアストリアスに来ただけかもしれない。

 それでも知っていることはある。

 ヨギは、友人が少ない。

 隔絶した強さ。女であること。この二点が周囲に距離を置かせた。

 圧倒的に強すぎるために同格の存在が見当たらなかった。

 それなのに女であるからと疎ましがられた。アストリアスにも男尊女卑の風潮はある。男より強く、戦場ででしゃばる女は疎んじられることが多い。

 ヨギ自身は弱くて向上心がないやつは嫌いである。女だからと侮られることも同様。そして嫌いな相手に迎合するつもりはない。

 ゆえに友人が少ないことは気にしていない。

 だが、だからこそ、数少ない友人のことは大切に思っていた。


 きつい口調に初めは鼻白んだが、なんのことはない。ゴルドルを心配しているのだ。

 頬がほころんだ。はた目には獲物を見つけた肉食獣のように見えるだろうが、当人としては微笑みのつもりである。


「砦を落とすにはもっと戦力が要りそうだし、明日にでも姫様に騎士団なりに応援要請をするように進言するわ。――さて、ちょっと疲れたし、酔っちゃった。あたしは先に寝てるよ。……襲うなよ?」


 そう言って逃げるようにヨギは席を立つ。酔いのせいか、わずかに頬が赤い。

 襲うなと言いながら妙に艶めかしい声と表情は誘っているようにすら見えた。


「馬鹿言うなよ。襲ったら去勢か? それともバラバラか? んな物騒な女、誰が襲うか」

「ふふ、よく分かってるじゃない」


 やっかみ半分の言葉にヨギは笑って返した。

 そのまま手近にあった、ゴルドルが普段使っている布団に身を横たえた。


「それじゃ、おやすみ」

「ああ、よく寝とけ」


 ヨギは布団にくるまり、そう時間が経たないうちに寝息を立て始めた。


「……いかんせん、不用心過ぎるだろ」


 酒を飲み、作ったつまみを平らげたゴルドルは、片づけを済ませて呟いた。

 ヨギの剣が二本ともテーブルの脇に立てかけてあった。布団で眠るヨギのそばに刃物はない。

 ヨギは素手でも強い。とはいえ男の家で武器から手を放し寝入ってしまうなんて、いかんせん年頃の女性としてどうかと思った。

 ……もしや、本当に誘っているのかもしれんな。

 そう思いながらもゴルドルは予備の布団にくるまりヨギのそばで眠りについた。

 ヨギはものすごく気持ちよさそうにバカ面をさらしながら寝こけていた。


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