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6.正義感

 部屋が四ノ宮万歳なムードに固まったところで今後の予定を話し合うことになった。

 今後の予定ってなんだよ、なんで戦うことが決定事項になってんだよ。

 言いたいことはいくらでもあった。

 しかし自粛。

 短気になってはいけないとたった今学習したばかりだ。

 だから今度は落ち着いて質問することにした。


「お姫様、ひとつ聞いておきたいんだけど、どうして俺たちが戦うことが確定になっているんだ?」


 手を挙げ、発言する。

 すると部屋中から非難の視線が集まった。

 具体的には三人分だけなんだけど。


「さっきも言ったけど、俺はそっちの都合で勝手に呼ばれただけだ。命をかけてまで戦う理由なんてない。それに情けない話になるけど俺は戦う才能なんてないぞ、多分」


 四ノ宮は問題ないだろう。俺の耳にも届くほどの武勇伝がある。それが殺し合いで役立つレベルかは知らないが。

 浅野も、まあ血の気が多そうだしなんとかなりそう。

 坂上と日野さんは肉体派には見えないし、血気盛んというわけでもなさそうだが、頭がよさそうなので魔法をマスターすればなんとかなるかもしれない。


 それに比べると俺はどうしようもなく平凡だ。

 運動は普通。体格はやや小柄。……あくまで『やや』だけど。ここ大事。武道の経験も中学の授業で柔道をやった程度だ。こちらも平凡な成績だった。

 成績は毎日こつこつ勉強してようやく中の上。少しサボれば中の下に落ちてしまう。

 異世界人として高い魔力だとか身体能力だとかを持っていても、使いこなすまでに相当な年月がかかる気がする。

 それにもう高校生だ。技術を習得させるなら幼いうちから習わせた方がいいと聞く。

 これなら幼い子供をしっかり育成した方が確実なのではないだろうか。


「そんなことはありません。ムラヤマ様も偉大な勇者の一人。才能がないはずがないのです」


 お姫様がこちらに目を向けた。今度は目を逸らさない。


「でもさ、召喚の条件は魔力の量だけだったんだろ? 仮に俺がすごい魔力を持っていてもそれを使いこなす才能があるとは限らないじゃんか」

「確かに、そうですが」


 ……あれ、そういや勇者ってとんでもない魔力の持ち主なんだよな。

 その魔力を使えば帰るくらいできるんじゃね?

 後で試させてもらおう。

 名案が思い浮かんだことを喜んでいると、正面から冷や水のような声がかけられた。


「あのさあ、さっきから聞いてりゃ戦う義務だとか才能がないとか情けないことばっかり言ってさあ、恥ずかしくないの、あんた」

「な、夏輝ちゃん……!」


 浅野だ。テーブルに肘をついて俺を睨んでいる。

 隣の坂上はわたわたと俺と浅野を交互に見ている。

 ……やっぱり小動物系だなあ。見ててなごむ。

 あんなにきょろきょろ首を動かして疲れないのかな。

 ケンカ腰な浅野に、また俺が切れるとか思ってるのか。

 そんな疲れることはしないよ。

 面倒くさいし、浅野が帰る方法を知ってるとは思えないし。


「全然恥ずかしくないね。むしろ何が恥ずかしいんだよ」

「困っている人をあっさり見捨てることがよ!」

「俺だって困ってる。目の前のお姫様に困らされてる」

「自分が困ってるから他の人はどうでもいいって言うの!?」

「その言葉はそこのお姫様に言ってくれ。自分が困ってるからって無関係な他人を巻き込んで、戦争に協力しろとか言ってる奴に」

「なっ!」


 驚きにお姫様が声を上げる。

 ふん、事実だろうが。

 魔王に攻められて滅びる間際にいる。

 なるほど、同情すべき状況だ。

 けど、俺には関係ない。同じ世界に住んですらいないのだ。

 俺は正義の味方じゃない。

 虐殺だの内戦で何人死んだだのとニュースで聞いても、そんなことがあったのか、ひどい話だ、とか思うだけ。

 それにしたってちょろっと思うだけで一時間もすれば忘れて安全な自宅であったかいご飯をたらふく食っていた。

 確かに褒められた人間性じゃないだろう。

 だが、責められる謂われもない。

 俺を責める権利があるとすれば、それは俺と同じように安全な国に生まれて、平和に生きられる状況にいながらも酷い現実をどうにかするために危険を承知で動く人だけだ。

 こいつらは違う。今日の一時間前まで日本で平和に学生やってたことが何よりの証明だ。

 もっとも、俺を責める権利があるような人なら俺を責めたりしないだろう。

 そんなことをしても無駄だとわかっているはずだから。


「浅野さんよ、もうちょい考えろ。この場合の助けてほしいってのは魔王軍を倒してほしいってことだ。この国の軍隊が別の国の軍隊と争ってるんだから戦争だ。戦争で相手を倒すってのは、ニアイコールで殺害だ。俺たちはお姫様に大量虐殺してほしいって頼まれてるんだよ」


 そもそも俺たちはこの国の状況を一方的に聞いただけであって、魔王軍側の意見を一切聞いていない。戦端を開いたのはこの国の方で、魔王軍はただ防衛権を行使しているだけの可能性だってあるわけだ。

 魔王なんてこいつらが勝手に言ってるだけで、こいつらが被害者だという保証はどこにもない。物語の主人公なら被害者サイドに呼ばれるんだろうが、こいつらが侵略者なのかもしれない。俺たちの倫理観からしてアストリアスが悪であるなら絶対に協力すべきではない。

 どっちみち戦争になんて関わりたくないが、侵略戦争ならなおさらだ。


 浅野に止めを刺す。

 まっすぐに浅野から目を逸らさない。こういう手合いは一瞬でも視線を逸らすと調子に乗って噛みついてくる。

 ぐっ、と浅野は歯噛みする。

 ふっ、勝った。


「きみは理不尽な暴力によって不幸を強いられているこの世界の人々を救おうとは思わないのか?」


 いい気になっていると、今度は横から冷ややかな声が浴びせられた。

 四ノ宮、またお前か。さすが、なんでも持ってるやつは言うことが違う。


「思わん。そう思うならまず召喚による拉致という理不尽な行為によって戦いを強いられる俺を救ってくれ」


 ファンタジー小説やマンガの設定に現代日本から異世界に行くというものがある。たくさんある。

 主人公は初めこそ混乱しているものの何がしかのすごい力を発揮して英雄になっていく、というのが王道だろう。

 正直、話の中で主人公が「戦うのが怖い」とか言うと鬱陶しく思っていた。

 どうせマンガだ。ゲームだ。小説だ。

 主人公は死なないだろう。もしくは死んでも蘇る。

 必死に頑張ればハッピーエンドにたどり着ける。


 だが現実は違う。

 心臓を貫かれれば死ぬ。

 頭を強く殴られれば死ぬ。

 腹を刺されたら死ぬ。

 重要な内臓器官を損傷して即死することもある。

 脈を斬られて失血死することもある。

 あまりの痛みでショック死することも考えられる。

 現実の戦場なら、何の盛り上がりもなく流れ弾に当たって死ぬかもしれない。

 死人は蘇らない。

 もしも蘇生魔法があったとしても痛みや恐怖で精神崩壊して廃人になる可能性も十分ある。

 実際に召喚されてわかるこの理不尽さ。

 「これから冒険の日々が始まる!」なんて前向きな発想にはなれない。


 お姫様は「どうかこの世界をお救いください」と言った。

 ここだけ見れば懇願されているように見えるだろう。

 しかし、前提として俺は自分の意思では帰れないのだ。

 見方を変えれば「帰りたければ魔王を倒せ」と言われているようなもの。

 召喚と言えばファンタジーっぽくごまかせるが、やってることは拉致と脅迫だ。


「……きみは、自分さえよければ他の人はどうでもいいのか?」

「そうは言ってないだろ」


 ひどいニュースを見れば腹が立つし、頑張っている人がいたら手伝いたいと思う。募金活動に参加したこともある。たまには地域清掃にも出ていた。


「けどな、まずは自分のことからだ。自分の世話も十分に焼けない奴がどうして他人を手伝える。あれか、自分が失敗した時に誰々を手伝ってたからだって言い訳するためか?」


 おっと、言い過ぎたか?

 四ノ宮はここまで言われるとは思っていなかったのか絶句している。

 他の人たちも唖然としている。

 唯一日野さんだけはくすくす笑っていた。ここ笑うとこ?


「俺には今、余裕がない。だから助けてやろうなんて思えない。そういうことだ」


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