54.準備、佳境
東の空が明るくなってきたころ。俺はいつも通り目を覚ます。
日本にいるうちは夜型の生活だったのだが、こちらに来てからすっかり健康的な生活を送っている。
マンガやネットどころか電灯すらない上に灯りの魔法は使えない。夜は早く寝る以外ない。寝る時間が早くなれば自然と起きる時間も早くなる。
身を起こし着替えると見計らったようにチファが部屋に入ってきた。
「タカヒサ様、朝食をお持ちしました」
前は食堂で食べていたが、いつしかチファが朝食を部屋に持ってきてくれるようになった。
周りに気を使ったり警戒したりしないでいいため、ふたりで朝食を食べるのが恒例になっている。朝食はもともと量が少ないのでチファにかかる負担が少ないのもグッド。
二人で席に着き、さっと朝食を平らげる。
いつもならすぐに片づけに入るかちょっと雑談するところだけど、今日は違う。
「チファ、ちょっと楽にしてくれ」
「はい? ……こうですか?」
「うん、そんな感じ」
チファが全身から力を抜き、ぐてーと椅子に体重を預ける。
ちょっとお持ち帰りして猫かわいがりしたいが自重。椅子の後ろに回ってチファの肩を軽く掴む。
「ひゃっ?」
「変なことはしないから。安心して力を抜いて」
「は、はい」
ほんの少し肩がこわばった。
……まあ、今の台詞は変なことをする気が満々のやつの言うことだから仕方ないか。
実際ちょっとは変なことするし。
チファに触れた部分に意識を集中する。
すると、錬気……というか生命力の流れを感じられた。
錬気の訓練をしている時に教わったのだが、直接触れていれば他の人の生命力の流れでも感じられる。
マールさんやウェズリー、シュラットその他に頼んで握手をしてもらい、健康な状態の生命力の流れを覚えた。
チファはというと、わずかに乱れがある。
血管がところどころ塞がっているようなイメージ。怪我をしたせいなのか部分的に生命力の流れが滞り、淀んでいる。
ほとんど顔に出すことはないが、怪我がまだ完治していないのだろう。
そこに少しだけ俺の錬気を流し込む。
「ふひゃっ!?」
「動かないで」
びくりとチファの体が震えた。肩を掴んだ両手で優しく抑える。
自分の錬気ならば多少離れていても制御できる。自分の錬気を介してチファの生命力の流れに干渉。血管をふさぐ異物を除くイメージで流れを整える。
錬気を使った生命力の活性法がある。
相手の体に錬気を流し込むことで生命力の活性化を図ったり、生命力の流れを整えることで体力回復を促進したりする。
回復魔法ほどの即効性はないが、体への負担が小さくけっこう便利。
しかし、制御が不十分な人が他の人に錬気を流した場合、嘔吐や頭痛といった症状を引き起こす。失敗したら相手がどうなるかも体験しとけ、とゴルドルさんに錬気を流された時にはめまいがしてしばらく立つことも難しかった。
俺は錬気の訓練に集中した結果、軽く流れを整えるくらいならば大丈夫とゴルドルさんから太鼓判をもらえた。
本当はもっと前から許可はもらえていたのだが、失敗のリスクを経験していて、そのうえチファの体に関わることだ。自分でも自信を持って大丈夫と言えるまでは試さなかった。
相談したらウェズリーとシュラットは実験台になってくれた。ふたり曰く酒を飲んだ時のように体が内側から熱くなるらしい。
どこで飲んだんだよ、と聞いたら、村の祭りで酔っぱらったおっさんたちに飲まされたと言っていた。一杯で酔いつぶれ、おっさんたちは女衆に叱られたとか。
そんなわけで、チファにちょっとだけ錬気を流して流れを整えているわけだが。
さっきからチファが「ひゃ」とか「んっ」とか妙に艶っぽい声を上げていて困る。
さすがに見た目十歳くらいの子に欲情することはないが、ものすごくイケナイことをしている気分になってくる。
「……これ、誰かに見られたら通報ものだよなあ」
なんて呟いたのがフラグだったのか。
かちゃりと部屋のドアが開いた。
「村山くん、起きてる……? 頼まれていたものができた、んだけど…………」
ふり返って見てみると、目をしぱしぱさせている日野さんがいた。
日野さんは目頭を押さえて、それから目をこすって、もう一度こちらを見る。
「じ」
「じ?」
さて、それでは客観的に現状を整理してみよう。
俺とチファは朝食を摂っていた。
小さなテーブルには椅子が一脚しかない。なので俺はベッドに、チファはドアに背を向けるかたちで椅子に座っていた。
俺は今、チファの後ろに立っている。
そしてチファは今、聞きようによっては喘ぎ声に聞こえかねない声を出している。
これを見た人がどう思うか。すぐに想像がついた。
「事案発生だーーーー!」
「ちょ、ちが――!?」
日野さんの手に淡い光が宿り、俺の体に微弱な電流が走った。けっこう大きな音がした。
その後、駆けつけたマールさんに朝から騒ぎ過ぎだと怒られた。
―――
「……ごめんなさい。本当に、早とちりだった。ごめん」
「……日野さんってさ、思い込み激しいところあるよね。弁明の余地なしで攻撃魔法とか、どうかと思うよ? 手加減はされていたけどさ、四ノ宮と変わんないよ?」
「……申し開きのしようもない」
マールさんが去ったあと。チファと日野さんに何をしていたのか説明すると、日野さんは自発的に床に正座した。
俺はと言えば普通にベッドに座っている。電流と言っても静電気をちょっと強くした程度のものだったのでさほどダメージはない。
チファと日野さんに椅子を勧めたが日野さんは固辞した。チファもヒノ様を床に座らせておいてどうのと言っていたが、半強制的に座らせた。
錬気を通したせいか、チファは酔ったように頬を赤くしているのだ。万が一ということもあるし、赤みが引くまでは座っていてもらいたかった。
「あの、ヒノ様はこんな時間にどうしたんですか?」
「昨日、村山くんに頼まれていたものができたから、持ってきたんだ」
これなんだけど、と日野さんは半透明の石を差し出した。
昨日の夜。日野さんに対四ノ宮秘密兵器を作ってもらえないか頼んでみたのだ。快諾どころか超特急で作ってくれたらしい。
日野さんには四ノ宮戦で使う可能性があるとは言っていない。本来は人を傷付ける目的で使うものではない。頼んだ時も日野さんは「無いと不便だものね」と疑う様子もなかった。
「おお、もうできたんだ?」
「使う魔法が簡単だったからね。こつを掴むのに手間取ったけれど、問題なく使えるはずだよ。調整もしたいから一度試してもらおうと思って」
「分かった。今から朝の訓練に行くから、ちょっと使ってみる」
「これで少しは力になれればいいんだけど」
「少しどころじゃない。本当に助かる」
こちらもベッドから下りて正座をしながら受け取る。お礼を言いながら頭を下げると日野さんも恐縮したようにお辞儀をした。額がぶつかりそうになって、思わず笑ってしまう。
するとチファが咳払いをした。もう頬の赤みは消えていた。
お互いちょっとだけ気まずくなって立ち上がる。
頭のさげっこしているうちに受け取ったものを試してみたほうが有意義だろう。
「……わたしも食器を下げてお仕事しますけど。なにかありますか、タカヒサ様」
チファはわずかに頬を膨らませ、食器を持って立ち上がる。じっとりした目でこちらを見た後、そう言いながらさっさと歩き出してしまった。
何か伝えておくことがあるだろうか。……あった。
「とりあえずチファの体調が万全になるまでは錬気での治療もしていくから、寝る前にも俺の部屋に来てくれると助かる」
伝えると、かちゃんと食器がぶつかり合う音がした。
一瞬だけこちらを振り返ったチファは、赤面を再発させていた。
―――
起きてからちょっと時間を食ってしまったため、早朝の自主練は秘密兵器の実験だけで終わってしまった。
秘密兵器は問題なく使用でき、調整も済んだ。朝の訓練のために居合わせたゴルドルさんからも有効性の太鼓判をいただけた。
「さてと、体調も万全になって、実地での錬気の扱いにも慣れてきただろう。今日はおれが相手をしてやる。開始の合図はウェズリー、頼んだ」
「はっ、はい!」
基礎訓練を終え、いつもならウェズリー、シュラットと模擬戦をするところで、ゴルドルさんが木大剣を担いでこちらに来た。
いつも通りの山賊顔に凶悪な笑み。
オレサマ、オマエ、マルカジリと言われているような気分だ。
「どうした、固まって。びびったか?」
「……いいえ。本気で暴れるにはいい機会じゃないですか」
鼻で笑われ、オトコノコの意地で見栄を張る。
膝が笑いそうだ。気合いで抑える。
いくら見た目がアレでも、とって食われたりはしないはず。たぶん。きっと。……おそらく。
手に取るのは新調した木剣だ。四ノ宮との試合で折れた後にもらった木剣をちまちま削り、先日ようやく完成した。
前に使っていたものより幾分細長く反りがある。要するに木刀である。
四ノ宮にやり返してやりたいことがあるので、いろいろイメージしやすい形の木剣を用意したのだ。
今回、盾は持たない。ゴルドルさん相手に生兵法の受け流しが通じるはずもなし。まともに受けたら盾ごと腕を折られて終わりだ。
開始位置に立つ。大きく深呼吸をして気を落ち着かせる。
相手は、ゴルドルさんだ。
逆立ちしても絶対に勝てない相手。両手を使わずとも俺くらい制圧できる実力者。
ならば、殺す気でやっても問題ないはず。
どうやっても殺せないから殺してしまう心配はない。向こうも適切な手加減をしてくれる。
自分より強い相手と、安全を保障されたうえで戦える貴重な機会だ。びびってふいにするつもりはない。
ゴルドルさんの姿に無理やり仮想敵の姿をかぶせる。盛大にゴルドルさんの体がはみ出すが、気にしない。敵は四ノ宮だと自分に言い聞かせる。
見た目も体格も離れているせいで姿は重なりきらなかったが、体からわずかに黒い錬気がにじみ出してきた。
「……お?」
ゴルドルさんは木大剣をぶら下げたまま構えもせず、木刀を構えた俺を見て口角を上げた。
錬気を体に巡らせ、鳩尾や喉元を錬気の鎧で覆う。これで準備は整った。
「……行きます」
「おう、来いや」
「――はじめ!」
ウェズリーの合図と同時に俺は跳び出した。
後手に回ったら勝てない。
俺も四ノ宮も剣術のド素人だ。攻撃なら相手めがけて木剣を振るだけでなんとかなるが、防御はそうもいかない。相手の行動を見てから動いて攻撃を適切に阻まなければならないのだから、防御の方が難しい。
加えて四ノ宮は剣術の型を覚えられるだけトレースしているはずだ。防戦に回って型を適切に運用されたら勝ち目はなくなる。
四ノ宮に勝つためには、こちらの攻撃ターンを増やして自由に動かせないことだ。
俺とゴルドルさんの身長差は50センチほど。
高さの優位はもとより望めない。だからあえて低い攻撃を仕掛ける。
懐に潜り込んで、喉元めがけて突きを繰り出した。
「甘ぇな。そんな素直な攻撃じゃ誰も当たってくんねえぞ!」
「ッ!」
俺の突きに対して、ゴルドルさんも片手で木大剣を振ってきた。
下から攻めた俺に対して、さらに下から。掬い上げるような一撃が木刀と衝突し、そのあまりの重さに吹っ飛ばされる。
……やっぱりウェイトの差が絶望的だ。打ち合いなんて馬鹿なことは絶対にしちゃいけない。
力を抜いて地面を転がり受け身を取る。
両足で地面を捉えたら膝を曲げて衝撃を和らげる。靴にスパイクを具現化させるが勢い余ってしばらく地面に線を刻んだ。
止まると同時にもう一度突撃する。
「もう一回!」
「お?」
突きの構えを見せながら、叫ぶ。
ゴルドルさんは変な顔をしながら、先ほど振り上げた剣を振り下ろすことで対応してくる。
そして、衝突寸前。
足に錬気を集めてスパイクを具現化。一気に減速する。
ずん、と腹に響く衝撃。足元でゴルドルさんの木大剣が地面にくぼみを作っていた。
俺は目の前の木大剣を思い切り踏みつけた。
そのまま木大剣を駆け上がるようにしてゴルドルさんの首めがけて突きを放つ。
「ほう、ちったあ考えたな? でもまだ甘い」
ゴルドルさんはあっさりと木大剣を手放した。
体重を預けていたせいで体勢を崩してしまう。
その隙を見落とすゴルドルさんではない。
木刀は左手で簡単にいなされ、ハンマーのような右拳が腹を襲う。
「がっ、はあ!」
錬気を集めて防御するが、到底殺しきれる衝撃ではない。朝食が少ないのが幸いして吐かずに済んだが、ひどく息苦しい。
けれど、この程度で止まるわけにはいかない。
なんとか足から着地する。ゴルドルさんを睨みつけながら、頭の中で次の攻撃を組み立てる。
「……タカヒサ、今日はずいぶん殺気だってねえか? 錬気の操作もえらい達者になってるしよ」
俺が吹っ飛んでる間に木大剣を拾ったゴルドルさんが呆れ顔で言った。
「しばらく錬気の制御に集中してきましたから。ひとつのことを短期間でかたちにするのは慣れてるんですよ」
弟は学習能力が非常に高かった。
俺が一年かけて学ぶことを一週間でマスターするなんてザラ。場合によってはひと目見ただけで真似できるようになる。
そのうえ、応用力の高さとスペックゆえにルールを覚えれば即対応してくる。
だいたい弟が俺に追従して新しい習い事を始めるのは一か月後。その期間に一定水準に達していなければ、始めたばかりのところを狙っても負けてしまう。
そんなのに対抗していたおかげで、そこそこの実力を得るのに必要な時間は短くて済むようになった。
その『そこそこ』を越えるのがただならず大変なのだが。
「殺気立ってるのは、ようやく本気でやれるからです。模試で手を抜くやつは本番でも失敗するって相場が決まってるんですよ。ウェズリーやシュラットと違って、ゴルドルさんなら俺が殺す気でやっても余裕でしょう? 多めに見てください」
ウェズリーたちとの模擬戦で手を抜いているわけではない。
が、錬気を使った状態での殴打が急所に当たれば間違いなく殺してしまう。それは二人にとっても同じこと。いい加減ちゃんとした防具を揃えなくてはおちおち模擬戦もできやしない。
「まあ、構わんが。その薄気味悪い黒いやつはなんとかならんのか」
「なりません」
息をつき、体勢を整える。
やはり真っ直ぐ突っ込むだけでは簡単にいなされる。
魔力視で動きを先読みしようにも、ゴルドルさんは魔力視を逆手にとったフェイントを使える。有効ではない。
正面から不意打ちをかけられるような発想力はない。
これは模擬戦だ。問題は勝ち負けではない。持てる手札を増やすこと、手札の有効性を確かめることが目的。思いついたことをとりあえず試してみればいい。
さしあたって、今見た戦い方とか。
「もう一回。行きます」
ゴルドルさんに向かって駆ける。
前の二回ほどの速さはない。無理なく方向転換できる程度の速さだ。
当然、そのことはゴルドルさんも分かっている。木大剣を小さく振って牽制してくる。
上段からの一撃を横にかわし、横薙ぎの一撃は後ろに下がって攻撃範囲から逃れる。
軽々片手で振り回しているくせにその威力はとんでもない。牽制の一発が俺の全力より重いくらいだ。
「おらおら、どうした! 逃げるばっかりか!」
ぎりぎり木剣が届かない範囲をうろちょろする俺に挑発の声がかかる。
もちろんそんな挑発には乗らない。逃げるばっかりで精一杯です。わりとマジで。
とはいえ逃げるばかりでは話にならない。技量にも体力にも差がある以上、すぐに追いつかれて滅多打ちにされる。
……よし、やるか。
ゴルドルさんが木剣を振り下ろすと同時。俺はゴルドルさんの首を狙って袈裟がけに斬りつける。
「甘ぇ!」
返す刀でゴルドルさんの木剣が俺の木刀を弾く。
しかし、防いだゴルドルさんはあっけにとられていた。
折れたわけでもないのに、木刀がすっ飛んでいったからだ。
俺は、木刀と木剣が衝突する直前に、木刀から手を放していた。
予想していた手ごたえよりもずっと軽かったのだろう。横薙ぎを放ったゴルドルさんの右腕は振り切られている。戻るのに少しだけ時間がかかるはず。
「っらあ!」
そのわずかな隙に、俺はゴルドルさんの懐に飛び込んだ。
ほぼゼロ距離。木大剣は意味をなさず、巨体ゆえの腕の長さのせいで、ゴルドルさんが力を発揮できない間合い。
腕を折りたたみ、外側から抉りこむように。脇腹めがけて全力で肘を叩きつけた。
めき、と骨が軋むような音がした。
……手ごたえ、あり。けれど。
「悪くない動きだが、所詮は生兵法だな。その程度じゃあおれには効かん」
「……ですよねー」
ゴルドルさんはピンピンしていた。
腹筋が固すぎる。鉄板でも仕込んでいるのかと疑いたくなるほどだ。
おそらく錬気を使ったのだろう。さすがに鉄板は冗談にしても、硬質なゴムのように衝撃を弾かれる感触があった。嫌な音を立てたのは叩きつけた肘の方だった。
「おらあ!」
「だあっ!?」
振り下ろされた木剣を思い切り跳び退ることで回避。
さっきまでと比べても動きに遜色はない。
「くっそ、効果なしか!」
「いやいや、なかなか面白い攻撃だったぞ? まさかお前まで素手でくるとは思わなかった。ああもあっさり生命線の武器を手放すとはな」
「面白くてもダメージ通らなきゃ意味ないでしょう!」
「そう悲観するな。動きは悪くない。錬気の扱いに慣れていないやつなら十分効果的だ。あの奇襲に防御魔法を間に合わせられるやつはほとんどいないからな」
「……ゴルドルさんには?」
「効かん! 相手が悪かったな!」
「ざけんなバケモノ!」
「はっはっは、でもまあ敢闘賞ってことでここからおれは一切錬気を使わないで戦ってやろう。想定してる敵はシノミヤユキヤだしな」
こうなれば直感の危機感知だけが頼りだと思ったら、ハンデをくれた。
情けない話だがありがたい。ゴルドルさんの言うとおり仮想敵は四ノ宮だ。魔力視を使った戦いに慣れておきたい。
その後も死に物狂いで喰いついたが、木大剣で殴られること十数度。それも全て実戦では致命的だろう一撃だった。
いかんせん四ノ宮はこれほど強くないとはいえ、全く歯が立たなくてちょっと泣きそうになった。
―――
「よし、とりあえずこんなもんにしておくか」
「……ありがとう、ございました」
余裕の笑みを浮かべてあぐらをかくゴルドルさんの横で、仰向けに寝ながら礼を言う。
失礼とは言わないでほしい。本気で動き回った疲労と幾度となく木大剣で殴られたダメージで立つことすらしんどいのだ。
おそろしいことに殴られた部分は腫れてもいない。ゴルドルさんは俺の防御力も全部見きったうえで絶妙に手加減してくれた。多分、このまま放っておいても明日に支障をきたさない。
「反省点は、そうだな。攻撃を焦り過ぎてところどころ雑になってるとこか。相手の攻撃にびびってるってわけじゃないんだが、攻撃されることに怯えているように見えたな」
「そりゃ怯えますよ。俺にはまっとうな技量がないんですから。四ノ宮と戦う時に剣術を活用されたら勝ち目はなくなります。だからその前にダメージを与えとかないと」
「ま、確かにな。けどそのために雑な攻撃を仕掛けて返り討ちじゃあ意味ないと思うが?」
「その通りですけど。……じゃあ、ゴルドルさんならどうします? 俺と同じ条件で四ノ宮と戦うとしたら」
「おれか? おれなら攻撃を全部潰すな」
「潰す?」
かわすとも防ぐとも違ったニュアンスの言葉。
四ノ宮対策はいろいろ考えてあるが、少しでも確度を上げておきたい。その糸口になりそうな気がした。
俺が身を起こすと、ゴルドルさんはふむ、と思案顔をした。
「口で説明するより実演した方が早ぇな。よし、タカヒサ、その木刀で殴ってこい」
「了解です」
横に置いておいた木刀を右手に取って居合のような具合で横薙ぎに殴りつける。
すると、振り切るよりずっと早く。振る動作に入った直後に手首を掴まれた。
中途半端に曲がった腕ではあまり力も入らない。至極あっさりと右腕は押し込まれた。
「とまあ、こんな具合だ」
「……防ぐというより、攻撃を成立させないって感じですか?」
「ああ。今日ので分かったが、剣術にこだわってないぶん素手でもそこそこやれるだろ? だったらいっそ、懐に潜り込んで攻撃を潰しながら殴りつけるのが有効だと思ってな」
ウェズリーやシュラットとやりあっていると木刀を吹っ飛ばされることも珍しくない。
それでも負けないために素手でも戦っていたのが功を奏しているらしい。
鎧を着ていたらどれだけ有効か分からないが、投げ技や関節技も使えるかも。
柔道の授業で習った程度の投げ技でも、決まれば姿勢を崩すくらいはできるはずだ。
武器を捨てての殴り合いも選択肢に入れておこう。
「あと、錬気の達人に声をかけるって話なんだが、そろそろあいつが報告に戻ってくるころだからな。もうちょい待っててくれ」
「戻ってくる?」
「あいつ――ヨギは傭兵みたいなもんでな。姫さんに雇われて最前線に出てんだ。駿馬より足が速えからって、余裕があれば定期的に報告に来るんだよ」
ヨギ。以前、ゴルドルさんと模擬戦をしていた女性だ。
確かゴルドルさんすらあっさりあしらわれていたような。
達人と言うのは間違いないのだろうが、一抹の不安を覚えた。




