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52.5 挿話.兵士

以前、活動報告に上げた話です。

当時投稿していた話と流れが似ているため、本編としては投稿しませんでした。

ですが本日、感想欄で「レナードって誰?」というコメントをいただいたので彼が出てくる話を本編に持ってきました。

読み飛ばしていただいても問題ありません。

「おらおら、かかってこいやおらー!」


 もはや恒例となったウェズリー、シュラットとの試合。

 左腕は完治したと坂上、ジアさんからもお墨付きをもらった今日は、前回の敗北以来となる一対二の試合だ。

 油断はしない。慢心もない。

 ていうか二人とも油断できないくらい強くなっていた。

 俺はゴルドルさんに鍛えてくれるよう頼んだ。けれど、肝心の俺が本調子でなかったせいで錬気を操作する訓練しか満足にできなかった。

 錬気は感覚的なもので、細かく教えるのは難しい。ゴルドルさんも錬気の操作と具現化の訓練方法を教えてからはたまに助言をするくらいで暇そうにしていた。

 そこで、俺が錬気の制御に集中している間に二人は稽古をつけてもらっていたわけだ。


 結果。ウェズリーは以前よりはるかに魔力の操作が滑らかに。シュラットはうっすらと錬気をまとうようになっていた。


「錬気って長い時間をかけて引き出すものじゃなかったんですか?」


 と尋ねると、


「……何事も個人差ってあるよな」


 という回答になっていない返事がきた。

 なんでもシュラットはほんのわずかにだがすでに錬気をまとっていたらしい。

 俺が調子に乗りまくって負けた後にも何度か一対一で試合をした。

 体の強化こそしなかったものの、訓練のために木剣を錬気で覆っていた。その木剣でシュラットを殴ることもあった。

 才能があったシュラットはそれをきっかけに完全に目覚めたとか。


 そんなわけで、今日も今日とて試合をする。

 シュラットの錬気は俺に比べればまだ弱い。引き金になった感情の大きさゆえか、体の成長度合いの差ゆえか。まだまだそれほど強くない。

 とはいえ発展途上というだけでこれからどんどん強くなるらしい。

 現実に、戦う度に強くなっていく錬気は俺に油断を許さない。


 だが、それは俺も同じだ。

 錬気は必ずしも苦行から生み出されるものではない。適応から生まれる力だ。

 負荷を与えることでその負荷に適応し、より強い力が引き出される。

 普通の筋トレと同じだ。地道に使い続けることでも少しずつ成長していく。

 同じように成長していくきょうそうあいてがいるために気が緩むこともない。

 互いに影響を及ぼして互いを強くしている、とはゴルドルさんの言だ。


 シュラットの攻撃を木剣で弾き返し、ウェズリーの木剣を盾で防ぐ。

 シュラットが後ろに跳んだのを確認すると同時に俺はウェズリーに足払いをかける。

 体勢を崩したウェズリーに追撃を加えるより早くシュラットが再度突撃してきた。

 それを木剣で受け流し、ウェズリーを盾で殴り飛ばす。

 俺も身をひるがえしながら前へ飛ぶ。挟み撃ちを避けるためだ。


「おお、ずいぶんサマになってきたな」

「正着の騎士剣術とかけ離れた動きですね。まるで洗練されていない。ですが、こちらの動きの方が彼に合っているのでしょう。騎士剣術に比べればよほどましな動きです」


 保護者からはそんなコメントがあった。

 前回の敗北の後に考えた。

 ウェズリーとシュラットはあるものを活かすことで俺を倒した。

 ならば俺も持ってる技術を有効活用すれば四ノ宮との差を埋めることができるのではないか、と。

 俺に武道経験はほとんどない。授業で柔道をやったくらいだ。

 しかし、諦めるのは早い。必要なのは発想の転換だ。

 蹴るものが違うだけでサッカーだって物を蹴る技術。野球のバッティングだって棒を振って動く標的を殴る技術だ。

 使いどころは限られてくるが使えないことはない。

 弟に負けない種目を見つけたくていろいろなスポーツに手を出してきた。どれもこれもかじった程度だが、使いようによっては役立つだろう。

 それに、盾や剣だって本来の用途以外に使ってはいけないなんてルールはない。

 足技や盾を使った攻撃を仕掛けるようになってからは勝率が上がった。

 とはいえ足技を乱発すれば体勢を崩すのはこちらだ。要所要所でローキックを打ち込むくらいに留めておく。

 あと、ちょっとした切り札を考案した。まだ実用化に至っていないが、企画進行中である。

 ご都合主義的能力覚醒はこれ以上期待できない。ならばあるものをいかに活用するかを考えるべきだ。


 その後もバチバチやりあって、俺がウェズリーを蹴り飛ばしてシュラットに木剣を突きつけたところで訓練の時間が終わった。


―――


 食堂へ向かう前。あまり体を動かしていない保護者二名を送り出した俺たちはストレッチをしながら雑談をする。

 俺が空いた時間を使って体をほぐしているのを見たウェズリーたちが真似をし始めたのだ。しておくと後が楽らしい。クールダウンは大事。


「新しい木剣の具合はどんなもの?」

「いい感じ。これならイメージ通り扱えそうだ」

「なんかちょっとカッコいいよなー」

「そうだね。なんだか強そうだ。僕も作ってみようかな」

「やめておいた方がいいと思うぞ? ゴルドルさんには訓練で使う武器は実戦で使うものに近い形状のものが望ましい、本当ならやめたほうがいいって言われたし」

「……そだな。扱い慣れてないやつを持つのはちょっと怖いもんな」

「それならなんでヒサは木剣の形を変えたんだい?」

「ちょぉぉっと四ノ宮に逆襲したくてなー。この形状が一番具合がよさそうなんだ」


 俺の木剣は四ノ宮に折られた。

 訓練用の木剣は数あれど、俺が使いたい形状のものはなかった。せっかくなので新調する際に魔改造してみたのだ。

 新しい木剣は、木刀である。

 修学旅行で京都へ行って、帰るころには「なんで買ったんだろう」と思うこと請け合いの、極めてスタンダードな木刀である。

 今まで使っていた木剣よりわずかに長く、細身で反りがついている。

 剣道経験者ではないけれど、この形が一番イメージしやすいのだ。いろいろと。

 錬気で筋力を強化すれば長めの木刀に振り回されることもない。四ノ宮迎撃作戦の構想は着々と整っている。


「でも、あれで何をするつもりなんだい? 錬気をまとわせて刃を作っていたけど――まさか、勇者さまを斬るつもり?」

「それはやめといた方がいいと思うぜー。あれじゃあ鉄の鎧とか斬るのはムズいだろー」


 ウェズリーの懸念ももっともだ。

 俺は四ノ宮に恨みがある。事実一度は殺そうとした。

 その俺が木刀を刃物のように扱う練習をしているのだ。今日も太めの枝を拾ってきて、何本か斬ってみた。

 木製の武器だと油断した四ノ宮を斬るつもりなのでは。そう考えるのも無理はない。


「安心しなよ。四ノ宮を斬るつもりはないから。斬るのはもっと別なもの」


 俺は四ノ宮に殴られたのであって斬られたわけではない。

 やられた分はやり返すつもりでいるが、やられていないことを無理にする必要はない。


「そっか。ならいいけど」


 ウェズリーは安堵の息をついた。誤解が解けたようで何より。

 そんなふうにいろいろ話している時だった。


「なあ――あんた、ムラヤマタカヒサだよな。ハズレの勇者の」


 俺が名も知らぬ兵士に話しかけられたのは。


―――


「……なんか用?」


 我ながらひどい返事だ。つっけんどんにも程がある。

 けれど、仕方がないことだろう。

 兵士たちも多くは俺がチファを虐待しているという噂を信じて、殴られる俺を見て笑っていた。

 そんな連中に向ける愛想はない。

 城にいる人はチファと坂上、日野さん、マールさん、ウェズリー、シュラット、ゴルドルさん、ダイム先生、ジアさん以外はみんな敵だと思っている。

 今すぐ殴りかかってこられてもとっさに喉を潰せるくらいには身構えている。


 俺の態度に腰が引けたのか。兵士は及び腰になりながらも疑問を口にした。


「聞きたいことがあって来たんだ。……あんた、本当にあの子をいじめていたのか?」


 それを本人に直接聞くとはいい度胸をしている。

 睨まれて腰が引けるくらいだから気が弱いと思っていたが、案外肝が太いのかもしれない。


「質問で返させてもらうけど、なんでそんなことを聞く?」


 俺とチファは昼の休憩時間に昼食をとっていた。

 兵士たちがあっさり虐待の噂を信じた理由はそこにもあるらしい。

 なんでも、俺が粗末な飯を食べるチファを見て笑っているところを目撃した人が何人もいたとか。

 俺がすでに昼食を食べ終わって、食べるのが遅いチファを眺めて和んでいただけの話なのだが。

 外野の目にはそうは映らなかったらしい。


 そんなわけで城で働いている人はほぼ全員俺を嫌っている。

 にも関わらず、俺にかけられた疑惑を疑うようなことを尋ねる理由が気になった。


「……なんか、いざ見てみると全然そんなことしそうに見えねえっていうか」


 問うと兵士さんは口ごもりながら言った。


「無害そうな顔のやつが裏でひどいことしてる、なんてありふれた話だと思うけど?」

「……かもしんねえけど。ゴルドルさんも、ダイムさんまで親しくしてる上に本気で訓練に打ち込んでいて、何よりあの女の子がエライ懐いてた。あの子がお前を呼びに訓練場に来た時とか、いじめるどころか甘やかしていそうな感じだったし」


 ……身に覚えがありすぎる。

 最近はチファを全力で甘やかしていた。

 だってチファも病み上がりだし。甘やかした時のリアクションとか可愛いし。重要な癒し成分なのだ。

 やましいことはないけれど。やましいことはないけれど!


「試合の時だってさ、殴られるあんたを見て暴れるあの子を見たってやつが結構いるんだよ。危ないからって止められてたけど、最終的には振り払ってあんたのとこに行ったし」


 そうか。俺が殴られた瞬間からずっと助けようとしてくれていたのか。

 タイミングがものすごくよかったとは思っていたけれど、これで合点がいった。

 ずっと飛び出そうとしていて、でも捕まっていて。おそらく俺が立ち上がったところで止めていた人が驚いた隙に飛び出した。


 止めてくれていた人にはそのうちお礼に行こう。

 どうせなら最後まで止めてくれたら嬉しかったけれど、チファを守ろうとしてくれたのだから。


「それで、どうなんだよ。本当に虐待とかしたのかよ」


 兵士さんは半ば答えを確信した目で問うてきた。

 二度も同じ質問をされるとは、今日は珍しい日だ。


 さて、どうしようか。

 お姫様に冷遇されていたところから事実を全て話すか。

 それともシンプルにチファをいじめていないとだけ言うか。

 いっそあの公開私刑の本当の目的について教えるべきか。


 口をつぐむ俺を見て彼はどことなく焦ったような顔をする。

 何を慌てることがあるんだか。

 自分の答えに自信があるなら泰然と構えていればいいのに。


 少し悩んで、結局浅野の時と同じように答えた。


「ご想像にお任せします」

「「「はあ!?」」」


 兵士さんだけでなくウェズリーにシュラットまで叫んだ。


「な、なんでさヒサ! せっかくなんだし話して誤解を解けばいいじゃんかよ!」

「そうだよ! 僕らも手伝うからさ! ね、レナードさん!」

「あ、ああ。話してくれれば、今度はちゃんと聞くぞ?」


 シュラットとウェズリー、兵士さんに詰め寄られる。

 暑苦しいから本当にやめてほしい。ただでさえ訓練で汗をかいているのだ。


 兵士さん……レナードというらしい。彼は『今度は』を強調しながら言った。一度、噂を鵜呑みにしたことでも気にしているのだろうか。短絡的で人の話を聞かないと思われていると勘違いしているのかもしれない。

 でも、そうじゃない。俺が兵士さんに話さなかった理由は、話を聞かないと思ったからじゃない。

 こんなふうに真正面から尋ねてきた人だ。そんなことは疑う必要もない。


「もしもここで俺が話をしたとして、四ノ宮やお姫様をめっためたにけなす内容だったら、あなたはどう思いますか?」

「どう思うって……」

「いい気はしないでしょう? 守るべきお姫様を、伝説の勇者様を悪く言われたら」

「……まあ、そりゃあ」


 当たり前の話だ。

 俺はお姫様のことが大嫌いだが、国民からしたら国が誇る三美姫のひとりらしい。誇りを持っていてもおかしくはない。

 四ノ宮だってそうだ。伝説の五人の勇者のひとり。それもハズレじゃない、聖剣の勇者様。

 実態を知らない人からすれば救国の勇者の再現。憧れて騎士になったなんて人がいるかもしれない。

 憧れているものを、誇りにしているものを、大好きなものをけなされて気分がいい人なんていないだろう。


 浅野にも「ご想像にお任せする」と言った理由もそんなところだ。

 浅野は四ノ宮を信望しているような有様。お姫様もきっと、本当の勇者のひとりである浅野は厚遇しただろう。

 そんな相手を悪く言ったら反感を買う。

 弁明でも他人のことを悪く言う人より、何も言い訳せずに行動で示す人の方が信用できると思う。だからそうすることにした。

 すでに浅野の中で答えは出ていたのだから、言葉を尽くす必要もない。


「まして、俺は虐待の噂を立てられるような人間ですよ。あなたにとって気分が悪いことを言ったら、信じます? 信じるにしてもしこりが残るでしょう?」


 フォルトの連中から俺への印象は最悪だろう。少し上向いたとしてもちょっとした言動で台無しになりかねない。

 俺からフォルトの連中への印象も最悪なので仲良くしようとは思わないが。それでも街に出た時にいちいち絡まれたらたまらない。好かれる努力はしなくとも、嫌われる努力をする必要もない。


「だから、何も言いません。俺がどういう人間か、見ててくれたんでしょう? だったらあなたが判断してくれればいい。あなたにとっての俺は、あなたが判断した通りの人間です」


 見かた次第で、立つ場所次第で。

 見えるものも、どう見えるかも違う。


 もしかしたら俺の専属なんかしているせいでチファはいじめられたのだから、俺がチファを虐待したと言う人もいるかもしれない。

 甘やかすのも虐待だ、と言う人もいるかもしれない。

 けれど俺はチファをいじめたつもりなんかない。むしろ精一杯愛でる所存だ。


 ぶっちゃけ、兵士たちにどう思われようが知ったことじゃない。

 俺は兵士たちを敵だと思っている。

 噂を鵜呑みにして、殴られる俺を見て笑っていた連中を味方とも友達とも思えるはずがない。機会があれば遠慮なく殴り倒すだろう。

 だが、機会がなければ積極的に関わりを持つつもりはない。面倒くさい。

 ウェズリーやシュラットをいじめるというなら報復するが、そうでないなら心からどうでもいい。

 だから、俺がどういう人間かなんて、彼らが勝手に判断すればいい。


「……やっぱり、あんたは変なやつだな」

「最近、よく言われます」

「心の中で思ってるやつはもっとたくさんいるよ、絶対」


 兵士さんはそう言って笑った。

 呆れるような、可笑しいような。ゴルドルさんやジアさんがしていたのと同じような笑顔だ。

 心もち、さっきまでよりずいぶんとすっきりしている。


「ああ、わかった。あんたは虐待なんてしちゃいない。悪いやつじゃない。ただの変なやつだ」

「それはどうも。……って、変呼ばわりは失礼じゃないですか?」

「しょうがねえだろ。実際に変なんだから。てかさっき想像に任せるって言ったろ。男に二言はないはずだ」

「こっちにもそんな定型文があるんだ……」


 そういえば、ことわざや矛盾のような故事成語はどうなっているのだろう。

 こちらにも似たような出来事があったりしたのだろうか。

 言語が同じでも言葉のルーツが同じとは限らない。それともどこの世界でも人は同じようなことをしているのか。

 今度、ヒマがあったら調べてみるのも面白いかもしれない。


「――悪かった」


 兵士さんが頭を下げた。


「この前のリンチの時、止める機会はあったのに、何もしなかった。あんたが悪人って噂が本当かもしれないとも思っていた。けど、違った。あんたは殴られるべき人じゃなかった。止めなかったこと、謝らせてほしい」


 ぐっと腰を九十度折り曲げる。

 謝罪を言い終わっても頭を上げる様子はない。


 俺は四ノ宮にさんざん殴られて、観客に罵倒されて、石まで投げられた。

 謝罪くらいで許す道理はない。

 頭なんかいくら下げてもタダだ。

 だから。


「おっけ。許しました。頭を上げてくださいなっと」


 許すことにした。

 顔を上げた兵士さんが不思議そうな顔をしている。この人も露悪趣味の怒られたい人なのだろうか。

 許すと言ったのだからいいと思うんだけど。いちいち理由を言うのも面倒くさいし。


「別に、あなたに殴られたわけじゃないですし。こう、怒りやら殺意やらはほとんど四ノ宮とお姫様に向いてるから、それ以外にはあんまり特別な感情はないんですよ。こうして話を聞きに来て、頭を下げたあなたにぶつける怒りはないです」


 兵士とか心の底からどうでもいい。

 怒るのだってカロリーを使うのだ。

 俺をゴミを見るみたいな目で見た兵士は機会があったら殴るにしても、この人は違う。

 この人が罪悪感を持っているというなら、それこそさっさと許すべきだ。


「それじゃあ気が済まないって言うなら貸しにしておきましょう。チファやウェズリー、シュラットに何かあったら全力で助けること。それで許します。はい、この話はこれでおしまい。さあメシへお行き」


 抱えている罪悪感が大きいほど彼にとっての借りは大きくなる。


 俺は凡人だ。

 目的のためならその罪悪感を利用しよう。

 兵士のこの人なら俺の気が付かないところで三人を助けてくれるかもしれない。

 それだけで結構心強い。


「ああ、了解した。できることなら何でもやるさ。それじゃあまた訓練でな」

「その時はお手柔らかにお願いします。あんまり殴られるのはゴメンなんで。あ、それと他にも謝ろうって兵士がいても来ないように言っといてください。最近同じ問答が続いて飽き飽きしてるんで」


 言うと、彼は苦笑した。

 こんな感じで、少しは城での俺の立場に改善の兆しが見えた。



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