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52.誘導と

「あんた、バカじゃないの? ちょっと考えれば危ないって分かるでしょ」

「……いやあ、ごもっとも。治療までさせちゃって、面目ない」


 なんとか墜落の激痛から立ち直った俺は、浅野と平和に話していた。

 激痛からすぐに立ち直れたのは回復魔法をかけてもらったからだ。痛みに悶えろくに会話すらできない俺を見かねて治療してくれた。坂上とは違って応急処置程度しかできないと言っていたが、痛みはなくなった。

 実はそんなに悪いやつでもないのかもしれない。


「浅野も訓練か? こんな早い時間から精が出るな。あんまり根を詰めて怪我とかしないよう気を付けてな。それじゃあ俺はこれで」


 悪いやつじゃないのかもしれないが、あまり朝から眺めたい顔じゃない。早口でまくしたて、そっと足に錬気を集中して立ち去ろうとすると、


「あっ、ちょっと待ちなさい」


 ミサイルみたいな勢いで追っかけてきた浅野に肩を掴まれた。ちっ。


「……なに? なんか用?」


 逃げられる握力じゃない。おとなしく捕まって振り返ると、浅野が殺気だった目をこちらに向けていた。


「あんた、征也になにをした」


―――


 いきなりわけの分からないことを言われた。

 何をしたも何も、俺が四ノ宮と戦った場には浅野もいた。何をしたかくらい知っているだろう。

 以来、四ノ宮に会ってはいない。会ったら攻撃魔法とか撃たれそうだし、なるべく避けてきた。

 濡れ衣とかマジ勘弁。こうもひどい濡れ衣が重なると日頃の行いに自信を持てなくなる。


「あのリンチ以来顔も見てない。ていうか何かあったのか?」


 この剣幕からして四ノ宮に何かあったのだろう。

 今のところ俺にとって最大の脅威は四ノ宮だ。できる限り動向を把握しておきたい。


「……ほんとに、あんたは何もしてないの」

「してないよ。ていうか下手に遭遇したら殺されかねないじゃん。近寄りたくもない」


 準備が整うまでは。

 おおむね四ノ宮対策を考えているが、まだ完璧ではない。もう少し時間が欲しい。

 少なくとも、確実に四ノ宮を倒すだけの準備が整うまでは、俺が行動を起こすことはない。


「そっか。やっぱり……」

「一人で納得してないで何があったか教えてくんない?」

「知ってどうすんのよ」

「場合によってはしばらく城から出て過ごす。四ノ宮の様子次第で俺が被害を受けるかもしれないじゃんか」


 この世界で一番四ノ宮の怨みを買っているのは俺だろう。四ノ宮に何かあったというなら俺に累が及ぶ可能性を考えておくべきだ。

 まあ、下手人は想像がつくので大丈夫だと思うが。念には念を入れる。


「……最近、征也の様子がおかしいのよ」


 浅野は渋っていたが、やがてぽつぽつと語り出す。


「このところずっと怖い顔してるし。全然話してくれないし。今日は一緒に訓練してたら追い出されちゃったし……。あんなの、あたしが知ってる征也じゃない。いつもの征也は、もっと優しそうに笑ってるもん」


 勇者五人のうち、俺は四ノ宮と敵対している。

 その一方で日野さんと坂上は俺を助けてくれている。四ノ宮の味方をしている浅野では二人に話しかけるのも気が引けただろう。

 おそらく浅野にとって四ノ宮は唯一の寄る辺だった。

 その四ノ宮に拒絶された。さぞ心細かっただろう。

 誰かと話したかったのかもしれない。聞いてもいないことをつらつらしゃべり始めたのでそこはスルー。

 聞きたいことに的を絞って質問する。


「なあ浅野、それって部屋に籠る前からじゃないよな。部屋から出てきたら様子が変わっていたんだよな」

「そうだけど、それがなによ」

「四ノ宮が引きこもってる時、あいつの部屋に四ノ宮以外が入ったりしなかったか?」

「……たまに、合鍵持ってるティアが出入りしてた。けど、入っても三十分もしないうちに出てきたし、あたしとおんなじですぐに追い返されてたと思うわよ」

「若干お前の希望が入ってないか? 三十分あればやることはできると思うけど」

「なんの話よっ!」


 怒鳴られた。

 我ながら下品でした。反省。


「悪い悪い。ところで確認したいんだけどさ。四ノ宮が部屋に籠ってからの変化は、お姫様が頻繁に四ノ宮の部屋に通うようになったってことでいい?」

「そうだけど……」

「ふんふん。ってことは、お姫様の目論見進行中か……?」


 四ノ宮の部屋に出入りしているのがお姫様ときた。予想通りの下手人だ。

 問題は四ノ宮の部屋で何をしているのか。

 部屋に入って三十分ほど。浅野が見ていないところでも部屋に通っている可能性はあるから結構な回数。

 相手は英雄願望のバカ。日野さん曰く、自分に都合のいい情報しか聞こえない耳を持っている。勇者の中でも孤立気味。


 もしも。俺がお姫様だとしたら。

 優しく接して、自分だけはあなたの味方だと言って世話を焼き、依存させて利用する。

 四ノ宮が自分のしたことに疑問を感じているようなら正当化できる要素を吹き込んでやる。

 怖い顔をしていたということは誰かを悪役に仕立て上げているのだろう。

 その悪役は間違いなく俺だ。

 俺が望む報復を実行するためには四ノ宮を舞台に引っ張り出さなければならない。これがお姫様の言うお膳立てだと考えれば辻褄があう。

 四ノ宮の行動範囲はお姫様が管理している。そのため俺とかち合う心配はないと遠慮なく悪役にしているのだろう。

 まったく、もしもたまたますれ違ってしまったらどうなることか。

 あれ、でもそれだと日野さんとの契約はどうなるんだ?


「なにひとりで納得したような顔をしてんのよ。何かわかったなら教えなさいよ」

「んー……回復魔法もかけてもらったし、話すのは構わないけどさ、気が乗らない。だから話したくない」

「なんでよっ!」

「裏が全然とれていないから。今のところ、推測どころか俺の想像だ。偏見と妄想で作った予想なんて、人に話せたもんじゃない」


 憶測で人の悪口を言いふらすとか人としてどうなんだ、という話。なかなかみっともない。

 猛犬のように喰いついてきた浅野だが、事情を話すと言葉に詰まった。

 自分が渡した情報が本当に少ないものだと分かっているのだろう。何か言おうとはしているが、言葉にはならない。

 ……やっぱり、近くに四ノ宮さえいなければ話せないわけじゃないんだよなあ。

 話してやってもいいけど、話すとしたら裏がとれてからだ。


 それじゃまた、と言い置いて俺は踵を返す。

 その直後。からん、と硬いものが落ちるを聞いた。

 振り返ると浅野が頭を下げていた。足元には槍が転がっていた。


「それでも、いいから。決めつけでも憶測でもいいの。あたし、もうどうしたらいいかわかんなくて、何かヒントになるなら何でも知りたいの。お願いします。教えてください……」


 頭を下げているというよりうなだれているという方がしっくりくるような姿だった。

 声も湿っている。顔は見えないが、きっと泣く寸前のひどい顔をしているに違いない。


「……顔、上げろ」


 そのみっともない顔を拝んでやろうと思った。

 浅野のことは嫌いだ。身近な人に不信感を持つようなことを言ってやる。せいぜい疑心暗鬼して孤立するといい。

 憶測の悪口を吹き込むのはよろしくないが、ちゃんと前置きすれば信じるも信じないもそいつの勝手だ。どう思おうが俺の知ったことじゃない。

 あれだ、請われたことを教えてやって治療の借りを返すだけだから。


「今から話すのは、お姫様と四ノ宮のことが大嫌いな俺の、偏見に満ちた決めつけだ。そのことを忘れんな。この話を聞いてお前が何をしても責任なんて取らない。それでもいいなら、俺の妄想を話してもいい」

「……分かった。参考にはするかもだけど、ちゃんと自分で考えて、自分で責任を持つ。だから、教えてください」


 浅野はもう一度、今度は背筋を伸ばしながら頭を下げた。


―――


「……というわけで、孤立した四ノ宮がお姫様の言葉をご都合解釈して暴走しかけているってのが俺の予想。聞かされたことを全部自分に都合のいいように解釈して、俺を悪役にしてんじゃないの、あいつ」


 立ち話もなんなので近くにあった木の根に腰を下ろした。浅野も俺の正面の木の根元に座った。

 俺がお姫様と手を組んでいるとかはぼやかして、ちょっとだけ捻じ曲げて予想したことを教えた。浅野がお姫様を攻撃して四ノ宮と分断してしまったら都合がよくない。

 俺が言ったことをどう捉えて、どんな行動を起こすのかは浅野次第。どうなるかは予想することしかできない。

 だからと言って何も教えなかったら浅野が暴走する可能性もある。どう動くか、ある程度誘導できた方がまだましだ。

 浅野は神妙な顔で俺の話を聞いていた。四ノ宮を悪く言われて激昂するのではないかと思っていたが、予想は外れた。

 自分で言った通り、話を聞いて考えている様子だった。


「……ねえ、普通は誰かの言ったことを都合よく解釈してたら気分よくなるんじゃない? あんな怖い顔はしないと思うんだけど」

「都合がいいと気分がいいは違うだろ」


 たとえば今回のケース。

 四ノ宮にまともな脳ミソがあるのなら、俺をかばったチファを見て「本当は虐待なんてされてないんじゃないか」と思うだろう。

 そうなれば自然とメイドたちの証言も信憑性がなくなる。

 もしもメイドたちの話が全部嘘だとしたら。俺がチファを虐待せず、メイドたちに濡れ衣を着せたわけではないとしたら。

 四ノ宮の大義名分は全て吹っ飛ぶ。

 残るのは、弱者に濡れ衣を着せてさんざんに殴ったという事実のみ。他に残るものがあるとしたら、反撃されてかいた恥くらいだ。


 しかし、本当に俺がチファを虐待していたと吹き込まれていたら。そう思い込んだら。

 チファが俺をかばった理由が呪いや洗脳だとしたら。

 きっと四ノ宮は怒るだろう。そんなことをするやつは絶対に許さない、と。

 俺を殴ったことを正当化できるのだ。

 気分は悪くても、そちらの方が四ノ宮の精神衛生的にいいはずだ。


「まあ、全部推測の話だよ。根拠は何もない。四ノ宮が俺を攻撃するって結論ありきの考えだから、話半分に聞いとけな」


 いちおう念を押しておく。捻じ曲げた部分に浅野が気付いた時、文句を言われたくない。


「わかった。でも、それならあたしが誤解を解けば……」

「やる価値はあるかもしれない。けど、お前が四ノ宮に敵と勘違いされる可能性もある」


 浅野も裏切って俺の側についたとか吹き込まれていたら、そばにいるのもスパイ行為と取られる可能性がある。

 もしも誤解を正すことが俺の弁護に繋がるとしたら、ほぼ確実だ。

 勝手な飛躍で結び付けられて敵意が俺に向いたらちょっと困る。準備ができていないうちは四ノ宮から接触してくる危険を少しでも減らしておきたい。

 牽制してみると浅野はぐうとうなった。


「じゃあ、どうすればいいのよ……」

「それは自分で考えてくれ。俺に迷惑がかからない範囲なら自己責任で好きにすればいいと思う」


 そう言うと浅野は眉根を寄せた。


「冷たいわね。ちょっとくらい知恵を出してくれてもいいじゃない。あんただって勇者……」

「ハズレの、な」


 なんだから、とでも続けようとしたのだろう。少し腹が立ったので黒い錬気を放って睨んでやると、浅野は喉をひきつらせてからきまりが悪そうに目を逸らした。

 いちおう、立場上は俺も勇者なのだろう。

 だが、同じ勇者ではない。俺はハズレだ。

 勝手な思い込みで弾いておいて仲間意識を強要なんかされたら、本気で殺したくなってしまうかもしれない。

 浅野も四ノ宮がしたことを思い出したのか、それ以上何か口にすることはなかった。


 思いのほか長いこと喋っていた。そろそろ朝食の時間だ。食堂へ向かうべく立ち上がる。

 と、そこで言い忘れていたことを思い出した。


「浅野、遅くなったけど報告な。怪我は大丈夫みたいだ。まだちょっと跡が残ってるけど、治療を続ければそれもなくなるらしい」

「……何の話?」

「何のって……忘れてた俺が悪いのか。遅くなったし。チファのことだよ。俺を庇ってくれた女の子。部屋に行った時、また答えに行くとか言ってそれっきりだったから」


 確認して質問に答えにまた来る、とかそんなことを言ったはず。

 勝手で一方的な約束ではあるが自分から言い出した以上破るのもよろしくない。

 遅くはなったが、伝えるべきことは伝えた。

 これ以上浅野に用はない。俺は朝食に向かう。


 と。


「――待って!」


 背中に鋭い声をかけられた。

 誰の声かなんて考えるまでもない。浅野しかいないんだから。


「どうした、まだ何かあるのか?」

「最後に、もうひとつだけ聞かせて」


 振り返ると浅野の表情は不安げに揺れていた。

 言いたいけど言い出せない時のような。分かってはいるけど確信できていない時のような。そんな不安定さがあった。


「あんたが、メイドさんたちやあの子をいじめてたって噂。あれ、嘘なのよね? 嘘じゃないとしても、誤解とかで、本当のことじゃないのよね?」


 聞き方で分かる。

 本心から疑っているやつならこんな聞き方はしない。

 自分が持ってる答えに自信はあるけど、確信がない時の聞き方だ。最後の一押しが欲しい人の聞き方だ。

 浅野は俺がチファをいじめたなんて噂が事実でないと分かっているのだろう。だから直接俺に確認してきた。


 では、それに対する回答は。


「ご想像にお任せする」


 返事は聞かない。

 言ったきり振り返りもせずに俺は食堂へ向かった。


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