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50.黒い錬気の使いみち

 翌朝、俺はいつもより少し早く目が覚めた。

 どうやら酒が入ったせいで眠りが浅かったらしい。廊下で寝たことも手伝って寝つきが悪かったようだ。

 胃がむかむかする。心臓が脈打つ度に頭が痛む。これは幻痛ではないと確信できた。

 要するに、二日酔いだ。


 とりあえず水を飲もうと部屋に入る。水差しはちゃんと持って帰って来たはずだ。

 部屋に入ると、相変わらずとろけきった表情でジアさんが寝こけていた。

 水を飲みながらその顔を鑑賞してみる。寝ているのだから仕方ないかもしれないが、普段の凛とした様子からは想像もできないほど緩んだ表情だ。

 珍しいし記念に写真でも撮ってやろうか。

 ベッドの脇の小物入れをごそごそしていると、ちいさく呻くような声がして、ジアさんが身を起こしていた。口も半開きで寝ぼけ面という表情を体現しているようだ。


「ジアさんジアさん」

「…………?」


 ケータイの電源を入れ、カメラを起動。ベッドの端に座って声をかけると不思議そうな顔をしてこちらを向いた。

 はいチーズ、と心の中でだけ呟いて決定ボタンを押す。かし、と音がして写真が撮れた。

 すばらしい寝ぼけ面だ。待ち受けにしておこう。


 俺がケータイをいじり、電源を落とすまでの間にジアさんもスイッチが入ってきたらしい。はっとして、数秒目を閉じ、瞼を開いた時にはいつもの理知的な光が目に宿っていた。

 様子を観察していた俺と目が合う。するとジアさんは一瞬固まった。

 ぱちくりと目を見開き、辺りを見回し、現状把握に努める。


「…………なっ!? なななっ!」


 やがてジアさんは弾けたように動き出した。

 ベッドに座った状態で器用に後ずさり。体を隠すように布団を引っ張り上げた。

 言うまでもないことだが、ジアさんは服を着ている。若干乱れてはいるが、服を着たまま寝た以上の乱れではない。


「なんで私はムラヤマ様の部屋で一夜を明かしているのですかっ!?」


 一夜の間違いを犯してしまった生娘のように涙目で問い詰めてきた。まるで俺が寝こみを襲ったかのようだ。

 ひどい濡れ衣だ。

 仕返しにちょっとくらいからかってやろうと思ったが、昨日の話を聞く限りジアさんもそれなりの家格の御嬢さんと思われる。下手なことを言ったら洒落じゃすまなくなる。ここは素直に状況説明をする。


「落ち着いて聞いてください。昨日の夜、一緒に酒を飲んだことは覚えてますよね。そのあとジアさんが酔いつぶれてしまって。放っておくわけにもいきませんし、ベッドに寝かせました。俺の部屋に連れてきたのは、俺がジアさんの部屋を知らなかったからです。いかがわしいことはしてません。断じて」

「……そう、ですか」


 ジアさんはほう、と息をつきながら自分の服装を確かめている。

 ぱっと見、わりと複雑な構造の服だ。一度脱がせたら、多分俺では綺麗に着せられない。大した乱れがないことを確認できれば容疑は晴れるだろう。


「申し訳ありません。お手数をおかけいたしました」

「いやいや、べつになんてことはないですよ。誤解も解けたようで何よりです」


 一通りチェックが終わり、ジアさんがぺこりと頭を下げる。

 俺はそれに笑って応じる。するとジアさんも軽くはにかんだ。やはり照れくさくはあるのだろう。

 いやほんと、取り返しのつかない禍根が生じずによかっ――


「タカヒサ様、もう朝ですよ! 起きてください!」


 短いノックの直後。扉が開き声をかけられた。

 チファだった。

 静寂。

 チファの視線が俺とジアさんを行ったり来たりしている。


 さて、ここで客観的な状況を整理してみようと思う。

 時刻は早朝。場所は男の部屋。ベッドの上には女性が座り、男と顔を見合わせて互いに微笑みかけている。

 どう見ても事後の朝です本当にありがとうございました。


 チファはそっと下がり、パタンとドアを閉じた。


「ちょ――チファ、チファーー!?」


 しっかり禍根が生まれたっぽいです。


―――


「おはようございます。昨夜はお楽しみでしたね」

「なんでチファがそのネタを知っているし」


 部屋から飛び出して追いつくと、ジト目で機械的な口調でそんなことを言われた。

 チファの足は止まらない。声をかけても歩きながら応対される。


「ええと、チファは誤解をしている。俺は昨日ジアさんと飲んだだけで、ベッドに寝かしつけたけど俺は廊下で寝ていただけで――」


 ……なぜ俺は十歳くらいの女の子に浮気がバレた夫みたいな言い訳をしているのだろうか。

 現実逃避しようと遠のく意識を必死に繋ぎ止めながらも訥々と声をかける。

 しばらくするとチファの足が止まり、小さくため息をつく音が聞こえた。


「わかっていますよ。ちょっと拗ねてみただけです」


 振り返ったチファはほんの少し頬を膨らませていた。


「ジア様がそんな考えなしなことをするはずないですし。タカヒサ様なら同じベッドで寝ても手出ししなさそうですし」

「耳年増め。ていうかなんでヘタレ判定されてんの、俺」

「勘です」

「自分がそれを根拠って言い張ってるから反論できない……」


 落ち込んでますよ、と言わんばかりに肩を落とすとチファはくすりと笑った。

 年下女子に弄ばれてしまった。

 自分の対女性能力の低さが少し悲しい。


 チファに促されて食堂へ向かう。

 ジアさんをほっぽって行くのはどうかと思ったけれど、もう仕事に移っているから問題ないだろう、とのことだ。

 念のため感知してみると大きな魔力が俺の部屋を出てせわしく動き回っていた。部屋に戻ったとしてももう誰もいないだろう。


 相変わらず質素な朝食を食べる。

 食事関係は日野さんたちの庇護下に入って以来改善されたが、朝食が質素なのは城では当たり前らしく変わらない。もともと朝はあまり食べないので不満はないが。

 チファが食べ終わったころに頼みそびれていることがあったのを思い出し、声をかける。


「……あ、そうだ。チファ、ちょっと手ぇ貸して」

「はい? 何かお手伝いすることがありますか?」

「そうじゃなくて。手を出してくれるだけでいいから」

「? それで、どうするんですか?」


 と言いつつもチファは右手をこちらに出してくれた。


「ちょいと失礼」


 俺はその手を軽く握る。チファがぴくりと震え、動かなくなった。

 急に触れられて驚いたのだろう。振り払われたわけではないし、嫌がられていないと思いたい。……大丈夫だよね?

 手を握ること数秒。要件が終わったので手を放す。


「ん。だいたいわかった。ありがとう」

「……えと、結局なにをなさったんですか?」

「チファに悪いことじゃないから気にしなくていいと思うな」


 不思議そうな顔をするチファには適当に返した。


 食器の片づけを終えた俺は訓練に、チファは仕事に向かう。

 腕の幻痛が完治するまで本格的な訓練はできないと言われているが、それでもゴルドルさんの監督のもと軽い稽古をするくらいならできる。

 しばらくはお姫様が動きを封じてくれるだろうが、いつ四ノ宮と遭遇してしまうかも知れない。貴重な訓練の時間は有効活用しなくては。


 ……あ、でもその前に。


―――


「タカヒサ、お前なに食ってんだ?」

「見れば分かるでしょう」

「わからねえから聞いたんだが……」


 朝食のあと。俺はちょっとだけ寄り道してから訓練場へ出た。

 先に訓練場で自分の訓練をしていたゴルドルさんは俺が抱えるものを見て唖然としている。

 それほど珍しいものでもないのに、なぜこんなに驚いているのか。


「まず、抱えてるそれは何だ?」

「壺ですね」

「ああ、それはいい。見れば分かる。んで、中身は何だ?」

「砂糖です」

「よしわかった。じゃあ改めて聞かせろ。――なんで砂糖をそのまま舐めてんだよ、しかもツボ抱えて! どっからどうやって持ってきた!?」


 いきなり叫び始めた。うるさい。

 ゴルドルさんは医食同源という言葉を知らないのだろうか。

 健全な肉体は健全な食事から。怪我を治すなら治すのに必要な栄養素を食事によって取り入れるのがよい。

 これくらい、科学技術が発展していなくても分かりそうなものだけど。

 とはいえいつもは剣術や錬気について教わっている身だ。ゴルドルさんが知らないというなら、俺が教えてしんぜよう。

 まずはこれを手に入れた過程から説明する。


「俺の黒い錬気の使い道が分かったから試してみたんですよ」

「ほう、使い道。それはいったい?」

「まず、誰か人に話しかけます」

「それで?」

「お願いをします」

「そしたら?」

「聞き届けられたならおっけー。拒否されたなら黒い錬気をまとって、もいちど笑顔でお願いします。厨房の人にやってみたら砂糖をツボいっぱいにくれました」

「それは脅迫っていうんだよ!」


 ゴルドルさんは絶叫した。

 うん、知ってた。脅迫したんだもの。


 黒い錬気は視覚化した殺意。

 錬気解放とは違う。解放せずとも黒錬気は出せる。

 頭の中でぶっ殺すとか殴り倒すとか強く思いながら錬気を出すと、黒くなっている。


 俺は一度、大勢の目の前で四ノ宮を本気で殺そうとした。その時にも黒いのをまとっていたらしい。

 邪悪なオーラをまとった殺人未遂の前科がある人間におねだりされたら、身を守る自信がなければ要求を呑むしかないだろう。

 事実、黒い錬気をちょっと浴びせてみたら、厨房の人は大げさなくらい怯えながら砂糖ツボを差し出してきた。


 もちろん、誰彼かまわずこんなことをするつもりはない。

 相手がチファへの嫌がらせを見て見ぬふりしていたやつだったからやれたのだ。

 兵士たちの多くは俺がチファをいじめていたという噂を聞いて、それを信じていた。それはまあ、仕方がない。兵士たちが女給やら厨房やらの様子に疎くても不思議はない。

 だが、厨房に勤めているやつが、その噂が嘘だと分からないはずがない。自分たちが嫌がらせに加担していたのだから。


 俺は好きに殺気を出せるほど殺気の扱いに慣れていない。本気でぶっ殺してやりたいと思う相手がいたからこそ思いつきの使い道を試せた。

 本気の殺意だから性質が悪いという反論は却下。


「はあ……で、なんで砂糖なんだよ」

「骨って白いじゃないですか」

「いきなりなんだ。まあ、確かに白いが」

「上物の砂糖は白いです。つまり骨の材料は砂糖です。したがって砂糖をたくさん食べれば骨折は早く治ります」

「わからねえ! おれにはタカヒサが何を言ってんのかまったくわからねえよ!」


 せっかく医食同源について分かりやすい例を挙げて説明してあげたのに。それもカルシウムとかゴルドルさんが知らないであろう単語を使わずに。

 残念だ。

 ちなみに砂糖はカルシウムもビタミンもあらゆる栄養素を内包した完全食です(嘘。


「なんか、本当に生命力の流れが活発化してるしよぉ……お前、本当にワケわかんねえ」


 ボソボソ言っているが気にしない。

 生命力の流れが活性化してるのは確かだ。自分でも錬気の出力が上がっているのがわかる。

 この調子ならば骨折も早晩治るだろう。


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