48.傾向と対策
お待たせしました。これから一区切りまで毎日更新していこうと思っています。
そのため、感想欄をしばらく閉じさせていただきます。
一区切りついたら復活させて、ご指摘いただいた部分を修正するかもしれません。
幻痛があるからといって、錬気以外の訓練ができないわけではない。魔力感知の訓練はできる。
ダイム先生監督のもと、中庭に胡坐をかいて周囲の魔力を探知する訓練をする。
飲み込みは悪くないらしい。大まかにではあるが半径十メートル以内にいる相手の魔力量を測るくらいならそれなりの精度でできるようになった。
四ノ宮たちの位置なら目に頼らず感知できるが、それは連中の魔力がケタ違いに大きいからだ。実用性を考えると並みの魔力しか持たない相手を探せるようにならなければ意味がない。
当面の目標は自分を中心とした半径百メートル以内にいる生物の位置と魔力を正確に計測すること。感知の網を広げ続けること。
無茶なようにも思えるが、こちらに来てひと月もしないうちに目に頼らない魔力感知を覚えられたのだ。
決して無理ではない……と思う。
訓練の合間にダイム先生と話をする。
ダイム先生は容赦なく厳しいが、無意味に厳しい人ではない。必要に合わせて休憩を取らせてくれる。
ちなみに、謝罪やらお礼やらは、ちょっと小細工の相談をすべく顔を合わせた時にさくっとすませておいた。訓練とは別に小細工実現のための勉強も進行中だ。
「そうですか。錬気を習得する訓練を始めたのですね」
「はい。四ノ宮とやりあって理解しましたけど、魔法を使ってくる相手と魔力も錬気もなしに戦うなんて無謀もいいとこです」
「確かに。よほど技量に差がなければ、魔法を使ってくる相手に魔力を用いずに勝つのは至難でしょう。それでも錬気が使えれば話は別。肉体強化に関しては錬気の方が勝る部分も多い」
「え、そうなんですか」
意外だ。ほぼ下位互換だからメインに使ってる人が少ないんだと思っていた。
優位を持つのは即効性くらいではないのだろうか。
「魔力が体外への干渉を目的とした能力なのに対して、錬気は体内の力を有効利用することを目指した力ですからね。魔法と違って流動的な肉体強化ができますし、体への負担も小さいのです」
「なるほど、だからゴルドルさんたちは訓練で錬気を使うことが多いんですね」
本気で戦うならいざしらず、訓練なら無闇に負担を増やすべきではないだろう。
通常の強化魔法は、四ノ宮が使ったような筋力強化、骨格強化に加えて腕力強化や脚力強化といったより細かい魔法もある。
各部位をピンポイントで強化する魔法は全身強化に比べて燃費がいいそうだ。
さらに筋力強化とひとことに言っても瞬発力強化、持久力強化など多岐に渡る。
肉体強化魔法の専門家なんていうのもいるくらいなのだから、その煩雑さは推して知るべし。
対して錬気は必要な箇所に必要なだけ集めることで調整ができる。
腕力強化の魔法は腕力を強化することしかできないが、錬気なら腕を強化して余った分を足の強化に回したり、なんてこともできるのだ。
強化効率で言えば魔法に劣ることもあれど、そのあたりは練度次第。小回りなら錬気の方が利く。肉体強化に関しては錬気にもメリットがある。
覚えておこう。
「そういえば、小耳にはさんだのですが……勇者シノミヤと再戦しようとしているとか?」
「していませんよ。挑まれる可能性があるから対策を練ってるだけで」
目論んでいるのは再戦ではなく報復だし。
そんな内心も読まれたのか、ダイム先生は苦笑いした。
「錬気もその一環、というわけですか」
「はい。とりあえず四ノ宮を叩き潰すためには強くならないといけませんから。あいつは強い。俺も今のままじゃあいられない。どうにかして、もっと強くならないと」
「……なるほど」
現段階でも日野さんあたりに泣き付けば四ノ宮をボコる手伝いくらいしてくれるだろう。
だが、それでは駄目だ。お姫様の目的に加担するだけになってしまう。
両方に一矢報いたいなら俺自身が強くなる必要がある。
「シノミヤ様は、それほど強いですかね?」
「え?」
軽い調子でダイム先生が疑問を投げかけてきた。
「いえね、私にはきみが言うほどシノミヤ様が強い人間には見えないのですよ」
「四ノ宮は強いでしょう。体力も魔力も俺とはけた違いですし、スキルによる補正もありますし」
「けれど、それだけでしょう?」
「それだけって。そりゃダイム先生から見たらそうかもしれませんけど」
「ああ、そういう意味ではなく。暴力という視点で見たら強いのは確かですが、それ以外はどうなのかと」
ダイム先生が何を言いたいのか分からない。
今、俺が立ち向かおうとしているのは四ノ宮征也の暴力だ。
暴力の強さが全てと言って良い。
「まあ、そうですね。今のムラヤマ君には関係のない話でした。けれど、せっかくですので頭の隅にでも留めておいてください。強さは暴力のことではないと」
「……心の強さが本当の強さ、とかそんな話ですか?」
「ふむ……正解でもありますが、間違いでもあります。強さの定義の話ですよ」
「定義」
何にしたって言葉の定義というのは難しい。
普段何気なく使っていて、それで意味が通じる言葉も辞書的には意味が違うことなんてざらにある。
強さは力、と言ってしまえばそれまでだが、その力にも知力とか筋力とか権力とか財力とかあるわけで。それぞれ、有効な場面があれば無意味な場面もある。
では、強さとは。力とは。だいぶ哲学的な命題のような気がする。
「ところで、件のシノミヤ様なのですが、昨日、部屋から出て来られましたよ」
「……マジですか」
早い。早すぎる。
あの手の才能やら容姿やら、何から何まで恵まれたやつは失態をさらすことに耐性がない。
公衆の面前でオモラシなんて大失態をやらかしたのだからもっと長いこと引きこもっていると思っていた。
思いのほか心が強いのかもしれない。
機会があったら念入りにへし折っておこう。……駄目か。後に差し支える。
「昨日、バスクを相手に狂ったように剣を振っていました」
「まずい、それはまずい。とてもまずい」
今の錬気では強化魔法を使った四ノ宮の性能に遠く及ばない。
もしも俺が錬気の扱いを覚えている間に実戦経験を積まれ、戦闘技術を高められたら。
勝てる気がしない。
「そうでもないですよ」
「え?」
「シノミヤ様は剣を振っているだけで、訓練はしていないのです。精神的な安定を欠いているようで、今日は部屋に籠っているようですが」
「……ああ、なるほど。バスクに八つ当たりしてるってことですか」
引きこもっても恥をかかされた鬱憤が晴れず、闇雲に剣を振っているだけ。
騎士剣技の型を反復練習されて、より素早く正確に使われるようになったら勝てない。
だが、ただ力任せに剣を振るだけでは筋を痛めるだけだ。
ソースは俺。ウェズリーたちとの訓練での実体験。
「おかげでシノミヤ様の動きをよく見ることが出来ました。付け入る隙はありそうなのですが……教えましょうか?」
「……いやあ、そりゃちょっと卑怯じゃないです?」
ダイム先生の目は確かだ。適切に四ノ宮の弱点、欠点を見抜いてくれるだろう。
けれど、もしも再戦を挑まれた時に、他の人から教えてもらった攻略情報を使うのはいかがなものか。
「言葉と表情が全く合っていませんよ。ものすごく邪悪な顔をしています」
「そうですか?」
「ええ……そうですね。これで次につっかかってきたら更なる大恥をかかせて笑いものにしてやれる、と言いたげな表情ですね」
「ははは、まっさかぁ。俺がそんな性格悪いこと考える人間に見えます?」
「見えますね」
「大当たりですよこんちくしょう」
より正確に言うなら、大恥をかかせて笑いものにして心を抉ってやる、だ。
「他の人から攻略情報を聞くのは卑怯だと思いませんか?」
「はっ、そんなもん綺麗ごとですらありません。情報収集は戦いの基本でしょう? 情報を活用することも、情報を教えてくれる人脈も力のうちだと思っています。むしろ情報収集を卑怯とか言う奴が怠け者なだけでしょう」
「よろしい、それでこそ教える価値がある。甘っちょろいことを言うようならそこから教育しなければいけないところでした」
魔力視、魔力感知の訓練を行いながら、その合間に対四ノ宮の対策を練っていく。
思考と感知を同時に行うのは難しかったが、これも訓練のうちらしい。
四ノ宮を叩き潰すという想像はとても愉快だったので俺も没頭できた。
ああ、幻痛の完治が待ち遠しくて仕方ない。準備ができたら正面からケンカをふっかけてやってもいいくらいだ。
ダイム先生から得た情報と自分の能力を比べながら戦術を練っていく。
きっとこの時、俺はものすごくいい笑顔をしていたと思う。
八つ当たりが終えた四ノ宮が賢者モードにならないことを祈るばかりだ。




