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46.使ってみた

 訓練場で素振りをする。

 木剣を握っていなかったのはたった数日のはずなのに、ずいぶん久しぶりな気がする。

 とはいえ両手を使っての素振りではない。

 右腕一本で木剣を握り、振り下ろす。この動作を繰り返す。左腕を使わなければ幻痛に悪影響もないらしい。

 初めは普通に振る。片手振りに慣れてきたら錬気を使ってみる。

 錬気をまとった状態で木剣を振るのは初めてだ。その筋力の上昇率に驚く。

 なにせ、錬気をつかった片手振りの方が素の状態で両手を使って振り下ろす時よりも手ごたえがあるのだ。


 面白くなってきて何度も木剣を振り下ろす。

 力を込めれば空気を裂く音が耳に響く。

 明確な成果というものは心地よい。俄然やる気が出てきた。


「ヒサ、そんなふうにブンブン木剣を振り回して平気なのかい?」

「あんまり無茶するとせっかくくっついた骨がまた離れちゃうぜー?」


 ふと声をかけられた。

 振り向くとウェズリーとシュラットがいた。

 ゴルドルさんが呼んできたらしい。


「腕の具合はおれが見てるから安心しとけ。病み上がりっつっても幻痛も治ってるからよっぽどの無茶をしない限り問題ねえよ」

「骨は回復魔法で治してもらったから。また殴られたり過度な負荷をかけなければ大丈夫」


 と、そこまで言ってまだふたりにちゃんとお礼を言っていないことに気付いた。


「遅くなったけど、ありがとう。四ノ宮にやられた時に運んでくれたのは二人だって聞いた。助かったよ」


 頭を下げるとふたりはわたわたした。


「べ、べつに改まってお礼を言われるようなことじゃないよ! 当然、そう当然のことをしただけなんだから!」

「そうだぜー! トモダチを助けるのは人として当たり前なんだぜー!」


 ……ほろりときた。

 俺は友達が少ない。

 というか、友達がいない。

 どこのグループとも軋轢を起こしたくなくて、ぶっちゃけ人付き合いが面倒くさくて、特別親しい付き合いがある人はいなかった。

 それでいいと思っていたけれど、こうして友達だと臆面もなく、当たり前のことのように言われると、ちょっと照れくさくてとても嬉しい。

 まして二人は出会って間もない上に、俺は関われば立場が悪くなる疫病神みたいな存在。

 理解したうえで友達呼ばわりとか、こいつらいいやつ過ぎる。


「……うん、ありがとう。とてもありがとう…………!」

「な、なんで泣くのさ!?」

「きっ、傷口開いちゃったのか!?」

「いや、むしろ塞がった感じだから大丈夫」


 ほろりじゃなくてボロリときていたらしい。

 お父さん、お母さん。息子は異世界まで行ってようやく友達ができました。


「うん、大丈夫。これなら大丈夫。俺もっと頑張れる。……っしゃあ木剣振るぞー!」

「あ、タカヒサそのへんにしとけ。今みたいな本気の振りをし続けるとマズい」


 気合いが入った瞬間素振りは終了となった。


―――


 ふたりとちょっと握手をしたあと、俺は錬気を操る訓練を始めた。


 座ってウェズリーとシュラットの訓練を見ながら考える。

 イメージトレーニングだけなく、実際に木剣を振ってみるのは大切だ。想像しきれていなかった部分が分かる。

 ゴルドルさんは黒い錬気の使い方は威嚇くらいだと言っていたが、他にも使いみちが見つかった。

 黒い錬気は殺気を視覚化したもの。

 つまり、見えるのだ。


 四ノ宮やお姫様の顔を思い浮かべながら『ブッ殺す』と強く思う。

 そうすると錬気が黒ずむ。

 この状態を維持して訓練してみると、無意識にどこにどれだけ錬気を集めているのかがわかる。

 無意識の癖を自分の目で見ることができるというのは非常に便利だ。

 こと錬気の場合、どういう動かし方をしているのか、それがどのような効果をもたらしているのかを確認できる。

 余計な癖は矯正し、有効な運用は意識的に執り行う。

 もともと早熟な性質だ。この数日で錬気の使い方についてある程度習熟できたと思う。

 覚えの早さをゴルドルさんにも驚かれた。短期間でコツを掴むのは慣れているのだ。

 ウェズリーとシュラットは間近で黒い錬気を見るのが初めてだったせいか、別なベクトルで驚いていた。


 もうひとつわかったことがある。

 マンガだと、よく力を拳に集中させて強いパンチを撃つ、という描写がある。

 この世界では、少なくとも錬気においては間違いだ。

 拳に錬気を集中させれば拳の強度は上がる。

 しかし、殴るという動作は拳だけでしているのではない。

 拳をいくら強化しても、拳を強く打ち出せなければ威力は大して変わらなかった。


 立ち上がり、うろ覚えの正拳突きの動作をしてみた。

 足で踏み込んで、腰をひねって、腕を伸ばして、拳に力を伝える。

 そんなイメージで各部に錬気を集めてみると、拳だけに錬気を集中した時よりもよっぽど強い突きが打てた。

 いつかどこかのマンガで「体の全ての動きは繋がっている」とかそんなセリフを読んだ覚えがある。それを実感した。


「……なんか、差ぁつけられちゃったなー」


 ぽつりと素振りをしていたシュラットがぼやいた。


「そうだね。ヒサは錬気を使えるようになってずいぶん強くなったみたいだし。片腕のヒサにも勝てるかわからないや」


 続いてウェズリーが自嘲気味に呟いた。

 そう長い期間でもないが、俺はふたりと一緒に訓練を受けていた。

 本当に少しずつだけど三人で成長していたのだ。

 なのに俺は一人だけ一足飛びに強くなった。

 努力もなにもない、反則じみた偶然で。


 わずかに罪悪感があった。

 それ以上に疎外感があった。

 俺はもうこの二人と強くなっていくことはできないんだなあ、と。


「……そうでもねーぞ?」


 三人でしんみりしていると、戻ってきたゴルドルさんが声をかけてきた。


「タカヒサだってまだまだヒヨッコだ。錬気なんか身に付けたところでただの生兵法。いくらでもやりようはある。お前らが錬気を身に付ければ一瞬で縮まる程度の差だよ」


 なんてこともないように言って、笑った。

 ゴルドルさんは二人を手招きして何事か耳打ちする。

 話し終えると、三人はこちらを向いてにやりと笑った。悪い笑顔だった。

 思わず後じさる。

 しかし異様な機敏さで回り込んだウェズリーとシュラットに両肩を掴まれた。逃げられない。


「……ヒサは勇者シノミヤと戦うことで錬気が使えるようになったんだってね?」


 左肩を掴むウェズリーの手に力がこもる。


「それ、おれたちもできねーかなー、とか思ったりすんだけど?」


 右肩を掴むシュラットの手には力が入りっぱなしだ。


「……おーけー、要求はなんだ? 聞こうじゃないか。言っとくけど、ゴルドルさんが言うには死ぬような状況に陥ったことと合わせて錬気が使えるようになったらしいぞ」


 ただ錬気持ちと戦ったり殴られたりするだけで使えるようになるなら、地道な訓練なんかせずに手っ取り早く目覚めさせるほうがいいだろう。


「おれたちもちゃんと聞いてるぜー。だからさ」


 嫌な予感がした。

 ゴルドルさんの方をみやると、わっるい顔したゴルドルさんと目が合った。オッサンがウインクとかすんなマジきめえ。

 ウェズリーがシュラットの言葉を引き継ぐように宣告した。


「僕らの要求はただひとつ――ヒサ、僕らと本気で戦え!」


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