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45.訓練は手伝い

 坂上との会話のあと。チファに額の怪我に手当を施されたのちに朝食を食べ、訓練場に向かった。


「基本的な操作については問題ないな。操作速度については反復練習で上げていけ。当面の課題は出力の調整だ」


 錬気の操作をゴルドルさんに見せて、頂いた評価は以上の通りだ。

 操作そのものは引きこもっていた時期にいじってコツを掴んでいたおかげでそれなり。

 熟練度は低いが、それは反復によってのみ培われるもの。一朝一夕でどうにかなるものじゃない。

 よって、今の俺の最大の課題は錬気の出力を自由に調整することだ。

 一番使いやすい安定した出力であっても、しばらく使っているとムラができて安定性に欠ける。

 出力を下げようとすれば下げ過ぎて放出がおぼつかない。

 出力を上げようとすれば軽く暴走状態になる。


「放出量を上げる方法はもう持っているが、あれはなるべく使うな。危険過ぎる」


 俺は殺意を持つことで黒い錬気を放出するらしい。

 黒い錬気に特殊能力はなくとも、あの状態の時の出力は通常時を凌駕している。

 だが、軽々しく使うわけにはいかない。

 四ノ宮戦の後、俺は数日ほど寝込んだが、その理由はダメージや回復魔法による疲労だけではない。

 錬気の使いすぎも大きな要因だそうだ。

 生命力そのものである錬気を消耗しすぎたため、体が衰弱していたらしい。


「とはいえあれは黒い錬気を出すのがマズイとかじゃなくて、単に錬気を使いすぎたから消耗したって話なんですよね?」

「そうだ。根本的な問題はあの錬気を出していた時の、お前の状態だ」

「俺の状態、ですか」

「ああ。自覚してないみたいだが、あれは解放状態って言ってな、えらく危険なんだ。下手すりゃ干からびて死ぬ」


 新しい名称が出てきた。

 名前から察するに、錬気を無制限に解放している状態だろうか。


「その捉え方でおおむね間違ってねえな。解放ってのは、これ以上使うと危険だって体が判断した以上の錬気を無理やり引っ張り出すことだ。切り札にはなるが、乱発すればすぐに生命力が枯渇して死んじまう。体の耐久力を無視した力を出して自爆するやつもいる」

「要するに火事場の馬鹿力ですか」

「まあ、似たようなもんだ」


 強力だが、それ以上に危険が伴うと。

 今のところ、俺は解放状態に入った時にはいつも理性が飛んでいる。理性が飛んだから解放状態になるというべきかもしれない。

 どちらにせよ加減も忘れた状態で解放なんかしていたらあっという間に干物になってしまう。

 本当にどうしようもない時の切り札になりそうだから、出力の増加具合とかを確認しておきたいが。


「ま、注意するのはそれくらいか。錬気の使い過ぎ防止な」

「分かりました。それで、今日からどんな訓練をするんですか?」

「それなんだがな……」


 ゴルドルさんは渋い顔をした。


「鍛えるとは言ったものの、幻痛ってのは体に負担をかけると治るのが遅くなんだよ。幻痛がある間は負担をかけられん。本格的な訓練はその幻痛が治ってからだ」

「ええ!?」


 それは困る。

 俺が強くなりたい理由のひとつは四ノ宮対策だ。

 四ノ宮はお姫様が抑えているとは思うが、城の中で偶然すれ違わないとも限らない。

 いざ戦うとなった時にまだ錬気を扱う訓練を始めておらずまたボコボコにされました、では意味がない。

 そのことを理解しているからか、ゴルドルさんは頬を掻いている。


「一応、タカヒサの錬気は実戦で使える程度の量はある。だから怪我が治るまでは体に負担をかけない範囲で錬気の具現化と操作の訓練をしてもらおうと思っているんだが、どうだ?」

「……まあ、それなら」


 具現化というのは四ノ宮がまとっていたように錬気を体外に放出し、物質のように扱う技術だ。

 錬気の鎧は高い強度を得ることは難しく、具現化された錬気は体から遠ざかるほどの弱体化していく。

 一般的にはより習得が簡単で強度を高めやすい『魔力鎧マジックアーマー』の魔法があるため重要視されていないが、戦場では具現化を使いこなせるか否かで生存率が大きく変わるらしい。

 魔法と違い、錬気は即座に使えるからだ。

 錬気の鎧は魔力の鎧に比べれば修得は難しい、強度は低いとさんざんな性能である。

 しかし。即効性という点で魔力鎧を圧倒的に上回っている。

 魔力を持たない俺にとっては生命線となりうる。

 強度を高めるのが難しいとはいえ熟練者のそれは鋼の鎧より硬くなるらしい。

 優先的に習得しておきたい技術だ。


「よし、それじゃあ訓練に使う道具がこれだ」

「……ええぇ?」

「そう嫌そうな顔をするな。実際、これが効率的なんだよ」


 ゴルドルさんの方針を理解して納得した。

 訓練の方法を聞くと、予想外のものだった。

 理屈はわかった。合理的だと理解した。

 けど、訓練してるって実感が湧きそうにない。

 げんなりしながらも道具を受け取ると、


「こんなもんだが、なんか聞いときたいことはあるか?」


 と尋ねられた。

 俺は少しだけ考えて、尋ねる。


「錬気を他の人に分けることはできますか?」


―――


 ゴルドルさんに訓練の方法を聞き、それを実践する俺は、


「……どうして俺はひたすらにキャベツの千切りをしているのだろうか。しかも刃こぼれしまくったナマクラ包丁で」


 調理場に立ち、昼食の準備を手伝っていた。


「あのう、タカヒサさん? 大丈夫ですか?」

「大丈夫です。なんか遠く異世界に来て何やってんだろうなーとか思ってただけなんで」


 横で作業するマールさんに声をかけられ、返答する。

 マールさんからの呼ばれ方が変わっているのは俺が頼んだからである。やはり年上であり恩人でもある女性に様づけで呼ばれるのはどこか居心地が悪かった。

 呼び捨てでよかったのだが、それはマールさん的にしっくりこないそうなので、流れでさん付けになった。

 なんかこう、甘酸っぱい響きに滾った。


 口を動かしながらも手は止めない。

 キャベツの千切りが終わったら包丁をすすぎ芋の皮むきにとりかかる。

 ときたま左腕に違和感を持つことはあるけれど、激しい運動でなければ問題なさそうだ。芋むきくらいやってやれないことはない。


「……信じられます? これ、戦う訓練なんですよ?」

「信じられませんけど、信じるしかないといいますか。そんなボロボロの包丁で、ちゃんとお野菜切れてるわけですから」


 そう。この調理の手伝いこそがゴルドルさんに言いつけられた訓練なのだ。

 マールさんに頼み込んで昼食の準備の手伝いをさせてもらっている。


 訓練のため、と俺に渡されたのは石でも切ろうとしたのかと思えるほどに傷んだ包丁だった。

 訓練の方法は簡単。

 錬気を包丁に集めて具現化し、刃こぼれ部分を埋めること。

 欠けた刃をしっかり補うことができれば野菜が切れる。

 具現化した刃が大きすぎても小さすぎても野菜に引っかかってうまく切れない。適切な刃を維持するためには適量の錬気を使わなければならない。

 

 それと並行して額と痛みのある部分に錬気を集めている。

 戦場では具現化ばかりに気を取られていては話にならない。

 強化と具現化を同時にこなしながら戦うのだ。両方をさほど意識することなく維持することが求められる。


 錬気の平行使用という必須技能を身に付ける傍らで出力調整と具現化の練習をしつつ、怪我の回復を促進させながら城の食事の準備の手伝いにもなる。

 木剣を振り回すよりは腕への負担も小さい。

 非常に合理的な訓練だとわかってはいる。

 けれど、戦闘とはまったく別の訓練をしている気になるのは何故だろう。


「ああくそ、切れ味悪いな……」


 初めてすぐは刃の維持に苦戦したが、コツを掴んでからはわりかしスムーズに野菜を切れる。この分なら出力調整はすぐにできるようになるだろう。

 まだまだ熟練度が低いため、刃がいきなり大きくなったり消えてしまったりするのはご愛嬌。

 と、わかっていてもイラつくものはイラつく。

 いっそ包丁の刃全体を錬気でコーティングして新しい刃として使いたい気分だ。


「……大変そうではありますけど、タカヒサさんって料理に慣れてます? お芋の皮も薄くむけているし、千切りだってかなり細いし」

「こっちに来るまでは自宅でよく料理をしていたんですよ。自分で作れないと三食インスタントか弟謹製のとりあえず炒めてみたシリーズになっちゃうから」


 基本的に何にでも優れたスペックを発揮する弟は、料理に関心を持っていなかった。

 たまにはお前が作れと言ってみたら、具材に火を通して塩を振っただけの野菜炒めが出てきた。塩のかかり具合もまばらでひどいものだった。それ以降もたまに俺も両親も家にいないことがあると、具に火を通しただけの何かを作っていた。

 あれを料理と呼ぶのは抵抗がある。

 当然、家にいる時はたとえ弟がヒマしていても自分で食事を用意していた。

 俺が弟の面倒を見れるようになったころから親は帰りが遅くなったので、自分で作るのが習慣づいていた、というのもあるが。

 そういえばウチの冷蔵庫は大丈夫かなあ、と遠い故郷に思いを馳せていると、マールさんが首をかしげていた。


「タカヒサさん、いんすたんとというのは?」

「即席の、って意味です。あっためたりお湯をかけたりするだけで食べられるようになる食品です」

「はあ……便利なんですねえ。そちらの世界じゃあ私たちはお払い箱になりそう」

「そんなにいいもんでもないですよ。続くと飽きますし、栄養偏りがちですし。メイドさんも方向が違うこともありますが、需要はたくさん」

「なんでもいいことばかりにはならないんですねー。ところでメイドの違った需要というのは……?」

「さあ仕事仕事! 口ばっかり動かしてたらダメですよね! ……そうだ、マールさん、握手してもらえません?」

「握手してたら手を動かせないと思いますけど。はい、これでいいですか?」

「ありがとうございます」


 不思議そうにしながらも差し出した手を握ってくれた。

 マールさんの手は荒れていたけれど、柔らかくて暖かかった。


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