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43.錬気

「お願いがあります。俺に戦い方を教えてください」


 正面に座るゴルドルさんの顔を見据え、頭を下げる。

 頭を上げるとポカンとした表情。数秒ののち、にやりと不敵な表情に変わる。

 体のゴツさと相まって野盗の首領とかにしか見えないから、悪人面はやめた方がいいと思います。


「へえ、目つきが変わったな。こないだまでの漫然とした顔じゃねえ。なんか明確な目的が見つかったか?」

「ええまあ。いくつか」


 四ノ宮を張り倒すための力が欲しい。

 お姫様の心をへし折るには直接の戦力はいらないが、間接的なところで必要になる。


 自分の身を守るためにとりあえず、なんて考えていたけれど、俺にも危機感が足りなかったらしい。

 とりあえずで身に付けた力では自分のことすら守りきれないことがはっきりした。


 強くならなければならない。

 勇者として考えたら、俺は間違いなくハズレだ。

 魔力がなければ強力なスキルもない。内政チートできるほどの知恵がなければ人をまとめる人間力もない。

 ないない尽くしだ。


 それでも何かを望むのなら、最低限人一倍の覚悟と意思だけは持っていないといけない。

 根性論は嫌いだが、何かを成し遂げるにはしんどくても耐え切るだけの根性が必要なのも事実。

 俺みたいな凡人は『とりあえず』なんて半端な覚悟では何もできない。明確な目標を据えて、石にかじりついてでも達成するくらいの意気込みがないと話にならない。


 才能がないなら努力で補う。

 努力で補いきれない部分は他人の協力でカバー。

 協力を得るためならなりふり構っていられない。やすっちいプライドなんか捨てたって構わない。求められれば土下座だってしよう。靴だってなめてやる。

 それだけやって、ようやくスタートラインだ。

 ゴルドルさんにはさっそく貸しを返してもらおう。


「だから、強くなりたい。……強くならなきゃいけない。そのために、手を貸してください」


 弱いものが強いものに手を出したらやり返される。逆はない。

 けれど、弱いものと強いものの立場が逆転することはたまにある。

 やられたらやり返したいのなら、手を出してきた相手より強くなればいいのだ。


 再度、頭を下げようとすると「いらん。下げんな」とゴルドルさんにさえぎられた。


「抑え込む方法を教えるだけのつもりだったが、やめだ。お前の力の使い方、教えてやるよ」


 ゴルドルさんは悪人面をこじらせながら、俺の頼みを請け負ってくれた。


―――


「ところで俺の力って何なんですか?」

「気付いてるだろ。あのドス黒いやつだよ」

「……なんすかそれ」


 ちょっと本気で分からない。四ノ宮戦後半から身体能力や回復力が上がったのは自覚しているけど、ドス黒いってなんだ。使っているやつは体内を流れているのだから、そんな悪役丸出しな視覚効果エフェクトは出てないはずだ。


「さっき、アルスティアが部屋に来た時に出していたけれど。気付いていないみたいだね」

「何日か前から、陽炎みたいなのを出していましたけど」

「嬢ちゃん、見えたのか?」

「はい。ぼんやりとですが、透明な何かが体からにじんでいるのが」

「なるほどな。制御しきれていない分が漏れ出しているのか?」

「あの、三人とも何の話をしてるんですか? 力って、あの体力上げるやつですか?」

「まあそうなんだが……。しゃあない。順を追って説明するか。っと、その前に力の具合を見てみたいな。嬢ちゃんが言ってた最近出してたってやつ、今も出せるか?」

「大雑把にならいけます」


 体中を流れる熱を意識する。四ノ宮と戦った時に感じた炎のような熱も、今では余熱程度しか残っていない。

 腹に力を入れて熱を体の外に絞り出す。

 体内の熱が減って体の表面が熱くなる。こんな具合でいいだろうか。


「ふむ。基本操作はできてるっぽいな。……時にタカヒサ、ヒノから聞いてるか?」

「何をです?」

「試合の後な、怪我した嬢ちゃんをシノミヤが蹴飛ばしたんだよ」

「よし殺す」


 あのクソ野郎、怪我したチファにまで手ぇ出してやがったのか!

 試合の時と同じ、あるいはそれ以上の熱が湧いてくる。

 刃物は……ないか。まあいい。喉を潰して魔法を封じた後、顔が親でも分からなくなるまで殴り続けよう。眼球抉って脳ミソ掻き出せば勇者だって死ぬだろう。


「うお!? ……なかなか凶悪だな、こりゃ。タカヒサ、落ち着け。今のは嘘だから。そんで自分の体を見てみろ」

「へ? 嘘? やだなあゴルドルさん。つい四ノ宮を殺しに行くところだったじゃないです……ってなんだこれ!?」


 言われた通りに自分の体を見ると、確かに赤黒い、見るからに不吉な悪役オーラがまとわりついていた。

 熱量までもさっきの比じゃない。初めに出した熱がぬるま湯程度だとすると、今出ているのは沸騰レベルの熱だ。

 熱い、やばい、どうしよう。


「タカヒサ様、落ち着いて深呼吸してください。わたしはひどいことなんてされてませんから、ね」


 傍らに立っていたチファに背中をさすられる。

 小さな手から優しい熱が伝わる。子どもをあやすような手つきで、穏やかなリズムで。

 不思議と落ち着いて、眠くなってくるテンポだ。全身を炙っていた凶悪な熱量が失われ、干したての布団にくるまったようなぬくもりが残った。

 ウェズリーたちの方が年上なのにチファが姉貴分みたいになってる理由がちょっとだけわかった。余計な力が抜けていく。

 ほう、と息をつく頃には黒いオーラは完全に消えていた。体が冷めてわずかに虚脱感が残る。


「それで、これは何なんですか? ゴルドルさんはこれの正体を知ってるみたいな口ぶりですけど」


 ゴルドルさんは力の使い方を教えると言った。ならばこの黒いのがどういったものなのか知っていなければおかしい。

 あんな見るからに邪悪な力が体の中を流れているなんてぞっとする。

 特殊能力が目覚めたなら歓迎だが、呪われている系のスキルなら遠慮したい。

 まさか、勇者として召喚されたけど持っているのは魔王の因子でした、とかそんなオチじゃなかろうな。

 もしそうだとしたらアストリアスを侵略するのもやぶさかではない。


「前にもちょろっと話しただろ。お前がさっきまで出していたもの。あれが錬気だ」


 錬気。確かに聞き覚えのある単語だ。

 たしか、四ノ宮とバスクの訓練を見た翌日。昼食の時間にゴルドルさんとダイム先生に強くなる方法を聞いた時に聞いたはず。

 なんだか遠い昔のことのような気がするがつい先日の話だ。


「あれ、錬気を身に付けるには長い鍛錬が必要になるとか聞いたような」

「そのはずなんだがなあ。お前はどうしてか錬気をまとっている」

「……まあ、使えるなら理由はどうでもいいですけど。あの見るからに邪悪なオーラが錬気なんですか」

「バカ言うな! 生命力そのものの現れだぞ、あんな禍々しい方がおかしいんだ! 普通はこんなもんだぞ」


 ゴルドルさんが錬気を見せてくれるが、ほぼ透明。黒くない。あると思って目を凝らさないと存在に気付かないほどだ。


「じゃあ俺の生命力はあんなにも禍々しいってことですか……」


 ちょっとへこむ。ハズレでもいちおう勇者だったはずなのに、ビジュアルが明らかに魔王に寄っている。


「あれ、でもちょっと待てよ」


 見た目は置いておくとして、大事なのは俺に目覚めたという錬気だ。

 本来なら長い訓練の果てに身に付くはずの力。

 土壇場になって覚醒した能力。

 これは、まさか――


「見た目はともかく、こんなご都合主義的に目覚めたってことは俺にもとうとう勇者パワーが!?」

「錬気そのものはシノミヤユキヤもまとっていたぞ。あいつも無意識みたいだったが。ほれ、噛みついた時に固い膜みたいなのがなかったか?」

「……ありましたね。ちっ、あれさえなければ喉笛喰いちぎれてたのに」

「村山くん、また邪悪な顔になってるよ」


 舌打ちすると頬を日野さんに突っつかれた。

 俺も錬気をまとっているというならこれくらい防いでくれないものか。


「じゃあじゃあ、錬気の量がすごいとか?」

「いや普通。現状じゃあシノミヤの方が三倍多い」

「……そっすか」


 結局手に入った能力も四ノ宮より格下でしかないと。

 さすが、ハズレの称号は歪みねえ。

 特殊能力に目覚めたと思ったら訓練で獲得できる能力で、しかも四ノ宮はもう持っているとか。がっかりだ。


「あ、ああ、でも勇者は膨大な魔力を使いこなすための訓練に忙しいだろうから当面錬気には手を出してこないはずだ。今から制御や引き出す訓練を始めれば差別化できるかもしれん。タカヒサの錬気もまだまだ発展途上みたいだしな」


 落ち込みがそんなにわかりやすかったのかゴルドルさんがフォローを入れてくれた。

 いつまでも落ち込んでいても仕方がない。フォローに乗っかることにした。


「なるほど、四ノ宮もまだ使いこなせていないみたいだし、先に訓練を始めれば有利ですね。もっと量を引き出すにはどうすればいいんですか?」

「地獄の苦行だな」

「……は?」


 イマ、このオカタはナンとオッシャった?


「錬気ってのは生命力の現れだ。魔力と違って生命力そのままを加工して体を強くする力。だから、より強力な錬気を扱うためにはより生命力を引き出す必要がある」

「おーけー、それはわかりました。納得しました。……けど! それがなんで地獄の苦行に繋がるんです!? そんなことしたら魂削れちゃうでしょう、フツー!」


 どこぞの戦闘民族みたいに死にそうになればなるほど強くなるということか?

 冗談はほどほどにしてほしい。


「命が失われそうになった瞬間に魂はもっとも強く輝き、決して消えるまいと抵抗する灯はは激しさを増す、と言われてる。ようするに死にそうになった時に生命力が活性化するから、その状態を維持して、活性化した状態を平常に持っていけってことだな。事実として、数年間地獄のような戦場を渡り歩いた兵士の錬気量が爆発的に上昇していたりしてな。一年の拷問生活を耐えきったやつの錬気が数倍になってたって話もあるぞ」

「ハード過ぎます! ていうか俺じゃあ戦場に放り込まれた五分後には死にます! 拷問されたら一分もたない自信があります!」

「だろうな。だからこそ普通は鍛錬によって自分を追い込んで魂の在り方を自覚し、地道に生命力を高めていくわけだが。お前の場合はかなり荒っぽく引き出されたぶん安定性に欠けている。まずは引き出すより制御の訓練をしていくから安心しろ」


 よかった。拷問生活が始まらなくて本当によかった。

 『まずは』という前置きに不穏なものを感じながらも胸をなでおろす。

 確かにどれだけの量を引き出せても使いこなせなければ意味がない。まずは制御を身に付けるというのは理にかなっている。

 納得すると同時に疑問が生まれた。


「荒っぽく引き出されたって、どういうことですか?」


 そういえばダイム先生もゴルドルさんも、錬気は長い訓練の果てに得るものだと言った。

 しかし俺はこちらに来て、訓練を初めてせいぜいひと月だ。

 錬気を少しでも使えることがおかしい。


「……これは推論なんだが」


 そう前置いて、苦い顔で話し始める。


「シノミヤユキヤは間違いなく天才だろう。そういう奴がまれにいるんだが、あいつは初めから錬気をまとっていた」


 それが俺の噛みつきから四ノ宮を守った力だという。


「シノミヤは錬気で覆われた木剣で何度もタカヒサを殴りつけた。タカヒサが命の危機を覚えるほどにな。殴られた時に触れた錬気と命の危機って状況がタカヒサの錬気を大量に呼び起こしたんじゃねえか、ってのが俺とダイム師の意見だ」


 そういえば四ノ宮に殴られる度に熱が流れ込んできていた気がする。

 あれは屈辱とか痛みとかではなく、四ノ宮の錬気だったのか。


「なるほど、本来なら長い訓練で生命力――錬気の扱いについてある程度は体得しているものだけれど、村山くんは事故みたいなかたちで錬気を引き出されてしまった。だからまずは制御を覚える必要がある、ということ?」

「そういうことだ。簡単な制御はもうできてるみたいだけどな」


 俺には武術のスキルがあるわけでもなければ特別知識が多いわけでもない。

 こちらの世界では生きるためには何がしかの力が必要になる。

 それは日本でも同じかもしれないが、命の危険という意味ではこちらの方が切実だ。


 戦わなければ生き残れない。

 戦っても力がなければ生き残れない。

 ならば、俺が生き残るために得ることができる力――錬気の習得はどのみち避けられなかっただろう。

 いきなり引き出されたせいで制御しきれていないらしいが、考えようによっては習得のためのステップを飛ばせたともとれる。

 四ノ宮に感謝してもいいのかもしれない。受けたマイナスが大きすぎてそんなつもりにはなれないが。


「あれ、でもタカヒサ様の錬気が黒くなるのはなんでなんですか?」


 ぽつりとチファが言った。


「そういえば。錬気が生命力なら、あの黒いのは何なんですか?」

「村山くんは魔力がないから、あれはやっぱり錬気に関係する力なのかな?」


 俺が今まとっている錬気は色がない。

 ゴルドルさんが見せてくれた錬気もでほとんど透明だった。

 なぜ俺の錬気は黒いのか。特殊な錬気なのだろうか。


「錬気は生命力の現れだ。持っている魂の色が濃く出る場合があるんだが」

「じゃあ俺の魂は黒いってことです?」


 漆黒の魂(笑)とか言われそう。薄汚れているみたいで嫌だ。

 せめて闇属性的なものであればいいけれど。


「多分違う。黒い魂なんて聞いたこともねえ。タカヒサの場合は錬気が目覚めたきっかけが殺意だ。たまにあるんだが、錬気と殺意が混じりあって殺意が視覚化したんじゃねえか?」

「疑問形なんだね」

「仕方ねえだろ。そもそもタカヒサがいきなり錬気を使えるようになった理由も推測だ。学者じゃねえんだからはっきりしたことは分からん。……どのみち、よっぽど鬱屈してたんだろうなあ。あのおぞましさ、一年や二年で溜まる悪意じゃねえぞ」


 憐みの目で見られた。

 ……いやまあ、心当たりはあるけども。

 が、肝心なのはそこではない。大事なのは見た目じゃなくて実用性だ。


「黒い錬気は特殊能力がある、とかないんですか?」

「見たとこ無いな。禍々しい見た目で威嚇くらいできるんじゃねえか」


 漆黒の錬気(笑)だった。

 錬気も量は普通。見た目が違うけど質は変わらない。

 本当に、俺には勇者的パワーがないらしい。

 見た目はむしろ悪役っぽい。

 まあ、あまり気にしていても仕方ないか。


「見た目はさておくとして、錬気って何ができるんですか? 体力が上がるのは分かりましたけど。物体の働きを強化したり、別の性質を持つものに変化させたり、飛ばしたり、物質化したり、物や生物を操ったり、魔法顔負けの特殊効果を使えたりするんですか?」

「いやに具体的だなオイ」

「……ハンターじゃないんだから」

「そんなにいろいろできるなら錬気を専門に使う人がもっといそうですけど」


 三者三様の呆れ顔をされた。

 俺としては日野さんにネタが通じたことが驚きです。


「今言ったのに近い効果はあるぞ? 錬気は基本的に体の機能を強化するものだが、シノミヤみたいに鎧代わりにすることもできれば圧縮して撃ちだすこともできる」


 どうやら強化系、放出系、限定的ながら変化系はあるらしい。

 自分が使った時の感覚としては体力の強化しか実感できなかったので、思っていたより使い道はある。

 特に飛び道具があるのは嬉しい。


「期待してるところ悪いが、錬気を飛ばしてもそんなに強くないぞ。……そうだな、同じ威力の魔力弾を撃つのの倍は生命力を使う」

「効率悪っ」

「だから魔法の方がたくさん使われているんですね」

「ていうか魔法も生命力使うんだ?」

「うん。魔力量っていうのは一般的に生命力の大きさと幻素への干渉力、器の大きさのうち、一番低いもののことを言うから。ダイム先生は、村山くんが魔力を使えないのは幻素への干渉力がゼロだからって言っていたよ」

「ああなんかまた新しい固有名詞が出てきた……」


 ゴルドルさんが解説するたびに話がどっちらかって進まない。

 とても気になるけど幻素うんぬんはスルー。とりあえずは錬気の話を聞こう。

 

「そんなわけで、錬気は体を強くしたり、体の表面に集めて防御力を上げる力だと思ってくれればいい。簡単な操作はもうできているみたいだからな。当面の課題は出力の調整か。平行してより滑らかに操作するための訓練をすればいいだろう。知り合いに錬気の達人がいるから、そいつにも声をかけておく。協力してくれるとは限らんが」


 こうして俺の訓練の方向性は定まった。


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