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42.意思疎通

「あ、おかえりなさい」

「……ただいま?」


 ちょっとだけ愉快な気分で部屋に戻ると、杖を持ちベッドに腰掛けた日野さんが迎えてくれた。

 杖は俺とお姫様が話しているうちに持ってきたのだろう。いざという時に使うつもりだったに違いない。

 まあ、それはいい。ある意味拳銃より物騒な得物ではあるが、使用目的を知ってるから理解できる。

 だから、俺が突っ込むのは別なこと。


「お、おお、元気そうだな、タカヒサ」


 そう。なにやら挙動不審な、目の前の熊みたいな人に対してだ。


「……ゴルドルさん、どうしたんですか」


―――


「連絡もなしに悪い。ちょっと、話があってな」

「はあ、話ですか」


 唐突な訪問に少なからず混乱する。

 お茶でも出すのが礼儀かと思ったけれど茶葉がない。それどころか急須がなければ湯呑みもないし、そもそもお湯がない。あるのは水差しとコップがひとつきりだ。

 とりあえず椅子だけでも、と思って空いてた椅子を勧めてみたけれど、遠慮された。

 ちなみに俺と日野さんはベッドに座っている。日野さんも椅子を勧めて遠慮されたようだ。

 日野さんは俺とゴルドルさんが話を始めると少しだけ距離をとった。こちらを静かに見つめている。


「タカヒサ、怪我の具合はどうだ?」

「具合は……だいたい治ったみたいです。左腕も問題なく動きますし、腹が痛いとか食事を戻すとかもありません。あ、でもたまに思い出したように体が痛みます。傷や打ち身はないみたいなんですけどね」


 左腕をブンブン振って見せる。見た目一番酷かった部分だし健康アピールをしてみた。

 お姫様の顔もしばらく見続けて慣れたのか、思い返してもさほど痛みはしなくなった。

 四ノ宮の顔を思い出すと痛みがひどくなるが。やはり直接殴ってきた相手だからだろう。


「……そうか。よかった」


 アピールが通じたのかゴルドルさんは息をついた。強張っていた顔が少しだけ緩む。

 が、それも一瞬。すぐにまた強張った。


「タカヒサ、すまなかった」


 ゴルドルさんは直立し、それから約九十度、頭を下げた。


「あの試合……じゃねえな。リンチは、おれが止めるべきだった。なのに、止めないばかりか事前に話しもしなかった。本当に、申し訳ない。許せとは言わない。おれにできる償いがあるならなんだってするつもりだ」

「ちょ、なんでゴルドルさんがそこまで謝るんですか。頭をあげてください。俺を殴ったのは四ノ宮だし、計画をしたのはお姫様です。それどころか助けてもらったみたいで。ありがとうございました」


 慌てて立ち上がり俺も頭を下げる。

 さっきマールさんが頭を上げてほしいと言い続けた気持ちがよくわかった。謝ってほしいと思ってない相手に頭を下げられると座りが悪い。


「そもそもゴルドルさんたちには試合の話自体が伝わらないようにされていたと聞いています。責めるのは筋違、い……?」


 言いながら違和感を感じた。

 今、ゴルドルさんは何と言った?

 自分が止めるべきだったと言った。

 事前に話しもしなかったと言った。

 それは、つまり、


「……筋違いじゃない。おれは、前日のうちにジアからタカヒサとシノミヤユキヤが戦うと聞いていた。聞いていながらタカヒサに伝えることも、試合を止めることもしなかった」


 そういうことだ。

 あらかじめ知っていなければ止められない。事前に話すこともできない。

 すべきだった、しなかったということは可能ではあったということだ。


 絞り出すように、ゴルドルさんは誤解のしようもないことを言った。

 俺は顔を上げてそのつむじをまじまじと見てしまう。日野さんも目を見開いていた。

 それはあれか。俺の弱さを一番知っていたあなたが、俺と四ノ宮が戦うことを認めたってことか。戦うどころか一方的な暴力になることを容易に予想できたあなたが。


「つまりゴルドルさんは、俺が剣術でも体格でも体力でも四ノ宮に劣っていることを知っていたあなたは、試合どころか公開処刑になる可能性を承知で試合を認めたんですか」

「……そうだ」


 ほう、なるほどなるほど。


「いじめろなんて命令が来ても無視すると言っていたのに、それは口先だけで、実際は見捨ててリンチを黙認した、と?」

「ああ、申し開きのしようもない」


 ゴルドルさんは頭を下げたまま、あっさりと認めた。

 その態度と今まで応対したゴルドルさんの人物像を踏まえて少し考えて、判断する。


「ダウト」

「は? だうと?」


 ゴルドルさんは素っ頓狂な声をあげた。腰を曲げたまま前を向き、こちらを見ている。


「嘘って意味です。今、ゴルドルさんが言ったことは嘘です。信じません」

「……おれは確かにタカヒサと勇者が試合すると聞いていた」

「そっちじゃないです。俺がリンチされるのを承知で、ってとこです。そうだって言ったの、嘘でしょう」

「何を根拠に!」

「勘です」


 何が気に食わないのかゴルドルさんが立ち上がり声を荒げたので、嘘だと思った根拠を即答する。

 唖然とするゴルドルさん。俺は胸を張る。ドヤぁ。


 説明が面倒なので勘だと言ったが、根拠はそれだけではない。

 もしもゴルドルさんがお姫様の味方だったとしたら、四ノ宮が剣を抜くより先に、俺が四ノ宮を殺そうとした時点で止めに入っていたはずだ。

 それと、主観的な感想ではあるが、ゴルドルさんはあんな嫌がらせに協力するような人物ではないと思っている。

 嫌がらせなんかをする人間が、昼休みを削ってまで訓練に付き合ってくれるだろうか。適切に加減して手合せしてくれるだろうか。

 俺が知ってるゴルドルさんは姑息な嫌がらせをしたりしない。

 気に食わなければ真正面から殴ってくる。そういう人だ。たぶん。


「まあぶっちゃけ、それが本当でも構わないんですけどね。わざわざ謝りにも来てくれるくらいですから、なんか事情があったんでしょう。許します。どっちみち気にしないでください」


 これまでお世話になっているし、これからもお世話になる気満々なのだ。許さない理由がない。

 ……こうしてあっさり許せば貸しになって、頼みごとがしやすいとか打算もあるけれど。


「……なんなんだよ、お前はぁ…………」

「ハズレの勇者らしいですよ?」


 気が抜けたのか、深くため息をついてしゃがみこむゴルドルさん。俺は何気ないふうを装って答えた。内心ではドヤ顔継続中である。


 と、ちょうどきりがいいところにチファが来た。夕食の準備ができたらしい。

 もう少し話したいことがあるので俺は日野さんとゴルドルさんを引き留めた。

 食堂で食べてもいいけど、この後の話はだいぶきわどい内容になることが予想されたので、俺の部屋で食べることになった。


―――


 チファ、ゴルドルさんと日野さんは各々席に着く。ゴルドルさんが結構大きなテーブルと一緒に椅子も持ってきたのだ。

 大きめと言っても四人で使うには手狭だった。ゴルドルさんがでかすぎる。普通のサイズの人なら四人で囲んでちょうどいい程度なのに。

 なので、俺はベッドに腰掛けた。引きこもっていた時と同じように、ベッド脇の小さなテーブルに夕食を置く。

 ちなみにメニューは鶏もも肉のソテーがメインだ。あとはシーザーサラダ的な野菜の盛り合わせとスープ。主食はパン。俺はチファたちがとっておいてくれたお昼のポトフも食べる。


 チファから夕食の知らせを聞いた後に俺がふたりを引き留めると、ふたりとも快く応じてくれた。

 ゴルドルさんからもまだ話すことがあるとか。

 日野さんはお姫様について行ったあとのことを聞きたいらしい。俺も対お姫様の方針を伝えるつもりだったのでちょうどいい。

 チファと特別話すことはないが、せっかくなので誘ってみた。チファは遠慮しきりだったが、頼み込むと折れてくれた。お姫様の相手をしてささくれ立った精神には安定剤が必要なのだ。

 とはいえちょっと可哀そうなことをした気もする。チファはいつにも増して口数が少なっていた。

 ゴルドルさんは幼なじみの上司だし、日野さんは正当な勇者様。緊張するのも無理はない。


「さて、それじゃあゴルドルさん。試合を認めた本当の理由を聞いてもいいですか?」


 笑って尋ねるとゴルドルさんはいかにもしぶしぶといったていで答える。


「……いい勝負になるだろうと思ったからだよ」

「はあ?」


 思わず素で返してしまった。

 俺と、四ノ宮が、剣術でいい勝負になると思った?

 それこそ悪い冗談だ。リンチを黙認したという方がまだ真実味がある――と切り捨てよう思ったけれど、どういうわけか『本当のことを言っている』と直感がささやいた。

 意味がわからない。どこに俺と四ノ宮がいい勝負をできる要素がある。


「お前、めちゃくちゃ勘がいいだろ。の飲み込みは早いし、回避だけならもうそれなりだ。……技を身に付けても経験が足りない勇者なら、十中八九勝てると思っていた。もちろん魔法を使われなければの話だが」

「買い被りにもほどがありますよ」

「本当にそう思うか? 初めから最後まで、勇者には太刀打ちできないと、絶対に勝てないと思っていたか?」

「……いやまあ、そうでもないですけど。でも、リンチにしようって企みがあるなら先に伝えておいてくれてもよかったんじゃないですか」

「伝えたらお前はさっさと城から出てったんじゃないか? せっかく勇者をはっ倒して自信を付ける機会なのに、出て行っちまったら帰れなくなる可能性だってあったんだ。……それで読み違えて、危うく死にかねない目に遭わせちまったが。悪かったよ」

「………………むう」


 反論できない。

 初めは勝てるはずがないと思っていた。おそらく試合前に企みのことを知っていたら、適当に金目のものを盗み出してとんずらしていただろう。四ノ宮を倒せると言われても信じなかった可能性が高い。

 けれど、いざ戦いが始まれば四ノ宮の攻撃はかわせたし、攻撃を打ちこむ隙もあった。最終的には攻撃魔法をかいくぐって喉元に食いつけた。

 直感と魔力視は非常に有効に作用した。四ノ宮が魔法を使わなかったなら勝っていたかもしれない。そう言われたら心から反論することはできない。

 ……そういえば。


「あの後、四ノ宮はどうなったんですか? 喉元に噛みついたトコまでは覚えてるんですど。食いちぎってはいませんよね。さしたる怪我もないですよね」


 確か、あと一息で届くというところで横やりが入った。だから怪我もしていない……はず。意識を失う直前にはお姫様の方を見ていたので、最終的に四ノ宮がどうなったのか知らない。

 俺が倒れた後も元気に暴れたらしいので生きていることは間違いない。

が、四ノ宮らしい魔力はほとんど動かないのだ。何があったのか、多少は気になる。


「あれ、征也が心配?」


 四ノ宮のことを尋ねると、横で黙っていた日野さんが心底意外そうにが問いかけてきた。

 心配……は、少し違う。だいぶ違う。絶対違う。あいつ大嫌いだし。そのうち逆襲する。

 仮に心配しているとしても対象は自分自身だ。


「俺が関わらない範囲ならあいつがどうなっても構わないんだけど、俺が関わって死んだりしてたら嫌じゃん」


 話を聞いたわけではないので詳しいことは分からないが、四ノ宮はメイドをいじめる俺を懲らしめようとしたらしい。

 むかつくことに俺の倫理観的に言っても無辜の人を理不尽に虐げる人間は悪人だと思う。

 罪が冤罪でなく、疑いをかけられたのが自分でなければ四ノ宮の味方をしていた可能性だってあった。

 四ノ宮だって、見当違いの濡れ衣とはいえチファを助けようとしていたのだ。

 そう考えると死なれてしまうのはあまり気分がよくない。

 何より、俺には死体を蹴って喜ぶ趣味はない。俺は意識のある四ノ宮を殴りたいのだ。

 死んでたら嫌だと聞いたゴルドルさんは呆れ顔を隠さなかった。


「……タカヒサ、あの時殺気放ってなかったか?」

「あの時はどうかしていたというか。あの程度で殺そうとか我ながら行き過ぎ――」


 いくら腹が立ったといえど本気で殺そうとするのはやりすぎだった。

 騙されて逃げられない場所に呼び出されて、観客に罵声を浴びせられ、衆人環視の中で濡れ衣を着せられた上で一方的に殴られ、なぶられ、大怪我をさせられ、死にかねない攻撃をされたくらいで殺そうだなんて、


「――行き過ぎだったのか? あれ、行き過ぎなのか? なんかあの時の仕打ちを思い出すと妥当なような気がしてきたんだけど。初手の首狙いなんて受けたら頚骨折れてたかもしれないし……正当防衛じゃね?」

「……さすがに、あれだけやらかしたら弟分でも弁護できない」


 日野さんはそっと視線を逸らした。ゴルドルさんも乾いた笑みを張り付けている。

 話が脇道に逸れていたところ、チファが俺の最初の質問に答えてくれた。


「シノミヤ様は試合の後、自分の部屋に籠ったきり必要最低限しか外に出てきていないです。怪我はほとんどなかったはずです。サカガミ様も治療は必要ないと仰っていました」

「おぉう引きこもり。さんざんいたぶった相手と同じ結末とか。ざまあ」

「タカヒサ様、笑顔が邪悪です」


 仕方ないだろう。面白いんだから。

 そりゃそうだよなあ。勝って当たり前、負けたら恥レベルの相手とケンカして、魔法を使ってもお姫様に助けてもらう体たらくだったんだから、まともな神経の持ち主じゃあ周りに合わせる顔もない。


「……籠った本当の理由は負けそうになったからじゃないと思いますけど」

「……言ってやるなよお嬢ちゃん」

「え、なにその反応。あの後何かあったの?」

「……言えねえ。おれにも情けはある」


 何度も聞いてもゴルドルさんは頑なに口を割らない。チファも気まずそうに目を逸らすばかりで質問には答えてくれない。

 やばい、超知りたい。

 この反応から察するに四ノ宮は相当な失態を犯したのだろう。次にケンカを売られた時のためにもぜひ知りたい。全力でからかう所存だ。


「漏らしたの。あいつ」


 どうにかカマをかけてしゃべらせようか、とか考えていたら日野さんがあっさり口を割った。

 え、漏らした? 何を?

 ……どうしよう。だいたい察しはついた。笑いを抑えるのが大変だ。

 ゴルドルさんとチファは、ふたりして嗚呼、と天を仰いだ。室内だけど。


「村山くんに睨まれて、噛まれて、それがよっぽど怖かったのか。村山くんが倒れたあとに腰を抜かして、そのまま、ね」

「ざまあ! 超ざまあ! 自分たちが呼んだ観衆の前でチビっちゃったんですか勇者サマ! プークスクス!」


 やばい、笑いが止まらない。

 さぞ屈辱だったことだろう。俺に噛みつかれた時の狂態に続いて、勇者としてお披露目されたその日に群衆の前でオモラシとか!

 日野さんたちの話だと四ノ宮が魔法をぶっぱした直後に観客は逃げたらしいけど。それでも城に勤めている兵士たちはばっちり目撃しただろう。

 惜しむらくはその光景を自分の目で見れなかったことか。

 ぜひこの目で目撃して、気がすむまでからかってやりたかった。


「あーおかしい。次に顔を合わせたらチビリの勇者様と呼んでやろう」


 ようやく落ち着いてきた。危うく呼吸困難で死ぬところだった。


「タカヒサ様、笑い過ぎです」

「ごめんごめん。面白くて、つい」


 チファにジト目で見られ、根性で笑いを引っ込めた。顔の筋肉がぷるぷるする。腹筋が痛い。

 それにしたって笑うなという方が無茶だろう。その光景を想像するだけで横隔膜が痙攣しそうなくらいだ。

 でもチファに引かれるのは勘弁。自重しよう。

 何度か深呼吸して気を引き締める。それから話の軌道を修正する。


「やられたことを殺さない程度にやり返すつもりだけど、猶予期間は四ノ宮が立ち直るまでか。それまでにある程度は力をつけておきたいところかな。立ち直ったとたんに逆恨みで襲われないとも限らないし」


 体の怪我じゃないぶん明確な期限が分からないのは厄介だが、そう贅沢は言っていられない。むしろ回復魔法で治せない傷を負ってくれたことは幸運だと考えるべきだろう。

 四ノ宮が引きこもってくれて、準備に充てられる時間があるだけめっけもんだ。


「ところで、村山くんはアルスティアをどうするつもりかな。彼女は殴って終わり、というわけにもいかないし。そもそも征也にやり返そうとしてもアルスティアに邪魔をされるんじゃない?」


 四ノ宮対策にかけられる時間はどれくらいかと考えていると日野さんが小首をかしげた。

 ああ、そういえばまだお姫様と話したことを伝えていなかった。


「それなら大丈夫。お姫様とは手を組んだから」

「「はい?」」


 チファと日野さんがそろって素っ頓狂な声をあげた。ゴルドルさんは変なものを見るような目でこちらを見ている。


「ほら、さっきお姫様の部屋に行ったじゃん?」

「うん、行ったね。私はこの部屋で帰ってくるのを待っていた」

「それで、話をするじゃん」

「それは、したんだろうね。話をするためにアルスティアと行ったのだし」

「で、手を組んだ」

「よし、ちょっと待とうか。詳しい話を聞こうじゃないか」


 あちこち省略して話したら立ち上がった日野さんに両肩を掴まれた。

 じっとりした目で真正面から見据えられ、なんとも居心地が悪い。

 俺は日野さんを座らせ、お姫様との会話を要点だけ絞って伝えることにした。


 お姫様は契約を破るつもりがないらしいこと。送還の魔法書がお姫様の部屋にあったこと。お姫様の目的のこと。

 もちろん、日野さんが欠陥品云々とかチファは俺を理解できないとか、そのあたりは話さなかった。不快になるようなことをわざわざ言う必要はない。


「……アルスティアも征也を追い詰めることが目的。目的が同じだから友達になれる、と?」

「他にもいろいろあるっぽいけどね。とりあえず手を組んだ。少なくともお姫様と目的が一致しているうちは何もしてこないはず。なんで、しばらくは警戒しつつも放置する方向で」


 便宜上の友達だ。向こうさんがどれだけ俺の言葉を信じたのかも分からない。あまり期待しない方がいいだろう。


「あと、お姫様に効果がありそうな仕返しは分かったけど、今はまだタイミングじゃない。実行できるのはしばらく先になるから、まずは四ノ宮対策をするつもりでいる」


 お姫様はおそらく、数年前の俺と同じ場所にいる。

 ならば、当時の俺がやられたら嫌だったことをしてやればいい。

 心当たりはいくつかある。お姫様がやろうとしていることを考えたら自然と答えは出た。鳶にさらわれる油揚げ作戦である。

 日野さんが送還する契約に強制力を持たせてくれて本当によかった。おかげで復讐したって送還は果たされるわけだ。暴行を加えて契約の履行が不可能になった場合はペナルティもなくなるのかもしれないが、あまり物理的なダメージを与えるつもりはないから問題ないだろう。

 何より契約を反故にされても送還がお姫様頼みにならないとわかったことが大きい。これで心置きなくやり返せる。


「仕返しはするの? 友達になったのに?」

「便宜上便宜上。あんだけやられてタダで済ますはずないじゃん。友達になったなんて言った覚えもないし」


 俺の分に加えてチファに怪我をさせた分もある。

 チファを報復の理由に使うつもりはないが、報復にはチファの分も上乗せするつもりだ。


「それじゃあ、最後にひとつ確認させてほしい。村山くんは、征也をどうするつもり?」

「どうにかしてボコり倒す」


 神妙な様子で問いかけてきた日野さんに即答する。

 すると表情はわずかに和らいだ。

 やっぱりぶっ殺す、とか言ってみたくなったけど自重。


「そっか。何か私にできることはあるかな。協力させてほしいのだけど」

「せっかくだけど遠慮する。四ノ宮を殴るのもお姫様への仕返しも、俺の個人的な意趣返しだから。日野さんは気にしないでいいよ。保護してくれてるだけでも十分すぎるくらいだ」

「……そう。分かった」


 日野さんはこくりと頷いた。どことなく不服そうではあったが、気付かないふりをする。

 打倒四ノ宮に協力するということは愛想も尽きかけているのだろう。だが、さっきも四ノ宮を弟分だと言っていた。四ノ宮をどうするか改めて確認するくらいなのだから、俺が殺すなどと言っていたら止められた可能性もある。

 気持ちはわからないでもない。あんなでも日野さんにしてみれば一応は身内なのだろう。

 しかし、それは俺と関係ない感情だ。

 お灸をすえるなり、身内の恥を雪ぐなりしたいなら自分ですればいい。

 もしも協力を仰いだ場合、日野さんの求める結果にはならないかもしれない。それで傷を負わせるのも嫌だ。


「というわけで、さしあたって俺は四ノ宮と戦っても勝てるくらい強くならなきゃいけないわけなんですけど。

 ゴルドルさん、さっき、できることならなんでもするって言ってましたよね?」


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