40.対話、理解、締結
本日は二話投稿しております。
こちらは二話目となります。
「……だから四ノ宮に仕返しをしようとしている俺と仲良くなれると?」
「ええ、その通りです」
俺はお姫様の言葉が嘘だとは思わなかった。
言うとおりだとしたら合点がいくことが多い。
あのリンチは民衆の鬱憤を晴らすため、などと考えていたが、それでは納得いかない部分もあった。
どう足掻いても、日野さんや坂上に何かあったと知られてしまうのだ。
もしも四ノ宮に一方的にやられたとしたら、俺はさらにひどい怪我をしていただろう。
そうなれば、冷遇の件で話を聞きたいと言っていた二人に気付かれないはずがない。
知れば二人はお姫様に、アストリアスに悪い感情を持つことは想像に難くない。
民衆の憂さ晴らしにしてはリスクが大きすぎる。
だが、そもそもが四ノ宮を追い詰めるための策だとしたら。
濡れ衣を着せて一方的な暴力を振るった四ノ宮と、殺されかけた俺。
二人がどちらにつく可能性が高いかなんて、考えるまでもない。
もしかしたら浅野も含めて狙っていたのかもしれないが、事実として日野さんと坂上は俺の味方をしてくれている。
勇者は分断されるわけだ。
孤立して心が弱ったところにつけ込むつもりだとしたら効果的だろう。
「でも、四ノ宮を追い詰めるってのは方法だろ。追い詰めることそれ自体が目的ってわけじゃない」
「そうですわね。目的もきちんとお話しますわ。お友達になれると思った理由もあれだけではありませんもの」
言わずに誤魔化そうとしているのかと思ったが、問うと簡単に口を割った。
「わたくしには昔からずっと、欲してやまないものがふたつあります」
お姫様は一瞬だけ遠くを見るように目を眇め、それからこちらを向いた。
「ひとつは、友達。互いに理解しあえる友人がほしい」
お姫様は俺をじっと見つめながら言った。
ふっとお姫様の顔が緩んだ。
笑みと言うには陰があり、悲壮というには華やいだ、何とも名状しがたい表情だった。
お姫様はこちらに視線を向けたまま逸らさずに口を開く。
「そしてそれ以上に、なによりも、自分だけの特別がほしい。そのためにユキヤ様が欲しいのですよ」
特別が欲しい。
その言葉に、脳髄が痺れた。
覚えがあった。
それはいつか、俺が抱いていた望み。
しかし叶うことはないと諦めていた願い。
唐突に数年前の自分が目の前に現れたような錯覚にとらわれた。
「――ああ、やっぱり」
反応だけで察するに十分だったのだろう。
先ほどまでの笑うような悲しむような表情はいつの間にか引っ込んでいた。
お姫様は泣きそうに、労しそうに顔を歪めた。
「ムラヤマ様は、理解してくださいますのね。できてしまう、と言った方が適切でしょうか」
「……何の話だ」
しらを切る。
事実としてお姫様だって何も知らないはずだ。
どこかで誰かに話したなら知られている可能性も存在する。
しかし、俺は誰にも話したことなんてない。
あんな惨めでみっともない感情を、誰かに語れるはずがない。
だから誰も知り得ない。そのはずだ。
「……傷を抉るようなことになりますが、はっきりと口にした方がよろしですか?」
「だから、何の話だと言ってるんだよ!」
「ムラヤマ様は、自分だけの特別への切望を理解できるのではないか。求めるわたくしの心を理解できるのではないか。わたくしと同じように、ずっと孤独だったのではないか。そのような話です」
思わず声を荒げた俺を前にしてもお姫様は眉を下げながらあっさりと言い当てるだけだった。
誰にも知られたくない部分に触れられ、ささくれ立っていた気持ちが急速に静まる。
知られるどころか、理解されてしまったかもしれない。
急に足場がなくなったように心細くなる。ささやかな反発をすることしかできない。
「……一緒にするなよ、俺には味方がいる。孤独じゃない」
「それは、ヒノ様とシホ様、ゴルドル兵士長、ダイム先生。ウェズリーとシュラットという兵士に女給が二人……チファとマール。この八人のことでしょうか」
「ああ、そうだよ。よくわかってるじゃないか」
この八人は俺の味方だろう。孤独なんてありえない。
半分とは目を覚ましてから会っていないが、それでも味方をしてくれると思っていいはず。
懸念があるとすれば俺に味方をしたことで彼ら彼女らの立場が悪くなるかもしれないということくらいだ。いちおう勇者の保護があるから大丈夫だとは思うが。
少なくとも顔を合わせた坂上、日野さん、マールさんのことはある程度信用している。チファを疑う余地はない。
「心にもないことを仰いますのね。ご自分でも分かっているくせに」
そんな俺の考えは冷ややかな言葉にあっさりと切り捨てられた。
「確かに彼ら彼女らはムラヤマ様の味方なのでしょう。ですが、ヒノ様もシホ様も、他の方々も、求められる人間です。理不尽に他者と比較されても、不当な評価を受けてもいない。味方というだけでムラヤマ様の友人――理解者足り得ない」
断言され、言葉に詰まる。
とっさに何かを言い返すことができなかった。
「チファ……あの子だけは違うようですが、それでもムラヤマ様を理解はできない。そうでしょう?」
伺うような言い方ではあるが、お姫様は確信している。自分の言葉が間違っていると微塵も疑っていない。
……ああ、そうだな。その通りだよ。
きっと、チファには俺の理解者になってもらえない。他の人たちだって同じだ。
だが、それでいい。理解者になんて、なれなくていい。なってもらいたくない。
「それに、初めてではないでしょう? 特別な誰かと理不尽に比較されて、評価されなかったのは。だからこそ特別を欲するわたくしの気持ちを理解できる。そうではありませんか?」
「っ!?」
思わず目を見開いた。
小学校、中学校に通っていたころの記憶がフラッシュバックする。
みじめで、情けなくて、弟が妬ましくて疎ましくてたまらなかった自分。
絶対に負けたくなかった。
だから必死で努力した。
何かひとつでも勝てるものが欲しくて、いろいろな習い事をした。
自分にも何かひとつくらい『特別』があると幻想を抱いていた。
結果、分かったのは、俺には特別なんてないということだけだった。
たくさんの時間を費やして、辿り着いたのは弟と比べて嘲笑する声に満ちた場所だった。
悔しさを理解してくれる人も、努力を認めてくれる人もいなかった。
……知られることが余計みじめに思えて、自分で隠していたから仕方ないことだけれど。
全部を投げ出した。特別なんて諦めた。
足掻かなければ惨めさが薄らいだから。
努力をやめれば楽になれたから。
そのうち、手を抜くことを覚えた。
「……なんで、そんなことを知ってるんだよ。俺は誰にも、話したことなんてない」
「知っているのではなく、分かったのです」
もっと早く分かればよかったのですが。
お姫様は自嘲気味に言った。
同じ匂いに気付けないなんて情けない、と。
「正直なところを申し上げますと、わたくしはユキヤ様と戦ったあの日まで、ムラヤマ様のことは軽蔑しておりました。感銘を受ける言葉こそあれど、あなたは表面的な抵抗しかせずに簡単に諦め、状況に流された。どこにでもいる、つまらない人間だと思っていたのです」
お姫様は音もなく俺に近寄り、そっと手を握った。
「ですが、それはわたくしの勘違いでした。あなたは立ち上がり、理不尽な特別に全身全霊で抗った。その時に、この方となら分かりあえる――そう、思ったのです」
「……おまえに、なにがわかる」
相手とシチュエーションによっては感動的だったかもしれない台詞に感じたのは憤り。痛烈なまでの不快感。
俺の手を包み込むお姫様の手を乱暴に振り払ってしまわないよう必死でこらえる。
なにがわかりあえる、だ。
そこらの魔法兵よりはるかに大きな魔力を持っているやつに。
地位に恵まれて、生まれた時から特別な連中すら顎で使えるやつに。
何をしても弟に劣るみじめさが、わかるはずない。
「わかりますわよ。わたくしも同じですもの」
「……同じ?」
「わたくしも、ずっと比べられてきました。身内に怪物がおりましたの。姉様と、妹。姉様はわたくしの完全な上位互換。何をしても足元にも及ばない。妹は神と繋がる才能を持っておりました。ふたりのきょうだいと比べ、何の特別も持たないわたくしはいつも陰口をささやかれていたのです」
お姫様の顔から笑みが消え去った。
代わりに、そこには先ほどと同じように見覚えのある表情があった。
焦りと妬みと劣等感をたっぷり抱えて、腐ってもまだ捨てられないやつの顔。
なんてことはない。何年か前、鏡を見る度に映っていた表情だ。
「ユキヤ様たちを見るときのムラヤマ様の目は、わたくしにとってなじみ深いものでした。元の世界でもユキヤ様たちと比べられていたのではありませんか?
わたくしは身内と。ムラヤマ様は同じ立場の者と。近しい誰かと比較され、無力を責められてきた。けれど、抗っている。だからこそお友達になれると思いますの」
お姫様の言うことはだいたいあってる。
もとの世界でも圧倒的に優秀だった四ノ宮たちはこちらでも勇者の名に恥じない能力を持っていた。
対する俺は元の世界では平凡、こちらではそれ以下だった。
特別関わりがなければ劣等感なんて感じなかったが、こうして明確に差を見せつけられて劣等感を感じるなという方が無茶だ。卑屈になって当然だろう。
しかし、それはお姫様と仲良くする理由にはならない。
「お姫様、あんたは勘違いしている」
俺の無力を責めたてた筆頭は目の前のお姫様。
お姫様はそんなことなかったように言うが、紛れもない事実だ。
忘れることはない。
自然と声は冷たくなった。
――だが。
「俺は四ノ宮と比べられてきたんじゃない。ずっと、弟と比べられてきたんだ」
少しだけ、お姫様に向ける感情に変化があったのは確かだ。
話を聞いてわかった。
俺とお姫様の境遇はお姫様が思っている以上に近い。
だからこそ、抱く感情は怒りや憎しみだけではなくなった。
俺は握られていた手をそっと取り戻して、話してみる。
「お姫様とおんなじだ。俺よりずっと優秀なやつでさ。勉強でも運動でも、俺が必死になって身に付けたものをあいつは簡単に手に入れた。もともとは俺だって優秀だったはずなのに、だんだん平凡に埋もれていって、期待は全部あいつが持ってって、俺はほとんど放置されてた」
そんな弟に勝る何かが欲しくて、いろいろな習い事をした。
メジャーどころで野球やサッカー、習字に英会話。通えるところに道場やジムがなかったので格闘技の経験はほとんどないが、かなりの数の習い事を経験した。
今となってはほとんど身に付いていないが。
不在がちな両親に代わって世話をすることも多かったからか、弟は俺によく懐いていた。
何か言いつければ、よく守った。
仲のいい兄弟だっただろう。
少なくとも、表面上は。
変わったのは中学に入る少し前だ。
体格で追いつかれ、運動では歯が立たなくなった。勉強ではとっくに追い越されていたし、俺には芸術関係の才能もなかった。
とうとう勝ち逃げすらできなくなった。付け焼刃の技術なんて性能の差で潰された。
周囲には何をやっても弟に勝てないやつと認識されるようになっていた。
嫌になって、全部投げ出した。新しく始めることもしなくなった。
呑み込みはいい方だった。体格で追いつかれるまで、弟が俺に追従して習い事を始めるまでの一か月で基本を身に着けることができた。始めたばかりの弟に挑めば勝てた。
続いた習い事なら平均より上にはいられた。
だが、比較対象が壊れていた。
「……あれは、しんどいよな。人並みにできる方なのに、身内だからって性能がケタ違いのやつと比べられて。何も期待されてないから、好きにしていいって放置される。干渉されなくていいって言うやつもいたけど、誰も努力したことすら認めてくれないんだ。認められたくて努力をするわけじゃないけどさ、すごく寂しかった」
「ええ。階段を一歩ずつ進んでいっても、一足飛びに越えていく人と比較されるのですもの。外野は気楽に文句を言って。自分たちはわたくしにも劣るくせに。努力をすることを笑う者までいる始末ですもの」
「そうだよなあ。俺にすら勝てないやつが弟と比べて俺をこき下ろして、負けた溜飲を下げてるんだ。あのころは必死で気にもできなかったけど、今思うと腹立たしい」
「どこにでもいますのね、そういう輩は」
「こっちにもいんの?」
「掃いて捨てたいほどに」
お姫様は吐き捨てるように言った。
どうにも、俺と同じようなことを経験しているらしい。
それでも諦めていない点だけは凄いよ、本当に。
しばし互いに愚痴りあい、一息ついたところでお姫様が手を差し出してきた。
「……どうでしょう。わたくしたちは互いの痛みが分かります。だからこそ互いを理解できる。改めて申し上げますわ。わたくしと、お友達になっていただけませんか?」
俺はその手を取ってお姫様に笑いかける。
「ああ、手を組もう、お姫様」
お姫様も俺に笑いかけてきた。
ああ、ひどい表情だ。
ろくでもないことを考えていると確信できる。
だが、俺にそれを指摘する資格はない。
きっと、俺も同じような顔をしていたから。




