4.帰る術
みんなが気になって、けれど誰も聞けなかったこと。
さっきまでずっと本を読むことに集中していた日野さんもぴくりと反応し、顔を上げた。
四ノ宮はじっと静かにお姫様を見据える。
坂上はおろおろと四ノ宮、お姫様、俺を順々に見ている。
浅野は身を固くし、緊張した面持ちになる。
誰も口を開かず、静寂が流れる。
……こりゃまさか、最悪の状況か?
いくつか想定していたパターンはあった。
その中でも帰れないというのは最悪だ。
物語ならたいてい最後に元の世界に帰る方法が見つかったりするけれど、異世界に骨をうずめる終わり方をするものもある。
もとの世界に帰れるエンドだと、そのうち異世界と地球を行き来する術が見つかったりする。逆に主人公が残ることを選んだ場合、地球に帰る方法が見つかることはほとんどない。
地球に帰らないエンドが悪いとは言わない。主人公が自分で選んで異世界に残るのだからハッピーエンドだ。主人公として、勇者として、英雄としての力を持っている以上生活に困ることはないだろう。
だが、俺の場合はそんな能力がない可能性が高い。仮にあったとしても勇者である四ノ宮たちには及ばないはず。
特別な能力もなく、右も左もわからない異世界で生きろとかどんな罰ゲームだ。
確かに異世界と言われて全く興味がないことはない。
ウチには大量のマンガがあった。名作と言われる古いものから最新の話題作まで。
俺は絵本の代わりに漫画を読んで育った。
当然のように影響され、中学後半あたりは厨二病を患っていた。
今ではもう完治した――と思いたいが、一生治らない心の病らしいので油断はできない。
思考がそれた。
そんなわけで魔法というものには憧れがある。
というか、誰だって一度くらいは「こんな魔法が使えたら」とか思ったことがあるんあじゃないだろうか。
空を自由に飛びたいな、とか。
むかつく知り合いや先輩、社会人なら上司に爆発魔法をぶっぱしたり。さぞ痛快だろう。
だが、一生この世界に住みたいかと言われたら断固ノーだ。
魔王軍に攻められてる国に勇者として召喚される?
そんなもん魔王軍と戦えと言われるに決まってる。国を救ってほしいってのは早い話が魔王軍と戦って根絶やしにしてほしいってことだろう。
絶対嫌だ。軍と戦うってことは戦争か、あるいはテロだ。
平和な日本でぬくぬく暮らしていた俺に、戦場に立てと?
それこそ勇者にやらせろって話だ。
自分の国の問題なら自分たちでなんとかしろ。他の世界の人間がでしゃばるとか内政干渉にも程がある。
できれば簡単に魔法だけ覚えたらさっさとこの世界からオサラバしたい。
もしも魔法を日本に持ち帰るには魔王を倒さなければならないとか言われたらすぐに帰る方を選ぶが。
そんなことを考えているうちにどうやら俺の目つきはそうとう悪くなっていたらしい。
こちらを見たお姫様にはさっと目を逸らされた。
「……帰る方法は、あります」
ほう、最悪ではなかったか。
となると言い渋ったのは勇者サマに戦ってもらえないと困るからか、それとも達成困難な条件があるからか。
どのみち今すぐに帰る方法はあっても教えてもらえないだろう。
仮に俺が召喚した側だったとして、どうしても勇者の力が必要なら絶対に話さない。
話すとしても嘘をつく。
「ですが、今はありません」
「ああ、もういいや。だいたいわかった」
やっぱりか。
それに「今はない」ね。
となれば理由は限られてくる。
嘘をつくとしても、本当だとしても、
「おおかた召喚するのでほとんど魔力は使い切ったから帰るには魔力が足りないとか言うんだろ? どうにかしたけりゃ魔王を倒して各地に封じられた力を取り戻さなければなりません、とか。それとも帰るためには何かの周期を待たなきゃいけないとか、そんな感じか?」
こんなところだろう。
この予想が合っていたらテンプレすぎて笑えるくらいだ。
もしもきょとんとした顔で「え、違いますよ?」とか言われても構わない。むしろ助かる。
お姫様はきょとんとしていた。
そして口を開く。
「どうして、知っているんですか?」
どうやらこの世界はテンプレ設定が大好きらしい。
あはは、駄目だこりゃ。