37.お誘い 1
前回までのあらすじ
いい具合に立ち直った村山貴久は日野祀子に気絶したあとのことを聞いた。
さて、これからどうしようかと相談しているところにアルスティアが乱入。
貴久の明日はどっちだ。
「……へえ、訊けば教えてくれるのか? お姫様」
「ええ、もちろん。ムラヤマ様からのご質問とあらば」
音もなくドアを開き、こちらを眺めるお姫様に問いかける。
なるべく余裕があると思わせるために笑顔を作る。しかし、うまく笑えている気がしない。
お姫様の、試合直前に見たものと変わらない笑みに比べればさぞ拙い作り笑いだろう。
「アルスティア……いったい、村山くんに何をしに来た」
椅子に座っていた日野さんも立ち上がり、臨戦態勢をとる。声に強烈な怒気が混じる。
お姫様は動じない。
俺を魔法で攻撃したということは、お姫様もそれなりに魔法が使えるはずだ。魔力感知が苦手だったとしても日野さんほどの規格外の魔力なら感じ取れる。日野さんがここにいるのを承知で入ってきたのだろう。
「わたくし、ムラヤマ様にお話がありますの。ヒノ様に用はありませんわ。そこをどいてくださらない?」
日野さんの魔力が小さくスパークする。相当頭に来ているらしい。
対するお姫様は余裕の笑みを崩さない。
俺はといえば不敵な笑み(笑)を維持するのに精いっぱいだったりする。
いきなり部屋に現れたことに驚かされ、不意打ちで声をかけられたことで場の主導権を持ってかれたかたちだ。
場の空気なんかに構わずお姫様の顔を物理的に歪めてやりたいと心から思う。
体の奥から熱が溢れだす。左腕が突然の熱量に軋む。視界が黒くにじむ。
その気になれば、一秒後にはお姫様の顔面に拳をめり込ませることができるだろう。眼球を抉って脳ミソを掻き出してやることも。
だが、それはできない。
お姫様を殺してしまえば帰る手段は失われる。お姫様の送還魔法以外にも帰る方法はあるのかもしれないが、それがどこにあるのか見当もつかないのが現状だ。
そのうえ王族を殺したとなれば勇者といえどただでは済まないだろう。ハズレである俺はなおさら。
そしてそれ以上に、実力的に不可能な可能性が高い。
いくらお姫様でも俺が自分を歓待するとは思っていないだろう。俺の部屋なんて敵地と言っても過言ではない。
にもかかわらず、単身でここにいる。魔力感知で探ってみても護衛らしい魔力は感じない。
俺が攻撃しても身を守りきる自信があるのだろう。俺だって魔法を使う相手を一方的に倒せるなんて思い上がってはいない。魔法で殺されかけたのだし。
「わたくしが何をしに来たのかという問いへの答えなのですが、ムラヤマ様。あなた様にでしたら、わたくしの目的も教えてさしあげますわ。教える、というより少し話せばムラヤマ様は理解してくださると思いますが」
「……ふぅん。それで、そっちの要求は何だ? まさか親切心で俺の質問に答えてくれるわけでもないだろう」
「ヒノ様に申し上げた通りです。わたくし、ムラヤマ様ときちんとお話してみたいのです。そのために、お話のきっかけとして、ムラヤマ様の質問にお答えするつもりですわ」
お姫様はにっこりと笑う。
精神をめいっぱい逆なでされるが、ここで短気を起こすわけにはいかない。
どんな意図にせよ、こちらの質問に答えてくれるというのだ。
嘘をつかれる可能性はあるが、初めから回答をそのまま信じるつもりなんてない。
嘘をつかれても嘘のつき方で隠そうとしているものは分かる。予想のとっかかりくらいにはなるはずだ。
何より、不思議なことに、直感がお姫様の言葉は嘘ではないと囁いている。
「じゃあさっそく答えてもらおうじゃないか。あんたはなんで俺と話してみたいと思った?」
「それはわたくしからお話する本題に関わることですので、またあとでお答えいたします」
「本題、ねえ。やっぱりただオトモダチになりたいわー、なんて話じゃないわけだ」
「ふふふ、それはどうでしょう」
……直感さん、頭殴られて壊れたか? こいつ、まともに答えてくれないんだけど。
「私からも改めて質問させてもらう。アルスティア、村山くんを公開処刑するようなマネをしたのは何故だ」
「あら、無粋な方ですわねえ。先ほども申し上げましたように、わたくし、今日はヒノ様に用はありませんの。部屋から出て行ってくださらない? 今はわたくしとムラヤマ様が語らう時間ですわ」
日野さんがお姫様に質問をすると、俺を見つめていたお姫様はつまらなそうに日野さんを一瞥。しらけきった調子で言い放った。
ビキッと音が聞こえた気がする。日野さんの頭にさっきとは比べ物にならないほどぶっとい青筋が浮いているように見える。
「ねえムラヤマ様。ここにはお邪魔虫もおりますし、わたくしの部屋にでもいらっしゃいませんか? ふたりっきりでしたら、ムラヤマ様の質問に誠心誠意答えさせていただきますわ」
「……そっちの要求は、俺がひとりであんたの部屋に行って話をするってことでいいのか」
「要求としかとっていただけないのは寂しいですが、それでムラヤマ様と邪魔を挟まず話せるのならば、それで構いません」
リスクとリターンを天秤にかける。
考えられるリスク。お姫様の部屋に行くこと。どんな目に遭わされるか分かったものじゃない。二人きりになること。お姫様の目論見が俺ひとりで打破できないものであった場合、そこで詰む。
要するに物理的か精神的か知らないが罠である可能性が高い。
リターン。お姫様がこちらの質問に答えるということ。嘘をつかれるかもしれないが、今ある情報では不十分なので情報収集をしようと話していたのだ。お姫様の誘いは渡りに船と言える。
答えはすぐに出た。
「分かった。それじゃあ話をしよう。場所もお姫様に任せるよ」
「村山くん!?」
あっさり承諾すると日野さんが声を荒げた。
「危険だ。私も付いていく。村山くんがひとりで行く必要なんてない」
「必要はあるよ。だって――」
「ヒノ様もいらっしゃるならわたくし、お話する気分ではなくなってしまうかもしれませんわねえ」
「……ほら」
こっちが情報を欲しがっているということはさっき聞かれている。今さら誤魔化しが通じるはずもない。
日野さんなら力ずくで情報をもぎ取れるかもしれないが、しようとしないことから考えるに、契約にお姫様を害さないという項目でもあるのだろう。単純に倫理的な理由かもしれないが。
「そんなわけだから、ちょっと行ってくるよ。そうだな……どんなに遅くても半日はかからないだろうし、それだけ経っても俺が戻ってこないようなら契約なんてまるっと破棄して思うさま暴れちゃってよ。契約に抵触しない方法で拉致られたり殺されてる可能性もあるから」
「……でも、相手が何を考えているか分からないよ。そんなことになってからじゃ遅いと思う」
ちょっとした牽制のつもりで、お姫様の目の前で相談する。
お姫様にもそれくらいの意図は透けているのか笑顔は崩れない。
「あらまあ物騒ですわね。わたくし、そんな野蛮なことはいたしませんわ」
「あなたの言葉を今さら信用できると思う?」
「信用も何も、ご自身が結んだ契約のことをお忘れですか? わたくしが直接的にでも間接的にでもムラヤマ様を傷付ければたちまちヒノ様の知るところとなる。契約に抵触しない方法があったとしてもいずれは知れるでしょう。そうなればムラヤマ様が仰った通り、ヒノ様は大暴れするのでしょうね。それがどれだけ危険なことか分からないほど愚かではないつもりですわ」
日野さんに対しても平然と受け答えするお姫様。動揺は全く見られない。
拉致監禁やら殺害やらするつもりはないのだろう。
あえて楽観的に考えてみることにする。慎重なのはいいが、臆病風に吹かれて何もしないのでは意味がない。
理屈は理解できているのだろうが、いまひとつ納得しきれていないような日野さんにもう一声かける。
「いざとなったら俺も最後の手段を使うよ。爆発っぽい音がしたら助けに来てくれると助かるかな」
「……わかった。でもアルスティア、万一のことがあったら城ごとフォルトを焦土にするから」
「え、ええ」
日野さんの返答にさすがのお姫様も一瞬顔が引きつった。
実際にそれを実現できるだけの能力があるのだろう。言葉通り、冗談じゃない。
据わった目が俺から見ても怖かった。
「で、では参りましょうか、ムラヤマ様」
「お、おう」
日野さんに気圧された俺たちは部屋を出て、お姫様の部屋へと向かった。




