35.あの日の詳細
感想返しは引き続き活動報告で行おうと思います。個別に返信ができずに申し訳ありません。日付が変わる前にはなんとかあげられる……といいな。
「さてと。それじゃあ話も一段落したところでもう少し詳しい話を聞きたいんだけど、いいかな?」
日野さんが落ち着いた頃合いを見計らって声をかける。
今日、日野さんに会いに来た理由は坂上と浅野の話の齟齬をなくすためだけじゃない。そちらも本題なことに間違いはないけれど、もうひとつ本題があるのだ。
「うん。大丈夫。ようやく落ち着いた。何でも聞いてほしい」
憑き物がとれたようにすっきりとした表情で日野さんは答えた。
先ほどまでの話から察するに、日野さんも動揺していたのだろう。
数日前に目の前で知人が死にかけ、弟分が殺されかけ、殺しかけ。自分の顔なんて見たくもないと勘違いしていた相手が自室を訪問したのだから当然と言えば当然だ。
「俺がリンチにされた前後のことを聞きたいんだ」
「詩穂やチファ、夏輝に聞いているんじゃないかな?」
「聞いてるよ。けど、浅野は四ノ宮が逃げるのと同時に離脱しちゃったし、坂上の話は日野さんが頼んだ嘘で歪んでた。だからここらで正確に現状を把握しておきたい」
現状把握ができていなければ自分の行動がどういう結果をもたらすか予想しづらくなる。
そもそも、今、俺自身がどういう立場なのか。リンチの後の話を中心に聞いておきたい。
「そっか。それじゃあ更衣室で会った後から話せばいいかな」
日野さんの話が始まった。
―――
日野さんと坂上は俺と更衣室で別れた後、嫌がらせについて聞き込みを行った。チファの話を聞こうと思ったらしいが、人相も聞いていなかったため断念したらしい。
しかし返ってくる答えは俺がチファを虐待していたというものばかりだった。
そのことに不信感を抱きながらも聞き込みを続けていると、ウェズリーとシュラットに出会った。
二人は「ヒサはそんなことをしていない」「嫌がらせをしているのは他の連中だ」と力説してくれたらしい。
日野さんたちは二人に外見について聞き、直接チファから話を聞こうとするも、チファは見つからなかった。
仕方なしに兵士から話を聞いていると、ダイム先生が現れ二人に広場へ行くよう促した。
日野さんは、俺が観客に蹴られて転がるところから見ていたらしい。
目の前の光景に動揺している間に俺が立ち上がり、四ノ宮に文字通り食らいついた。
あっけにとられているうちにお姫様が横やりを入れ、俺を四ノ宮から引きはがした。
お姫様が追撃をするが、それはチファが身を盾にして防いだ。
殺されかけたことでパニックに陥った四ノ宮が聖剣を抜き、振りかざすがゴルドルさんがそれを防御。
日野さんが氷の壁を作り、坂上が治療に入る。ウェズリーは坂上を手伝い、シュラットがチファを回収。坂上がチファも治療してくれた。
どういうつもりだと問い詰めるとお姫様は霧の魔法で逃走。追いかけるべきか迷うも問い詰めるだけならいつでもできると追いかけはしなかった。
観客は四ノ宮の魔法の流れ弾を食らった時にほとんどが逃げ出していたが、俺に濡れ衣を着せた女給たちは広場に留まっていたらしい。
日野さんは威嚇のために巨大な火炎を作り、これ以上の手出しは許さないと牽制した。連中はそそくさと立ち去ったという。
やはり俺は今、日野さんの庇護下にいるらしい。お姫様も下手に手出しはできないだろう。一安心か。
四ノ宮は日野さんに叱られ、その場から逃げ出した。浅野はそれを追って去ったらしい。
その後、坂上が回復魔法で俺とチファの治療を終えるのを待ち、空いている部屋に寝かせてくれた。
回復魔法での治療も万能ではなく、体力を失った俺とチファはしばらく寝込んでいた。その間、俺とチファの看病はマールさんがしてくれていたという。だから目が覚めた後にマールさんが部屋に来ていたのだと納得した。
―――
「あとは、村山くんが目を覚ましてからの話になるかな。チファの治療も完了していなかったから止めたのだけれど、タカヒサ様の世話をするんだって聞かなくて。村山くんが一番信用できるのはチファだろうし、それ以外の時間は安静にしていることを条件に村山くんの世話に回ってもらった」
「……まさか、チファはまだ安静にしていた方がいい状態なのか?」
「ううん。まだ無理はいけないけれど、村山くんの世話くらいなら大丈夫。後遺症もないようだよ」
「そっか」
「むしろまだ安静にしているべきなのは村山くんだ。まだ痛みが残っているんだろう?」
もうしばらく時間はかかるが、傷跡も残らないそうだ。
チファの言うことならば信じるつもりだ。けれど無理をしているんじゃないかと怖くもあった。
言うことを全て丸呑みにするつもりはないが、あの傷跡を見た後だと他人の証言もあった方が安心できた。
そうだ。坂上が治してくれたというなら安心だろう。骨が砕けていたと思しき俺の腕も問題なく治せたくらいなのだし。
「……そういえば、坂上には謝らないとな。信用できないとか言っちゃったし」
自分で考えたからこうして話を信じようと決められた。疑ったことそのものは悪いと思わない。
けれど、助けてくれた相手にあの口のきき方はない。話の真偽を自分で確かめるにしても、もっと言いようがあったはずだ。
「うん。詩穂にも顔を見せてあげてほしい。心配しているから」
「……まだ、心配してくれてるかな」
「しているよ。でも、今すぐ会いに行くのはやめた方がいいと思う。ここ数日はずっとろくに寝ないで治療をしていたんだ。昨日の夜にチファからもう大丈夫って聞かされて気が緩んだのか、まだ寝ているみたいだから」
「寝ないで治療って……」
「村山くんは起きてからずっと気が立っていただろう? お見舞いも逆効果だと思って、詩穂は村山くんが寝てから治療に行っていたんだよ」
治療と言われてもいまひとつピンとこない。腕の骨は繋がっているし、見たところ他の傷も治っている。もう治療が必要なようには思えない。
最近のことを思い返すと心当たりはあった。
チファは俺に完治していないと言っていた。そういえばマールさんもゲンツウがどうのと言っていた。
ときたま体を走る痛みのことだろうか。
まあ、詳しいことは謝りに行った時に聞けばいいか。
とはいえ日野さんの言うとおり今日はやめておこう。お礼と謝りに行くのにかえって迷惑をかけたのでは本末転倒だ。
疑問が解決したと見たのか、日野さんも小さく笑って話しかけてきた。
「詩穂に謝るのもいいけど、チファやマールにお礼を言っておきなよ? チファは言うまでもないけど、マールだって同僚を敵に回す可能性が高いのに看病してくれていたんだから」
思考が止まった。
……そうだ。マールさんは俺を看病してくれていた。
なのに俺がマールさんにしたことは何だ。
心の中で濡れ衣を着せ、暴言を吐き、殺気を込めて睨みつけ、手当してくれようとしていたのに追い返した。
感謝どころか、盛大に言葉の石を投げつけていた。
やばい。やらかした。すっごいやらかした。こっちに来てから被害妄想はよくないと感じることもたびたびあったのに、学習できてなかった……!
脂汗が止まらない。全身が数秒でべっとりしてきた。
「謝らねば……!」
「あと、村山くんが寝ている最中の話なのだけど……村山くん?」
謝るにしてもマールさんがどこにいるか分からない。
魔力感知を使えば浅野や日野さん、坂上に四ノ宮といった勇者の居場所なら分かる。魔力がおそろしく巨大なため俺の未熟な感知にも引っかかるし、ある程度なら区別もつく。
しかし、マールさんはそんなに巨大な魔力の持ち主じゃない。
感知の網を広げてみたが、判別なんてできない。そもそも網に引っ掛かっていない可能性だってある。
どこにいるかなんて考えたところで答えはでない。考えるにも材料がないのだ。マールさんが普段どんな仕事をしているのかも詳しく知らないし。
困った時は直感頼みだ。……なんとなく厨房にいる気がする。厨房にいなくても白中探せば見つかるはず。話が終わり次第謝りに行こう。
「もしかしてマールに謝りに行こうと思ってる?」
「ぎくっ」
「口でぎくって言う人初めて見たよ。何かひどいことでも言った?」
「……あたり。なんでわかったか聞いてもいい?」
「私たちに村山くんが荒れてるって教えてくれたのはマールだもの。それくらいはわかるさ」
考えてみれば当然のことだ。
坂上は俺の気が立っていると聞いて寝ている最中に治療を行っていたらしい。
それを伝えたのがチファにせよマールさんにせよ、二人のうち片方だけに丁重に接していたとは考えづらい。どちらにも当たるような態度を取ったと考えるのが自然だ。
「マールなら今頃昼食の準備をしているだろうから、厨房にいると思うよ」
直感は間違っていなかったらしい。今後も迷ったら勘を頼ってみるのも悪くないかもしれない。
「私の話は急ぐものでもないからさ、気になるなら先にマールのところに行ってきなよ。他に気になることがあるんじゃ話も頭に入らないだろうし。それに、謝るなら早い方がいいと思う。時間が経つと『何を今さら』ってなって、謝りづらくなるから」
いやに実感のこもった言葉だった。
「肝に銘じておく」
端的に返して椅子から立ち上がり、ドアノブに手をかけると背中に声をかけられた。
「急いでいるかもしれないけれど走らない方がいい。あんまり体に負担をかけると幻痛がひどくなるかもしれないから」
「分かった」
日野さんの部屋から出て、ドアを閉める。
昨日からうまく走れなくなっていたのは数日間寝続けていたことも無関係ではないだろう。ストレッチをするとバキパキゴキコキひどい音が鳴った。
血行が良くなっていくのがわかる。これほど準備体操の意義を実感するのは初めてだ。
目を閉じて体を流れる熱を確認する。
四ノ宮戦の後から使えるようになったが、やはり今でも戦っていた時ほどの熱量はない。
だが、何もないよりはましだ。血液に混ぜ込むようなイメージで全身を循環させる。
足は折り曲げず腰を上げたまま両手を地面に付く。いわゆるクラウチングスタートの構え。
今、謝りに行きます。
俺は全力疾走を開始した。
「あっ、走るなって言ったのに! 転んでまた骨折しても知らないよ!」
ドアを小さく開いてこちらをうかがっていたらしい。日野さんの声が微妙に物騒だった。




