31.私室訪問
目的の部屋に辿りつき、ドアをノックする。
返事はない。
俺が起きた時間は早朝だったが、話を聞いて、部屋で考えているうちに日が暮れていた。訓練だってとっくに終わっている時間だ。
とはいえまだ夕食前。寝るには早すぎる。
部屋を間違えたのだろうか。
居留守を使われる可能性も考えたが、インターホンなんて便利なものはない。ノックだけでは俺だとわかるはずもない。
部屋を間違えた可能性を考えて両隣の部屋をノックする。が、やはり反応はない。このあたりにいることは間違いないはずなのだが。もう寝てしまったのだろうか。
仕方ない、出直そう。
と、踵を返した時だった。
「……げ、やっぱり」
「お」
ドアをうっすら開けてこちらを伺っていた人物と目が合った。。
「……なんであんたがここにいんのよ。体、大丈夫なの?」
「聞きたいことがあってね」
ものすっごく嫌そうな顔をしているが知ったことじゃない。
本来なら顔を合わせて嫌な顔をするのは俺のはずなのだし。
「少し時間いいかな、浅野」
―――
浅野と話に来た理由はいくつかある。
第一に、俺にとって明確な敵であったこと。
仮に、俺の部屋に来ていたのが浅野で、俺に都合のいいことを言ったとしたら。
俺は確実に嘘と断じた。
あのお姫様でも俺が浅野の言葉を信じるとは思わないだろう。
だからこそ浅野が俺を懐柔する言葉を持っているとは考えづらい。
第二に、敵の中で比較的危険度が低いこと。
四ノ宮に話を聞きに行ったとする。
坂上の話が本当だとすると、四ノ宮は聖剣を抜いて俺を殺そうとしたらしい。
さすがにそんな相手とのんきに会話する気にはなれない。怖すぎる。
というか若干四ノ宮がトラウマになっているらしい。顔を思い出すだけで傷があった部分が痛む。
お姫様も同様。顔を思い出したら全身痛む。
俺が会話をできるかもわからない。今、あの二人を見て冷静でいるのは難しいだろう。
浅野は敵でこそあったが、直接殴ってきたり罠を仕込んだわけでもない。
嫌いな顔ではあってもそれだけだ。こうして対面しても傷は痛まない。
第三に、御しやすそうなこと。
簡単な話。会話できそうな相手の中で一番単純そうだったから。
最後に、危険な感じがしないこと。
俺が持っていたスキルは直感。瞬間的な危険察知能力。
四ノ宮の攻撃を凌げたのもこのスキルによるところが大きい。凡庸スキルとか言っていたが、かなり使い勝手はいいように感じる。
その直感が反応していない。
浅野は俺に対していい印象なんて持っていないだろう。
だが、この場で俺に襲いかかってくるようなこともないはず。
現に今も嫌そうな顔をするだけで壁に立てかけてある木の槍を向けてくることはない。
「……なんであたしに聞きにくるわけ。もっと信用できる相手がいるでしょ」
「いないよ。今、ちょっと疑心暗鬼してるから。ある意味、浅野が一番信用できるかもしれない」
「正気? あんたがあたしを信じるとか、殴られたせいで頭のネジが飛んだ?」
「かもしれない。けどさ、お前が四ノ宮を捨てて俺の味方になるなんて状況、ネジが飛んだ素っ頓狂な頭でも想像できなくてね。そういう意味では信用できる」
四ノ宮マンセーの浅野だ。こいつが四ノ宮を見限ってが俺の味方ということはありえないと考えていい。
仮に四ノ宮と縁を切って俺の味方みたいな面をしていたら。その顔で坂上と同じ話をしたら。
その時は聞いた話の全てが嘘だったと確信できる。
「……わかった。あたしも聞きたいことはあるし。あんたがあたしの質問に答えてくれるなら、あたしもあんたの質問に答える」
「助かるよ」
浅野はドアを開き、俺を部屋の中に招いた。
―――
「それで、聞きたいことっていうのは?」
浅野の部屋はさっきまで俺がいた部屋とよく似たレイアウトをしていた。
学習机から椅子を引っ張り出してこちらに寄越す。座れということらしい。
浅野自身は身を投げるようにしてベッドに腰掛けた。
「俺が四ノ宮に腹を突かれて気絶した後のことを聞きたい。あの後、何があったんだ?」
「何があったって……それくらい、リコや詩穂に聞けばいいじゃない」
「さっき言ったけど、俺は今自分に優しくしてくれる人でも信用できない。だからいろいろな視点から何があったのか聞きたい。話を聞いて、矛盾がないか確かめて、何を信用するか決めるために」
「……あっそ」
浅野はつまらなそうな顔をする。
そしてぽつぽつと、淡々と語り始めた。
「――で、ゴリラみたいな人が征也の聖剣を止めて、征也を弾き飛ばした。ちっこい男の子たちがあんたたちを回収しに来た」
その内容は坂上の話と大きく変わらないものだった。
坂上の話との矛盾もなく話の内容そのものも変わらない。
あんまり変わらなすぎて、やっぱり作ってるんじゃないかと疑ってしまうほどだ。
が、それも最初のうちだけだった。
「征也が聖剣を振り下ろすのと同時に、氷の壁があんたを守ってた。聖剣を止めたのはゴリラっぽい人だったけど。リコがものすごい剣幕で征也を怒鳴りつけて、文字通り飛んできた詩穂があんたの治療を始めた」
変化がないのは序盤だけ。ここから先は坂上の話と齟齬がある。それどころかほとんど別物の話だった。
「リコはティアにも何のつもりだって叫んで、ドーム状に広げた氷の上に立って、見に来てた人たちにもこれ以上あんたを傷つけることは許さないって啖呵を切って、もしもまだやる気ならってものすごい炎の塊を出した」
坂上の話だと、日野さんはゴルドルさんが聖剣を防いだ後、膠着状態に入ってから現れたとなっていた。
聖剣が振り下ろされるのと同時に氷壁を張ったなんて話ではなかった。
聞いていた話とのあまりの乖離に惚けてしまいそうになるが、努めて顔には出さないようにして話の続きを待つ。
「あたしが知ってるのはここまで。リコに叱られて走ってった征也を追って広場から出ちゃったから。何か質問はある?」
話すと言った以上、ちゃんと説明はしてくれるらしい。
俺は少し考えて、言った。
「そんなお粗末な嘘に俺が騙されると思ってるのか?」
「はあ? なに言ってんの」
ものすごく心外、という顔で睨まれた。
せっかく嫌っている相手の質問に答えてやったのに嘘扱いされればそんな反応にもなるだろう。
「……今のは俺が悪かった。ごめん。俺の聞いてた話と違ったからカマかけてみたんだよ」
「違った?」
そう。嘘だと断じた根拠はない。気負いなく淡々と言う様子は嘘をついているふうにも見えなかった。
素直に謝ると不愉快そうな顔をしながらも浅野は聞き返してきた。
「あの場を納めたのはダイム先生って聞いてた」
「ダイム先生は少し遅れて来て後始末をしてたみたいだけど。嘘だと思うならあんたが戦った広場に行けば? 城もあちこち焦げてるから」
俺を騙そうとして話を作っているなら内容は統一しているはず。わざわざ一部に齟齬を作る必要はない。
どのみち誰かが俺を助けたという話なら、助けた人物を変える必要性も薄い。
仮に日野さんを使って懐柔しようという考えなら、坂上からもそういう話がされるはず。
本人に直接「私が助けた」と言われたら恩着せがましいと感じてしまうかもしれないが、それなら坂上やチファを使って伝えればよかった。
浅野の話にはそれなりの信憑性があった。
おかげで確かめなきゃならないことが増えた。あとで日野さんにも話を聞く必要がありそうだ。
「……わかった。それと、本題じゃないんだけど。どうして部屋に来た俺を見て『やっぱり』って言ったんだ? インターホンもないのに」
「あたしだって少しくらいは魔力探知が使えんの。あんた、魔力ないでしょ? 普通の人は微量でも魔力を持ってる。なのにノックされたドアの前には人の魔力の気配がなかった。もしかして、と思ったらやっぱりあんただったってわけ」
「ああ、なるほど」
ババ様も言っていた。普通の生物は些少は魔力を持っていると。魔力を持っていない俺を見てたいそう驚いていた。
となると、人がいるのに魔力が感じられないとなれば、そこにいるのは俺である可能性が高いというわけか。
「話、助かった。これから城も見てみるよ。それじゃあな」
「ちょっと待ちなさい」
椅子から立ち上がると浅野に呼び止められた。
「あたしもあんたに聞きたいことがあるって言ったわよね。あたしは答えたんだから、あんたにも答えてもらう」
……そういえばそんなことも言っていたか。
俺に何を聞きたいのか知らないが、答えられることなら答えてやってもいい。
「いいけど、何を聞きたいんだ? 浅野が知りたいようなこと、俺はほとんど知らないと思うぞ」
椅子に座り直す。
浅野のことは依然として好きになれないが、こちらの質問にはきちんと答えてくれた。
ここで約束を反故にするのは違うだろう。
「あのさ――」
聞かれたことは、俺が予想していなかったことだった。
話を聞き終えた俺は、答えではなく質問を返す。
「なんでさっき言わなかった!? 俺が気絶したあとの話だろう、それ!」
「あんた倒れたあともしばらく目ぇ開いてたじゃない! 普通考えたら、気絶してたら目も閉じるでしょう!」
どうやら俺は気絶していた後もしばらく目を開けていたらしい。
そう言われれば確かに、鳩尾を打たれた直後に人影を見た。
さっきの浅野の説明には引っかかる点があった。わずかな違和感だったためすぐに忘れていたが、今なら納得できる。
居ても立っても居られなくなって、椅子を跳ね飛ばして立ち上がる。
「すまん、今はその質問に答えられない。確認してまた答えに来る。話、ありがとな!」
言い捨て、俺は浅野の部屋から飛び出した。




