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3.状況説明

 曰く、この世界には魔法がある。

 曰く、この世界には魔王がいる。

 曰く、魔王軍に攻められ人族は滅亡の危機に瀕している。

 曰く、かつての魔王襲撃は異世界からやってきた五人の勇者により退けられた。

 曰く、もう後がない人族を、勇者の力で救ってほしい。


 状況はものすごく簡単に理解できた。

 もはやテンプレを通り越して古典の世界だ。ありがちってレベルじゃない。こんなにもわかりやすい非常識があるとは思いもよらなかった。

 もっと込み入った事情やらヘンテコな固有名詞やらがあると思ったが、国名や人名くらいしか知らない単語はなかった。


 今、俺たちは城の中の会議室っぽい部屋で姫様の話を聞いている。大きなテーブルを囲むように座らされた。

 席順は上座に姫様、その対面に四ノ宮、姫様から見て右側に小動物っぽい子とショート女。左側に日野さんと俺。姫様の後ろには一人、ベテランっぽい雰囲気の無表情なメイドさんが立っている。

 さっきまで俺たちがいた神殿のような建築物から、そこから詳しい話をするから、と城に連れてこられたのだ。

 神殿から移動するために外に出ると夕日が出ていた。神殿と城を外から見るとヨーロッパの教会や古城によく似ていた。ファンタジーのお約束というか、中世らしい見た目だった。

 移動した城の一室で俺たちは召喚された事情やらを聴いた。


 説明の内容はすげえ簡単かつ分かりやすかった。わからない部分を探す方が難しいかったくらいだ。


「……といった事情なのですが、何か質問はございますか?」


 一通り話し終えると姫様はこちらに水を向けてきた。

 やっぱり見るからにアングロサクソン系な姫様の口から流暢な日本語が出てくるとか違和感半端ない。

 彼女の名前はアルスティア・メル・アストリデア。見た目通りこの国の王女らしい。


 部屋は沈黙に包まれた。

 全員、状況は理解しただろう。少年漫画を読んだことがあればどっかで見たことはあるような設定だし。

 俺を含め、状況は理解できても受け入れられていないのだ。たぶん。

 ふむ、質問疑問はいくらでもあるけどどれから訊くべきかわからねえ。

 なんか沈黙が重苦しい雰囲気を作っているせいで質問もしづらい。

 ここはいっちょうあんまり深刻になりそうにないことから質問して空気を和らげるか。


「あの、いいですか」

「はい、どうぞ」


 手を挙げた俺に視線が集中する。


「ここは異世界だそうですが、どうして日本語が通じてるんですか? 何か翻訳の魔法とかあるんですか?」


 ある意味一番気になっていたことを尋ねる。

 よくファンタジーにあるような翻訳魔法だので意思の疎通をしているとすれば、まずはそれを身に着けることが最優先となる。相手が翻訳魔法を使ってくれるとは限らないし。


「えと……ニホンゴ、ですか? わたくしはこの国の標準語で話しているだけなのですが。翻訳の魔法なんて便利なもの、ありませんよ?」

「はい? じゃあどうしてこうして会話できているんです?」

「同じ言葉で話しているからだと思いますが……」


 つまりこの国の標準語が日本語だから言葉が通じるということか。

 なんというご都合主義。助かるけど。


「……時にこの国の標準語は何語なんですか?」

「ニポン語です」


 ニポン語……ニポン語かあ………。パチモンくせえ……。


「えと、よかったら何か本とか見せてもらえません?」

「かしこまりました。どのような本がよろしいでしょうか」

「内容はなんでもいいです。どんな文字を使っているのか知りたいだけなので」

「なるほど。では魔術教本をここへ」

「はっ」


 さすがに文字まで同じということはないだろうが確認はしておきたい。

メイドさんが音もなく動き、部屋から出る。

 十秒もしないうちに戻ってきた。

 早いな……。話の流れから察して他のメイドさんが準備してたのだろうか。


「どうぞ」


 メイドさんは本を手渡しお姫様の後ろに戻った。

 その本の表紙を見て、俺はなんだかやるせない気持ちになった。本を開く気力さえ湧いてこない。

 表紙には『魔術教本 基礎編』と書かれていた。

 日本語。それも漢字で。


「ねえねえ、中も見てみようよ」


 隣に座っている日野さんに言われ、とりあえず適当にぱらぱらとめくってみる。

 まごうことなき日本語で書かれていた。ところどころ古風な言い回しがあるくらいで簡単に読める。

 便利だけどさあ、もすこし異世界情緒とかないのかよ……。




 まあ、あれだ。異世界もののファンタジー小説でも『ファイヤーボール』なんて英語の名前の魔法がはびこっているんだ。英語がよくて日本語が駄目な理由はない。異世界らしさが全くないが。


「ねえ、それ見せてもらってもいい?」


 興味深そうに俺の手元を覗き込んでいた日野さんに魔術教本を渡す。

 この状況で自分の興味を最優先にできるあたり、日野さんは大物だと思う。


「じゃあ俺からも質問、いいかな」


 手を挙げたのは四ノ宮だ。


「俺たちはここに勇者として呼ばれた。それで間違いないんだよな」

「はい、もちろんです。皆様は偉大なる勇者に違いありません」

「なんで俺たちが勇者だとわかるんだ?」


 確かにそれは疑問だ。何をどうしたら異世界にいる俺たちが勇者だと判別できるのか。もしも手違いだったら目も当てられない。


「わたくしたちは伝説の勇者様の遺産を目印として、勇者様の世界にアクセスしました。そして伝説になぞらえ、大きな魔力を持つ五人組を召喚したのです。それが勇者様たち。あなた様方は、常人では及びもつかない偉大な力の持ち主なのです!」


 姫様は目をキラキラさせて演説した。

 ……自分が呼んだ勇者様に心酔しすぎてて怖いんですけど。


「ってことは、あたしたちはすごい魔法を使えるってこと?」


 ショート女が呟いた。


「その通りでございます。普通の人間ならばすべての魔力を振り絞ってようやく一度使えるかどうかの大魔術でも簡単に使えるほどの魔力をお持ちなのです」

「そっかあ……!」


 単純なことに彼女はにやけていた。

 それにしても五人組の勇者、か。


「なあお姫様、その五人組って、この四人と俺で本当にあってるのか?」

「? どういうことでしょうか」

「いやさ、五人組と言われても俺はこの四人とほとんど関わりがないんだ。そこのショートヘアの子とちっこい子に関しては名前すら知らない。いちおうクラスメイトの日野さんはともかく、そっちの三人は俺の名前も知らないだろう?」

「あ、ああ、確かに。そう言われてみれば」

「そうだね。五人組ならあとはソウあたりが来そうなところかな」


 四ノ宮と日野さんが相槌をうつ。ちなみに日野さんは本から目を離さないで。


「とても恐ろしいことに、俺はただ巻き込まれて呼ばれただけなんじゃないかって疑惑があるんだが」

「そんな! 確かにわたくしは『強大な魔力を持つ五人』という条件で召喚したのですよ? あなただけ間違えて呼ばれたなんてこと、ありえません!」

「だといいけどなあ……」


 どっちみちいきなり呼ばれて俺はいい迷惑なんだけど。


「そういえば自己紹介がまだだったか。俺の名前は村山貴久たかひさ。二年でさっき言った通り日野さんとは同じクラスだ。どうぞよろしく」


 俺が名乗ると順に自己紹介をしてくれた。

 まず四ノ宮征也ゆきや。百八十センチほどの身長と絵に描いたようなイケメンフェイスが特徴。成績優秀スポーツも万能、噂には素人にも関わらず剣道の有段者を倒したとか武道系のものまである。

 小柄で庇護欲をそそる小動物系の女の子は坂上詩穂。気弱そうな態度といいふんわりした長い髪といい、どこか箱入り娘っぽい。

 ショートヘアの名前は浅野夏輝なつき。天然の茶髪らしく、四ノ宮より明るい茶髪。性格はハキハキしていて活発。ぶっちゃけ坂上と同じグループにいそうなタイプとは思えない。

 三人を一歩引いた位置から見守るのは日野祀子まつりこ。さっきから魔術教本にくびったけでこっちを見ようともしない。ひとりだけ俺と同学年。といってもまともに会話したこともないが。


 ちらりと本を読む日野さんを横目に見る。

 長い黒髪を結い上げて読書にいそしむ姿はすごく絵になる。

 こりゃ人気も出るわ。

 見惚れているとお姫様が咳払いをした。

 慌てて姿勢を正すと四ノ宮がじとっとした目で俺を見ていた。

 くそう、居心地悪いなあ。

 その後もぽつぽつ質問してお姫様が答えていくが、誰も核心に触れようとはしない。

 気持ちはわからないでもない。

 もしも最悪な返事がされてしまったら。

 想像もしたくない。

 巻き込まれた可能性のある俺にしてみればなおさらだ。

 しかし、訊かないわけにもいくまい。

 おおかた質問が終わり、部屋がシンと静まったところで再度、俺は手を挙げた。


「ムラヤマ様、どうぞ」


 お姫様から指名を受け、俺はとうとうその疑問を口にした。


「どうすれば元の世界に帰れるんですか」

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