26.公開私刑
「おいコラ、どういうつもりだ?」
俺が申しつけられた要件は、勇者のお披露目パレードに参加することだ。
『五人の勇者』として紹介するために実は伴わなくても構わないから、という話だった。
それがどういう流れで四ノ宮と戦うことになってるんだ。
「どういうつもりも何も、あなたが考える必要はありませんわ。あなたは剣を取り、ユキヤ様と戦えばいいのです」
お姫様が背後にバスクさんに目配せする。
バスクさんはどこに用意していたのか、訓練用の木剣と金属製の盾を持ってこちらにやって来た。わざわざ部屋から俺のものを持ってきたらしい。
「ムラヤマ様、こちらを」
「断る。取ったら戦わなきゃならなくなるだろ」
俺は一歩下がって武器を持つ意思がないことを示す。
それを見て様子がおかしいことを悟ったのか群衆が少しだけ静かになり、近くの人と話しているようなざわめきが広場を満たした。
辺りを見回すが俺に好意的な視線は一切ない。
群衆からは好奇と興奮の視線。兵士たちからはゴミを見るような目を向けられている。
いったい、どうなっている。
どこか逃げ道はないか探していると、浅野と目が合った。
こいつなら何か知っているかもしれない。
「なあ、浅野――」
「あんた、最低だと思ってたけど最低ですらなかったのね。死んじゃえ、クズ男」
声をかけると同時に罵声が飛んできた。明確な敵を見る目をしていた。
浅野に嫌われていることは自覚していたが、ここまで悪く言われるようなことをした覚えはない。
が、あの調子では問い詰めても答えてくれそうにない。
矛先を向ける相手を変える。
「なあバスクさん、これはどういうことなんだ? どうして俺が四ノ宮と戦わなきゃならない? 知ってるだろ、俺は魔力が使えなければ剣の腕がいいわけでもない。騎士のあんたが、こんな一方的なリンチに加担するのか?」
「……申し訳ありません。しかし、あなたに選択権はありません。どうか、剣を取ってください」
「断るっつってんだよ。あんたもあのお姫様の言いなりか。近衛騎士ってのはずいぶん楽な仕事なんだなあ。媚売るだけなら俺にもできる」
鼻で笑って揶揄すると一瞬バスクさんの目に剣呑な光が宿る。
が、それも一瞬のこと。すぐに消えた。
挑発すれば「私だってこんなことはしたくない!」とか言って事情をべらべら話してくれるんじゃないかと期待していたけど。サスペンスドラマのようにはいかないらしい。
「なんとでも言ってください。それよりも剣を取ってください」
……実はこの人は会話ができない人なのか? 剣を取れとしか言わない。
怪訝に思って顔を覗きこむと、ほのかに焦燥が見て取れた。
剣を取らせないとお姫様のお叱りがある、とか? なら嫌がらせも兼ねて絶対に取らないけど。
そんなことを考えているとバスクさんはお姫様に背中を向けたまま小声で、しかし目に見えるような必死さで話しかけてきた。
「早く、剣を取ってください! でないと危険です!」
「……危険?」
剣を取ったらその瞬間からリンチという危機に派生する気がするんですけど。
四ノ宮はお姫様の隣で臨戦態勢になっていた。右手には傷だらけの俺の木剣より数段立派な木剣。左手には紋章入りの見るからに高そうな盾を持っている。そういえば防具のグレードも違う。こっちは服だが四ノ宮は鎧だ。
救いなのは武器が木剣ということくらいか。腰に提げた聖剣を抜かれたら俺なんか両断されかねない。
とはいえそれでも戦うのは避けたい。
木剣でも頭に当たれば頭蓋骨陥没とかする。
悠長にそんなことを考えているうちに、バスクさんの言葉が理解できた。
理解するハメになった。
「……え」
それは小さな声だった。
しかしざわめきの中にありながらも俺の耳に届いた。
それどころか群衆の全員に届いたように、広場が静まりかえった。
ちゃんと聞き取れなかったが、それが俺にとって都合のいい言葉でなかったことは理解できた。
数秒もすると、別な方向からまた声が聞こえた。
「……うだ、戦え」
今度は一秒の間も置かずに声が響いた。
それも一人二人の声じゃない。
数十人、数百人、もしかしたらそれ以上の人々の怒声。
――「「戦え」「逃げるな!」「臆病者「恥ずかしくないのか」卑怯者め」「ハズレのくせに「役立たず「何もできない「邪魔するだけの「ゴクツブシのくせに」」剣を取れ」「勇者様が相手をしてくれる「潔く」「死んじまえ「貴重な勇者を」「ひとり減らしやがって」「戦いやがれ」「戦え」「逃げんな」「戦え」「戦え」『戦え』『戦え』『戦え』『戦え』『戦え!』――
やがて始まる『戦え』コール。
石まで投げてきやがる。
ひとつひとつは大した威力でもないし、狙いも甘い。
だが、数え切れないほどの石の弾幕なんてよけきれるもんじゃない。
四ノ宮やお姫様、浅野にバスクさんとは距離をおいているため連中も遠慮なく石を投げてくる。
普通に痛い。
「早く剣を! 戦わなければ民衆は納得しません!」
「ざけんなそうなるように仕向けた人間の仲間が何を言いやがる!」
読めてきたぞ。お姫様は俺を生贄にするつもりか。
俺がハズレの勇者ということはもう広まっている。わざわざ広めたのかもしれないが、それはどうでもいい。
やることは簡単だ。明確な悪役を作り、そいつが痛めつけられるところを見せることで民衆の鬱憤をぶつけさせる。
魔王軍の攻撃を受け、商人の多くがこの街から引き上げた。
逃げる先のない住民はいつ襲撃を受けるかしれない恐怖心と、不便な生活とで相当なストレスを貯めているんだろう。
それまでがそこそこ裕福な交易都市生活だったならなおさらだ。
いい加減不満も抑えきれなくなってきたところに勇者という希望と、不満をぶつける先を用意してやる。
そうすれば士気を上げつつガス抜きもできる。
俺をハズレでも勇者として紹介したのは四ノ宮の強さを見せつけるためか?
勇者様が剣の素人を叩きのめすところを見せても何の面白みもない。
だが、相手が同じ『勇者』だったら?
勇者ですらも容易く打ち倒す真の勇者としての名声を得られるだろう。
倒したのがハズレの勇者だなんて関係ない。この熱に浮かされたバカどもはそんなことを考えもしない。
大切なのは『勇者を倒した』という事実だけだから。
戦力にならないハズレなら使い捨てにして不満のはけ口にする。
悪くない考えなのかもしれないが、生贄にされる側としてはたまったもんじゃない。
「あんた、これを見越して剣を取れとか言ってたんだな!」
剣を取れば公開処刑。剣を取らなければそれこそリンチが始まる。
暴動が起きる前に剣を取って戦わせたいだろうよ、あんたらは! そっちの方が効果的だもんな!
石を投げられる俺を見てお姫様が優雅に微笑んでやがる。むかつく。そのうち絶対殴ってやる!
「ええ、こうなるように仕向けましたので」
「死ね! お前ら全員くたばっちまえ! 絶対にロクな死に方をしないと断言してやる!」
「騎士になると決めたその日から人並みに安らかな死を迎えたいなんて望みは捨てましたよ」
腐れ騎士に近寄る。すると石の雨が止んだ。
……このままこいつやお姫様の近くに居続けたらどうなるんだろう。
駄目だな。下手すりゃ騎士たちにボコられて終わる。
観念しよう。ここは潔く戦うしかない。
バスクの手から盾と木剣をひったくり、剣を頭上に掲げる。
「見やがれ衆愚ども! この通り剣を取ってやった! お望み通り戦ってやるよ!」




