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22.チョコレート

「か、かっこいい、ですか。初めて言われました」

「……女の子的には微妙? 褒め言葉のつもりだったんだけど」

「いいえ」


 坂上の方を見ると、嬉しそうににやけていた。

 視線に気付いたのか、坂上もこちらを向く。


「えへへ、かっこいいですか、わたし」

「ああ、目標を見つけてそれを目指して頑張る人はかっこいいと思うよ」


 何が心の琴線にふれたのかわからないが、坂上はずいぶん上機嫌になっていた。


「自分で言うのもあれですけど、わたし、よく可愛いって言われるんです」

「まあ坂上は可愛いものな」

「っ!?」


 ぽろっと本音を漏らすと顔を真っ赤にして百八十度反対を向いた。


「なっ、何をいうんですかいきなりっ!」

「わ、悪い、つい本音が!」

「~~~~~~!」


 なんか盛大に墓穴を掘ってる気がする。

 とはいえ心配は見当違いだったようで、嫌がられている感じはない。

 よかった。本当によかった。

 もしも「はあ? 何言ってるんですか? もしかして口説いてるんですか? キモいんですけど」とか言われたら心が折れていただろう。

 ふたりしてわたわたしていたが、坂上の方が復活は早かった。

 坂上はこほんと咳払いをした。


「あのですね、わたしは可愛いって言われるの好きじゃないんです」

「そりゃまたどうして。褒められて悪い気はしないだろ」

「それはそうなんですけど、可愛いが褒め言葉だと思えないんです、わたし」

「……もしかしてアレか? 嫌味で言われてるとでも思ってんのか? もしそうだとしたらかえって坂上の方が嫌味だぞ? 事実可愛いんだし」

「だっ、だから可愛い可愛い言わないでくださいっ!」

 

 怒られた。

 可愛いって言われるのが好きじゃないって言う子を可愛いなんて言ってんだから当たり前か。

 けど慌てる反応が可愛い。余裕が出てきたらもっと可愛いと連呼したくなってきた。

 ……けど、本人が嫌と言うならやめておこう。わざわざ好感度を下げる必要もない。


「悪い、ごめん。もう言わない」

「べ、べつに謝らなくてもいいですけど……。あのですね、征也くんとかが言う『可愛い』は、赤ちゃんやペットに言うのとおんなじに聞こえるんです。なんか可愛いだけが存在価値みたいな。可愛い以外役に立たないみたいな」

「バカにされてるように聞こえる?」

「そこまでじゃないんです。なんと言えばいいのか……悔しいのかな。うん、悔しいんです。いつまでも可愛い以外の価値を認めてもらえないのが」


 だから『かっこいい』が嬉しい。

 大事に大事に守られ可愛がられるだけの人間じゃないと認めてくれる言葉だから。

 その気持ちはちょっとわかる。

 高校生の今となっては面倒としか感じない家事だけど、初めて風呂掃除とか自分に仕事を任された時は誇らしかった。

 仕事を任されるってのは、それができるって認めてもらえた証だ。

 坂上のとは違うかもしれないが、似たような心境なのかもしれない。

 うん、断然応援したくなってきた。


「よっしゃ、先輩たるお兄さんは頑張る坂上を応援するぜい。ほれ、手ぇ出せ」

「はい?」


 首をかしげながらも素直に手を出してくれた。

 小さくて柔らかそうな手だ。

 いつかこの手がでっかい望みに届けばいい。

 そんなことを思いながら俺はブレザーから取り出したものを握らせた。


「これをやろう。つらい時にはこいつを食べて元気を出すんだ」


 それは、日本なら十円で買える安いチョコ。でもチョコレートがないらしいこの世界ではまたとない貴重品だ。

 めったなことでは食べないつもりでいたけど、今日はなんだかいい気分だ。

 坂上のカロリーになるならこいつも本望だろう。


 月明かりにかざしてそのパッケージを見る坂上。こうしてみると安いチョコのシンプルなパッケージでも得難い物のように見える。

 何を渡されたのか分かったのか、坂上の顔がぱっと華やいだ。

 この表情を見れただけでも渡す価値はあった。


「あ、ありがとうございます! でも、いいんですか? こっちにもチョコがあるかわからないのに……」

「いいよいいよ。かなりたくさん持ち込んでるから、食いたくなったらまた声をかけてくれ」


 こちらにチョコレートはないけれど、坂上に分けるのだったら悪くない。

 あんまりバクバク食われると困るが坂上はそんなに厚かましいタイプには見えないし。


 さて、だいぶ夜も更けてきた。軽く一汗かいて寝るとしよう。

 ……あ、そうだ。せっかくだし言っとこう。


「なあ坂上、俺の名前は『あなた』じゃないんだ。呼びやすいようでいいからさ、次からは名前で呼んでくれると嬉しい」


 外庭に行って素振りでもするか。

 別に中庭でもかまわないが、坂上に頑張ってますよアピールをしているみたいで恥ずかしい。


「あ、それと! 坂上は他の人を助けることばっかり言ってたけど、自分の身を守ることもちゃんと考えとけよ! 坂上が死んだら、たぶん俺は泣くからな!」


 坂上は危機意識を持った。

 だから自分の命を守る術も考えているだろう。

 わかってはいた。けれど言わずにいられなかった。

 誰かを治すことばかり口にして、自分のことを口にしなかったから。


「練習、邪魔して悪かった」


 ちゃんと会話をした。言いたいことも言った。

 中庭から出ようとしたところに、後ろから声をかけられた。


「全然、邪魔なんかじゃなかったです! ありがとうございました! チョコ、大事に食べますから!」


 ……うん、貴重なケータイの電池とチョコを減らした甲斐があった。

 きっとこれから坂上とは悪くない関係を築けるだろう。


「えと……村山先輩も、頑張ってください! 怪我したらわたしが治しますから!」


 ……先輩、だと。

 先輩と言ったらせんぱいでセンパイな、甘酸っぱいトキメキ青春ワードじゃねえか!

 何かかっこいい台詞でも言い捨てようと思ったけど、そんなもんは全部吹っ飛んだ。

 先輩、センパイ、せんぱい……甘い響きが俺の脳内を侵食する。

 くっ、俺の理性をそんなに削ってどうするつもりだ!

 俺は右腕を掲げて、振り返ることなく中庭から立ち去った。

 だってせっかくいい雰囲気だったのに、こんなニヤケ面見せられるわけないじゃないですかやだー!


 この日、ベッドの中で坂上の「先輩」を反芻してもだえたことは言うまでもない。

 ……おかげで翌日は深刻な寝不足で、朝にたまたますれ違った坂上に心配されてしまった。

「大丈夫ですか、先輩」とか言わないで……大丈夫じゃなくなっちゃうから。


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