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20.深夜の遭遇

 一週間ほど波乱もなく訓練の日々は続いた。

 記憶に残っているのは魔物の集団に襲われた人が駆け込んできたくらいだ。

 あの光景はかなり強く印象に残った。これからも夢に見そうで嫌だ。


 たまにからみつくような視線は感じるけれど気にしない。

 お菓子をあえて整然と引き出しに入れておくことで、万が一盗まれてもすぐに気付けるようにしたこととは何も関係ない。

 くそ、部屋に鍵さえあれば。……どのみち合鍵を使われるか。


 この一週間ほどで俺の生活は他の勇者と完全に別々になった。

 耐えられる訓練の強度も持ってる素質も全く違うのだから当然と言えば当然。

 ほとんど接点はなくなっていた。

 四ノ宮や浅野、坂上とはたまに顔を合わせるのだが、日野さんは初回の魔法の実践以来見かけてもいない。

 ダイム先生が言うにはずっと部屋に閉じこもって本を読んでいるらしい。疑問質問をピックアップしているので、夕方にメモを受け取り午前中に解説をしているんだとか。


 朝起きたら自主トレを始める。

 俺は勇者としては極端に体力が低い。さらに剣術を習った期間も短い。となれば生き残れるよう強くなるためには他の兵士と同じメニューでは不十分だ。

 とはいえそこまで激しいトレーニングはしない。兵士に混ざっての訓練にも基礎トレはある。俺の体力でそれに加えて激しい自主トレなんてしたら確実に倒れる。

 それじゃあ本末転倒だ。

 あくまでも訓練の前の準備運動程度の心づもりで。

 剣は降っても素振りまで。型の反復練習はしない。

 しっかり型が身に付いていない状態で反復練習をしたら筋を痛めるのは経験済みだ。痛い上にしばらくまともに体を動かせなくなる。


 他の勇者たちはブチ抜けた身体能力を持っているためか基礎訓練をしている様子はない。

 バカな話だ。基礎体力を付けて無駄になることはないし、周りと同じメニューをこなして周りと照らし合わせることで正確に自分の運動能力を把握できるのに。

 もっとも、近接メインなのは四ノ宮と浅野だけ。この二人も魔法の習得が急務とされているから優先順位が違うだけかもしれないが。

 自主トレの後にチファが作ってくれた朝食をつまみ、朝の訓練に参加する。


 素振りや型の練習をした後はだいたいウェズリー、シュラットとの試合形式の訓練だ。

 ウェズリーから受け流しを教わってからは俺の勝率がちょっと上がった。生兵法なので受け流しにこだわったせいで負けることもしばしばだけど。


 一度だけゴルドルさんに稽古をつけてもらった。

 集団戦の演習という名目だったので、ゴルドルさん一人を相手に俺とウェズリー、シュラットの三人で挑んだ。

 結果。試合にすらならなかった。

 さすがに本職、熟練の兵士は強かった。ていうかあの人いろいろオカシイ。

 正面から攻めても大木剣の一薙ぎで吹き飛ばされてしまうので、三人でゴルドルさんを囲って一斉に攻撃を仕掛けたのだ。

 即席のわりにうまくいったコンビネーションはしかし、異様な速度の剣に軽々弾き飛ばされた。

 いくら鍛え方が違うとはいえ、強化魔法もなしに三方向同時攻撃にあっさり対処するとかどうかと思う。本当に人間か?

 そのゴルドルさんはと言えばヨギという傭兵の女性と試合をしてあっさり負けていた。世界は広い。

 そういえばゴルドルさんは大剣一本だけを構えていたし、シュラットも盾を捨てていいと思う。

 他の兵士が食事をしている間、時間を持て余したので入念にストレッチをすることにした。いろいろなスポーツに手を出していたのでストレッチには詳しいのだ。怪我の予防にもなるし、体も柔らかくなる。


 慌ただしく昼食をとった後。午後は魔術の訓練だ。

 俺は魔法兵の中に混ざり魔力感知の訓練に集中する。

 目標は見えない範囲でも魔力の動きを察知して攻撃魔法のタイミングを読むこと。まだまだ先は遠い。

 勘は悪くないらしく周囲の魔力分布はなんとなく感じ取れるようになってきた。

 そのおかげで俺は彼女に気付くことができたのだと思う。

 ある夜。俺は坂上詩穂と遭遇した。


―――


 電灯が存在しないこの世界の夜は深い。

 普段は夜の訓練なんてできない。まだ真っ暗な中でも歩けるほどこの城に慣れていない。夜では外に出ることすら難しい。

 その日は普段の夜とは違った。

 よく晴れた満月の夜だった。


 この世界にも月はある。

 月は地球の衛星の固有名詞だから正確には月ではないのかもしれないが、月と呼ばれているから月でいいだろう。

 満ち欠けもおおむね地球の月と違わない。もっとも、俺は満ち欠けの具合を正確に言えるほど月に詳しくないが。というかまだこっちに来て一週間程度なんだし満ち欠けの周期すら分からない。

 ただひとつ確かなのは、地球と比べても満月の明るさは変わらないこと。

 部屋に差す光は非常に明るい。本も読めそうなほどだ。


 今日の朝は土砂降りの雨で訓練が中止になっていたので陣形の講義を受けた。

 午後からは素晴らしい快晴になり訓練が始まったが、俺は魔法の授業で参加できなかった。

 したがって体力があり余っているのだ。よく眠れない。これでは翌日の朝訓練に支障をきたす恐れがあるな、うん。


 久しぶりにケータイの電源を入れる。モバイルライトを点けると目が痛くなるくらいに明るかった。

 照明の魔法があるにはあるが、やはりLEDの方が明るい。どのみち俺には魔法が使えないけど。


 動けば暑くなるだろうけど夜は寒い。制服のブレザーを羽織る。

 ポケットにはひとかけのチョコレートを。ポケットをひっくり返すと予想外にたくさん出てきたので、精神安定剤代わりに持ち歩いている。

 頻繁にパクついていたらすぐに底をついてしまう。良くも悪くもよほどのことがなければ食べはしない。匂いを嗅ぐだけに留める。

 ……パンの袋にお菓子を入れて、顔を近づけてスーハースーハーしている姿は麻薬中毒者に見えそうだ。


 木剣を片手にケータイで足元を照らして庭に出る。

 午後はよく晴れていたおかげで地面はすっかり乾いている。

 ここなら訓練をしても問題ないだろう。

 ケータイの電源を落とし、素振りを始めようとした時だった。


 魔力感知に大きな気配が引っかかった。中庭だ。

 一瞬敵かと思ったが、大きな魔力は中庭から動かなかったし、何より感じた覚えのある魔力だった。

 感知を頼りにそちらへ向かうと、予想通りの人物がいた。


 坂上詩穂。

 ふわふわした腰より下まである長髪を持つ少女。

 俺と一緒に呼ばれた勇者のひとり。小柄で気弱そうなマスコット系後輩。


 ただし、その姿は予想外なものだった。

 月明かりに照らされる彼女は、周りにたくさんの光球を従えていた。

 光球が複雑な軌道を描く。

 宿らせている魔力の質が違うからか、光球は青と黄緑の二色ある。

 それが坂上の周りを、時に一斉に、時にバラバラに。縦横無尽に飛び回り光の図形を描いていく。

 青白い光と淡い黄緑色の光。月とそれらの明かりに照らされる彼女は幻想的で、美しく――思わず見とれてしまうほどだった。


 坂上は練習に集中していて俺に気付いていないようだ。

 俺はそっと城が作る影の中に入り、気配を殺す。

 声をかけたりはしない。せっかく集中しているのだから、わざわざ邪魔をする必要はない。

 せっかくだし、魔力感知の訓練をさせてもらおう。感知は誰かが魔力を使ってくれないと練習できないし。

 木剣を振るだけなら坂上が戻ってからでもできるしな。

 目の前の光景は、貴重なケータイの電池を消費してまで庭に下りた目的を忘れて目を奪われてしまう程度には綺麗だった。


―――


「っ、だれ!?」


 中庭の片隅で胡坐をかいていた俺に鋭い声が向けられた。

 坂上だ。

 誰、というのはひどくないか? ちゃんと自己紹介もしたのに。

 そこまで考えて気付く。

 そういえば坂上の集中を乱さないようになるべく静かに、影の中に入ったんだっけ。

 俺もひっそり感知の練習をしていた。魔力の動きを感じる訓練なら周りが暗くても問題ない。

 坂上には建物の影に入っている俺の顔は見えないだろう。


 夜中にひとりで訓練していて、一息ついたら物陰に見知らぬ人影があった。

 ホラーだ。そりゃあ怖い。俺でも叫ぶ。

 坂上の指先に魔力が集中していくのを見て、慌てて姿を現す。

 冗談じゃない――消費魔力三十の火炎魔法一発で人間くらい炭になる。坂上の魔力で本気の魔法を撃たれたら死体すら残らない!

 神聖属性は攻撃的な属性じゃないとはいえ、食らいたいとは思わない。


「待て、坂上! 俺だ、村山貴久だ!」

「え……? あ、村山貴久さん?」


 影から飛び出し月光の下に身をさらすと、坂上は目を丸くして俺を見た。


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