2.召喚?
暗闇を抜けると、そこは異世界だった。
……文学っぽく言ってみても全然文学っぽくない状況だ。
なにせ異世界である。
深淵な命題とか人間の心の真理だとかそういったものを完全に投げ出している。
文学は文学でも確実に児童文学とかだ。
こんな益体もないことを考えて現実逃避してしまう程度には混乱していた。
混乱するなと言うほうが無茶だろう。
昼休みに外で読書していたらいきなり異世界に飛ばされましたとか、どこのラノベだって話だ。こんなありがちな設定、今時かえって珍しい。
落ち着くんだ俺。まだここが異世界だと決まったわけではない。常識的に考えて異世界に召喚されるなんてありっこない。それこそ不出来なラノベじゃないんだから。
何者かに拉致られたって可能性もある。
……それはそれで落ち着いてられる状況じゃないな。
なんにせよ、ここがどこだか今はわからない以上は希望を捨てるべきではない。
日本の高校生がいきなり光に包まれて見知らぬ土地に放り出されて異世界でした、なんて安っぽい、もはや古典的な展開が現実であってたまるか。
「……え、ちょ、なによこれ………どこなのよ、ここ!」
目の前であのやかましいショート女が喚いていた。
なんか頭がガンガンしているので少し静かにしてほしいところだが、言ってることはすっげえ真っ当だ。
俺も今、この状況がなんなのか切に知りたい。
喚くショート女を見ていると少しだけ落ち着いてきた。
自分より慌てている人を見ると冷静になると言うが本当らしい。あたりを見回す程度の余裕ができてきた。
まず、俺は座っている。尻もちをついたような体勢になっている。微妙に尻が痛い。本当に尻もちでもついたのか。
次にぐるりと自分の周囲を見てみる。
屋内であるらしい。薄暗いがかなり広い空間のようだ。
どことなく厳かな雰囲気で、軽口とか叩けそうにない。
周りには俺以外に四人いた。
男がひとり。女の子が三人。
女の子はそれぞれ「ここは……」とか「何が……」とか言っている。
誰か、なんて考えるまでもない。あの四人だろう。
床を見てみると薄く発光する線が何本もあった。曲線、直線とさまざまだ。座ったままではわからないが上から見ると図形になっているのかもしれない。
……やだ。超やだ。確認していくほどに異世界っぽさが増していくんだけど。
やっと落ち着いてきた視界がまたぐらぐらし始める。
「俺も夏輝と同じ気持ちだ。いったいここはなんなんだ? ――あんたは、何だ?」
周囲を確認して俺がぐらついていると、目の前のイケメンが声を発した。
イケメン野郎……四ノ宮だ。
背中しか見えないがまず間違いない。
こいつすげえな。なんでこの状況で冷静にしてられるんだ。
四ノ宮の背中に隠れて見えないが視線の先には誰かいるらしい。
来た時に落とされたのか尻が痛いので立ち上がってみる。すると四ノ宮の背中の向こうが見える。
そこには絵に描いたようなお姫様がいた。
歳は俺とそう変わらないだろう。金髪碧眼、豪奢なドレスを着て、こちらを泣きそうな目で見つめている。
見た目は『中世のお姫様』のイメージを現実に引っ張り出したような感じだ。実際の立場は知らんが。
……異世界は中世ヨーロッパっぽくあるべし、とかそんな決まりでもあんのか。
いや、まだここが異世界と確定はしていない。目の前のお姫様がただのコスプレ好きな日本人という可能性もゼロではない。
日本人にしては顔の彫りが深いとか、髪がものすごくつややかで染めてるような感じがしないとか気にしない。もしかしたら外人さんがコスプレしてるだけかもしれないし。
それにしてもこの状況で冷静なのは大したものだが、四ノ宮はアホなんじゃないだろうか。異世界で日本語が通じるはずもなかろうに。
いやいや、ちょうどいいじゃないか。もし異世界なら日本語は通じないだろうが、もしも通じたなら日本である可能性が跳ね上がる。
「ようこそ、よくぞ我が国アストリアスに参られました、勇者様! お会いできて感激です! 遠い異世界から不躾に呼び出した無礼、どうかお許しください!」
おいせっかく異世界じゃないと自分に言い聞かせていた俺の苦労をどうしてくれる。
ていうか姫様日本語超流暢。あれぇー?
いやまあ助かるけど、ここは異世界なんだろ? 日本語が通じるとかおかしくね? それともやっぱりここは日本で、これはなんかのドッキリなのか? だとしたら告訴して慰謝料ふんだくってやる。
「勇者様、無礼を承知でお願い申し上げます。どうかこの世界をお救いください!」
それにしても異世界、勇者、世界を救うときた。
どうにもやっぱりここは異世界らしい。
しかもテンプレ通りの異世界っぽい。
まったく、必死に日本だと思い込もうとしていた俺の努力を無駄にしてくれやがって。
初めっからただの現実逃避だって気付いてたけどね!