18.差別
「それでチファ、わざわざ訓練場まで来たんだからなんか用があるんだろ? 昼食のことって言ってたよな」
尋ねると、お姉さんぶって得意げだったチファの表情が暗いものに変わる。
どうやら楽しい知らせではないらしい。
「侍従長から命令があって、今日からわたしがタカヒサ様の食事を用意することになったんです」
「? それって悪い知らせなのか?」
「……わたしはまだこちらで働くようになってからひと月程度です。料理が全くできないわけではないですが、貴族の方が食べるような高級な食事は用意できません」
「別にいいよ。どうしても我慢できなきゃ自分で作るだけだし。食材はちゃんとあるんだろ? ならよっぽど変なことしなきゃ酷い味にはならないはず」
「それが、そうもいかないんです」
チファが目を伏せた。
「今回の嫌がらせは、侍従長が命じたものです」
嫌がらせであると断言した。
ってことはチファが食事を用意する以上のデメリットがあるということだろう。
「あー、そういうことか」
「え、これだけでわかるんですか?」
伏せていた顔を上げ、目を見開くチファ。
そう難しい話じゃない。
今までは食事は普通に与えられていた。お姫様と俺は不仲。今では俺はハズレの勇者として知られている。
……やっぱり、俺がハズレだってことを知られるのはどうなんだろう。普通考えると、伝説の勇者五人の召喚に成功したって吹聴した方が兵の士気を上げるのにいいだろう。わざわざ一人、ハズレが混じっていたことを公にするメリットがわからない。
あのお姫様じゃあよく考えずに腹立ちまぎれに話したって可能性も考えられるが。
これらの条件とチファの言葉から考えれば状況は予想できる。
「お姫様に媚を売りたい侍従長が俺への嫌がらせを始めた。そのあおりを受けてチファは満足な食材を使うことも許されない。もしかするとチファへの嫌がらせも兼ねているのか?」
そういえば初めてチファに会った日にも怒られていた。
俺がチファに案内を頼んだと説明した後も先輩だというメイドはチファを睨んでいた。
ハズレでも勇者の世話自体は名誉な仕事と考えられているのかもしれない。
名誉な仕事を一か月前に入ったばかりの新入りに取られたらいい気はしないだろう。
予想を話すと、チファの表情はさらに暗くなった。
「……はい、その通りです。わたしとタカヒサ様の食事は野菜くずや肉の切れ端を使ったものになります」
「あんだよそれ! なんでチファやヒサばっかそんな目に遭わなきゃいけねーんだよ!」
「そうだね、その扱いは明らかに不当だ。抗議しなくちゃ」
シュラットとウェズリーは妹分というか姉貴分というか――幼なじみが理不尽な扱いを受けていることに義憤を覚えたようだ。
怒ってくれることはありがたい。けど、怒って解決する問題でもないのだ。
「抗議って、どこにするつもりなんだ?」
「ッ!」
指摘するとウェズリーは歯噛みした。
今回の嫌がらせは侍従長が主導で行う。ならばメイドたちに抗議しても無駄だ。
ジアさんに頼めばお姫様を通じてやめさせてくれるかもしれないが、あのお姫様のことだ。知られたら嫌がらせなら助長しかねない。
お姫様を通さずにジアさんがどうにかしてくれたとしても、今度は侍従連中がお姫様を使う可能性もある。そうなればお姫様黙認でより陰湿な嫌がらせが始まる可能性が高い。
いくらジアさんとはいえ城の最高権力者にケンカを売るのは避けたいはず。言えばお姫様にも抗議してくれるだろうが、それでも負担は負担だ。
そうでなくともジアさんにはお世話になっているし、これからもお世話になる可能性が高い。あまり迷惑はかけたくない。
俺への嫌がらせの塁はチファに及ぶ。下手な行動はとれない。
「でもよー、でもよー! ヒサだって頑張ってるじゃんか! 勝手に呼んどいてこんな嫌がらせをするなんてサイテーだ!」
確かにきちんと訓練を受けている。だがそれだけだ。
結果を出せていない。他の四人のように分かりやすい『召喚した成果』を見せていないのだ。
なのにいい評価を下せという方がわがままだ。異世界から来たってだけで評価されるのは公正じゃない。
もっとも、これは自分の意思でこちらに来た場合の公正さだけど。
「シュラット、俺とは会ったばっかりだろ。怒ってくれるのは嬉しいけど、あんま深入りすんな。俺はお姫様に嫌われてるからな。肩入れするほど不利になってくぞ」
ウェズリーもシュラットと同じ気持ちなのか、真剣に何か考えている様子だ。
チファが関わってるからとはいえ、ハズレ野郎のためにここまで親身になってくれるなんてずいぶんなお人よしだ。
「できるだけ早くチファが俺の担当から外れるようにはしてみるから、短気は起こさないでくれよ」
チファに聞こえないように言うと、ふたりは押し黙った。
納得してはいないようだが代案も出せないから何も言えない、といったところか。
やっぱり、二人にも迷惑はかけたくないなあ。
もちろんチファにもだ。いざとなったらメイドはいらないって直談判して専任を解除してもらうか?
そうすると『失態をやらかしてクビになった』とかそんな評判が立つかもしれないか。
方法はおいおい考えよう。
「そんでチファ、今日のお昼は何の予定なんだ?」
「「「はい?」」」
場違いに明るい声を出した俺に、三人分の素っ頓狂な声がかけられた。
「だってお昼はチファが作ってくれるんだろ? 楽しみじゃん」
「え、た、楽しみ、ですか?」
「チファは料理が下手な方じゃないけど、熟練の侍従さんや本職の料理人に比べたら劣るよ?」
「そうだ、ここで意地張る必要もねーだろ? ほら、他の勇者に交渉してもらえばなんとかなるかもしんないし」
「空元気とかじゃないよ。本当にチファの料理が楽しみなんだ」
詰め寄ってくる三人を軽く流す。
いやだって、ロリメイドが自分のために作ってくれる料理とかマズイわけなくね?
多分、チファは村で料理をしていたはずだ。ウェズリーが『下手な方じゃない』と言ってってことはチファの手料理を食べたことがあるってことだ。
下手じゃないってレベルなら極端に塩を入れすぎるとか、塩と砂糖を間違えるみたいな、非現実的なミスはしないはず。せいぜい焦がすくらいだろう。
「もともと俺は貴族でもなんでもないからな。丸コゲの炭とかじゃなければ食うよ。チファの負担が増えるのは歓迎できないけど、これからも頼むよ、チファ」
「はっ、はいっ! 一生懸命作らせていただきます!」
先ほどまでの沈んだ様子はどこへやら。勢いこんで頷いた。
ウェズリーとシュラットもいちおうは納得してくれたのか文句は言わない。
「それでも僕からゴルドルさんに言っておくよ。何もしないよりいいだろ」
「だな。ヒサが頑張ってるトコを見りゃこっちについてくれる奴らもいるかもしんないし」
そんな話をしているうちに、今日の午前の訓練は終わっていた。