16.試合
「さてと、そんじゃあ改めて自己紹介だな」
「はい。先ほど挨拶しました村山貴久です」
「ウェズリーといいます」
「シュラットだぜー」
ゴルドルさんに呼ばれて来たふたりは、確かに俺より小さかった。身長は百六十センチもないだろう。兵士と言う言葉から連想されるイメージよりもずいぶん手足が細い。
ウェズリーとシュラット。ふたりとも見たところ十二、三歳だろうか。
ふんわりした金髪なのがウェズリー。家名もなく一般兵士として訓練を受けている以上、貴族ではないのだろうが見た目が貴族の坊ちゃんぽい。線も細いし、ぶっちゃけ兵士が似合わない。
こげ茶色の髪をしているのがシュラット。目にはどこかイタズラっぽい光が宿っていて、なんとなく身軽そう。ウェズリーとはまた違った意味で兵士らしくない。
どちらもあまり鍛えこんでいるようには見えない。まだ訓練を初めて間もないのだろう。
それでも昨日剣を持ったばかりの俺よりは強いだろうけど。
「タカヒサを含めて三人で、自分以外の二人と試合をすること。二人が試合をしている間、もう一人は試合を見て気付いたこと、欠点らしい部分を指摘すること。いいな?」
「「「はいっ!」」」
「それと、まあアレだ。せっかく歳が近いんだし、少しくらい無駄口叩いてもいいからな」
ぼそっと言って、ゴルドルさんは逃げるように去っていった。
―――
「そんじゃーどういう順番でするよ? おれはいつでもいいぜー」
「そうだね……どうする、ムラヤマ様」
いつもは二人で訓練をしているのだろう。俺に意見を求めてくる。
ふむ、どうしたもんか。他の人がどんなもんかを実際にやりあって確かめておきたいけど、俺には試合の雰囲気がわからない。
ここは先に二人でやってもらうとしよう。
「それじゃあ先にウェズリーさんとシュラットさんで試合をしてもらってもいいですか? 試合を見るのも初めてなもんで、雰囲気を知りたいので」
「あいさー、了解」
「わかった。それとムラヤマ様、あなたは勇者なんだから僕たちに敬語はいらないよ。本当は僕らが敬語を使うべきなんだろうけど、なにぶん平民だから敬語は下手なんだ。許してほしい」
「ん、りょうかい。というかそもそも俺に敬語はいらんよ。城の連中曰く、俺はハズレらしいし。だったら変に偉ぶるよりも馴染んだ方がよっぽどいいや。他の四人がどうかは知らんが」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えるとするよ」
「あと、ヒサって呼んでくれていいぞ。一人だけ家名で呼ばれるとか、疎外感ひどいから。様付けとか背中かゆいし」
「おー、あらためてよろしくなー、ヒサ」
「よろしく、ヒサ。僕らのことも呼び捨てで構わないからね」
―――
二人の試合はすぐに終わった。
守りを固めたウェズリーにシュラットが突撃。軽やかな動きで翻弄し、剣を弾き落としてシュラットの勝ち。
見た限りだとシュラットの方が強いと思うが、二人の話を聞くと勝率は五分五分らしい。その日に調子がいい方がさくっと終わらせるんだとか。
ゴルドルさんが俺をここに混ぜた理由はそれかもしれない。
その日の調子で勝負が決まってしまうのではムラがありすぎる。敵がわざわざ調子のいい日に来てくれるとは限らないのだから、普段と違う敵と戦わせることで対応力を上げたいのかも。
もしそうだとしても、俺が役に立てるかはわからないけど。
次はいよいよ俺の番。
右手に剣を、左手に盾を持って、同じように剣と盾を構えるシュラットに向き合った。
―――
振り下ろされた木剣が盾にぶつかり、がつっと鈍い音を立てる。
盾を構えていたからさほど痛いわけではない。しかし衝撃が骨に響く。あんまり食らったら腕に力が入らなくなりそうだ。
幸い、シュラットは速いが力はそんなに強くない。体重が軽いぶん剣の威力も低い。
何回かなら盾で防いでも耐えられるだろう。
再び振りかぶられる木剣。盾を構え、振り下ろされると同時に俺は突きを放つ。
「うおっ――とお!」
シュラットは体をひねり鳩尾狙いの突きをかわした。
無理な動きをしたせいか、木剣にはまったく力がこもっていない。簡単に防げた。
体勢を崩したところに追い打ちをかける。
素人だし長期戦は避けたい。時間が経つほど地力の差が露呈していく。
下手に斬りかかったりしない。
もう一度突き。今度は喉を狙って。
「わっ、た、っと!」
何度も繰り出した突きは避けられ、弾かれ、しのがれる。とはいえもともと無理な姿勢だ。繰り返すほどにバランスは悪くなる。
最後に一度、上段から体重を乗せて木剣を振るう。
がっ、ともう一度鈍い音が響いた。
シュラットの手から木剣が離れ、俺はシュラットの喉元に木剣を突きつけた。
よっしゃあ、初戦は勝ち。
―――
「なんだよぅ、素人とかハズレとか言っときながら、普通に強いじゃんかよぅ」
「いや、俺が強いってか体格が違うんだよ」
確かに俺はシュラットに勝った。
しかしそれは剣の腕が上だからではない。体格に差があったからだ。
シュラットはウェズリーよりさらに小柄。俺より十センチは小さい。飽食の国日本で生きてきた俺に比べれば、体は断然細い。
おかげで攻撃を盾で防ぐ限り大したダメージはなく、こちらの攻撃はシュラットより重い。
見よう見まねの体重が乗らない突きはともかく、最後の一薙ぎはシュラットの体勢を容易に崩した。
もっと訓練されていたなら対処できたのだろう。けど、ひと月じゃあまだ体作りすらできていない時期だ。体格で勝る俺が勝つのは自明の理。
ましてシュラットは先にウェズリーと戦っていたのだ。その疲れもあっただろう。
「それじゃあ次は僕とヒサだね。お手柔らかに頼むよ」
「おうよ」
―――
ウェズリーはシュラットと違い防御を固めている。前に盾を出し、その横から剣で攻撃するスタイル。騎士剣術の正道だ。
木剣から目を離さない。マンガだと目を見れば攻撃のタイミングが読めるとか言うけど素人には無理だ。
危険なものから目を離してはいけない。
俺も盾を構え、守りを固める。
いきなり膠着状態が生まれた。どうしよう、守りを固めた相手ってどう攻めればいいの?
まあ、これは訓練だ。恐れることはない。
恐れて何もしないことが一番無駄だ。
様子見にあまり力を入れず突きを放つ。
ウェズリーは盾をスライドさせ、斜めに構えた。俺の突きはウェズリーの左手側に流される。
「ちょ――」
これが受け流しってやつですか!?
「――うわ!」
力をあまり入れていなかったことが幸いして、あまり体勢を崩さずにすんだ。と安心したところに首を狙った袈裟斬りがきた。
思い切り後ろに跳んでかわす。が、ウェズリーは振り切ってすぐに突きを放ってきた。
木剣が眉間に突きつけられる。
潔く剣と盾を手から離す。
今度は負け。