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14.体力測定

「――サさま、タカヒサ様、起きてください。朝ですよ」

「うぁー、あと五時間……」


 声をかけられて薄く目が覚める。


「タカヒサ様!」


 女の子の声がする。小さな両手で体をゆすられる。

 むう、やめてくれ、酔いそうだ。まだ布団に入って一時間も経ってないんだ。たぶん。


「お、起きてくださいっ、起きてよっ、タカヒサ様!」


 抵抗しているとだんだん涙声になっていく。


「起きてくれないと、また怒られちゃうんですっ」


 だいぶ激しくなっていたゆする手が、すがりつくような感じになってきた。

 ……そろそろ起きてあげるか。眠いは眠いけど、眠りが浅かったおかげで、もう意識がはっきりしてきたし。

 のっそりと起き上がると、チファがベッドに突っ伏していた。不貞寝でもしようとしたんだろうか。


「おはよう、チファ」


 肩をぽんと叩くと、チファが顔を上げた。


「……おはようございます」


 目元が腫れぼったくなっていた。

 ちょっとだけ罪悪感。


「……よかったら使って?」


 枕元に置いておいた籠にあったハンカチを渡す。

 この籠はチファの仕事をチェックしに来たマールさんが、机の上に散乱した荷物を見てくれたものだ。ちょうどいいサイズで非常に助かる。菓子類は引き出しにしまってあるが、頻繁に使うものはこちらに入れている。

 チファはおずおずとハンカチを取り、さっと俺に背を向ける。

 目元をぬぐっているのかと思ったら、洟をかむ音が聞こえた。オイ、おずおず受け取ったのは何だったんだ。

 落ち着いたのか、チファがこちらに向き直った。


「タカヒサ様、朝食ができております。食堂へどうぞ」


 むすっとジト目で言われるけどぜんぜん怖くない。むしろ微笑ましい。まだ目が赤い。

 指摘するのはちっちゃい子をいじめるみたいだしやめておこう。


「わかった。ありがと、チファ」

「早く食堂へどうぞ。朝食が冷めてしまいます」


 おそらくシーツの洗濯とかをしたいのだろう。チファはそこから動かない。

 ……うん、でもね、まだちょっと考えが足りない。


「チファ、着替えたいんだけど……目の前で脱いでいい?」

「……ひゃっ?」


 なんか面白い音がチファの喉から出てきた。


「え、あ、はい、ごめんなさいっ!」


 顔を真っ赤にして部屋から出て行った。

 うん、早く着替えて仕事をさせてやろう。

 着替えてから部屋を出て、外で待機していたチファに声をかけると、逃げるように部屋に入っていった。

 食堂へ向かうふりをして部屋を除いてみるとチファは小さい体で布団相手に悪戦苦闘していた。


 ちょっとなごんでから俺は食堂で朝食を摂った。

 昨日とはうって変わって、朝食はえらくちょびっとのスープに、ビスケットのようなものがひとかけらあるだけだった。

 え、なにこれイジメ?


―――


「それでは、本日から武術の訓練を始めます。私は姫様の近衛騎士、バスク・ゼルネーゼと申します」


 朝食の後、俺と勇者四人は城の傍らにある訓練場に呼ばれた。

 待っていたのは銀色の鎧に身を包んだブロンズ色の髪の青年。近衛というからにはエリートなのだろうが、ずいぶん若い。えらく美形だし、それでお姫様が取り立てたのかもしれない、とか邪推してみる。


 本当なら武術の訓練も昨日から開始の予定だったのだが、四ノ宮、浅野も慣れない魔法の練習に熱中したせいで、気分を悪くしたらしい。おかげで今日開始になった。

 初日である今日は剣を持っての訓練より先に身体能力測定をするらしい。

 剣術を習うにあたって、教官は生徒の能力を把握しておきたいだろう。

 勇者はこちらに来た時点で体力が上がるらしい。

 俺たち自身もまだ今の自分の体力を把握していないし、まずは現状把握からだ。



 結果。どうやら俺はこの世界から嫌われているらしい。

 誰だよ、こちらに来た異世界人は身体能力が上がるとか言ってた奴。例外がいるならそう言っといてほしい。

 たとえば百メートル走。俺は十三秒だった。

 うん、確かに上がってはいる。もともと十三秒台中ごろだったから、地味に上がってはいる。

 だが四ノ宮たちに比べればカスみたいな上昇率だ。というか誤差だ。ストップウォッチなんてないので、実際誤差だろう。

 最初こそ俺と大差なかった四ノ宮たちだが、準備運動を終えたころには俺とは比べ物にならないほどの身体能力になっていた。

 四ノ宮、浅野は五秒程度で、日野さんはわずかに遅れて六秒ほど、一番遅い坂上でも七秒ほどで百メートルを駆け抜けた。


「すごいな……まるで自分の体じゃないみたいだ」

「うん。力がみなぎってくる」

「こんなに速く走れたの、初めてです!」

「いったいどういう仕組みなんだろうね。気になるな」


 盛り上がっている四ノ宮たちを横目に見る。疎外感がひどい。


 他の測定結果も同じようなものだ。俺の体力がその日の調子の変化で説明がつく程度しか変わらないのに対して、四ノ宮たちはオリンピック選手も比較にならないような異常な能力を見せつける。


まったく、どうして異世界にまで『特別』なやつと比べられなきゃいけないのか。もう飽き飽きだというのに。


 ……バスクさん、そんな戸惑った顔で見ないでください。俺にはどうしようもないんですけど。


「あの、俺はずいぶん基礎体力が違うみたいなんで別メニューにしてもらえると助かるんですが」


 助け船をだすとバスクさんはほう、と息をもらした。安心したらしい。


「そうですね、では剣術の基本的な型を教えますので、明日以降の訓練はあちらの一般兵に混ざっていただけますか」


 彼が指さす方を見ると、大勢の兵士が剣の素振りをしていた。


「途中からの参加ですと周りの集中力を削いでしまうかもしれないので、明日から合流、という形でよろしいでしょうか。私の方から本日中にあちらの教官に話を通しておきますので」

「わかりました。よろしくお願いします」


 腫れ物に触るような態度が気に障らないでもなかったが、彼の立場からすれば仕方のない話だ。

 俺自身、レベルが違う集団に無理に所属しようとは思わない。

 その後、この国で正式な剣術として採用されている騎士剣技の基本的な型を教わった。

 騎士剣技は傭兵たちの使う剣術とは違い、守りに重点をおいている。バスクさんは近衛騎士だ。役割はお姫様を守ること。彼から教わる剣技が防御型なのは当たり前か。

 渡されたのは金属製の盾と、騎士剣を模した木剣だ。練習用として持ち帰ってもいいとのこと。

 剣が木製なのは素人に刃のある剣を持たせるのは危険だからだろう。稽古で打ち合うこともあるだろうし、事故死を減らすためだ。

 右手に木剣を、左手に盾を持つ。

 木製とはいえ剣は結構重い。頭を殴れば人を殺せるだろう。


 四ノ宮はスキルのおかげか一度教わった型はバスクさんと比べても遜色ないほど滑らかな動きで使えていた。

 浅野は才能があるのか、それとも日本でも鍛えていた恩恵か、まだぎこちないながらもそれっぽく見える。

 俺? 文化系でスポーツを体育の授業でしかしない日本人に期待されても困るよハハハ。

 ちなみに日野さんと坂上は魔法使い路線で確定らしく、俺たちとは別に最低限の護身術を習っていた。あの能力で魔法をメインに据えないとか言ったらただのバカだもんな。


 剣技に関しても俺は並みレベルだ。

 バスクさんにも「初心者にしては筋がいいです、はい。初心者にしては」と言われたから絶望的というわけではないだろう。

 ……初心者にしては、を強調されたのは気になったが、あんまり追究すると俺がダメージを受けそうなのでやめておいた。

 一応、バスクさんの模範演技は目に焼き付けた。あとは俺の努力次第だろう。

 俺に騎士剣技の才能はない。目標はとりあえず自分の身を守ることだ。

 まあ、それなりにこなしますか。

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