13.魔法の基礎
昼食の後、しばらく休憩してから始まったのはお待ちかねの魔法の授業だ。
俺は魔法を使えないけどね!
魔力がないと分かった直後はサボろうかと思ったけど、ジアさんに先回りで「魔法を使えずとも敵が使う魔法に対処するために受けた方がいいかと思います」と言われて受けることにした。
確かにいきなり魔法を食らったら何をされているかもわからないうちに殺されそうだ。感謝。
今日は初日ということもあり、魔法の常識の授業と魔力を感じとるための訓練をするらしい。
「ええ、まず、魔法には属性というものがあります」
地水火風のような四属性に加え、その上位属性である神聖属性と魔属性。神聖属性は光属性、魔属性は闇属性みたいなものかと思ったが違うらしい。
光属性は光そのものを扱う魔法、闇属性は影魔法とかが属してるんだとか。
系統的には地属性と水属性は神聖属性、火属性と風属性は魔属性に連なるとのこと。
こう言うとまるで四属性は上位属性に劣るようだが、用途が違うためそうでもない。聖なる光じゃ洗濯物は洗えないし。
上位属性と呼ばれる理由は、上位属性を使える人はその熟練度に応じて下位の二属性も使えるようになるかららしい。とはいえ聖火のように神聖属性を帯びた火があれば、水を媒体にした魔属性魔法もあるようなのであまり意味のない分類らしいが。
他にも複合属性や亜種属性などさまざまな種類があるようだが、今日のところは混乱を避けるために存在することだけ記憶の片隅にとどめておくように、と言われた。
「次に、魔法の種類ですね」
魔法にも種類がある。自然干渉系、召喚系、使役系、創造系など数多い。一口に魔法と言っても用いる理論がそれぞれ異なっている。
イメージ的には同じ科学でも化学と力学では違う、みたいな感じだろうか。
他にも呪術や幻術など術をかけられた側の魔力を使って起動するような変り種もある。
召喚系とか聞くだけでワクワクするが、俺には魔力がないのでお預けだ。
なまじ実在するのに使えないとガッカリ感が半端ない。
唯一希望を持てたのが精霊魔法だ。
精霊を身に宿して発動する魔法で、あまり威力が高くない代わりに精霊が魔力を与えてくれる。
通常は人工の下級精霊を体内にある魔力の器に宿して魔法を使うらしい。
それだけ聞くと威力が低くて構わないなら誰でも魔法が使いたい放題だと思ったが、そう上手い話じゃない。
精霊の魔力と宿した魔法使いの魔力は質が違う。体に自分のものでない魔力を宿すのは結構な負担になるそうだ。乱発すると体が内側からズタズタになるとか。
けど、けれどだ。魔力を全く持たず、器だけある俺ならノーリスクで使えるんじゃないだろうか。
そのうち試させてもらおう。
「最後に注意なのですが、魔力が足りず魔法を発動させるのに失敗した場合、魔法は起動せず魔力だけ消費されます。もっとも、皆様には関係のない話でしょうが」
そうだね、俺はそもそも消費できる魔力がない関係ないね!
―――
一通りの講義を受けた後に実技に入る。実技と言ってもまずは魔力を引き出すだけなのだが。
「……つっても予想以上にヒマだ。やることがない」
この魔力を引き出すという作業。暴発の危険が伴うらしい。
属性や指向性のないただの魔力には大した攻撃力はないらしいが、四人の魔力は桁外れだ。
暴発した場合、規模によっては城が崩壊しかねない。
そんなわけで今は城の庭にいる。四人はそれぞれ、万一暴発しても被害を最小限に留められるようにと周囲を防御の魔法陣に囲まれている。
もちろん俺にはそんなものはない。暴走する魔力がそもそも存在しないんだから当たり前だ。
「シノミヤ様、魔力は形が固定されたものではありません。型に押し込めるのではなく、流れを掴んで必要な量を必要な個所に流すようなイメージで」
「アサノ様、魔力の放出量が大きいのはよいのですが、放出するばかりで制御できていない分が散ってしまっています。放出量を制限して」
などと目の前で二人がダイム教師の指導を受けているが、何を言っているのかさっぱりわからねえ。
俺にはそもそも魔力が見えないのだ。四ノ宮と浅野が地べたに座ってうんうんうなっているだけに見える。
さすが勇者と言うべきか、普通は魔力を見れるようになるまでひと月以上かかるらしいのだが、四人は目に頼る必要もなく魔力を感じられるらしい。おかげで制御も順調なようだ。
予定だと今日は魔力を感じ取る訓練だったのだが、すでに使用するための訓練に入っている。出力の調整と魔力の流れの操作がうんぬん。
日野さんと坂上は早々に今回の内容をマスターしていた。
俺には魔力は見えないが魔法で生み出されたものなら見える。
日野さんは手元に炎を作り、それの形を変えて遊んでいる。
坂上が祈るように手を組むと白い光の球体が現れる。それを操る練習をしているようだ。
……ヒマだ。日野さんが生み出す不思議炎を見るくらいしかすることがない。
ぼんやり日野さんを見ているとダイム教師がこちらに来た。
「退屈そうですね」
にっこり笑って話しかけてきた。
居心地が悪い。居眠りしていた授業で先生に「よく眠れましたか?」と聞かれたような気分だ。
「まあ、することがないですから」
「魔力がないんでしたっけ?」
ズケズケ言うなあこの人。
「その通りですけど。魔力がないんじゃ制御のしようがない」
「それはそうですね。けれど、できることはありますよ」
「へ?」
間抜けな声が漏れた自覚がある。
そんなことはどうでもいい。何か魔法に関してできることがあるのか?
もしも魔法が使えるようになるのならそれなりに苦しい訓練にでも耐える自信がある。異世界に来た醍醐味だ。ぜひ覚えたい。
「ええ。あなたは今、魔力が見えていますか?」
「いいえ。目に見えるものなんですか?」
尋ねるとダイム教師は顎に手を当て思案顔になる。
「厳密には見えないのですが、目を通して感じることはできます」
「……違いがわからないんですが」
俺が言うと、ダイム教師はくつくつと笑った。
「そうですねえ。確かにわかりづらいですね。本来、魔力はよほど高密度のものでない限り見えないものなのです。大気中にも魔力が漂っておりますが、よほど注視しないと私にも見えません。ですが、魔力を認識する力を高めることで魔力の動きを視認できるようになります」
「あの、ものすごいはずの勇者の魔力も俺には見えないんですが」
奴らは相当な魔力を持っているという話だ。それすら見えないならやはり見込みはないんじゃなかろうか。
「それはまだ彼らの魔力の密度が低いからですよ。扱い始めていきなり密度操作ができるようなら私の指導は必要ありません。あちらの二人のようにね」
ダイム教師が指さすほうを見ると坂上がいた。その周囲にはいくつもの白い球体が浮いている。
「彼女の周りに浮いているのは神聖属性の魔力の塊です。あそこまでの密度の魔力なら誰にでも見ることができます。ヒノ様の方は……自然干渉で熾した炎で遊んでいますね。実にヒマそうです。ちょうどいいので頼んでみますか」
ダイム教師は日野さんに歩み寄って声をかけた。
すぐに話がついたのか、日野さんがこちらにやってくる。
「や、村山くん。話は聞いたよ。ちょっと協力しようじゃないか」
ひょこっと手を挙げる日野さんの目は好奇心できらきら輝いている。
基礎の基礎の内容は日野さんにとって退屈だったらしい。
「ではヒノ様、お願いします。ムラヤマ様はヒノ様の手を注視して」
日野さんは右手の手のひらを上に向けている。
何をしているのかよくわからないが、注視しろと言われたのでじっと見つめる。
ただ手のひらがあるだけで、何も変わったところはない。
「……ん?」
十秒ほど経ったころだ。うすぼんやりと青白い陽炎のようなものが見えた。
俺の反応で察したのかダイム教師はふむ、と頷いた。
「今見えたものが魔力です。ヒノ様には徐々に魔力を手のひらに集中してもらっていたのです」
「結構集中したつもりだったのだけど、もう少し強く圧縮した方がよかったかな」
「いえ、ヒノ様に問題がある訳ではないです。彼は魔力と一緒に感知能力を失っていると思われます。まったく魔力がないという世界で育ったからでしょうか。……とはいえ、一応見ることはできたようですが」
「今ので村山くんがどれくらいの密度から魔力を認識できるか測れたのかな」
「ええ、おかげさまで。私では普通の方にも目視できるほど魔力を出すのが難しいので、協力していただけて助かりました」
「ん、私もヒマだったし、ちょうどよかったよ。それよりこれから何をするのか教えてもらえないかな」
今の会話から察するに、俺は感知能力も相当低いみたいだ。まあ期待はしていなかったけど。
魔法の対処をするためには前触れくらい察知できないと難しいだろう。
ごめんなさい、ジアさん。俺は魔法使いに出くわしたら死を覚悟するしかないっぽいです。
「何を遠い目をしているのですか?」
ちょっと捨て鉢な気分になっているとダイム教師に顔を覗きこまれた。
ダイム教師はずっと変わらない柔和な笑顔のままだ。しかし、今は目の奥に底知れない暗さがあるようで、なんか怖い。
「まさか才能がないので諦めようなどと思ってはいないでしょうね」
「いやでも、さっき日野さんに俺の感知能力は絶望的みたいなこと言ってたじゃないですか」
「ええ言いました。しかし絶望的なだけで絶望というわけではありません」
ずい、と距離を詰められる。言葉にものすごい気迫が宿っているせいで威圧感がすごい。
何か怒らせるようなことを言ってしまったか?
どうせ才能もないのに努力するとか嫌なだけなんだけど。自分が必死に努力してできるようになったことを周りの連中が軽々やってたりすると徒労感がひどい。
「私は努力をしないうちから才能を言い訳にするような人間が大嫌いです。この意味がわかりますか?」
「い、いえっさー」
「では訓練を続けましょう。目標は目視しなくとも周辺の魔力分布を感知できる程度です。それだけできれば感知能力者としていくらでも需要がありますからね」
「それってプロ級ってことじゃ……俺には難度が高いっす!」
「黙りなさい。さあ立つのですムラヤマ君! 凡人でも努力すれば実力が付くのです。自分からやると言いだしたことをさっさと投げ出そうとしたその性根を叩き直して差し上げましょう」
丁寧な言葉がとても痛い。確かに魔法の授業も受けると言い出したのは俺自身だ。
ちょっと才能がないからって命に関わる技能を投げ出そうとするなんてのはバカだ。
それに、それにだ。魔力を扱う基礎を修めていれば精霊魔法を使う助けになるかもしれないではないか。
「安心してください。今日はヒノ様も協力してくださるそうなので、まずは目視を完璧にしましょう。今日中に」
――でも異常なハイペースに抗議するくらいは許されるんじゃないだろうか!
「ちょ、ちゃんと見れるまでに一か月かかるんじゃなかったんですか」
「死ぬ気でやればなんとかなります。さあ、無駄口を叩かずに訓練です! まずは魔力の感触を体に刻みましょう。それから脳をいじって魔力器官の中枢を強制覚醒して――」
「がんばれ村山くん。私も付き合うからさ」
「笑ってないで助けて日野さん! この人目が怖い! 言ってる内容も怖い!」
この後、ダイム教師に対する柔和な、という評価は間違いだったと俺は理解することになる。
柔らかいのは表情だけだ。本性は鬼軍曹だよこの人。
強行軍で深夜まで行われた感知の訓練のおかげか、俺は魔力を目視できるようになった。
後日ジアさんに聞いた話によると、ダイム教師は平民の下級兵士から王家の家庭教師にまで上り詰めた叩き上げだという。
年齢と怪我を理由に退役するまでは『鉄血ダイム』と恐れられた魔法兵だったとのこと。
……異名の由来は聞かなかった。聞くまでもなくだいたいわかった。